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備前宰相の猫  作者: 山田忍
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猫と飼い主

 喜岡寺の前の狭い坂道を歩きながら、夕焼けで赤く染まった白壁の横を歩いて夏の暑さを感じる帰り道、部活と姉ちゃんの頼み事を終えて充実した一日を送ったと、遠くにある山を見ながら思っていると、

「ん?」

 喜岡寺の隣にある石垣の側で、映写機を持った全身チェック模様の服を着た、明らかに怪しい男が道の真ん中で倒れている。

「あの? どうしました?」

 逃げようと思えば逃げられるのに、つい無視せずに助けてしまう。

「お、お腹が、すいて、動けな、い、んだ……」

「はあっ⁉」

「こ、これを、あげるから、ボクに、おにぎりとお茶を、買って、きてくれ、ないか……」

 怪しい男の手には一万円が、おにぎりとお茶を買うにしては破格の金だ。

「い、一万って⁉」

「余った、おつりは、自由に使って、いいよ……」

「わ、わかった。待ってろ」

「あ、ちなみに、おにぎりは生たらこと辛子明太子と焼きたらこにたらこマヨネーズを……。お茶はジャスミンティーね……」

「注文多いな! あと、たらこ系統ばっかりじゃねえか!」

「頼、むよ……」

「ああ、しょうがねえな」

 数十分後、

「買ってきたぞ」

「ああ、悪いね……。遅か、ったけ、ど……」

「コンビニ、ハシゴしたんだぞ。コンビニ少ないんだぞ」

「そう……じゃあ……」

 怪しい男は言い終わると、コンビニの袋を取り上げて、ものすごい速さでおにぎりを食べだした。

 若者にも中年にも見える男の顔を見ると、目は細く笑っているように見えそうな優しい顔だ。

「助かったぁ。ところで、カバンさっきより大きくなっていない?」

「ニャハハハ、バレた?」

 余ったお金でお菓子やおにぎりなどを買い込んだからだ。お菓子などをカバンに入れたのは、姉ちゃんにバレないように隠したからだ。

「まあいいや」

 怪しい男はオレの頭に何かを付けた。

「お礼に写真を一枚撮らせてくれるかな?」

「えっ⁉」

 オレが慌てていると、怪しい男はオレのことなんか気にせずにスマホを取り出して構えると、

「はい、いってらっしゃい」

 シャッター音が鳴った。

「お、お——」

 一瞬、どこかに動いた気がした。

「——い! ん?」

 夕焼けの色と違う赤に、夏の暑さではない熱に気付いた。喜岡寺を見ると音を立てて燃えている。

「た、大変だ‼」

 急いで消防署に連絡しないと、えっと、110番だっけ、119番だっけ……とにかく連絡を。

『お掛けになった番号は——』

「はあ⁉」

 マジかよ⁉ 119番だぞ⁉ 普通は繋がるだろ‼ スマホの画面を見ると、

「嘘だろ……」

 圏外になっている。

「ここは香川だろ⁉ 繋がるよな⁉」

 ふと、周りを見渡すと、ここはオレの知っている高松ではなく何もない野原だ。そして、あの怪しい男はどこにもいない。

 それに喜岡寺の周りには、深い堀があり、堀の中には大量の松の木が敷き詰められている。

 こんなものはなかったのに。

「ここはどこだ?」

 立ち尽くしていると、

「そこに誰かいるのか? この城は根切りにしたはずだが?」

 怪しい男とは違う男の声がしたから見ると、

「ガキが一匹いるぞ」

「南蛮人の着物にしては、何かが違うが……」

 二人組の男は教科書で見た足軽って言うのに近いが、

「あ、あの、これはドラマですか? それとも映画……」

「お、おい! 見ろ! このガキの頭‼」

「頭?」

 スマホで見ると、頭に猫耳みたいなものがついている。

「ななななな、なんやこれ⁉」

 オレは頭にある猫耳を触っていると続けて、

「それに見ろ! このガキの目‼」

「あ、ああ! こいつ……」

「わあ!」

 足軽みたいな男の一人がオレの顎を持ち上げて、

「左目が青で、右目が緑だ‼」

「えっ?」

 まあ、オレの目は母ちゃんの遺伝だし、初対面の人はカラコンだと思うからな。オレを捕まえた足軽たちは驚きすぎて、それが何かの撮影かと思っていると、

「うわ!」

 オレは足軽に突き飛ばされて、

「いてて……」

「ば、化け物だ!」

「こ、殺そう! 殺さないと不吉だ‼」

 二人組は槍を向けている。

「ば、化け物って……。うわっ‼」

 何とか槍を避けて、一瞬だけ槍を見ると血が付いている。その血の付き方が模造刀の類いではなく本物であると理解できる。

「や、やべ!」

 二人組の顔が赤くなり、血管が浮き出ている。確実に言えるのはオレを殺す気だ。

「と、とにかく逃げろ!」

「待て! 逃がすな‼」

「ああ!」

 大声をあげている二人組から、ひたすら走って逃げた。こんなところで逃げ足の速さが役に立つとは……。

 振り向くと二人組は見えなくなっていた。ただ怒号だけは聞こえてくる。

 逃げていると目の前には、漢字らしきものが書かれた紺色の旗をなびかせている幕がある。オレはその中に入り、

「た、助けてください……。えっ‼」

 幕の中はさっきの足軽みたいなやつらが大勢いて、さらに甲冑ってのを着けているのが数人いる。

「いい⁉」

 その中心には土色になった大量の首があり、目の焦点が合わない首や、憎悪に満ちた顔の首がオレをにらみつけているように見える。

「う、嘘……」

 これは作り物ではない。本物の首だ。それが、十、いや、百以上ある。それらが物のように置かれているのが、いやでも本物だと知らしめる。

「何だ。こいつは?」

「耳が生えているぞ」

「それに、あの目は人の目ではない」

「化け物か?」

 また言われている。

「この中だ!」

「急げ!」

 後ろから、あの二人の声がした。

「いたぞ!」

「覚悟しろ‼ 化け物め‼」

 や、ヤバい……。オレもこの首の一つになるのか?

 槍の先がオレの首に向かってくる。その時、

「やめろ」

 オレの首の寸前で槍が止まった。た、助かったのか?

「し、しかし……」

「やめろ、と言っている」

「「はっ、はあ……」」

 二人組は大人しくなった。そして、オレを助けた一番立派な甲冑と羽織を着けたのが近づいてくる。

「あ、あの……」

「猫丸」

 聞き入ってしまう美しい声だが若い。もしかしたらオレと同じぐらいかもしれない。

「その名は仮の名だ」

 その美しい声の持ち主は、兜と面みたいなものを外しながら、

「猫丸、私はお主の仮の飼い主となる」

 出てきたのは、艶やかな黒髪と白く滑らかな肌の持ち主だ。それは声だけではなく見る者すべてを魅了する、美しさと愛らしさを兼ね備えた貴公子。

「宇喜多八郎秀家だ」

 ——こんな美しい人が、オレの飼い主…………ん?

「……はあっ⁉」

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