ネコのご相談会
楽しく、分かりやすく、軽快に
そんなモットーで書きました。
ぼくは不思議が大好きだ。
毎日不思議を探している。けど、この頃は全然見つからない。
昔はいっぱい出会っていたんだ。
虫が大集合する木。水の上に咲く花。水面を歩く虫。木をノックする鳥。真っ黒なアゲハ蝶。流れるたくさんの星。かくれんぼする太陽。
たくさんたくさん見つかったのに、今は何も見つからなくなってしまった。
ぼくは毎日毎日外へ行く。だけど、何も見つからない。
ガッカリして帰ると何時の通り、一緒に住んでいるおばあちゃんがお出迎え。
「おかえり」
「……ただいまぁ」
「元気ないね?」
「うん。なかなか不思議は見つからないんだ。ボクは不思議に会いたいんだ。宇宙を走る列車とか。お伽噺の国の入り口とか。子供だけの世界とか行ってみたい。おっきな豆の木とか、空飛ぶお城。人魚とか小人とかを見てみたいよ」
「あらあら、そうなの」
「幼稚園も楽しいけど、もっともっと楽しい事がそこにはあるんだ! きっとそうなんだよ! だって見たこと無い物がたくさんあるんだもん!」
こういう話をするとおばあちゃんはフワフワと笑う。
ぼくの話をとても楽しそうに聞いてくれる。
それがぼくはすっごく嬉しい。
だって、みんな聞いてくれないんだ。中には馬鹿にする子だっている。
「そっかぁ。不思議に会いたいのねぇ。なら、良い事教えてあげる」
「なに!?」
「あのね。この村に言い伝えがあるの」
「言い伝え?」
「そう、伝説」
「伝説!? 凄い!」
「ふふ。あのね。ネコの集会があってね。そこにはネコの仙人がいるんだよ」
おばあちゃんはぼくの耳にそうやってナイショ話をした。
おばあちゃんはネコの集会について話してくれた。
「ネコの集会所には光が入ってはキラキラと光って出て行くの。
その光が集まるウロの中にはネコが集まって集会を開くのよ。
素敵でしょ?」
「その集会には大きな太ったネコ仙人が居る。
そのネコ仙人に沢山のネコが相談をするのよ。」
「みんな個性的な悩みを抱えていてね。
マタタビを無くしたとか。ご主人が煮干しの魚をくれなくなったとか。小さな悩みから大きな悩みをネコ仙人が聞いては解決するの」
「満月の光が銀色の輝いて、木に降り注いでいる時、きっとその集会は開かれてる。
その時、きっと不思議と出会えるから……」
ぼくはその話にワクワクし、さっそく毎晩光を探した。
光はどこにあるのか分からない。だからとにかく走り回った。
真っ赤な鬼の顔で勉強しなさいというお母さんに黙って、こっそり抜け出す。
ぼくは光を探し続けた。
怒られても、おばあちゃんだけは帰ってくると必ず聞いてくれる。
「見つかった?」
「ううん。まだ」
それから何日も何日も過ぎてから。
ぼくはクタクタになっていた。
全然見つからない。
準備は万端だったのに見つからない。
こういう時だけは頑張れる。けど、いざ探すと全く見つからない。
ぼくは泣きたくなってきた。
「どこにあるんだろう?」
思い付く場所は全部探した。
神社の中、お寺の縁の下、橋の下、雑木林の中。
ぼくは遂に諦めて、家の部屋に帰って、ゴロンと寝っ転がった。
いつもなら光を探しに行くのだけれど、ぼくはその日は出かけなかった。
お母さんは不思議に思っていたけど、寝てるだけなら勉強しなさいと言われた。
「あ~あ。ネコの集会なんてホントにあるのかな?」
そう思ってぼくは少しだけ泣きそうになった。
普段は走り回っている時間だけど、ぼくは何もせずに今日の残りの時間を潰した。
また、明日から探そうと思って、お風呂に入ってベッドに入る。
窓を網戸だけ閉じて、ゆっくりと目をつぶった。
「ミャー! いい加減起きろ! 寝坊助! この! このぉ! フシャー!」
そんな声と同時に、カリカリと何を引っかく音が聞こえた。
気が付いたぼくは目覚まし時計を見た。
短い針が2を指している。
次にぼくは音のする窓の外を見た。
真っ暗な真夜中の窓の外。そこには一匹のトラネコがいた。
ほっそりとしていて憎たらしい顔をしている。
「やっと起きたニャ? 全くお前は寝坊助だニャ」
「え?…………えぇ?」
「ニャんだそのマヌケ面は? 元々がマヌケ面ニャ分、余計にバカっぽく見えちまうぞ? でも、そのマヌケは人間らしいニャ~。カッカッカッ!」
トラネコの首に付いた赤い首輪を見て気が付いた。
確か、隣の家の飼いネコのミケだ。
ミケがぼくに向かって何か喋っている。勿論、ミケが喋るところは初めて見た。
ぼくはゆっくり窓を開ける。
「ふん。お前がしつこいんで、ネコ仙人が会ってくれるってよ。良かったニャ」
「何で喋れるの!?」
「おい、オレの話を聞いてたかニャ? 前々からおバカそうだと思ってたけど、やっぱりだニャ。まぁいい。付いてきニャ」
「ちょっと待って! ここ二階だよ!?」
「だからどうした? ニャんでオレがお前に気を使わニャいけない。全く、近所だからって何でオレがこんニャこと……」
ミケはそう言ってさっさと行ってしまった。
ぼくは急いで部屋から出て階段を下りる。
玄関の鍵を開けるとサンダルを履き、急いでミケの後を追った。
ミケはぼくを待ってくれる気なんて無いようだ。
さっさと先に行ってしまって、ぼくはその後を必死に追った。
「ここだ」
そこはぼくの知ってる茂みだった。
その茂みの中にキラキラな光が吸い寄せられている。
「あ、あれ? ぼくは、ここ知ってるよ。探したのになんで?」
「ふんバカニャ。そう簡単にお前ら人間に見つかるはずがニャいだろう。そら、行くぞ」
ミケの後に付いて行って、ぼくは茂みの中を四つん這いで進む。
すると目の前でフワリと光の玉が浮き上がってピカッと光る。
眩しくと目をつぶると、そこはぼくの知らない場所だった。
木が綺麗に並んで辺りを囲んで、小さな黄色い光がフワフワと空中を泳いでいる。
まるで光の中にいるようだ。
真ん中には大きな切り株があった。
その切り株の上にネコが居た。
杖を持ち、人間の大人よりもずっと大きな丸々と太った金色のネコ。
切り株の上に人間のように座っている。
その周りにはたくさんのネコ。ネコ。ネコ……
「仙人。連れて来たニャ」
「ご苦労。マシュカ」
凄く威厳のある声だった。
ミケの甲高い声とは違う。
「マシュカ? ミケじゃないの?」
「それはご主人が付けた方ニャ。人間も生まれ時に名前を付けられるニャ。ネコだって同じニャ。ミケは人間のつけてもらって、マシュカは親に付けてもらったニャ」
「そ、そうなんだ。ぼ、ぼくはどっちで呼べばいい?」
「ここではマシュカにしろニャ。全く、これだから人間は……仙人もモノ好きだニャ」
ぼくとマシュカのやり取りを見て、ネコ仙人は笑っている。
「こらマシュカ。お前は相変わらず口が悪いですニャ。大切ニャお客さまニャ」
「うっさいニャ! お前は相変わらず口うるさいんだニャ! ロビン!」
一匹の黒ネコがこちらへやってきて、マシュカに注意する。
マシュカと違ってとてもほっそりとして、かっこいいネコだ。
「お初にお目にかかりますニャ。吾輩はロビン・ソールズベリー四世ですニャ。イギリスから来たニャ」
「イ、イギリス?」
「遠い遠い外国ですニャ。侯爵家の飼いネコですニャ。お気軽にロビンとお呼び下されニャ」
「こうしゃく?」
よく分からないけど、きっとすごいんだろう。ロビンの見た目で分かる。
今まで出会ったどの人よりもカッコイイ。
「またお家自慢かニャ? 芸が無いニャ~。ロビン?」
「お黙りなさい。今、吾輩達は紳士の社交をしているのですニャ」
「オレは紳士じゃニャいって言いたいのかニャ!?」
「当前ですニャ。お前に気品ニャど欠片も無いですニャ」
「フッシャアア! ムカつくニャア! いけ好かニャい野郎ニャァァ!」
目の前で喧嘩を始めたロビンとマシュカ。
すると一匹のネコが、こちらを見てウンザリした様子でやってくる。
「何してるのニャ? まったく相変わらずニャねぇ。だけど、人間が来るなんていつ以来かしらニャ?」
「こ、こんばんは」
「はい。こんばんはニャ。わたくしの名前はキャサリン。フランスの家で飼われているニャ」
「よろしくね」
「ええ、よろしくニャ~」
とても綺麗なネコだった。
真っ白でスラッとしていて尻尾は長い。そしてとても綺麗な目の色と顔をしている。
「おや、さっそく口説きにかかっているのかいニャ?」
「ニャ? これはこれはミランダ。お久しぶりニャ。相変わらず汚い姿ニャ。お風呂に出も入った方が良いじゃニャい? 水が好きニャらだけど」
確かに汚い。
ヒョウ柄のフワフワとしているはずの毛が、汚くなってかわいそうに見えた。
「ふん。ノラネコに清潔さを求めるんじゃないニャ」
「女なら清潔にした方が良いニャよ?」
「アンタみたいのは清潔以前に貧弱って言うんだニャ」
「相変わらず口が悪いニャ。アメリカのネコは口が悪い奴が多いニャね」
「自由の国だからニャ。それにアタシはノラネコだからニャ」
なんだかとても難しい話をしている。
まるで近所のおばさんと話しているお母さんみたいだ。
本当に色んな猫がいる。
ぼくの騒がしい周り以外にも何匹もいて、それぞれが何かを喋っている。
中にはネコ仙人の近くに群がって、なにか相談をしているネコもいる。
「ネコ仙人。どうか聞いてくださいニャ。ウチの飼い主。私のご飯をケンコウショクとやらに変えた所為で、ご飯がまずくてまずくて仕方ニャい! あんなのご飯じゃニャいの!」
「大した悩みじゃないニャ! ネコ仙人様! アタイの悩みは深刻ニャ! それはそれは大切ニャわたしのオモチャが、生まれて来たご主人様の赤ん坊に取られてしまったニャ! ニャんとかしてニャ!」
「仙人。ほかの縄張りのネコと喧嘩してから腰が痛いニャ。治してニャ」
ネコ仙人はやわらかい感じでみんなの悩みを聞いている。
本当にネコのみんなに頼りにされているようだ。
全てのネコの悩みを聞き終えたネコ仙人は、ゆったりと悩みに答えていく。
その光景をぼくがワクワクした気持ちで見ていると、一匹のネコがゆっくりとこちらへやってくる。
「少年。よく来た。わたしの名前はバステト。ネコ仙人の補佐をしている」
「あ、こんばんは」
ぼくはこのネコを知っていた。
エジプトの壁画に書かれているネコだ。
とてもすごいネコで、ファラオという人に可愛がられたネコと同じだ。
他のネコとは何かが違う。喋りにも「ニャ」がない。
「少年よ。本来ここに人間は来られない。しかし、君の熱意と努力を感じた仙人様が招待して下さった。君は誰に聞いてここを知った?」
「おばあちゃんに聞いたの。猫の集会があるって」
「……もしかしてひさ子という名前か?」
「そ、そうです」
「そうか。あの子か。ならば問題無いだろう。君のおばあさんは君の故郷の猫たちの恩人なのだ」
「恩人?」
「そうだ。君のおばあさんは小さい頃に何匹ものネコの世話をし、その命を救った。そのお礼として、まだ彼女が十五歳の頃に招待したのだよ」
「そ、そうなんだ」
「さぁ、こっちだ。仙人様の元へ行こう」
ぼくはバステスの後について行って、ネコ仙人の近くまで行く。
ネコ仙人はこちらに気が付き、ゆっくりとぼくの方へ体を向ける。
「人間の坊や。ワシの名前はドナテロ。ネコ仙人だ」
「え? あ、はい。初めまして」
「君はどうしてワシを探していた?」
「どうしてぼくが探していたことを知ってるの?」
「仙人だから。さ、次はワシの質問に答えなさい」
「え? えっと、見てみたかったから」
何時の間にか近くに来ていたマシュカが舌打ちしたのが分かった。
ぼくの言葉を聞いて、ネコ仙人ことドナテロはクスクスと笑う。
「そうかそうか。子供の好奇心は尊い」
「仙人は甘いニャ」
「いやいや、子供の好奇心は重要だニャ」
マシュカの意見に反論するように言うロビン。
「まぁ、好奇心は猫をも殺すというけどニャ。クククッ」
「失礼な事を言わニャい方が良いニャ。ミランダ」
「これは忠告だニャ。キャサリンも気を付けニャ」
いつの間にかさっきのネコ達が僕の周りに集まっている。
「ふふ、そうか。見るだけか。相談は無いのかい?」
そう言えば相談を考えてない。
ネコ仙人に会うなら、相談を考えておくべきだったかもしれない。
今から必死に考える。
「えっと。ぼくの相談は……そう。不思議に出会いたい」
「ほう?」
「不思議が好き。もっと不思議と出会いたい」
「何故不思議が好きなんだい?」
「……面白いから」
マシュカが笑ったのが分かった。
それを見てロビンはマシュカの頭をはたく。
また一悶着があった後、マシュカがぼくを見る。
「お前、不思議に会ってどうするんだ? その後は? 何も考えてニャいだろ? 無駄じゃニャいか?」
「コレ。止めなさいマシュカ。その後どうする、などは無意味な質問だ。求める心に意味がある。実を求めて純粋を殺める愚かな人間の大人のやる事だ。お前も案外人間臭くなったではないか」
「それは心外だニャ!」
「なら、意地を悪くするでない」
マシュカは黙った。
ちょっと清々しい気分になった。
マシュカは他のネコにクスクス笑われたが、「フシャー!」と威嚇して辺りを静かにさせる。
「少年。これはどうだ?」
ネコ仙人が手を振ると、頭の中に何かが流れ込んできた。
言葉でも、何かの映像でもない。
ただ、不思議な光が流れ込んで、そこからぼくが何をすればいいのかが分かった。
成程と思った。確かにそれは名案だ。
「他にはないかな?」
「う~ん。特には」
「なら、次に悩みができたらまた来なさい」
「また来ていいの?」
「そのかわり、あと一回だけだ。よく考えてからここへ来なさい」
そう言ったネコ仙人とぼくの間にフワリと光の玉が現れて、またピカリと光った。
気が付くと、ぼくは自分の部屋の布団で寝ていた。窓の外は明るかった。
ぼくはすぐに隣の家を訪ねてマシュカに会った。
「マシュカ。昨日は何の相談したの?」
マシュカは喋らない。
だけど、いつもよりふてぶてしい顔のような気がした。
***
あれから十年以上。
一度もネコの集会には行っていない。
相談するほどに大きな出来事が起こらなかったからだ。
一回しかないと思うと、どうにも躊躇ってしまう。
自分でしっかりと考える内に何時しか解決してしまうのだ。
悩みなんて、そんなものだった。
働いている東京から帰って来て、おばあちゃんのお墓に手を合わせる。
もうすぐ5歳になるヤンチャな娘と一緒に手を合わせ終えると、僕は娘の耳元でこう言った。
「ネコの集会があって、そこにはネコの仙人がいるんだよ」
お話を終えると、娘は目をキラキラさせながら、実家の野山を駆け回り始めた。
娘が何を求めているかはぼくと娘の秘密だ。
そしてぼくは実家に帰っても仕事をする。
ぼくの仕事はとても単純だ。
何時ものように頭の中で不思議と出会い、それを文字で書き出して、物語を綴るのだ。
これが人生で唯一出会った本物の不思議のおかげで得た、ぼくの大事な仕事である。
猫ってやっぱ使いやすいよねb