五の夢 三時のお茶会
いかれ帽子屋三月ウサギに助力を頼むためクローバーの3の森に向かう二人だが……。
「さあて、行きましょうか」
いつまでもドードーが去った方向を眺めている妹に向かって言う。振り返り小さく頷く彼女を見てからあたしは踵を返した。
森を見上げて少々うんざりする。今は普段の何倍も小さいことを思い出したからだ。森の何処にいかれ帽子屋三月ウサギがいるか分からない以上、森を散策するしかないのだが……。
どんだけ掛かるんだろ?
考えて頭が痛くなった。
どんっ!
額を押さえていると急に辺りが揺れた。風が草を押し倒す。飛ばされそうになりながら何とか堪えた。
「おっかしーなぁ。誰か僕を呼んだと思ったのだけれど」
降る声。聞き覚えがある。
「帽子屋ウサギさん!」
嬉々として妹が叫んだ。あの黒い燕尾服は間違いなく彼だった。
さっきドードーが嘶いたのは彼を呼ぶためだったのね。
妹の声にいかれ帽子屋三月ウサギは視線を落とす。
「おやおや、アリス。また来たのかい?」
あたし達に目線を合わせるためか、彼は腰を屈めた。その顔には相変わらず柔らかい笑みが浮かんでいる。
「えぇ! 今度はお姉ちゃんと一緒に来たわ」
妹が背伸びをして大きな声で答える。相手が聞き取りやすいように気を遣っているのだ。
「そうかい。そいつはいい。あぁ、でも、こんなところで立ち話も何だし僕の家へおいでよ?」
「あら、そうね! じゃあ、今度はお茶を頂こうかしら」
弾む会話。よく分からなくてあたしは黙ってるしかなかった。
いかれ帽子屋三月ウサギがシルクハットを脱ぐ。
「さあ、アリス。これに乗って。森を歩くのは慣れてないんだろう?」
妹は頷いて先に帽子の縁へ腰掛ける。あたしもその後に続いた。鳥の上のあとは帽子の上なんて……変な感じだわ。普通じゃありえないものね。
いかれ帽子屋三月ウサギはひょいっと軽く帽子を持ち上げ被りなおした。
草地がぐんと遠くなる。妹が寄り添ってきた。あたしは帽子の先を強く握って引っ張っる。帽子は一部めくれ上がる形になった。傍目から見たら不恰好に見えるだろう。
でも、これなら下手に滑り落ちないわ。
「じゃあ、アリス。行くよ?」
彼はそれだけ言って駆け出した。半分くらいが跳ねながらの移動。軽快なそのステップは踊っているようにも見えた。
「ねぇ、お茶って何の話よ?」
帽子の端をしっかりと握ったまま妹に問う。さっきからずっと気になっていたのだ。
クローバーの3の森で彼女は一度彼に会ったようなのだけど……詳しくは全然わからない。
「あのね、さっき大きくなったとき帽子ウサギさんに会ったのよ。その時彼、お茶を勧めてくれたんだけど、ワタシ、クッキーだけ貰ってお茶を飲まなかったの」
成る程。あのクッキーはいったい何処のかと思ってたらいかれ帽子屋三月ウサギから貰ってきてたのね。
やっぱり、普通に良い人なのかしら?
実はあたし、いかれ帽子屋三月ウサギをちょっと疑ってた。
だって、ドードーやその仲間達が口々に狂ってるとか言ってるんだもの。ちょっと考えるわよね。そりゃあ。
でも、まだ気を許せるわけじゃないわ。妹を引っ張って逃げ出せる心構えは持っておかないと。
「ほら、アリス。ついたよ」
その声に妹から視線を前に向ける。木々の間に縦長のテーブル。灰色でチェックのテーブル掛けの上には沢山の様々な形をしたティーカップが並んでいる。いくつも種類のあるポットからはほこほこと湯気が上がり、クッキーやケーキ等のお菓子も所狭しと置かれていた。ただ全てがモノクロ。
「好きな席に座るといいよ」
彼は帽子をテーブルの上に置いてからそういった。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。あたしはすぐ帽子から降りた。相手を見上げ口を開く。
「椅子に座ったらテーブルの上が見えなくなっちゃうわ」
「あー……成る程。アリス、君達はなんだか少し小さくなったんだね。そのサイズのカップはあったかなぁ?」
あたし達二人が降りたのを確認し、彼はもう一度帽子を被りなおす。それからマイペースに一個一個カップを手に持ってあーでもないこーでもないと呟いた。
「別に気を遣ってくれなくてもいいのにね?」
テーブルの端のほうまで行ってしまったいかれ帽子屋三月ウサギを眺めながら妹に話しかけた。
返事が無い。
振り返ると彼女はケーキの前に居た。瞳がとても輝いている。
……そういえば甘いもの大好きだったわよね。クロって。
今にもケーキに指を触れそうになっている彼女の後ろに近づき耳を引っ張った。
「いたっ!」
「まったくっ! 行儀が悪いわよ。それに食べないほうがいいんじゃない?」
すぐ耳を掴んだ手は離したけど彼女は半分涙目になってさすっている。
そんな強くはやってないつもりなんだけど……。
「うぅ、だってぇ」
「だっても何もないわよ。下手に食べ物口にしてこれ以上小さくなったらどうするつもり?」
腰に手を当て呆れて言うと、妹は言葉に詰まって黙った。それでもちらちらとケーキを見てる。
いくら好きだからって灰色のイチゴが乗ってるケーキを食べたいと思うのがよくわかんないわ。
「ケーキ、食べたきゃお食べよ。はい、カップ。何とか丁度良いくらいのが見つかったんだ」
ふっ、と大きな白い手袋に覆われた手が目の前に降りてくる。それが退いた後には小さな人形用のカップが二つ。灰色の液体が入っていて薄く湯気が上がっていた。
「なに? これ」
「見て分からないかい? 紅茶だよ」
とてもにこやかに言ういかれ帽子屋ウサギ。胡散臭そうな表情を作って彼を見上げた。
「君達が色を奪ってしまったんだ。仕方ないことさ。大丈夫、味は変わらないよ」
あたしの態度を気にした様子もなく彼は自分のカップにお茶を注ぐ。それから一番近い椅子に腰掛けた。
「そうね、そうだったわ。じゃあ、お茶を飲む前にまず色を――っ!?」
急に後ろから強い衝撃が襲ってきた。あたしは容易に吹っ飛ぶ。すぐ何かに当たって、倒れた。背中が痛い。
「いたたたた」
妹の声。あたしは急いで身体を起こした。クロの姿を探して辺りを見回す。
まず飛び込んできたのは今自分の居る場所。驚いたことにいかれ帽子屋三月ウサギの手の上だった。どうやらうまい具合にキャッチしてくれたらしい。
更に視線を巡らす。妹はテーブル上に座り込んでいた。普通のサイズで。
口端に白いクリームが付いてるのをあたしは見逃さない。
食べたな。あたしがいかれ帽子屋三月ウサギと話してる間に……。
「おや、アリス。大きくなったね。カップを変えなくちゃいけないな」
「えっと……ごめんなさい」
のんきないかれ帽子屋三月ウサギに対し、クロは恥ずかしそうに苦笑いを浮かべテーブルから降りた。
「あ、お、お姉ちゃんも食べたら? 大きくなれるよ?」
不機嫌そうに睨み付けてるあたしを見て妹は取り繕うように言う。あたしは表情を変えずにいかれ帽子屋三月ウサギを見やった。
「お茶もいいけど、あたし達行かなきゃいけないとこがあるの! よければそこまで連れてってくれないかしら? 変わりに貴方へ色を返してあげるわ」
強い口調で捲くし立てると彼は笑いながら首を傾げる。
正直あたしは人に頼みごとをするのが苦手だ。よく偉そうだとか、頼んでる態度じゃないとか言われてしまう。分かっているけど頼み込むってどうしても出来ない。
だから、大概交換条件を出す。そうすれば結構呑んでくれるのよね。
「いいけど……二人ともが大きくなってしまうと連れて行くのが大変だなぁ。アリス、君達は跳ぶのに慣れていないだろう?」
「えぇ、まぁ……。あたしは大きくならないわ。それでいいわね?」
普通跳びながら歩かないわよ。と言おうとしたが途中でやめた。話が拗れても困るからね。いかれ帽子屋三月ウサギはあたしと妹を見比べてから、こっくりと頷いた。
「いいよ、アリス」
「じゃあ、色を先に返してあげるわ」
あたしはいかれ帽子屋三月ウサギの手の平に右の手を付く。視線でクロに合図すると彼女は彼の肩に左手を添えた。
ドードーの時と同じように眩しい光が視界を埋める。だけどもそれは長く続かない。すぐに辺りが見えるくらいに治まった。
白い手袋。黒い服。帽子も髪も黒。耳は灰色でいかれ帽子屋三月ウサギは殆ど変わっていなかった。唯一変化を見て取れたのは橙色の肌と赤い瞳。
「わぁ、すごい!」
妹の声に振り返る。あたしも唖然とした。
長テーブルや椅子、お菓子やケーキに色が戻っているのだ。黄色のチャック模様をしたテーブルクロス。赤い熟れたイチゴを乗せたショートケーキ。渋みのある茶色をした椅子。色とりどりのティーセット。
とても鮮やかで、唐突に賑やかになったような気分になった。
「ありがとう。けど、もう一つ色を戻して欲しいものがあるんだ」
あたしをテーブルの上にそっと降ろしてから彼は立ち上がりある場所へ向かう。あたしと妹が黙って眺めていると一つのポットを持ってきた。丸くて灰色の細かい柄が入ったやや大きめなもの。
「これって元から灰色じゃないの?」
「いいや、黄色い模様が入ってるんだけど……。このポットじゃなくてこの中の子に色を返してあげて欲しいんだ」
いかれ帽子屋三月ウサギはポットをあたしの前に置いた。コトコトと蓋が音を鳴らして揺れる。ひょっこりと現れたのは毛に覆われた鼻。
ネズミ……かしら?
その鼻は匂いを嗅ぐようにヒクヒクと動いている。いかれ帽子屋三月ウサギが蓋を持ち上げた。でも、鼻より先は出てこない。
「あーぁ……また頬袋に種を詰め過ぎたんだな」
いかれ帽子屋三月ウサギが呆れたように額を押さえた。あたしの所からはポットの上を見ることが出来ないので彼の言っている意味は分からない。妹は口を押さえて笑っていた。
「仕方があるまい~。其れが我輩の習性なのだよ」
のったりとしたくぐもった声。ポットの中から聞こえてくる。
「一度ポットの中に戻って種を吐き出しておいでよ。そうすれば頬がつっかえて出れないなんてことにはならないさ」
椅子に座りなおし背もたれに寄りかかりながらいかれ帽子屋三月ウサギは肩を竦める。彼の言葉に一度鼻は引っ込んだ。ごそごそと中で音がしている。でもすぐにピョンとそれは飛び出してきた。
白い毛並み。背中に灰色の線が三本入っている。身長は今のあたしと同じくらいだがでっぷりと太っていた。
「可愛い! ハムスターだったのね!」
妹が嬉しそうに手を組んで黄色い声を上げた。ハムスターは彼女に振り返り髭を短い前足で撫でる。ちなみにハムスターの癖に二本足で立っていてとても偉そうだ。
「我輩はハムスターではなく眠りネズミなのである~」
言葉はとても偉そうだが、間延びした口調がものすごく抜けていて威厳を半減させている。
「そうだ! そういえば自己紹介がまだだったね」
ぽんっと、手を叩いて今更ながらにいかれ帽子屋三月ウサギは言う。まぁ、確かに正式に自己紹介をし合った覚えは無い。
「それより先に眠りネズミに色を返すわよ?」
あたしが眠りネズミの前足の辺りに手を置いて言った。いかれ帽子屋三月ウサギは「あぁ、もちろんよろしく頼むよ」と返してきて腕を組む。妹は頷いて眠りネズミの頭の上にそっと左手を置いた。
また光が発せられる。そろそろ慣れてきたので目を細めチカチカならないようにした。
ネズミの背の模様は薄い茶色だった。彼が入っていたポットの柄はいかれ帽子屋三月ウサギが言っていたように淡い黄色。
しかし、こいつ等ってポットやらなんやらとセットなのかしら?
ドードー達のとこでは物と一緒に色が戻ることなんてなかったのに。
「ありがとう、アリス」
眠りネズミを両手で拾い上げて肩の上に乗せながらいかれ帽子屋三月ウサギは礼を述べた。
「じゃあ、まず改めて自己紹介しようか」
「待って、あたし達急いでるのよ! 早くハートの4の森の芋虫に会いに行きたいの」
いかれ帽子屋三月ウサギの台詞に、あたしは首を横に振ってから心中を告げた。こっちとしては早く自分が何者なのか思い出したいのだ。いつまでもアリスに甘んじて居たくない。
彼は両肘を付き手を組んで、その上に顎を乗せた。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「そんなに急がなくても芋虫は逃げやしないよ。それより、君は此処で聞いていかなきゃならないことがある」
『聞いていかなきゃならないこと?』
あたしと妹の声がはもった。いかれ帽子屋三月ウサギはにっこりと笑う。眠りウサギはうごうごと髭を動かした。
「もちろんだとも。お主達が知らねばならぬことは星の数ほどもあるのだよ~」
いかれ帽子屋三月ウサギの代わりに眠りネズミが答える。あたしは目を細め値踏みするように二人をまじまじと眺めた。
「貴方達……いったい何を知ってるって言うの?」
「アリス、君が知りたいことを。でも、君が思い出したくないことを」
しん、と静まり返る。その言葉になんと返していいかわからなかった。背筋が薄ら寒い。追求することを拒むようにあたしの口は動かなかった。
「聞く気になったかな?」
その問いにあたしは妹を見やる。彼女はいかれ帽子屋三月ウサギを凝視したまま硬く口を閉ざしていた。仕方なくいかれ帽子屋三月ウサギに視線を戻し、小さく頷いてみせる。
「うん、分かったよ。じゃあ、まず僕の紹介しよう。君達はいかれ帽子屋三月ウサギとか、帽子屋ウサギとか呼ぶけどちょっと違うんだよ?」
話題が自己紹介に戻って何故かあたしはほっとした。好奇心はもちろん沸いて出ているけど、それを強く押さえつけるものがある。何かは分からない。
「えっと、それってどういうことですか? いかれ帽子屋さんで、三月ウサギさんなんでしょう?」
妹が首をかしげ不思議そうに問う。いかれ帽子屋三月ウサギはこくこくと二度ほど頷いた。
「そうさ! 白のアリス。君から見たら僕はいかれ帽子屋なんだ。けど、黒のアリス。君から見たら三月ウサギなんだよ」
言っている意味が全然分からなくて思わず額を押さえる。妹も首を傾げたまま困ったように瞬きを繰り返していた。
「う~ん、今一分からないって顔をしてるなぁ」
「帽よ~、アリスは知らないのだろう。世界の理を。この世界の在り方を~」
眠りネズミが難しいことを言う。帽と呼ばれたいかれ帽子屋三月ウサギは視線を上に向け考えるように頬を掻いて黙ってしまった。
「ねぇ、帽子屋ウサギさんの本当の名前は帽って言うの?」
沈黙が堪らなかったのか妹がどうでも良いことを問う。正直、彼の本当の名前が判ったところでただ呼びやすくなる、それだけだ。
「いや、そうであってそうじゃない。そうだね、この世界の在り方を一から話さないと分からないか」
「待って! 一応、ドードーからここがフシ・ギノ国って名前で女王様が納めてるんだって話は聞いたわ」
無駄な話を省くため、あたしは横槍を入れた。いかれ帽子屋三月ウサギ、いい加減長いから帽って呼ぼう。彼が人差し指を立てて顔の前で数回振った。
「ドードーと僕らが知っていることは違う。ドードーは博識だけど、其れはあの森の中での話。知らないことは彼にも山ほどある」
「我輩たちが知っていること、それは何故、主達が信じなければ世界は闇に覆われるのか~。何故、取り戻した記憶の人物達に我輩達が似ているのか~」
彼等が知っているといったことに興味が水のように湧き出た。
そう、今まであたしは考えないようにしていたが、未だにこれは夢じゃないかと疑っている。けど、なるべくそれを忘れようとしていた。でないと、また地面が開きかねない……その恐怖感が背筋を駆け上るからだ。
「それ、教えてくれるの?」
「もちろん、アリスが望むなら話して聞かせるさ。さあ、アリス。話は長くなるから座ったほうが良い」
屈託なくにっこりと笑う帽。彼の言われるままあたしはその場に腰を降ろした。
「じゃあ、まず、この世界が暗闇の覆われてしまう条件は知ってるかな?」
「あたし達がこの世界の存在を信じなかった時、じゃないの?」
問われて答えると眠りネズミが髭を弄りながら頷いた。質問を投げてきたのは帽なのにも関わらず。
「そう、アリス。君達が世界の存在を否定した時だ。何故、その時全てが闇に消えるのか。決して世界が消えるわけじゃあないんだよ。僕らも世界もすぐ其処にある。けど、君達が見ないのさ」
「見ないなんて、そんなことできるの? 自然に風景は目に入ってくるものだわ」
よく分からない帽の説明に、妹が極当たり前のことを言う。見ないなんてそんなことは目を瞑らない限りできない。そこにある物は見たくないものでも目に飛び込んでくるのだ。
「いいや、出来るよ。見ないから存在しない。存在しないから見えない。それに僕等は実際のところちゃんと形のあるものじゃないんだ」
「どういうこと?」
やっぱり意味が理解できず問い返す。
「この世界が具体的に存在するにはアリス。君が必要なんだ」
「そう、アリスの記憶が我輩達に形を与えるのだ~」
思わず眉を顰める。ドードーの言葉通り狂ってるんじゃないか、そう思えた。
ちらりと妹を見やれば、キラキラと目が輝いている。完璧に信じてるようだった。
「君達が思い描いた人物が僕らに形を与える。分かり易く例を挙げよう。さっきの話に戻る節もあるけど僕は、白のアリス。君がいかれ帽子屋に近いイメージを抱いた人物の姿をしてる。記憶が戻ってるから分かるだろう?」
確かに、そうだ。彼から戻ってきた記憶は近所に居たハムスターを飼っているお兄さんのもの。昔はよくハムスターを見に遊びに行かさせてもらっていた。その人に帽はよく似ている。ちなみに、お兄さんが飼っていたハムスターは眠りネズミそのものだ。模様まで少したりともずれていない。
「ドードー達もそうだったわね。人間の姿じゃなかったけど、雰囲気が戻った記憶の人物に似ていたわ」
「理解していただけたようで光栄だよ。でも、僕はドードー達程簡単じゃない。だって、白のアリスがいかれ帽子屋とイメージした彼は、黒のアリス。君がイメージした三月ウサギと同一人物だったのさ」
そこで妹がぽんと手を叩く。そして、自信満々な表情を浮かべた。
「成る程、だから帽さんはいかれ帽子屋であり、三月ウサギなのね!」
「そう、その通り! ちなみに帽って言うのは一個前のアリスが呼んでたあだ名さ」
「一個前って何よ?」
うんうん、と嬉しそうに頷く帽の言葉にすかさず突っ込みを入れる。ちなみに眠りネズミは帽の肩の上でこっくりこっくりと船を漕ぎ出していた。
「君達が来る前の話さ。アリスは世界に形を与える存在。形を与える者がアリスと呼ばれる」
「じゃあ、アリスは沢山居るってこと?」
今度疑問を口にしたのは妹。帽は肩で丸まった眠りネズミを横目で見てから、考えるように視線を余所へ向けた。
「そうとも言えない。今のアリスは君達だけさ。形を与えなくなればアリスじゃなくなる。まぁ、二人のアリスって異例だから君達が初めてきたときは騒ぎになったけどね。さて、そろそろこんな話には飽きてきたかな?」
眠りネズミを肩から下ろし膝の上で撫でながら、彼はあたし達を交互に見つつ言った。
「う、ううん! そんなことはないわ」
「そうかい? でも残念ながら僕達が話せるのはこんなものなんだ」
妹の反応にくすっと悪戯っぽく笑って彼は肩を竦めて見せる。
帽の話から分かったこと、それは何だか信じられなくて、信じたら頭可笑しいんじゃないか、と言われそうなこと。この世界に形を与えてるのはあたし達で、あたし達みたいのを総称してアリスと呼ぶらしい。本当に夢っぽい。そう考えたけどすぐ頭を振って忘れようとした。
「あ、じゃあ、一つ聞きたいんですけど、ワタシにとってのいかれ帽子屋さんって存在するの?」
妹の声がふっと耳に届く。結構考え込んでいたと思ったがそうでもないらしかった。
「もちろんだよ。でも彼はちょっと出かけてる。時間君を探しにね」
ずずっと紅茶をこともなさげに啜り彼は頷く。紅茶からはもう湯気が消えていた。きっともう冷めているのだろう。近くにあったあの小さいカップに触ってみたが熱は殆ど逃げていた。
「時間君?」
「時間君は時間君さ。それ以外の何者でもない。さて……と」
妹が言葉を繰り返して不思議そうに問うが、帽は説明になってない答えを返す。からん、と空いたカップを置いて、ポットに眠りネズミを詰め始めた。
「眠りネズミは眠ってしまったことだし……。そろそろ、行こうか? アリス」
眠りネズミを詰め終えると蓋をして立ち上がり、妹に手を差し出す。その手をとって妹も椅子から立った。それから帽はあたしの目の前に甲を下にして手を置いた。その上にそっと乗ると、ゆっくりエレベーターのように持ち上がる。さっきまで眠りネズミがいた肩の上に置かれたので、落ちないように帽の服の襟を強く掴んだ。
「行くよ」
その掛け声とともに上から強い重力が掛かる。でもすぐにふわりとした浮遊感に変わった。前回よりはジャンプ力が弱いのか、低いところで止まる。けど、森をあっさりと飛びぬけた。
さあて、次の森は芋虫らしいけどどんなのかしらね?