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二の夢 黒のアリス

迷い込んだもう一人の少女。

彼女も……。

「あー、暗いねぇ? ウサギちゃん」

 腕の中に抱えた小さな動物にワタシは語りかけた。温もりが小さく揺れる。

 でも、本当にマンホールの中って暗いのね。

 辺りを見回したってなーんにも……あれ?

 ふと気が付いた。ワタシが座り込んでいる正面。そこに白に近い灰色の何かが光っていた。大きな何かの目みたい。白い中に黒い丸――眼球があるもの。

「アナタ、だーれ?」

 声をかけたら目がぎょろりと動いた。こんなに目の大きい動物ってなにかしら?

「俺はチェシャ猫。アリス、あんたを導くもののひとつ」

 予想外だった。鳴き声とか唸り声とかが返ってくるって思ってたから。ぎゅっとウサギを抱きしめる力が強くなる。

「アリス、怖がる必要なんてない。あんたに危害を加えるものは今はない。だからアリス。俺の話をよく聞いてくれ」

 淡々とした声色。でも怖くはなかった。なんだか何処かで聞いたことのある声だったから。

「ねぇ、まって。チェシャ猫さん。ワタシはアリスじゃないわ」

「いや、あんたはアリスだ。あんたは白兎によって導かれたその日からアリス。黒のアリスなんだよ」

「ううん、ワタシはアリスじゃなくって……」

 彼が何故、ワタシをアリスと呼ぶのか判らなかった。だから、ワタシの名前を教えようと思ったんだけど……

 出てこない。

 名前が喉から出てこない。ううん、名前自体がワタシわからなくなっちゃってる。ワタシ、落ちたときに頭でも打ったのかな? 自分が誰だか判んなくなるなんて……。

「アリス。今はどう足掻こうとアリス以外でなくなることなんざできない。アリス、黒のアリス。もう一度いう。俺の話をよく聞いてくれ」

 彼の言っていることの意味がよくわからなかった。けど、名前が思い出せない以上呼び方に不自由しちゃうわけだし、もう「アリス」って呼ばれることには突っ込まないことにした。

 黙って一度だけこくりと頷く。こんな暗闇でワタシの行動が見えるかちょっと心配したけど要らない世話だったようだ。

「いいか? アリス。あんたはまず、白兎を追って白のアリスを探すんだ」

「ねぇ、さっきから言ってる白兎って……この子のこと?」

 抱えていたウサギを両手で持ち直し、チェシャ猫のほうに向ける。あの白い目が下へ動いた。ウサギの毛が逆立つのを感じた。

 パンッ!

 風船の割れるような音がして動物の温もりが手の中を飛び出す。あまりの音の大きさに耳の中がじーんと痛んだ。耳鳴りがわんわんと止まらない。

「きゃっ!」

 耳を押さえてたら急に右の手首を掴まれて引っ張られた。転びそうになったけど何とか体勢を立て直す。

「アリス、走れ! 白兎を追うんだ」

 チェシャ猫さんの声がした。耳鳴りは治まってないのにはっきりと頭の中に響いてくる。腕を引っ張られながら自然とワタシは走り出していた。

「アリス、白兎を見失わないように。しっかり前を見て」

 声がそっと囁く。ワタシは言われるがまま前を見た。ウサギは白く……チェシャ猫さんの目と同じように淡く光っている。

 これなら早々見失わないわ。

 ほっ、と一息ついてからチェシャ猫さんのほうを振り返る。あの大きな瞳と目が合った。

「アリス、白兎から目を離さないでくれ」

「う、うん。分かったわ。でも、さっきワタシに聞いてほしいっていってたことは白兎を追え、ってそれだけなの?」

 彼の目が正面を向いた。ワタシも合わせて前を見る。耳鳴りもようやく治まり、駆ける足音が耳に響く。

「いいや、後いくつかある。でも、時間がない。走りながら聞いてくれ」

 彼は言うと同時にワタシの手を離した。横で白い目がこちらを向く。そういえば、駆け足の音が一人分しか聞こえないような?

「話というより忠告だ。アリス、この世界は実に不安定で脆い。もしあんたがこの世界を否定するなら、夢だと思うなら……このまま暗闇を延々と走り続けることになるだろう」

 ぞくりと背筋が冷たくなる。彼の言葉は非現実的。でも、ワタシにはとても現実的に聞こえた。下手したらこの暗闇から抜け出せなくなる。それはすごく怖かった。

「信じていれば大丈夫さ、アリス。この世界でやるべきことを終えるまでは疑わなければいい」

 隣を振り向いてこっくりと頷くと目は少しだけ細められ……急に光がはじけ飛んだ!

視界が白一色に染まる。

 眩しすぎて腕で光を遮りながら目を閉じた。それでも白は瞼の裏側まで侵食する。

 けれど少しして光は急激に治まった。

 おそるおそる目を開ける。白い雲、やや灰色掛かった白いに近い……空? 黒く鬱蒼と茂る森。

 白と黒のみのコントラストは本当に不思議だった。

 暫くぼんやりとたゆたう雲を眺めていたけど、それじゃただ無駄に時間が過ぎるだけだと気づく。

 そういえばチェシャ猫さんの声がない。後ろを振り返った。

 正面とほぼ同じ風景。

 あれれ?

 納得いかずぐるりと一回転。

 ワタシは間違いなく森に囲まれた草原にいた。

 抜けてきたはずの暗闇はどこ?

 チェシャ猫さんはいったい?

 ここはどこなの?

 疑問符を並べたところで答えは出ない。

 その時、チェシャ猫さんの声が聞こえた気がした。

 ―― 白兎を追え。 ――

 そうだ! あのウサギはどこへ行ったんだろ?

 もう一度、探すように視界を360度回転させる。

 いない……。

 追わなきゃいけない目標を見失ってしまったみたいだ。どうしよう? 白兎を追って白のアリスを見つけなくちゃいけないのに。

 眉を寄せて額に人差し指を当てながら首を捻る。良い案なにか浮かばないかしら?

 すると視界の端に木々に隠れて動く白い影が飛び込んできた。

「あっ!」

 急いで方向を変え、ワタシは全速力で白いものに駆け寄った。徐々にしっかりとその影の姿が形を成していく。

 黒い長い髪が真上で一つに括られていた。白い洋風の人形が着るみたいなレースがちりばめられたワンピースを羽織り、肌は微かに紅葉してる。

 ウサギではなく人間だった。

 しかもその後ろ姿には見覚えがある。懐かしい感情が近づく度に込み上げてきた。

「お姉ちゃんっ!」

 彼女が振り返るその瞬間、ワタシは相手に抱きついていた。彼女の凛々しい眉は寄せられて、鋭い黒い瞳は困惑に揺れている。口は小さく開けられて、言葉は発せられない。そんな相手の表情にも懐かしさが胸をいっぱいにした。

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