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九の夢 白兎の家

 塔を目指そうとしていた矢先、何かに足を引っ張られ川の中へ引きずり込まれた黒のアリス。

 一方、ハートの12の城を目指し、7の森に向かった白のアリスは……。

 今までの中で一番深くない森だった。入って十歩程度行った所で木が無くなり、その先には畑。そして、その中心には白い小さな家が一つ。

「誰か、住んでるの?」

 白い家に指を向けてチェシャ猫に問うと、彼は軽く頷く。

「白い兎が一匹」

 そう短く言って躊躇無くスタスタと家の方へ歩き出した。あたしは迷ったけどその後に続く。

 住んでるのが歌骨みたいなわけわかんない性格の相手だったら嫌だな。と思ったけど、その場に留まってても仕方ない。

 近づくにつれて、家が思ったより小さくないことに気がついた。可愛らしい二階建ての洋風な家。クロが居たら喜びそうな外装だ。

 その家の扉の前に人影を見つけた。家と同じく真っ白の服。いや、髪も肌も全て白い。白い家の壁に同化してたから初めは気がつかなかったんだわ。

「いらっしゃい、アリス。待っていたわ」

 あたし達が目の前まで来ると、相手は可愛らしい声で挨拶した。両の手を白い大きなスカートの前で組み、首を微かに傾ける。その動作で頭に結んだリボンが揺れた。それは上に向かい、尖っていてまるで兎の耳のよう。

「白のチェシャ猫も、お久しぶりね」

「そうかもね。白兎」

 あたしから視線をチェシャ猫に下ろして笑顔で彼女は告げる。チェシャ猫はそれにそっけなく答えた。

「白兎?」

 しかし、チェシャ猫が呼んだ相手の名前が引っかかりあたしは反復する。それに対し少女はまたあたしに視線を戻し、こっくりと小さく頷いた。

「そうよ、アリス。貴方が追いかけるべき兎よ。まぁ、でも、立ち話も何だから家の中へどうぞ」

 彼女は手を口元に当てクスリ、と意味ありげな笑みを形作る。それからすぐに顔を逸らして扉のノブに手をかけた。扉が開き、手でどうぞ、と促される。チェシャ猫はまた迷うことなく家の中へ入っていった。仕方なしに後へ続いてあたしも足を踏み入れる。

なに、これ?

 思わず唖然とする。家の中は何もかも真っ白だった。目が眩み、やや頭痛もする。後ろで扉が閉まる音が聞こえた。

「どうぞ、こちらへ」

 促す声。先頭に立ち、白兎はあたし達を案内する。チェシャ猫は黙ったまま彼女の後ろについていく。あたしは必然的に最後尾になった。

 そして全員が黙ったまま短い廊下を歩く。

真っ白い真っ白いリビングへ通された。白いテーブルにテーブル掛け。白いティーセット。白いカーテン。白い壁。何もかもが白い。あたしの今着てる服もチェシャ猫も白いもんだからその空間には全く色が無いように感じた。あるのは境界線の黒とあたしの肌の色、それと黒い髪のみ。

「どうぞ、お掛けになって」

 白い椅子を二つ引いて、彼女は座るよう進めた。促されあたしもチェシャ猫もその椅子に腰掛ける。

 彼女は三個のカップにお茶を注ぎそれぞれの前に置いた。その飲み物も白い。何なのか興味を引かれたが問う気にはなれなかった。彼女は、あたし達と向かい合う位置にある椅子に腰を下ろす。

「どうぞ、アリス。ロイヤルミルクティーはお好きかしら?」

 白兎はまるで私の考えを読み取ったかのように出したお茶の答えを口にし、にっこり微笑んだ。しかし、ミルクティーにしても白すぎる気がする。もうちょっと灰色でも良いような……。

 ちょっと、飲みたいと思えなかったので紅茶には手を触れず、落とした視線を彼女に戻す。

「ありがとう。嫌いじゃないわ。でも、あたし、貴方が何なのかとても気になっているの。白兎って、散々チェシャ猫が追えって言ってたやつでしょう?」

「白兎は、アリス。唯一、君達の世界とを行き来できることが許されている」

 聞きたいことを遠まわしにはせずに、ずばっと訊いたら答えは横から返ってきた。チェシャ猫は紅茶に手をつけず白兎から視線を外さずに話す。

「だから、この世界にくるにはアリス。白兎を追ってこないと入れない。それに、この世界から出るなら白兎を追わなくちゃならない」

「そうよ、アリス。だから白兎を追えってチェシャ猫は言ったのよ」

 チェシャ猫の言葉を途中で引継ぎ、まるで日常会話をするような口調で白兎は言った。

「なら、貴方に頼めばこのへんちくりんな世界から元の場所に戻れるのね?」

 期待に胸膨らまし問うたあたしの言葉に、白兎はカップを口元へ運び、まっすぐあたしの目を見据えて微笑んだ。

「今すぐ、帰りたい? アリス」

 ゆっくりと一言一言が響くように聞こえた。

「……いいえ」

 少し戸惑ったけど、はっきりと否定を口にする。

だって……。

「クロを見つけてから二人で帰るわ」

 クロを一人こんなとこに置いてなんていけない。

 あたしの答えに、白兎は笑みを湛えたまま立ち上がった。

 何をするのだろう?

 不思議に思って黙って見ていたら奥へ引っ込んでしまった。よく分からず、戸惑ってチェシャ猫を見やる。彼は何も喋らずに紅茶をスプーンで掻き回していた。その動作はちょっと部外者面みたいで腹が立つ。何か言ってやろうと口を開きかけたら行き成りチェシャ猫は振り返った。

「アリス、白兎の言葉にあまり惑わされてはならないよ」

「え?」

 その呟きにも似た言葉の意図が掴みきれず、小さく声を漏らしたがチェシャ猫は何事もなかったかのようにカップへ視線を返してしまった。

 追求しようかとも思ったがそこに丁度白兎が戻ってくる。手には大きなトレー。その上に料理の載った皿が並べられている。それはどれも白い。あたしは思わず眉を寄せた。

「アリス。これからまた人捜し何て大変ね。少しここで休んでいくといいわ。疲れてるでしょう? ご飯でも食べてからだって遅くはないわ。ねぇ、チェシャ猫?」

「そうだね」

 けど返って来たのはマイペースな一言。チェシャ猫も小さく頷いて同意を示した。あたしはテーブルの上に置いた手と手を強く握り合わせる。いつもならクロを捜すのに急いでるからと即断ってしてしまうのだけど、この時は何故か、食べていかなくてはならない気になった。

「分かった。頂くわ」

 あたしが短くそれだけ述べると白兎は嬉しそうに微笑む。そして、それぞれの前にトレーから料理を降ろした。白いスープに、白い……多分クリーム和えのスパゲッティー。湯気が微かに立ち、食欲をそそるいい香りがした。

「どうぞ、召し上がれ」

 フォークとスプーンを料理の脇に添えてから自分の席に戻り、食べるよう進める白兎。あたしは素直に頷きフォークを手に取った。何故か少しも彼女に逆らう気が起きないのだ。ちょっと変な気持ちになりつつも、クルクルとスパゲッティーをフォークに巻きつける。口に運ぼうとして隣のチェシャ猫が微動だにしてないことに気がついた。

「食べないの?」

「食べたいのは山々だけど……。僕は熱いものが食べられないんだよ」

 そう言って今更紅茶を啜る彼。成る程、猫だけに猫舌なわけね。

「そういえば、そうだったわね。ごめんなさい、忘れていたわ」

 白兎が口元を押さえながら、ふふっ、と小さく笑う。チェシャ猫は「別に」とだけ答えて空になったカップをテーブルに戻した。

「ところで、アリス。黒のアリスを捜しにどこまで行くつもりなの?」

「ハートの12の城までよ」

 問われたので答えてからスパゲッティーを口に入れる。ほんわりとクリームの味が口の中に広がった。美味しい。

 そう言えば此処に来てから今までクッキーぐらいしか食べてなかったな。まぁ、仕方ないか。だって、何かしら食べるとあたし……。

 そこまで思い出してはっとする。

 そうだ、あたし、モノ食べちゃいけなかったんだ!

 しかし、今更後悔しても遅かった。既に椅子は潰れて床が遠のいていく。頭が天井に当たった。

 間違いなくあたし、巨大化してる!

 メキメキと木の軋む音。食器の割れる音や、何か壊れるような音もした。けど、まだまだあたしの体は大きくなる。終いには手が足が部屋に入りきらなくて窓や戸からはみ出た。

「あらあら、大きくなったわね。アリス」

 窓の外からのんびりとした白兎の声。いつの間にやら部屋から脱出していたみたいだ。何とか成長も止まったものの、窮屈で動けない。下手に動くと建物が軋んで壊れそうだ。

「どうしようかしら? 困ったわ。ねぇ、チェシャ猫?」

「さあね」

「うわぁぁああっ! 化け物ダっ!」

 どう聞いても困ったようには聞こえない口調で呟く白兎。それに対するチェシャ猫の返答は急な叫び声で掻き消された。

「あら、ビル。帰ってきていたの。おかえりなさい」

「しゅ、主人! 白兎の主人! あの化け物は何ダ!?」

 どうやら新しい声は白兎の知り合いらしい。慌てた様子でやや声高だが男性のようだ。

「あれは、化け物じゃなくて……」

「化け物メ! オイラが煙で燻り出してヤル!」

 白兎が説明しようとする言葉を遮って、彼は大きく叫ぶ。そして、何か走ってくる音。

「あらあら、ビルってば意気込んじゃって」

 白兎の声。いや、そんな暢気なこといってないで止めてよ。

「相変わらず、早とちりだね。白トカゲは」

 それに合わせるようなチェシャ猫の発言。二人ともまったく止める気がないらしい。

「化け物覚悟ーっ!」

 と、二人の会話に気をとられていたら、ビルの声が上から降ってきた。窓の隙間から梯子が見える。そんなのさっきは無かったから多分立てかけて、それを上ったんだ。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! あたしは化け物なんかじゃっえほっごほっ」

 叫びかけて咽かえる。暖炉から灰色の煙が立ち上っていた。それをもろに吸い込んでしまったのだ。咽かえりすぎて涙が出る。

 この~っ! 後で覚えてなさいよっ!

 そんな闘志を胸に秘めつつも咽かえる以外何も出来ない。煙は更に室内へ侵食してくる。

 何か喋ろうにも口を開くと煙を吸い込んでしまい、苦しくって言葉なんか吐き出せない。

「アリス、キノコを」

 半ば混乱気味になっているあたしの耳にチェシャ猫の声が届く。窓の外とかそんな遠いところじゃなくてすぐ真横から。

「きゃあぁあああっえほごほっ!」

 振り返った瞬間あたしは大きく悲鳴を上げて、それから盛大に咽かえった。

 何故かって?

 だって、視線を向けた先にはチェシャ猫が……首だけ横たわってんのよ! 突然じゃなくてもびっくりするわ!

「アリス、あんまり喋らない方がいいよ。煙を吸い込んだアリス。君は大変そうだ」

 いつもと何も変わらぬ口調で抜けたことを言うチェシャ猫。

 そんなの言われなくたって分かってるわよ!

 目尻に溜まった涙も拭えず、あたしは心の中で盛大に叫んだ。でも、それが相手に聞こえてるわけもない。

「アリス、大丈夫。僕はアリス。君の心が聞こえる」

 チェシャ猫が心の中で呟いた一言に答える。そういえば……そうだったわね。あたしはうっかり出会った当初のことを忘れていた。

「それよりも、アリス。キノコを食べて」

 今までのことを思い出しながら、あたし何してるんだろ? と、ちょっと感傷に浸りかけていたらチェシャ猫が催促するように言葉を放つ。

 キノコ?

「芋虫がくれた、あのキノコ」

 心の中で問うとすぐに答えが返ってきた。そう言えば、芋虫がくれたキノコ、片側を食べると大きくなって、反対側を食べたら小さくなるのよね。一度使ってからは左のポケットに入れっぱなしだわ。

 けど、何故チェシャ猫がそのことを知っているのか不思議だった。チェシャ猫はあの時その場に居なかったはずなのに。

「アリス、僕は君の行ったことを全て知っている。知っている必要がある。けど、アリス。今はそんな話よりキノコを食べた方がいい。燻製にされてしまうよ?」

 さらりと言ってのけるチェシャ猫。そんなチェシャ猫の言葉に追求したい部分は結構ある。けど、確かにそれは後回しにした方が良さそうだ。煙は段々と視界を埋めていた。

 あたしは急いで左のポケットに手を伸ばそうとして、はっとする。右の手は窓からはみ出し、左の手は窮屈に折り曲がっていた。用意に動かすことは出来ない。そう、両手がまるっきり使えない状態なのだ。

 ど、どうしよう?

「仕方がないからアリス。僕がとってあげるよ」

 あたしの心の呟きにそう答えて、チェシャ猫はひょこひょこと顎で這うように動き出した。

 物凄く異様であんまり見ていたくはない。

 第一、何で首だけなのよ。体はどうしたって言うんだか……。

「うん、口だけでも良かったのだけどアリスが怖がるといけないと思って。でも、体までだと狭すぎて入れないんだ」

 チェシャ猫が這うのを止めてわざわざまた、あたしの心の呟きに答える。成る程、ね。部屋はあたしの体で大半埋まってるんだから仕方ないといえば仕方ない。

 しかし、その頭だけで這って此処まできたのだろうか? 全然、気がつかなかったけど。

「猫は神出鬼没なんだよ。アリス」

 その呟きとともにチェシャ猫の頭が一瞬にして消えた。そしてすぐ、左ポケットの辺りに白い丸い物。頭だ。頭がそこまで瞬時に移動したんだ。更に何もないところへ手まで生えてくる。それがポケットの中からキノコを引っ張り出した。

 その光景にあまり驚いていない自分が居る。どうやら流石にそろそろ、異様な光景には慣れてきたらしい。ちょっと嫌だけど。

「はい、アリス」

 あたしの目の前へふよふよと空中を漂う手がキノコを持ってやってきた。

 ありがとう……。掛けてないほうを千切って口の中へ放り投げてくれないかしら。

 溜息を小さく吐きながら、あたしは相手に心の中で話しかける。チェシャ猫の生首はポケットの辺りに転がったまま目をくりくりと動かした。

 了解の合図らしい。

 空中にもう一個手首から先の手だけが現れ、キノコの笠を引き千切る。それをあたしの口に放り投げた。キノコの欠片は外れることなく口の中へ吸い込まれる。小さすぎて味も何もなかった。

 けど、飲み込んだ瞬間。どくんっと大きく心臓が鳴った。

 ぐんぐんと天井が壁が遠くなっていく。その急激な変化には眩暈さえした。

 縮みきるその前に白い何かがあたしを拾い上げる。チェシャ猫だ。今度はちゃんと全身がある。あたしは彼の手の平のサイズまで小さくなっていた。チェシャ猫はあたしを掴んだまま窓から飛び出す。

「あら、チェシャ猫。いつの間に中に?」

 白兎の呑気な声。チェシャ猫は彼女の前に軽やかに着地した。あたしは、煙がないその場所で大きく息を吸い込む。空気が美味しく感じた。

「ついさっき、アリスを助けに」

「そのアリスはどこ? 見当たらないけれど」

 チェシャ猫が答えると、また間髪居れず聞き返す白兎。チェシャ猫は黙ってあたしを握り締めたまま、白兎の目の前へ差し出した。

「あら、アリス。随分と小さく……」

「主人ーっ! 白兎の主人! 見て下サイ! 化け物を燻って家から追い出したヨ!」

 白兎が何か言いかけた直後、後方から大きな声が飛んでくる。三人同時に振り返った。

 そこには白いつなぎを着た白い二足歩行のトカゲがこちらへと駆けてきていた。彼は煤まみれでやや全身が黒っぽくなっている。

 こいつが、あたしを燻製にしようとした奴ねっ!

 あたしはトカゲをきっと睨み付ける。しかし、彼はあたしに気がつかず、白兎の前で止まり、誇らしげに笑顔を浮かべた。白兎は手を組み、じっとトカゲを見つめる。

「ビル、貴方が必死になってくれたのはとても嬉しいわ。でも……」

 途中で言葉を切ってあたしと、それから家を見た。そして視線を戻し、続ける。

「あんなことしたら家が煤だらけよ」

「それどころじゃないでしょ! あたし、そいつのせいで死に掛けたんだから!」

 家の心配しかしていない白兎の発言に、あたしは声を荒げた。三人の視線があたしに集中する。トカゲは驚いたように大きな目をより見開いた。

「下手したら二酸化炭素中毒、ううん、一酸化炭素中毒だってありえたんだから!」

「ニサ、イッサ? 美味しいモノ?」

「アリス、それは何かしら?」

 あたしが憤ったまま更に続けた言葉に、トカゲと白兎が困惑げに首を捻る。

 まさか、この人達……知らないの?

 でも、ここは常識はずれなことばかり起こるし、おかしくはないかもしれない。

 そう思ったら何だかどっと疲れた。チェシャ猫の手の中で脱力し頭を垂れる。

「ごめんなさい、アリス。ビルは良かれと思ってしてことなの。できることなら許してあげて欲しいのだけど」

 そのあたしの行動を勘違いしてか、白兎があたしに視線を合わせて懇願してきた。

 あたしは首を緩く左右に振り「もう、いいわ」とだけ返す。白兎の肩に入っていた力が抜けたのが見て取れた。

「良かったわね、ビル。アリスは怒っていないそうよ」

「アリス! コンナに小さいのがアリス!? 前に会った時は同じくらいダッタ!」

 白兎がトカゲに振り返り嬉しそうな声で告げると、彼は驚いたように仰け反った。

「それに、さっきまで君が燻製にしようとしてたモンスターもアリスだよ」

 そこへ追い討ちをかけるかのようなチェシャ猫の一言。トカゲのビルは更に仰け反り、困惑が激しいのか目をくりくりと回す。

「ビル。アリスはね、自分の大きさを自在に変えることが出来るのよ」

 白兎が少し考えてから分かりやすい説明を口にする。ビルはそれで納得したのか、あたしを見て大きく頷いた。けど、何かこう間違っている。しかし、説明し直すのも面倒なので、あたしは静かに黙っていた。

「さて、アリス。ビルが大変申し訳ないことをしたわ。お詫びといっては何だけど、私に貴方の道案内をさせて頂けないかしら?」

 白兎があたしに向き直って丁寧に頭を下げる。その申し出にあたしはどう答えて良いのか分からなくてチェシャ猫と視線を合わす。チェシャ猫はこっくりと頷いた。

「そうか。白兎ほど早くアリスを導けるものはいない」

「どういうこと?」

「私と一緒なら、全部の森を通らなくてもハートの12の城までいける。そういうことよ、アリス」

 ぽつり、と呟くように言ったチェシャ猫の言葉にすぐあたしは問い返す。それに白兎がチェシャ猫の代わりに答えた。

「それならオイラもお役に立てル! 12の城なんてあっと言う間!」

「本当? それなら是非お願いしたいところだけど……」

 喜びながらひょこひょこと跳ねるビル。彼の言葉に期待が膨らみ白兎に確認の言葉を投げる。彼女は首を縦に振った。

「もちろんよ。でも、アリス。一つお願いがあるの。寄り道してもいいかしら?」

「寄り道?」

 言葉の一部をオウム返しに口にすると、彼女はもう一度小さく頷いた。

「えぇ。ダイヤの10の森の屋敷に住む公爵夫人を女王様の下にお連れしなくてはならないの」

 成る程。彼女にも城へ行く用事があるわけね。どっちがついでかは分からないけど、何度も同じ場所を行き来したくない気持ちは判る。

「それは、時間が掛かるの?」

 だから、譲れない点に対しての質問だけしてみる。彼女は笑顔を浮かべて緩く頭を横に振った。

「いいえ。全部の森を通過して行くより断然早いわ」

「なら、全然構わないわよ。案内、よろしく頼むわね」

「ヨシ! じゃあ、早速扉を開けヨウ! 主人」

 あたしの言葉が終わると同時に、ビルが白兎の腕を引っ張り、張り切ったように言う。白兎はそれに対し、笑みを張り付かせたままビルの前に手をかざした。

「ビル、10の森まで私達歩いていくわ。公爵夫人に話もつけなくてはならないの。少し時間が掛かるから、貴方は家の中を掃除してから追いかけてきて頂戴」

 そして、彼女は人差し指だけを残してたたみ、ビルの鼻を緩くツン、と突く。ビルはたじたじとした様子で小さく頷いた。

「話はついたかい? 白兎」

「えぇ、チェシャ猫。大丈夫よ。行きましょうか、アリス」

 チェシャ猫が頃合を見計らって白兎に声をかける。彼女は振り返りチェシャ猫に笑いかけてから、あたしの小さな手を摘むように掴んだ。あたしはそれに頷いて「えぇ」と、答えを返す。

「白兎、アリスは僕が連れて行く」

「あら、そう? チェシャ猫も一緒なのね。なら、遅れずについてきて下さいな」

 チェシャ猫があたしから白兎の手を退けて、淡々と言い放つ。

 何か実はあまりチェシャ猫って白兎のこと好きじゃないんじゃないだろうか?

 そう思わせる行動。しかし、白兎はそれに気分を害した様子はなく、笑みを浮かべたまま応答した。

「じゃあ、ビル。行ってくるわ。なるべく早く追いついて頂戴」

「モチロン! 主人、気をつけテ。掃除が終わったら10の森に向かうヨ」

 白兎が家に視線を向けて和やかに言う。ビルは大きく頷くと、すぐに家の中へと引っ込んでいった。

「では、行きましょうか」

 そういうと同時に彼女は軽やかなステップで家とは反対の方向へ歩き出す。が、しかし、その次の瞬間には彼女の姿自体が消えていた。

「アリス、しっかりと掴まって」

 困惑するあたしをチェシャ猫は自分の頭の上に乗せる。それから体勢を低くして四つん這いになった。

 それから、すごい風圧。吹っ飛ばされそうになって慌てて耳にしがみ付いた。

 多分、凄いスピードで白兎を追っているんだろう。

 10の森まであたしがしがみ付いていられるか……それが疑問だけれど、何とか次のステップに行けそうね。

 この世界から出る方法もあるみたいだし、早くクロを見つけなくちゃ!

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