-8- 私が、いつ死ぬか、教えてくれませんか?
競技大会の展開は、爽太の予見した通りとなった。二年四組のBチームは全勝し、同じく全勝している二年五組のAチームとの決勝戦が行われようとしていた。
体育館二階の壁端にある細い通路―キャットウォーク(またの名はギャラリーエリア)―にて、魔女は柵に身体を寄りかけながら試合の様子を覗っていた。
もちろん、爽太を除いて誰も魔女の姿に気付いてはいない。
「……簡単だったかしらね」
魔女は小声で呟いた。
実は魔女も、自分の方法で試合結果を知っていた。爽太が予見したのと同じで、二年四組のBチームの優勝を。
「今回の場合は、チーム数は少ないし、必要な情報も限られているから予見することは容易ではあるけれど……。まあ、本題はここからね」
二年四組のBチームが強いのは、爽太の言う通りに元バスケ部員だった生徒たちの奮闘であったが、それを活かしている現役バスケ部キャプテン・赤城の活躍が際立っていた。上手くパスを廻して繋げてはチームを牽引している、まさしくチームの要だ。
「だからこそ、欠如したらどうなるか。恨みは無いけど、未来の為に犠牲になってね」
魔女は人差し指を立てると、空中にくるっと丸を描いた。
すると、次の試合へと赤城がコートに向かう途中、両手で腹を押さえて地面に伏して、悶絶し始めたのだ。赤城の異常を察した生徒たちが赤城の周りに集まってくる。
「お、おい、どうした。大丈夫か?」
「ああ……なんか、急に……は、腹が……痛く…ほわっ!」
赤城は急な腹痛に苦しみ、生徒たちに抱えられて保健室へと連れられていった。
さっきまで何ともなく元気に走り回っていたのにと、誰もが不思議と思う中、爽太は魔女が居る場所―キャットウォーク―を見上げた。
魔女は爽太からの視線を外し、空口笛を吹く。
如何にもな訝しげの態度に、魔女の仕業だと察するが――
「だけど、なんで……?」
真意が不明だった。
一方試合は、赤城は試合に戻ってこないと判断されて、赤城の代わりに補欠メンバーが参加して試合が行われた。
突然、チームの要がいなくなったことで、二年四組のBチームのチームワークはバラバラになってしまい、拙攻でろくに得点出来ず、試合に負けて優勝を逃してしまった。
この結果は、爽太が予見したものとは違うものだ。魔女の邪魔が入るとは、まったく予測していなかったからでもある。
爽太は改めて魔女の方に視線を向けると、魔女は微笑みを浮かべて手を振ってきたのであった。
■■■
球技大会が終わり、後片付けの時間。
「お疲れさま!」
生徒の群れから離れている爽太に、魔女は気兼ねなく声をかけてきた。
「別に、それほど大して疲れてはいないよ。鼻血のお陰で、試合に出なかったし」
「それは結構。しかし、見事にハズレたわね。爽太の予見が」
忌み嫌う特殊な能力だが、それでも外れたことに気分を害する。その上、魔女が何かを仕掛けたのかは明白だった。
「そのことだけど、魔女さん。何かした? あのバスケ部のキャプテンが、突然体調を崩すなんて……」
「あら、わかっちゃった?」
茶目っ気たっぷりにペロッと舌を出す魔女。だが、爽太は表情を崩さずに、ジッと見つめた。
「……言ったでしょう。先見の明を実際に見たかったのよ」
「だったら、なぜ……」
「なぜ、予見が違うようにしたか?」
自分が言おうと台詞を魔女に言われてしまい、口を閉ざす爽太。
「もし爽太が特異な先見の明の持ち主だったら、私がこういうことをするとか、または二年五組Aチームの優勝を予見出来たはず。だけど、出来なかった。それは爽太の先見の明が、ただの“予測の領域”だからよ」
「予測の領域?」
「前に爽太が言った通り、存在している情報を組み合わせて未来を予測しているって。そして実際に、その通りだった。もし爽太が“予知の領域”の先見の明の持ち主だったのなら、ちょっと相談に乗って貰おうと思ったけどね」
「えっと……その、予測の領域と予知の領域って違うんですか?」
「まあね。といっても私が勝手に決めつけているだけど。予測はさっき話した通り。そして予知の方は、情報が無くても未来を予見できる能力。予知夢とかが、それに該当するかな。ただ予知は、私が知る限りでは自分の好き勝手に使えない力だから、使い勝手が悪いのよ」
「はあ……。それじゃ魔女さんは、自分の先見の明が予測か予知のどちらかの領域であるかを知りたかったということですか?」
「そういうこと。やっぱり爽太のは予測の領域の先見の明だった。でもね、それはそれで、気になることがあるの。それなら私と初めて会った時に、なぜ私の未来が見えてしまったのか」
一瞬で爽太の頭に、あの時見えた破滅的未来の光景がよぎる。また身体の体温が奪われて、妙な寒気がした。
「今回の結果や爽太の話しを踏まえると、もしかしたら予知の領域の素質を持っているのかなと思ったけど……おっと」
青ざめる爽太に気にせず魔女が話しを続けていると、こちらへ一人の女子が近づいてきた。
女子用の赤色のジャージを着たショートヘアーの女子が爽太の前にやってきた。胸元には『尾林』と刺繍されている。
魔女の姿は爽太以外に認識は出来ないので、彼女にとって、ここには爽太と自分しか居ないと思っているだろう。
「あ、あの……。藤井くんですよね。私、尾林稀衣と云います。そ、その……」
稀衣と名乗った女子の躊躇い恥じらうような姿に、魔女は察した。
『これって……もしかして、愛の告白! キャァッッ~~!』
一人テンションが上がる一方で、爽太は冷静に稀衣の方を見る。これまでの人生経験から告白されるようなことは無いと構えていた。だからこそ、見知らぬ女子が自分になぜ話しかけてきたのかが疑問だった。
もごもごしていた稀衣は意を決したのか、真面目な顔つきとなり、口が開く。
「私が、いつ死ぬか、教えてくれませんか?」
突然で突拍子の無い稀衣の発言に、爽太と魔女は共に、
「「……はい?」」
呆気に取られてしまったのであった。