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-6- 未来が解った所で、どうにもならないですよ

 チャイムが鳴り響いた。


「ふー」と爽太は一息をついた。


 本日最後の物理のテストが終わり、中間考査は難なく終了したのである。

 今朝爽太は、携帯電話にセットしていた目覚ましアラーム音が鳴る一時間前に起床した。久方ぶりにぐっすりとよく眠れたからなのか、頭の中が非常にスッキリしていた。目の下のクマも若干薄くなっているような気がした。


 それ故に、一夜漬けではなく朝漬でテスト勉強をしたものの、かなりの数を暗記が出来てしまい、普段よりもスムーズに思い出せてペンを動かせた。

 爽太は高得点を取れた確信と共に鞄を手に持って教室を出たのだった。


 中学校までならテストが終了したのなら、それで放課後に突入するものだが、ここは高校。テストが終わった後も授業があるのだ。


 今はお昼休み――他の生徒たちがテストの苦楽を語ったり、業者が配達してきたパンや弁当が売られている購買へと向かっている賑やかな廊下を、爽太は自分の存在を消すかのように静かに進んでいく。


 友達が居ないので教室で独り弁当を食べるのは寂しい……という訳ではないが、教室よりも良い場所が有るので、そこへ向かっているだけだ。

 爽太は本校舎の三階にあるコンピュータ(情報処理)室の扉の前で足を止めた。


 実は、爽太はコンピュータ部に所属しており、ここは部室として扱われているのだ。かつては人気部活の一つで、部員や他の生徒たちがネットサーフィンやオンラインゲームをプレイしたりと盛んだったらしいが、スマートフォンといったモバイル機器の普及と、家庭どころか一人一台パソコンを所持する世の中になってからは、コンピュータ部は閑古鳥が鳴いてしまっていた。


 爽太が人気の無い部活に入った理由として、スポーツとかの運動競技が苦手であるため、自然と文系的な部活動を選んだ。帰宅部でも良かったが、暇を持て余してしまう。そして、マンガやアニメといった趣味を失くした爽太にとって、唯一興味を持っていたのがコンピュータ……細かく言えば、インターネットだった。


 こういった特別教室には鍵にかかっているものだが――爽太は何気無く扉の取っ手に手をかけて引くと、抵抗無く開いた。


 室内に進み入ると、二世代前の薄型パソコンが並ぶ教室の奥で、眼鏡をかけた一人の男子生徒がパソコンを操作している姿があった。


「勢川部長」


 爽太の呼びかけに男子は反応して、こちらへ顔を向けた。


「よう、藤井。テスト、どうだった?」


「いつも通りに普通ですよ」


「普通か。まあ、藤井はそつなく普通に良い点を取るからな。一度いいから見てみたい、お前が悪い点を取る所」


「なんですか、それは?」


 爽太は愛想笑いで返しながら、勢川の隣の席に座った。

 勢川春人は三年生でコンピュータ部の部長。友達では無いが、爽太が唯一普通に話せる相手だ。


 部員数は一応七人が在籍していることになっているが、ほとんどが幽霊部員(部の存続のための名義貸しと、遊び半分での入部)なのである。積極的に部活動をしているのは爽太と、この勢川だけだった。


 部活内容は、各自勝手にプログラミングをしたり、学校のサイト(HTML)を作成・更新作業がメイン。他にはネットパトロール……学校のサイトや生徒たちのソーシャルネットサービスを監視している。それが爽太がこの部に入部した理由でもあった。


 先見の明を発動させる為には、様々な情報を集めなければならない。現代においてインターネットは、情報収集ツールとして非常に優れている。自ずとネットで情報を集め、知ることが爽太の唯一の趣味としてあるのだ。


 爽太はパソコンの電源を入れつつ、勢川に話しかける。


「居るとは思っていましたけど、引退はしなくて良いんですか? 今の時期、どこの三年生は引退しているものでしょう」


「文化系の部活はこんなもんだよ。運動部は大会とかが引退の節目になるけど文化系にはそういったものがないからな。引き際が決め難いんだよ。それにオレが辞めたら、お前が寂しがると思ってな」


「別にそんなことは……」


 会話している間でも勢川は顔をモニターに向けたまま、キーボードに打ち込む手を止めなかった


「ところで何をしているんですか? また、サイトの更新を頼まれたんですか?」


「そうよ~。タダッチ(コンピューター部顧問の先生の愛称)から来年のスケジュール表の更新と明日のクラスマッチの組み合わせ表を掲載してくれと頼まれたんだよ」


 クラスマッチ――要は球技大会である。中間考査明けに催される恒例の学校行事だ。モニターには、男子はバスケット、女子はバレーと球技内容も表示されていた。


「あ、そうですか……」


 前述の通り、爽太は運度は苦手である。ましてや団体で行うものは気疎かった。テスト勉強疲れをリフレッシュさせるため、スポーツで気分転換を図って欲しいという学校の気遣いも爽太にとって煩わしいものでしかなかった。


 爽太は鞄から弁当を取り出すと、ようやく電源入れたパソコンが完全起動した。旧式のパソコンなので起動まで時間がかかる。家のパソコンはすぐに起動されるので、学校のパソコンに不満を感じてしまう。それにCPUも貧弱なので動作も遅い。しかし、学校備品にケチを付けてもキリが無い。


「まあ、オレが引退したら、この手の仕事は全部、藤井がしなくちゃならないからな。後は頼んだぞ」


「もちろん、わかってますよ」


 気のない返事で答えた。サイトの更新程度の作業なら、大した労力では無い。すでにフォーマットが用意されているものばかり。それに勢川たち先輩がマニュアルを作成しているので、例え一人になったとしても不安は無い。


「よし、OKっと。後はタダッチにメールを出してと……」


 そうこうしている内に、勢川は作業を終えて作業完了報告をメールで送信した。


「あ、藤井。さっきの引退の云々の話しだけど、俺は冬休みが終わったら引退するからな。来年三学期からオマエが正式の部長だ。そのつもりで構えておけよ」


 部員は七人いるが、先ほどの通り、勢川と爽太しか活動をしていない。有無を言わずに次期部長は爽太に任命されるのは自明の理だ。


 そして今は十二月初旬。ということは――


「え、一か月後ですか?」


「といっても、部室の鍵は今渡しておくよ」


 勢川は胸ポケットから鍵を取り出し、爽太の前に差し出す。


「え? なんで、です?」


「少しずつ責任移譲をして、慣らして行こうと思ってな。鍵を渡したからには、俺より早く部室に来ないと行けない責任が発生する訳だ」


「は、はあ……」と覇気のない返事をすると、爽太の手のひらに鍵が落ちてくると共に、部長の責任の重圧を少し感じた。


「さてと……ああ。それと部長になったからには、なんかアプリとかでも作って、何かしらのコンテストにでも出せよ。部として相続させるためには何かしらの実績を残さないといけないからな」


 勢川はプログラミングを趣味としており、独学でアプリケーションソフトを作成できるほどの腕前だ。ついでながら、文化祭で勢川が作成したオリジナルゲームを展示したりもした。


 爽太は参考書片手ならば、プログラミングは出来る……素人に毛が生えた程度のスキルしか無い。


「……まあ、考えておきますよ」


 サイト更新だけならどうにか出来るが、自分で組み立てるプログラミングとなると難しい話しになる。こればかり先見の明で答えを予見できないのだから。だが、いざとなればサンプルプログラムを元にして作成すれば大丈夫だろう。


「あれ? 冬休みが終わってからということは、勢川先輩は冬休みの間に受験勉強とかはしなくて良いんですか? というか、進学とかはするんですか?」


 年の暮れ――そもそも三年生が、この時期にこんな風にパソコンを弄ってうつつを抜かしている暇などあるはずが無い。


「とりあえず当初の予定通り、プログラムとかネットワーク関係が学べる専門学校に通うよ。既に入学届けは出しているし、あとはお金を振り込むだけだ。だから受験勉強なんかしなくて良いんだよ」


 専門学校は願書を出して入学金を支払えば、よほどのことが無い限り入学は出来る。だが、爽太は納得できなかった。


「大学には行かないんですか?」


 勢川は学年でも上位に入るほどの成績優秀者。普通なら大学進学……むしろ、プログラム関係が学べる大学に進学すれば良い。


「大学は将来何をするかを決めていないヤツと学歴コンプを求めるヤツが行く所だ。オレは将来、何をすべきかを決めてあるから、最短の道の進むだけだよ」


 二年ほどの付き合いだが、合理的な勢川らしい考えだと爽太は思った。


「だけど、親とか担任とかは何か言ってきたでしょう?」


「まあな。でも、昔からコンピュータ関係のプログラマー職に就きたいと思っていたし、大学に進学しても結局はその手の職に就くつもりだから、遠回りと時間の無駄になるだけだ」


「そうですか……。そうだ、勢川先輩。一つ訊いても良いですか?」


「なんだ?」


「どうして、プログラマーになりたいんですか?」


 何気ない質問だった。コンピューターが社会に普及しきった現在で、プログラミングのスキルを有していれば、仕事に困ることないだろう。だが、溢れる熱意を持てるほどの職業だと思えなかった。


 初めて勢川の手が止まり、深く考え込むように腕組みをした。


「そうだな……。今の世で、プログラミングが一番創造性があるからかな」


「創造性?」


「言ってしまえば、何でもできるということだ。一昔、セカンドライフとかいうデジタルの世界に、本物の世界を創ろうとしたサービスとかが有ったりしてな、まあそれは失敗したけど。なにはともあれ、まだ可能性が秘められている世界だと思ってな。それに考えてみろよ、自分が全世界中の人たちに利用して貰えるようなサービスやソフトを造ることができたらって、ワクワクしてこないか?」


「神にでもなろうとしているんですか?」


「神、いいね! よーし、プログラミングの神になっちゃうぞ!」


 爽太は思わず一笑してしまった。しかし、将来に希望を抱いている勢川が眩しく見え、そして儚くも感じた。だけど、一生懸命の人間を否定するほど、愚かではない。先の無い未来が訪れたとしても、勢川の夢が叶うことを黙って願ってあげたのだった。


「ところで、藤井。そういうお前の進路はどうするんだ?」


「……まだ、決めてはいませんよ」


「そうか……。まあ、お前もコンピュータ関係の職に就きたかったら、今の内にプログラムの勉強は当然として、資格を取っていた方が良いぞ」


「そうですね……考えておきますよ」


 と言うもの、爽太にとって必要な無いと論結している。勢川と違って、希望など無いからだ。

 勢川のパソコンから「ピコーン」とメールの受信音が鳴った。タダッチから、更新されたサイトを確認したというメールだった。


「よし、作業終了と。そうだ、藤井。暇だったら、ちょっと手伝ってくれないか?」


「いいですよ。何をすれば良いんです?」


「ちょっくらデータテーブルにデータを入力してくれないか。ファイルは共有にあるから、そこから持ってきてくれ」


 爽太は弁当を食べながらマウスを操作して、共有フォルダから『勢川』フォルダにマウスカーソルを合わせてダブルクリックをした。


「これは何ですか?」


「ちょっと面白いアイディアを思いついたんだよ。新しい検索システム……未来のことが解る検索システムをな」


「未来のことが……解る?」


「そう、名付けて未来検索。未来の出来事を調べる……いや、導きだせる検索システムだ。どうだ、面白いアイディアだと思わないか? 先のことが解れば、何をすれば良いのか判断し易くなるだろう。まだ、スケジュール表のタイムライン的なイメージだけど、それを膨らませていければなと思っている」


 勢川の自信有りげな笑みを浮かべている表情とは対照的に、爽太は冷めた表情を浮かべていた。


 先見の明――未来が解る能力を持つ爽太にとって、勢川のアイディアがひどく滑稽に思え、


『……未来が解った所で、どうにもならないですよ』


 そう心の中で呟いた。


 爽太は、ふと窓から外の景色を伺う。今日もどんよりとした灰色の雲が空を覆っていた。明日、雪や雨でも降ってくれれば球技大会が中止なるのにと、思いを馳せるが、すでに明日の天気が何であるかは爽太は解っていたのだった。

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