-3- 生きるのが苦しいだけの世界になるから
寒空の下で話し合うのも如何なものかと、爽太は自分を“魔女”と名乗った女性に先導されて、ジョイフルという名のファミリーレストランに入っていた。
普段なら心地よく温かい室温に安らぎを感じる所だが、今日は違う。なぜなら、対面にはとびっきりの美女が座っており、しかも女子と二人きりでファミレスに来るのは初めての経験なので、妙な緊張をしていた。
一方女性は早速とメニュー表を手にしてを眺めては、
「こういったファミレスのデザートって、結構凝っているのよね。あら、このチーズケーキ、美味しそう。あ、この季節限定のパフェも捨てがたいわね。両方いっちゃおうかな? おっ! 極太ホットケーキ……ごくり。これも良いわね」
和気陽々と選んでいた。
「君はどうする? 私がお誘いしたから、約束通り奢ってあげるわよ?」
「あ、いや、別に……」
爽太はメニューを持たず、椅子に浅く座っていた。美女と二人きりでのファミレスと彼女のノリに未だ馴染めずに、静かに座していた。むしろ用事をさっさと済ませて、迅速に帰りたかった。
「あら、そう?」
恐縮する爽太に気に留めず、女性はメニュー選びに戻る。
「……よしっ! これに決めた!」
メニューが決まると、慣れた手つきで呼び出しボタンを押したが、人手不足なのかすぐに店員は来ずに、暫し待ちぼうけ。
この隙に話しをしようにも、女性はメニュー表から目を離さずに眺めていた為に、機を掴めずにいた。
「お待たせいたしました。ご注文をお伺いいたします」
店員がやって来ると、魔女はメニュー表をテーブルに置いて、指差していく。
「えっとね。このホワイトチーズケーキに、季節限定のイチゴスペシャルパフェ。と、極太ホットケーキ、三段……いや、五段で。飲み物はロイヤルハーブティーでお願いします」
悩む必要が有ったのかと思うぐらい気になっていたものを全部頼み、店員は慣れた手つきで機械的にタブレットに入力していく。爽太にも注文を伺ってきたが特に食べたいものが無く断ったのだが、女性は気を使ってドリンクバーを頼んでくれた。
注文した品が届くまでの時間潰し……もとい、本来の目的を為そうと、爽太が話しかけようとしたが、
「そう言えば、自己紹介的なものはまだだったわね。君の名前はなんていうの?」
先に女性の口が開く。
名前も知らない相手とファミレスに来たことに、今更ながら異様な出来事だと思い知りながら、爽太は自分自身に呆れてしまう。
「……名前は藤井爽太。碧海高校の二年生です」
少しだけ自分の名前を名乗るのに躊躇ったが、先ほど未来の話しを明かした手前、些細なことだった。それに、彼女の瞳に見つめられると、自然と自供してしまう気持ちになってしまう。
「ふじい、そうた……ふーん。素朴で良い名前ね」
爽太的には『太』と言う名前が古臭くダサいと感じており、あまり好きではなかったが、他人から褒められるのは悪い気はしない。
「そういう、お姉さんは?」
「あら? さっき言ったじゃない。魔女だって」
魔女――少なくとも名詞で有って、名前では無い。
出逢った時にも、そう名乗ったのを思い出す。ギャグのつもりで言ったのだろうかと考えたが、自分は本名を名乗ったのだから、彼女の方にもそれを求める。
「あ、いや、そうじゃなくて……本当の名前の方なんだけど」
「名前ね……。初対面の人に名前を教えるのはイヤなのよね。だから、君……爽太の好きなように呼んでくれても良いわよ。思いつかなかったら、魔女で良いわよ」
不躾なことを、ニッコリと笑って答えた。当然、爽太は納得は行かなかったが、彼女の微笑みを見ると、義務的に従わざるえなかった。
爽太は冷静に考える。自分を魔女という彼女を推察した。
これまでの言動や真冬でも薄着のワンピースといった姿に、彼女は間違いなく不思議ちゃん。だと確信した。
「さて、爽太。それで、どんな話しをしてくれるのかな?」
無邪気な笑顔から一変、怪しげで妖艶な微笑みを浮かべる魔女に、不意にドキッと心臓が高鳴ってしまった。
催促されたのと、ここにやってきた本題を早く片付けて立ち去りたいのもあり、自分の特殊な能力―未来が解る―を踏まえて、どうせ話したところで信じられる訳がないと少し諦念になりつつ話すことにした。
「……いきなり、こんなことを言って変だと思いますが、貴女を見ていたら、まるで世界が滅んでしまったようなシーンを見てしまったんです」
「そうみたいね。で、重要なのは、何故それが見えてしまったの?」
「自分は、時々、未来が解る……いえ、見える。といった方が正しいかな。色んな情報が揃うと、未来が見えてしまんです」
「へ~~、面白いことを言うわね」
魔女はまるで子供が新しい玩具を目にしたように瞳を輝かせた。
「普通は、その人の趣味や状況といった個人情報が、ある程度揃ったら、映像が見えてくるんです。未来の映像が。でも、貴女の場合は全然違った。一目見た瞬間、映像が浮かんだ。いや、焼き付いてきたんです。あの、世界が滅んだような映像が……」
「それで思わず、私に話しかけてきたのかしら?」
「ええ、そうです……」
今でも本当に不思議で堪らなかった。何の情報も無いのに、未来の映像が見えてしまった――それだけで、目の前に居る女性が普通ではないと予感めいていた。だが、こうして二人きりで話していて、彼女がより普通ではないと充分実感している。
「そうか、見えてしまいましたか。私の未来が……ふふ」
魔女は何故か苦笑した。グラスを手に取ると、水を一口飲んで改めて話しかける。
「なるほどね。爽太の特殊な能力は、“先見の明”というヤツね」
「……先見の明?」
「そう。予想や予測と、人なら誰しもが兼ね添えている能力だけど、それのスゴイバージョンみたいなものね。爽太の能力は」
爽太はキョトンとして、魔女の方を見た。
自分の話しを真面目に聞いてくれて、かつ理解を示してくれたのには、驚きと共に嬉しさが込み上げてくる。
これまで自分の能力を仲が良かった友人に話したことは有ったが信じて貰えず、はては、それが原因で“独り”になってしまった。
先ほどの魔女の言葉の中で、特に引っかかった部分を訊ねる。
「その先見の明って、誰もが兼ね添えている……って、どういう?」
「そもそも人は、予定を立てて行動する生き物よ。つまり、誰かのスケジュールを把握すれば、その人が何をするかはある程度予測できるでしょう。爽太の話しを聞く限りでは、情報を組み立てることによって未来を予測しているだけのことよね」
その通りだ、と爽太は簡潔に説明する魔女の言葉に大いに頷いた。
しかし、自分の場合は、その予測が映像で見えてくるのだ。そのだけでも自分自身が奇異の存在だと実感している。
「でも、映像が見えるというのはスゴイことよね。予想、予測……いえ。爽太のそれは“予見”と言った方が正しいのかな。場面を想像みたいなのをしているの?」
「無意識にしているかも知れません。情報が詳細に揃えば、見える映像も鮮明に見えてきます。でも……」
途中で言葉が詰まるも、魔女は察した。
「普段なら情報が揃わないと見えない未来の映像が見えてしまった。それが爽太がもっとも気になっている点かしら?」
爽太は黙って頷く。
「確かに不思議がるのは納得だわね。でも、私にはその理由が解るわ」
「ほ、本当ですか?」
「なぜなら私は“魔女”だからね」
暫しの沈黙――その間、『自分も未来が見えるとおかしなことを言っているけど、彼女も大概だよな』と爽太は心の中でぼやいた。
「……そんなことを前にも言ってましたよね?」
「だって、本当のことだもん」
お茶目な口調で答えたので、爽太の猜疑心が増す。それが表情にも出ていたのか、
「あー、その顔は信じてないな~。もう、私は爽太の言っていることを信じているのに。まあ、私のことを信じようが信じまいかは個人の自由だけど……。私が爽太のことを信じているのは、その未来に思い当たりがあるからよ」
「思い当たりが、ある? それって……」
その言葉の意味は、彼女も自分と同じ能力(先見の明)を持っていると案に示しているということだが。
「といっても、私の場合は“直に”見てきたからね。未来を」
サラリと吐露した内容に、爽太の心に強く引っかかった。
「直に見てきた?」
「そう。私は魔女だからね。未来に行ったり、過去に行ったりする……所謂、タイムスリップ的なことが出来るのよね。爽太、自信を持ちなさい。今の所、未来は遅かれ早かれ、君が見た通りになってしまうわよ」
先ほどの軽い口調とは打って変わって、魔女は真剣な眼差しを向けながらハッキリと答えた。嘘も冗談も微塵も感じられない確かな言葉に、冗談では無く真実だと実感させられた。
爽太は「はは……」と乾いた笑い声を出して、力無く背もたれに寄りかかった。
自分が見た未来――世界が崩壊……滅亡したようなシーン。あれが現実に訪れると魔女からお墨付きを貰ったようなものだ。
しかし、落胆しているが、絶望に打ち拉がれている訳ではなかった。
『やっぱり、そうなのか』と達観していてた。
さほど落ち込んでいない爽太の様子に、魔女は察する。
「やっぱり爽太も、あの破滅的な未来に思い当たるがあるのね?」
先見の明―未来が解る能力―を持っているのなら、未来を知ろうと思うのは自明の理だ。
「小学生の夏休みの時に未来の世界を知ろうとして、予見を試みたことがあります。それで……」
予見した未来は、世界は崩壊し、人々が苦しんでいる、先の無い未来。どんな情報を集めても、行き着く結末は同じような悲劇的なものだった。爽太が先の無い未来に希望が持てず、人生に辟易している理由でもあった。
「なるほどね。それが生気が無い瞳の理由かしら」
爽太の淀んだ瞳を見つめる魔女。
(いや、それ以外にも……)
絶望を知った深い哀しみを宿していることに気付くも、魔女は胸中に秘めた。
(先見の明で何かしらのトラウマを抱えてしまったのね。それを今、訊くのは野暮かしらね)
魔女は優しく微笑んだ。爽太が抱える悲しみと諦観を少しでも和らげるようにと。
「まあ、なにはともあれ。未来を知ることが出来る者同士が、同じような未来を見た訳だし、世界が滅亡がするまでに有意義に過ごすことね」
「……そうですね」
辛辣な魔女の言葉を爽太は素直に受け止めた。日頃、自分が呟いているからだ。
『四十歳まで生きれれば良い。それ以降の世界は、生きるのが苦しいだけの世界になるから』
爽太自身は破滅的な未来をどうにかしたいとも思わないし、一個人の力ではどうにか出来る訳が無い。それに、かつて未来を変えようとしたが、その試みも失敗した経験があった。
そうこうしていると店員が注文した料理を持ってきた。
「おまたせしました。ロイヤルハーブティーにホワイトチーズケーキ、季節限定のイチゴスペシャルパフェ、極太ホットケーキ五段重ねです」
「わっふ~~! きたきた!」
まるで誕生日ケーキを前にした少女のように瞳を輝かせては、ケーキを頬張る魔女のあどけなさに、先ほどの重たい空気は何処へやら。爽太はつい薄っすらと笑みを浮かべてしまった。
「ん~~、おいひい~~!」
未来の世界が滅んでしまうのなら、今この時を限りなく楽しむべきだ。そう示すように、魔女は目の前に並んだ料理を美味しく味わう。
魔女の美味しく食べる姿を眺めながら、爽太は妙にスッキリしていた。
長年、自分の能力(先見の明)を誰かに話せず内に秘めていたのだが、謎めいた不思議な人であれ、理解を示してくれたことに、そして世界が破滅する未来という秘密を分かち合えたことで、普段重く感じていた心が幾分軽くなった気がしていた。
「こうして誰かと対面で話したのは久しぶりで緊張しましたけど、なんか楽しかったですよ」
「そう? まあ、私も久しぶりに人と話せて良かったわ。さてと、おかわりでもしようかな」
あれ程有った料理が、いつのまにか全て平らげており、魔女は再びメニュー表を手に取った。
「え? まだ、食べるのですか?」
「ふふ。デザートは別腹って言うでしょう!」
「え……さっきの料理もデザート……」
その言葉に魔女の無邪気な笑みで返してきて、爽太は苦笑するしかなかった。