-35- それは素敵な未来ね
稀衣の命を救った怒涛の一件から一週間が過ぎ、年が明けた。
正月の恒例行事と言えば、初詣だ。
近所の神社に来ていた爽太と稀衣は拝殿の前に立ち二礼二拍手をし、合掌してお祈りを唱えていた。
町内の人たちがほとんど集まっているかと思うぐらいに、大勢の人たちが爽太の後ろに列をなしていた。
奉告が終わり一礼してから隣に居る稀衣の方を覗うと、まだお祈りが終わっておらず、黙々と拝んでいた。稀衣は赤を基調とした振袖を身にまとっており、その大和撫子の淑やかな姿につい見惚れてしまう。
稀衣の奉告も終わったようで一礼した。二人は順番待ちの人にその場を譲る為にそそくさと退いた。次に、参拝後の定番のおみくじ売り場へと向かう最中、爽太が何気なく訊ねた。
「尾林さん、真剣にお願いしていたね。なにをお願いしていたの?」
「な・い・しょ! 藤井くんは?」
「……尾林さんが内緒なら、自分も内緒だよ」
「えー! ひどーい!」
内緒にする内容ではなかったが、つい稀衣の冗談に乗っかってしまった。改めて教えようとしたが、
「ひゅーひゅー、お熱いわね!」
人混みを嫌い、参拝の行列に並ばないでいたマギナが仲睦まじい二人の様子にイタズラ笑みを浮かべてはやし立ててきた。
「ま、マギナ!」
マギナの片手には甘酒が入った紙コップを持っており、一杯引っ掛けていた。その甘酒を一口飲んで「ぷはー!」とオヤジっぽい所作して見せて、爽太が呆れる。
「もしかして、酔っ払っている?」
「大丈夫、大丈夫。たかが甘酒で酔っ払いませんよ。ところで、どう体調の方は?」
「ええ、特に問題はありません。普通に生活が出来ていますよ」
「稀衣の方は?」
「はい、私も大丈夫です」
爽太の魂に共有させた後、爽太は今回の事情を稀衣に話し、マギナについても紹介した。(ただし、キスしたことについては伏せてある)
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マギナが行った処方(苦肉の策)は“魂の共有”であった。
爽太の魂を稀衣に分け与えたと言うべきか。一つの魂を二人で使用させているという状態。簡単に言えば、パソコンの共有フォルダと同じような仕組み。爽太の魂を共有フォルダのように共有化させて、稀衣にも使用できるようにしたのだ。
勝手に魂を共有させたことに稀衣は、
「魂を共有……そうか、それで私は生きていけるんだね……」
素直に聞き入れて信じてくれた。
マギナと爽太は拍子抜けしてしまった。彼女にとって生きていられることの方が、マギナのことや魂を共有させたことよりも大切だったのだ。
「だけど本当に良かったの? その、自分と魂が一緒みたいになっちゃって……」
「そうするしか、私が助かる方法が無かったんだよね? だったら、しょうがない……うんん。この場合はしょうがなくは無いか。お礼を言わないとね。私を助けてくれてありがとう、藤井くん。それと……ど、どうしたの藤井くん?」
感謝の言葉に爽太は無意識に涙が流れていた。
「いや、なんでだろう……。尾林さんが、そんなことを言ってくれるとは、思ってもいなかったから……」
稀衣の望みよりも自分本位の願いでの行為だったことに、冷静になった今では軽率な行為だと理解している。だけど“何をしてでも生きて欲しい”という純粋な想いの衝動に駆られたことによる行動だ。
稀衣は自分のハンカチを取り出すと、爽太の涙を拭った。
「それに藤井くんが……私のことを好きだって言ってくれたから……」
「え……」
正直に言えば、爽太は、稀衣の好きなタイプとは正反対なタイプ。明るいスポーツマンが“これまでのタイプ”だった。
「だから私も藤井くんのことを好きになろうと思ったから……。こんなことになっても大丈夫だと思ったの」
「えっと……、それって……」
お互い見つめ合う。爽太の方が照れて視線を外した。
ときめき輝く桃色な空気を切り裂くように、
「コッホン!」
マギナがわざとらしく咳をして、全て見通すプロビデンスの目のような冷淡な眼で稀衣を凝視する。
マギナはこの様な結果になったことに、完全には納得していない。
魂を共有する措置は、人間としての範囲を超越させてしまった。自分自身と同じように、普通の人間とは“ならざるモノ”にした自責の念を覚える。無表情でいたつもりだったが、憂いた気持ちが僅かに顔に滲んだ。
「……マギナさん、そんな顔をしないでください」
稀衣が優しく言った。
「さっきも言ったけど、こうするしか私が助かる方法は無かったんですよね。死んでいた私を甦させてくれた。藤井くんもそうですけど、マギナさんも私の命の恩人です。ありがとうございます」
マギナは目を伏せて、改めて熟慮する。
基本的には爽太の魂に共有させただけ。稀衣の身体などには何も手を加えてはいない。時間が経過すれば、身体は老いて劣化していく。
ただ普通の人と違うところは、爽太が死ねば稀衣も死んでしまう。逆も然り。そして特に懸念することは、万物の精神には稀衣の運命が存在しないということ。だけど、マギナ自身も万物の精神に存在しないモノとなっているが、現時点で問題は起きてはいない。
「極力普通の人間としての一生を過ごせると思うけど、爽太の魂と共有しているから、どちらが命を落とすことになったら、片方も命を落としてしまう。そうしたら今度はどうすることも出来ないからね。それと稀衣の魂は万物の精神に存在していないから、どんな未来が待ち受けているか解らない。稀衣、貴女はこれから何が起きるか解らない未来を生きていくのよ。覚悟はいい?」
ありのままを伝えた。下手に隠したところで二人の為にならないと判断したからだ。自分の命を相手に預けているようなものだ。不安に襲われてても仕方無いはずだが、稀衣は穏やかだった。
「……はい。私は助けて貰った命を、藤井くんの為に出来るだけ長く生きていきます。それに私は藤井くんやマギナさんみたいに未来が解らないし……。そもそも普通、未来は解らないものだから」
稀衣の発言に、マギナと爽太はあ然としてしまった。二人にとっては未来が解ることが当然となっていたからである。
マギナは思わず笑い出してしまった。今まで自分の常識に囚われていたのだと、目から鱗が落ちる代わりに涙が溢れた。
「そうだったわね。普通はそうよね。未来なんて、先が解る方がおかしいものね」
稀衣は魂が共有されたことに恨んだり、忌み嫌ってはいない。本人がそれで良いと言うのならそれで良いと、マギナは自己完結した。
変えられない運命を変えられて、一人の女子と一人の男子に生きていきる希望を与えられた。
「終わり良ければ、それで良いか」
しかし二人の様態が気になり、マギナは暫く滞在することにしたのだった。
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それから七日間……二人は普通に日々を過ごし特段問題は無いように見えたが、一つだけ大きな変化が有った。
「ねぇ、マギナ。なんで未来が予見出来なくなったと思う?」
事の発端は、爽太が稀衣の未来を予見しようとしたが出来なかったのだ。
万物の精神に存在しないからと思ったが、他の人の未来も予見することが出来なかったのである。今も参拝客を観察していたが何も見えない。以前だったら数人ぐらいの未来が端無く予見出来ていたはずなのに。先見の明が使えなくなっていたのだ。
「やっぱり魂を共有したからでしょう。超常的なことなんだから副作用の一つぐらい有っても不思議じゃないわね。でも、結果的に良かったんじゃない? 使えなくなったのは。未来が解ることは必ずしも幸せになるとは限らない。それは爽太が身を持って経験してきたでしょう?」
未来が解ったことで、他人を不幸にして人間不信になっては自閉症的にもなったりした。先の無い未来に希望が持てなくなっていた。
「だけど、悪いことばかりじゃなかった。それにこの力が有ったから尾林さんを救えたようなものだし……」
「まあ、実際に助けたのは私だけどね」
マギナは冗談交じりに、敢えて自分の功績を補足して、話しを続ける。
「でも、爽太はこれからが大変なのかも知れないわね。今まで未来が解っていたから楽が出来た分もあるし、間接的に危険も回避することが出来たのもあるかも知れない……」
「……尾林さんも言ってたじゃないか。普通、未来は解らないものだって。普通になっただけに過ぎないよ」
「普通に、ね……」
「だからこそ普段以上に気を付けないといけないよね。だから、さっきのお参りで無病息災や健康長寿を祈ってきたしね」
若者とは思えない祈願内容だったが、自分の生死が稀衣の生死にも関わる。生きていく為の心掛けの表れだろう。
「あ、藤井くんも私と同じことを祈ったんだ」
稀衣も同じ内容だったことに顔がほころぶ。
二人共、魂が共有された人生を生きていく覚悟があるということだ。今さら確認する必要が無いことでもあるが。
「覚悟があるのなら、それで良いわ。もう一人の身体じゃない訳だし、二人分の命を背負っているんだから……って、どっちにしろ結婚をしたのなら自ずとそういうことになるものだから、ちょっと早まっただけか」
「「け、結婚っ!」」
爽太と稀衣は“結婚”という言葉に大いに反応すると、一瞬で顔を赤らめてしまった。
この二人ならば大丈夫だろうとマギナは気散じ、甘酒を飲み干した。空いた紙コップはゴミ箱まで捨てるのが億劫だったのか、魔法で分解処理して消滅させた。
「さて、ここ暫く様子を見てきたけど別段問題は無いみたいね。私のお役目も終わったということで、ここでお別れしても大丈夫でしょう」
意表をついた発言に爽太と稀衣は共に「えっ!」と一驚し、
「お別れって……マギナさん、どっかに行っちゃうのですか?」
稀衣が再確認をした。
「まあね。ちょっと長く滞在し過ぎたわ。私には世界の滅亡を回避させなきゃいけない重大な使命があるからね」
マギナの本来の目的は、変えられないはずの世界滅亡の運命を変えること。その為に変えられない死の運命にあった稀衣を救うことが出来れば、世界滅亡の運命を少しばかりでも変えられる足掛かりになると思ったからだ。
その甲斐あって死者を甦させるという不可能だった、これまでの常識を変えることができたのは、大きな一歩なのかも知れない。ただ稀衣を生存させたことで万物の精神の運命にどう影響されるかは、まだ不明ではある。もう少し様子を見ておきたいが、何かあればすぐ戻ってくれば良い。待つ間、暇を持て余しては時間の無駄だ。
「それじゃ行くわね。これ以上、稀衣に嫉妬されたくないしね」
「あ、いや、そ、そんなことは!」
また顔を真っ赤にして稀衣が慌てふためいた。
マギナが爽太の家に居候していることを告げた時、稀衣の機嫌が明らかに悪くなった雰囲気を感じ取っていたのである。男女が同じ屋根の下で暮らしているとならば、変に勘ぐってしまうもの。ましてや気になる相手ならば尚更だ。
「あっ! でも爽太と別れたくなったら、すぐ私を呼びなさい。すぐに爽太との魂の共有を止めて、別の人の魂と共有してあげるわよ」
「だ、大丈夫ですよ! 信じてますから、藤井くんのことを!」
稀衣の言葉に爽太もまた赤面する。
マギナは純真で初々しい二人の様子を微笑みつつ、
「やっぱり、もっと人間に関与した方が良いのかしら」
ポツリと呟いた。
これまで自分独りで変えられない運命に立ち向かっていたが、上手く成果を挙げられずにいた。爽太と深く関わったことで、少なくとも変化をもたらすことが出来た。
「あ、マギナ……っ!」
マギナが立ち去ろうと二人に背を向けた瞬間、爽太の網膜に焼き付けるように突如映像が浮かび上がった。マギナと初めて逢った時と同じように――
「ま、マギナ、今未来が見えた……」
「えっ?」
マギナは振り返り、爽太を見つめた。
先見の明の能力が失われたはずの爽太。マギナは未来の映像が見えたことに疑問を抱く。それは見えた当の本人も同じ思いだった。だが見えたのである。困惑しつつも、
「マギナが子供たちに囲まれて、すごく楽しそうに笑っているシーンが見えたんだ」
見えた映像をありのまま伝えた。
眩しい日差しの中をマギナは満面の笑顔で複数の子共たちと遊んでいる、とても幸せで心温まる光景だった。そうあって欲しいと願わざるえないほどに。
子供を作ることが出来ない存在となり、世界が滅亡することを誰よりも知っているマギナにとって、信じられない内容だった。
しかし、稀衣の変えられない運命を変えられたことにより、世界の未来が変わる端緒を開いたかも知れないと解釈した。
マギナは喜びを噛みしめるようにはにかみ、
「それは素敵な未来ね」
満面の笑顔を見せたのであった。




