-33- 告白
気が付くと真っ白な世界に立っていた。辺りに雪が積もっている訳ではない。無機質なプラスチックで出来ている空間とも言うべきか。
「こ、ここは……うっ……」
脳を直接掴まれれてシェイク&シェイクされたようで、酷い吐き気を催す。クラクラする頭に手を置いて、少しでも頭の揺れを安定させようとしたが無意味だった。
「私が作った専用異空間よ」
隣にいたマギナが簡単に言い述べた。
この世には次元の狭間……異空間が存在がしている。偶発的に空間が裂けて、異空間に飲み込まれる可能性がある。世間ではこれが神隠しの原因ともなっていたりするようだ。マギナはこの狭間に安全で自分だけの空間を作り、自由に往来ができるようにしていたのである。ここに箱庭でも作ろうと考えていたが、それは別の話し。今、具体的に説明する余裕がなかった。
マギナの視線の先には、
「尾林……さん?」
爽太が疑問的な口調で漏らした。それもそのはず。
体格が三倍ほど大きくなり着ていた服は破け、露わになった全身から白く発光している。その形態に相応しく、全ての者に恐怖を感じさせる禍々しい仮面をかぶっているような形相をしていた。尾林稀衣という人間の面影はどこにも無い。爽太は吐き気が一瞬で吹き飛んでいた。
化物となった稀衣を改めて伺う。どこからどうみても尋常ではない、異形な姿だ。他にも奇異な箇所があるとしたら、周囲の空間が歪んでいることだ。
「あれは……」
人間が変態するのを目撃したのをマギナはこれまで何度かあった。だが、そういった者は自分のように特別や特殊な存在ばかり。普通の人間のはずの稀衣に起こった異常事態。考えられる理由は、やはり彼女を生かし続けたことによる万物の精神の影響だと推測した。
突如、
「ウオオオオオォォォワァァァッッッッ!」
大気が震動するほどに大きな咆哮を叫ぶと疾風の如く駆け出し、マギナへと真っ直ぐに突進してきた。
「ッ!」
思いがけない素早い動きにマギナの対応が遅れ、避けられずに体当たりを受けてしまう。辛うじて腕でガードしたが、強い衝撃が身体に響くと共に後方にふっ飛ばされた。
続け様に稀衣が追撃してくる。
人ならざる者と化した稀衣の攻撃を受けて、相手の力量が相当高いものだと充分に感じ取る。生半可に取り押さえるのは難しいだろう。とりあえず反撃をする術しかない。
――少々痛いけど、我慢してね!
空中で体勢を整えて、
「エクスプロディ・ボリード(火爆する弾丸)!」
マギナの手の平から光の魔法陣が浮かび上がると火球が放たれた。
火球が稀衣に直撃すると激しく爆発した。が、爆煙の中から稀衣が颯爽と飛び出してきた。
動きを止められず、ダメージすら与えられてもいない。急接近を受けたマギナは丸太のように太くなった稀衣の腕から放たれた拳で殴り飛ばされた。
「な、なんだ、一体……」
現実離れした異様な光景に、爽太は立ち尽くすしかなかった。
稀衣は爽太に気付き、こちらに向かってくる。
「アァア゛アアア゛ァァ……」
血に飢えた野獣が今にも襲いかかってくる圧迫感と恐怖感で身体が縛られてしまい、一歩も動けない。稀衣が眼前に迫り、先ほどマギナを殴った腕を振り上げた。鋭い爪をひけらかすように手を広げている。
思考が完全に止まる――命の危機に陥った時に本能で働くセーフティー機能のようなものか。痛みや恐怖を感じさせないようにしたのである。
爽太を引き裂こうとした瞬間、
「捕らえよ、カペエレ・インテールクプト(封縛束)!」
稀衣を取り囲むようにして魔法陣が出現し、拘束したのである。捕らえられた稀衣がもがき動こうとする度にスパークが迸った。マギナの魔法だ。その後すぐに瞬間転移で爽太の前にマギナが現れると、瞬時に手を取り稀衣から距離を取った。
マギナの服は所々破れてボロボロとなっていた。いつもの冷静な表情はなく、警戒を解くことなく稀衣を睨みつけた。底知れぬ力を感じる。油断すればあっという間に打ちのめされてしまうと身の危険を感じていた。
――いつ以来だろうか。これほどまでに余裕をなくしている状況陥っているのは。
マギナは一息吐いた。長く生きてはいるが直接自分の身体に攻撃を受けたのは数少ない。その中でも群を抜くほどの力と痛みだった。
「マギナ、これって一体……」
これまで状況と今まで見せたことがないマギナの様子に不安を感じつつ、爽太は口唇を震わせながら訊ねた。
「残念だけど私にも解らないわ。けど、多分彼女を死なないようにすると、最終的にあんな風に暴走してしまうということね」
稀衣が変態した理由――万物の精神の変えてはいけない運命(稀衣が死ぬ運命)を、無理に変えようとした影響だと充分に考えられる。稀衣が生きることでバグを引き起こしてしまっているのだ。
例えば、時計のネジなどの回転を無理に止めたらどうなるか?
時計の針が進まず、時間が解らなくなってしまう。最悪、時計は壊れてしまうだろう。稀衣が生きているということは、この時計のネジを無理に止めることと等しい。
様々な要因が絡み合い、本来進むべきだった運命の流れの力が、元凶である稀衣に流れ込んで変態してしまった――と、結論付けた。
「……尾林さんを元に戻すことは出来る?」
自分の身よりも稀衣の身を案じる爽太。ちょっと前まで普通の女の子で、人間だったのだ。マギナならばと戻してくれると期待を込めての問いだった。
だけどマギナは、すぐに返答は出来なかった。
再構成をすれば元の姿に戻せる……いや、作り直すと言った方が正しい。だが、それだけではこの問題を解決できるものではない。
気にかかるのは変態したことよりも、稀衣の周り空間が歪んでいることだ。強力な磁場が発生している所で景色が歪んで見えたりする。つまり稀衣に膨大な力が生じている証拠だ。今し方受けた攻撃の尋常ではない力強さも納得出来る。この巨大な力の源泉を防がなければいけない。でも、その源泉の所在が見当付かなかった。
最適な返答にあぐねていると、周り空間が目に見えるようにヒビ割れ始めた。ヒビが大きくなるに連れて、世界が大きく揺れ出した。まるで天変地異の前触れ。
――進まなくなった万物の精神……時計は、最悪壊れてしまう!
このまま稀衣が生存していれば、世界が崩壊すると直感した。
世界を構成している万物の精神の崩壊は、世界の崩壊を意味している。ならば取るべき行動は――
「……これは元に戻したとしてもダメかな。これは彼女が生きていることで起きている問題だから」
「それって……」
「爽太、先に謝っておくわ。ごめんなさい」
「それって……どういうこと……?」
真意を訊ねるもの――マギナが稀衣を殺める――映像が爽太の脳裏に浮かぶ。
「止めるしかないわよね。息の根を。ああなったら、どうしようもない。そして、またやり直すしかないわね」
予想通りの返答に、ガックリと虚脱してしまった。
――また稀衣が死ぬ光景を見ないといけないのか。
――また稀衣は死なないといけないのか。
どうしようもない無念さにかみ殺されそうだった。
「マギナ、他に手立ては……」
何としてでも稀衣を助命して欲しいと嘆願しようとしたが、
「ギィシヤャッッッッァァァァァァァ!」
稀衣が再び奇声のような咆哮をあげ、爽太の言葉が途中で遮られた。そして激しく抵抗を続け、ガラスが割れるように拘束していた魔法陣を破ったのだ。
「嘘っ!」
マギナが驚きの声をあげる間もなく、身体の自由を取り戻した稀衣は口を限界まで大きく開けると、光線を吐き出した。
まともに受ければ自分たちの身体が跡形もなく消滅してしまうほど強い力を感じる。
「ルメツムゥーロ(光の壁)!」
反射的に反応したマギナが呪文を唱え、目の前に光りの防御壁を出現させた。だが略式で唱えた為に壁の防御力が低く、衝撃に耐え切れず決壊してしまった。
小さな爆発が起こったが、幸い壁のお陰で威力が落ちていた為に大したダメージを受けてはいない。
「という訳よ、爽太。ジッとしていたら、私たちが殺されるわよ!」
目の前の危機(稀衣)を排除しなければ、自分たちの命が危ない。
これまでの交戦で稀衣を打ち倒すには、並大抵の威力では通用しないと判然している。命を仕留める覚悟を決め、
――久しぶりに本気を出すわよ。
好戦的な視線を稀衣に向けた。
「シムタリ・オーカ・コンコード・オームン・サームリィガジェンデ・タィシィン……(我の呼声に呼応し、共鳴は連なりて大震の如し……)」
マギナは呪文を唱えつつ、稀衣に狙い定めるかのように両手の平を差し向け構えると幾重にも魔法陣が連なって出現した。この魔法陣を通過することによって、魔法の威力を高めるものだった。いわゆる増幅装置ならぬ増幅魔法陣。
マギナの両手に七色の光が集まっていき、スパークするように弾け出して衝撃波が発生した。集まった魔力は周りの気圧をも変動させて強い風が吹き荒れる。まるで大型台風の直撃を受けているみたいだ。
爽太は止めに入ろうとしたが、強風や衝撃波でその場に留まるのが精一杯で一歩も近づけないでいた。
一方心を失った稀衣は臆することは無く、自分の目に映るモノを全て排除しようと突進していく。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!」
爽太は叫んだ。だが、マギナと稀衣には聞こえてはいない。
「ブリリーガラディオ(輝きあふれた閃光)!」
一瞬だった。
マギナの手の平から放たれた燦然たる光線は魔法陣を通過する度に威力を増し、稀衣の胸を貫いた。
スローモーションのようにゆっくりと、稀衣は仰け反り倒れていく。
爽太は無意識のうちに駆け出した。手を伸ばす――地面に倒れ落ちる前に抱きとめたかったが、重力の方が爽太の足よりも早く、敢え無く崩れ落ちた。
化物だった姿から徐々に人の姿……元に戻っていく。しかし、胸に空いた穴は塞がることはなく、赤い水たまりが広がる。
見慣れた……見慣れたくはない非情な光景――稀衣の死。
微動だにしない稀衣の側へと辿り着き、
「尾林さん……」
震える声で呼んだ。
「…………」
返事がない。
「尾林さん……」
再び呼んでみたところで返事が返ってくることはなかった。
身体の力が全て抜け落ち、膝をついた。まるで自分の胸にも稀衣と同様の穴が空いたようだった。
「また一からやり直しかな……」
マギナの淡白な台詞。やむを得ない結果だったかも知れない。これまでも稀衣が死んでしまった場合、メモリーリストアで過去に戻ってやり直してきた。またそうすればと良い――ゲームのコンテニューボタンを押すような素っ気ない態度が、今回は癇に障った。
今度こそ救いたいと決意したのに。彼女が死ぬのを見たくなかったのに。
「どうして……どうして、殺したんだ……。どうにか、出来なかったの……」
マギナも稀衣の運命を必死に変えようとしてくれた。だが、そのマギナ自らの手で殺めたことに、激しい怒りがこみ上げてくる。
「どうにかしたかったわよ。だけど爽太も見たでしょう。彼女が生き続ければ世界がバランスを崩し、崩壊してしまう。世界滅亡を早めるだけに過ぎなかったということ……」
マギナはそう言いながら、一つの結論に達した。元から稀衣は生存してはいけない存在なのだ。元々の目的は、世界の滅亡を回避すること。自分自身で滅亡の原因を作り解決させたとなると、自作自演にも程がある。これ以上の改変は無意味だとして、締めくくるべきと判断した。
「爽太、気の毒だけど……」
「お願いだ! なんでもするから、尾林さんを助けてよ!」
マギナの話しを遮り、心に覆う怒り、悲哀、願望の全てを吐き出すように叫んだ。
「……前にも話したでしょう。私でも死んだ者を甦させることは不可能だって」
その話しは覚えている――
「糧となる彼女の魂は消滅してしまった。もしこの状態で蘇生したら、意思を持たぬゾンビのようになってしまう。彼女の形をした化物が誕生することになるわよ。それで良いと思わないでしょう?」
勿論、稀衣として生き返って欲しい――
「……自分の魂を尾林さんにあげることが出来ないかな?」
自分の愛しい人が、自分よりも大切だと想う人を救えるのなら、この身を捧げても良いと本気で思った。
「はっ?」
突拍子もない発言に、つい呆れた声をマギナが出してしまった。
だが爽太の慈悲が宿る真剣な眼差しから、すぐさま意図を汲み取って察した。
「……なるほどね。爽太の魂をあの娘に譲って、甦させたい訳か……」
マギナは潜考し始める。
――そんな事が可能なのか?
まず生きているというのは、身体があり、身体の中に魂(精神)が宿っていることを言う。つまり身体・魂のどちらが欠如すれば、死ぬということだ。
今の稀衣の状態は、身体の欠如により魂が身体から離れている。
欠如した身体は修復させることは可能だが、修復しても既に魂が身体から離れているので目覚めることはない。その状態で爽太の魂を稀衣の身体に移した所で、稀衣の身体と記憶を持った爽太になるだけ。甦させたとことにはならない。
一番の問題は稀衣の魂は存在させてはいけない。
存在させてはいけないのなら、存在してもいいようにすれば良いだけのこと。しかし、万物の精神に稀衣の魂を存在させてはいけない。矛盾とも言える万象だが、矛盾というものは存在しないとマギナは考える。
なぜなら、必ず結果が存在するからだ。矛盾の由来となった説話の続きを想像すればいい。最強の矛で最強の盾を突いたらどういう結果になったか?
矛が盾を穿いたかも知れない、穿けなかったも知れない。結局は、どちらかの結果が残る訳だ。
「前にも、こんな矛盾みたいなことに挑んだわよね……あっ!」
かつて行った自分の転生を思い出し、その応用が出来るのではと閃いた。
自分の身体を自分に似た別の身体にし、魂もまた自分の魂を基に似た別の魂に作り変えた。ならば爽太の魂を基にして、稀衣に似た魂に作り変えることが出来るはず。そうすれば擬似的に甦させることは可能だ。
爽太の犠牲によって稀衣の蘇生は出来るかもしれないが、マギナは納得出来なかった。
「どうして、そこまでするの? 聖人みたいに自分を犠牲にして……。自己犠牲は日本人としての美学なのかも知れないけど、彼女と共に生きてみたいと思わないの?」
「確かにそれが最高の望みだけど……でも、それが出来ないんでしょう。自分は、この先の未来に何も希望することは無いし、四十歳までのうのうと生きていければと思っていただけ……」
爽太の熱くなった瞳から涙が溢れ出す。
「だけど尾林さんは、そんな未来でも生きていたいと望んでいる。それに尾林さんが死んでしまうのはイヤだ。だったら尾林さんの為に、自分の魂を有効活用した方が最善のことだよ」
何かの為に何かが犠牲になるというのは、今も昔も美しくも残酷な構造。この世界は平等というものは存在しない。けれど、マギナはその仕組みに嫌悪感を抱いている。
最たる例は食事だろう。人間が生きる為には何かを食べないといけない。植物でも動物でも命あるものだ。自分の命を永らえるために他の命を喰らう。そこに命の平等など無い。
犠牲なくしてこの世界は成り立たない――解っている。魔女になり、真理を知った時からより強く理解している。
爽太の魂で稀衣を救う――もうそれで良いじゃないか。爽太も納得し、覚悟している。
しかし、爽太が稀衣を大切に抱きかかえている姿を見て思う。
(どうにかして、二人とも共に生きていくことは出来ないかしら……)
短い間だが一緒に過ごし、二人の気持ちを充分知ってしまったからこその思いやりが生まれていた。
(私も甘くなったものね)
二人を共に生きられるように……閃く。
「……そうか、共有か」
すぐさま思いついた案が実現可能かを考えた。
魂を別の魂に変質させるのは可能だ。そこに別の魂を共有させるには……。
「いける。やって見る価値はありそうね」
小声で呟くとマギナの口元が微かに緩んだ。今まで思いつかなかったアイディアを思いついた時の爽快さは格別なものだ。あとは思い描いた通りに上手くいくかどうか。
「爽太、彼女を甦させてみるわ」
爽太は目を見開き、期待と疑心の半信半疑の表情でマギナを見つめた。
「だけど、完全に上手くいくとは解らない。それは爽太の命が無駄になる可能性があるということ。それでも良いのなら……」
迷う必要など無い。稀衣が居ない世界に意味など無いのだから。
「構わないよ。自分の命で尾林さんが甦る可能性があるのなら、何でもしてくれ!」
後先も考えない自暴自棄に等しかっただろう。だけど爽太にはその選択しかなかった。
「……オーケー、解ったわ。それじゃ、これから私が唱える呪文を黙って聴きなさい。何が有っても微動だにしないこと。そして呪文が唱え終わった最後に“ジュリイ”と言い返しなさい。彼女をどうしたいのか、真なる想いを込めて言うのよ。良いわね?」
その言葉にどんな意味があるのか解らなかったが、爽太はただ頷いた。それで稀衣が甦るのなら幾らでも言うのも辞さない。
しかし“ジュリイ”という言葉の後に“ある所作”をしなければいけなかったが、マギナはあえて伏せた。爽太が稀衣を本当に救いたいと……共に生きていたいと思うのなら、自ずと取るべき行いを察してくれると信じたのである。
悠長に構えている時間は無かった。稀衣は既に絶息してしまっており、身体の機能が完全に停止する前に対処しなければならない。
ただちにマギナは手を合わせると、詠唱を始めた。
「エティコ・ボス・エティコ・アーゴ(共となる貴方は共になる者と生き)」
爽太たちを中心として光の魔法陣が浮かび上がると、魔法陣の枠線から光の柱がそびえ立つように光が放出された。
陣に光の粒子……膨大な魔力が集まってきているが、普通の人間である爽太にとっては空気が濃くなったとしか認識できなかった。
「ガウディアム・トリスティア・ディーヴァ・プーア・モーヴァス・サルティーム(喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも)」
呪文を唱え続けると、マギナの周りにも幾つもの多種多様で多彩な色の魔法陣が浮かび上がり、他の魔法陣と合わさったりして魔法陣の模様がより複雑なものになっていく。
「ディヴィディーテェ・モーテム・アモーレ・ホノーリィス・コンサルアティオ・アウクサリィム(死がふたりを分かつまで、これを愛しこれを敬い、これを慰めこれを助け)」
やがて魔法陣は最初に出現させたものより遥か巨大な円陣となり、マギナたちの周りを取り囲んでいた。
「デゥムヴィータアスト・アモーレモーレ・ファークミーヴェレ・アントシィー(その命ある限り愛し慈しみ、真心を尽くすことを誓いますか?)」
呪文を唱え終わったマギナは神父のように暖かい眼差しで爽太を見つめた。
爽太の思考は稀衣のことばかりで埋め尽くされている。
稀衣と初めて会った時―――
稀衣と話した時――――――
稀衣が死んだと知った時――
稀衣と一緒に出かけた今日―
稀衣との様々な思い出が巡る。
また稀衣と、まだ稀衣と――生きていたい。
「ジュリイ(誓います)!」
確かな口調で言い放ち、潔い良い声が辺りに響いた。
マギナは慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、両腕を高々と上げる。
「ピイグナウス・ハーベスエトターラ(誓いの口吻を)」
それが合図かのように、爽太は自然と自分の口唇を稀衣の口唇に重ねた。
初めてのキス――
爽太にとっても、きっと稀衣にとっても。
世界で一番純真で特別のキスだろう。触れ合うぬくもりや甘酸っぱい味など感じられなかった。ただ刹那とも永遠とも感じられた。
マギナは爽太の誓いの行為をしかと見届け、
「ピイグナウス・イルアルティウム・ヴィターエ・トゥーム!(その誓いを誓約とし、かの者たちの命よ共にあれ!)」
高らかに宣言し終わると魔法陣がより強く光りだし、爽太と稀衣の身体が眩しく輝きだした。
やがて二人は光と融合するかのように溶け合い、一つの光玉となった。光玉は風船が膨らむように大きくなっていき、突然破裂したのである。
異空間は真っ白い光りに包まれていくと、光りの粒子となり霧散していく。やがて全てが消え去ったのであった。




