-32- 約束
「花火は八時からか……」
爽太は、本日のメインイベントである花火が打ち上げられる時刻を確認しつつ、スマートフォンで時間を確認をする。あと二十分ほどで開始時間だ。
爽太たちは一通り公園内を歩きまわり、祭りの出し物(催し物)を充分に堪能した。そして、ごった返す人だかりとクラスメートの遭遇を敬遠して、公園の端っ子にあるベンチに腰を落としていた。
このベンチは穴場のようで、周りには人通りが少なく、木々といった空を遮るものが無いので夜空が一望できていた。打ち上げ会場から、ほどよく離れているので花火を見るとしたら絶好の場所だろう。
爽太は途中で買ったホットココアを啜る。
普段なら夕飯の時間でお腹を空かせているにも関わらず、お互い未だ緊張がほぐれずに食欲が沸かない状態であった。
せめてドリンク(飲み物)ならばと、爽太がここぞとばかり奢ってあげたものであるが、稀衣は口を付けず、温もりを味わうようにカップを両手で大切に持っていた。
「どうしたの? やっぱり、他のが良かった?」
「そうじゃなくてね。これが、初めて男子から奢ってくれたものだから、口にするのが、ちょっと勿体無い、かなって思って」
「三百円のコーヒーなんだから、遠慮しなくても良いのに……」
爽太ははにかむように笑い、ココアを啜る。今の気持ちを表すように、ほろ苦く、ほろ甘い味が広がった。
さて――
改めて話そうとするが、爽太からは話しが出ない。
爽太は稀衣のことは大方知っている為に、何を話せば良いか、何を訊けば良いか……思いつかなかった。
そもそも先の件……マンガなどの普通の趣味を持ち合わせていない爽太に取って、話しを振ったり広げたりするという所業は困難だった。
普通の人と違うからと敬遠していたツケが今になって回ってきたのだ。
花火が始まるまで、ただ黙って冷たい風を受けるのも持ち堪えられないので、
「……えっと、藤井くん」
稀衣から話しを切り出そうとした。
ただ、稀衣も稀衣で、爽太については未来が解る不思議な能力を持っているということ。それと、成績優秀者であるぐらいだ。身近な話題と言えば、この間の後期中間考査の結果について。
「そうだ。そういえば、藤井くんは成績が良かったんだよね。この間のテストも十位以内だったし。塾とか行っていたりしているの?」
「いや、別に行ってないけど」
「塾に行ってないで、勉強できるってことは、家で猛勉強しているってこと?」
「勉強も、そんなにしていないよ。勉強は宿題とか、テスト前にちょっと勉強するぐらいだけど」
「えっ! それなのに、学年順位が一桁なの? なにか秘密でも……はっ! もしかして、その先見の明で、なんとかしていたりするの?」
「それは……」
かつて、先見の明で予見したテストの内容を周りに教えて、それがトラブルの要因になった辛い思い出がよぎり、口をつぐんでしまう。
だが、自分の能力をここまで披露しているのだ。下手に隠す意味が無い。正直に言った方が楽だと、判断した。
「まあね。様々な情報を元にして、テストに出題される問題を予見して、どこが出題されるか大まかな当たりをつけて、そこを集中して覚えているだけだよ」
「へー、そうなんだ。でもそれって、勉強をしないで良いという訳じゃないよね? 答えを覚えなきゃいけないし」
「そりゃあね。といっても、余計なことを覚えなくて済むから、普通にテスト勉強をして、あれやこれやと覚えようとするよりは楽だね」
テストに出る問題数を百とした場合、覚えなければいけない範囲の答えは二~三百も覚えなければいけない。最低限の数を覚えるだけならば、丸暗記するのは大した労力ではない。
ちなみに日本の教育は実質暗記テストであり、『考える力』を鍛えることに欠如している部分がある。欧米などのテストでは答えが複数ある……というより、自分自身で答えを考えだし、それが間違ってなければ正解という方式を採っている。
例をあげるのなら、数学の問題で既に答えが書かれており、その答えになるような式を求める出題がされる。もし答えが“3”だとしたら、その数になる数式は“1+2”や、“4-1”など、複数存在しているだろう。
だから、爽太のように丸暗記方法でのテストでは良い点が取れるのだ。
「てっことは、山勘みたいな感じってこと? 予測が外れる場合もあるってことだよね?」
「山勘よりは科学的だと思うけど、確かに百発百中という訳じゃないね。自分は神様じゃないから。大体九割程度ぐらいだね」
「九割も! それだけでも充分スゴイよ」
「でも学校のテストの出題範囲ぐらいなら、尾林さんとかでも予見出来るはずだよ」
「え、本当! どうやって?」
「ほら、先生が授業中にここはテストに出すって言っていたりするだろう。ああいう所をシッカリと抑えておけば良いんだよ」
稀衣は「ああ……」と、微妙に納得いかない声を漏らしてしまった。
「そ、そうなんだけど……」
「そういう積み重ねだよ、テストの出題範囲なんてのは。だから、どこが出るかなんかは比較的楽に予見し易いんだ。曖昧な未来と較べてね」
「ふーん……。そうだ、藤井くん。だったら、良ければ今度、勉強を教えてくれない?」
「えっ? 勉強を?」
「そう、勉強を。藤井くんに出題される内容を教えて貰えたら、私も良い点が取れるかもってね。フッフフフ……」
稀衣はわざとらしく悪い笑みを浮かべてみせるが、ぎこちなくてとても似合ってはいなかった。
「だけど、未来が解るってスゴイね。良いな~。私もそういった能力が有れば良かったのにな」
自分が嫌悪を抱いている能力を、称賛する稀衣の言葉に冷静さを取り戻す。
「……有っても、そんなに良いものじゃないと思うよ。未来が解ることなんて。それに、小学生の時にテストの出題範囲を友達に教えたことがあるけど、カンニングだとか疑われたりしたりしたし……」
「でも、本当にカンニングしている訳じゃないんでしょう?」
稀衣は真剣な眼差しを爽太に向ける。疑いではなく、信じてくれているような純真な瞳。
「ただ、どんな問題が出題されるか予想しただけでしょう。ある意味、正々堂々な訳だから、全然後ろめたいことも悪いことも無いじゃない!」
凛とした声が爽太の心に響く。
「……それに、藤井くんと会えて良かったと思うの。ほら私、いつ死ぬか解らないでしょう。もしかしたら、この日まで生きていけてかどうかも解らないもんね。未来が不安でどうしようも無かったけど、藤井くんの未来が解る力で、私を助けてくれているんだよね」
稀衣の言葉が胸に突き刺さったように、チクリと痛みが奔った。これまで幾度も稀衣を死なせてしまっていたことに罪悪感があったからだ。
これまでも誰かの為に思って先見の明の力を使ったことはあるが、決して良いことばかりではなかった。その所為で、未来や人間に嫌な想いをした。
だけど稀衣を見つめると、そんな悩みや痛みが霧散していく。
自分を、自分の先見の明を、擁護してくれた発言が何よりも嬉しかった――稀衣の為ならと思った瞬間、爽太の顔全体に一気に熱を持った。
赤くなった顔を隠すように、爽太は左手で自分の顔を覆ったが、この気持ちは隠し切れない。
「で、どうなのかな?」
指の隙間から稀衣がこちらを覗きこんでいるのが見えた。
爽太は一息吐いては出来る限り平静を装い、左手を外して聞き返す。
「どうなの、ってのは?」
「勉強を教えてくれる件について。たまにはズル…じゃないや。私も効率的に勉強しても文句言われないよね」
とても無邪気な微笑みを浮かべる稀衣。積もりに積もっていた鬱憤で重くなっていた爽太の頭の中を吹き飛ばし、釣られて微笑んだ。
「ああ……まあ、それぐらいなら別に構わないよ。良いよ、勉強ぐらいならいくらでも教えてあげるよ」
「本当! 約束だよ。そうだ! 藤井くん、指きりげんまんをしようよ?」
「指きりげんまんって……わっ!」
高校生としては稚拙な提案に当惑する暇もなく稀衣が爽太の手を強引に取り、お互いの小指を絡ませてきたのである。
爽太は時間の流れがとても遅く感じ、鼓動が早鐘を打った。女子の身体の一部に接触するのは初めてであり、健全な男子としては気恥ずかしくなってしまう。
「指きりげんまん、嘘ついたら針千本、飲~ます。指きった!」
稀衣は定番のお呪いを唱え終えると小指を解こうとしたが、思わず爽太は指に力を入れて解くのを拒んだ。
「……ふ、藤井くん?」
「あ、ごめん……」
名残惜しそうに小指を解き、お呪いが完了した。
「それじゃ、勉強教えてね。約束だよ!」
「ああ、うん……」
そっと自分の小指の方に視線を向ける爽太。もっと……一秒でも長く触れていたかったと名残惜しさがあった。
稀衣の方を見つめる。最早、胸の高鳴りの正体を誤魔化せない。
何度も歴史改変を繰り返している内に、名前、外見、生年月日、趣味といった上辺だけではない、彼女の夢、願い、本心を知ったからだ。
爽太自身もかつて抱いていた未来への憧れ、人間への信心……それを彼女は持っている。
予見した絶望な未来でも生きていたいと望む稀衣が眩しく見えた。
(自分は尾林さんをどう思っているのか……)
絶望の未来を生きていても、どうしようもないのだ。運命に従って、ここで命を全うした方が彼女にとっては幸いなのかも知れない。けれど今は、
(死んで欲しくはない。生きて、もっと話しがしたい……)
約束したからではない――純粋に稀衣に生きて欲しいと、願っている自分が居る。
藤井爽太は、尾林稀衣に、恋をしているのだ。
曇天から小粒な白い雪が降り始めた。
伊河市は土地柄的に滅多に雪が降らない地域でもあるので、周囲の人たちは降り注ぐ雪に思わず昂揚してしまう。稀衣も雪に気を取られているが、爽太は笑顔の稀衣を見つめていた。
『お待たせしました。冬のファンタジー、メインイベントの花火打ち上げまで開始十秒前です。五! 四! 三……』
遠くからステージの壇上に居たゲストや司会者たちのアナウンスが響く。カウントダウンを『ゼロ!』と叫んだと共に、花火が打ち上げられた。
真っ暗な夜に綺羅びやかな光の花が大きく咲いた。次々と花開き咲き乱れる彩り豊かな花を眺めていると、爽太に今までにない感情が沸き起こる。
「綺麗……」
稀衣は素直な感想を漏らした。爽太も同意見だった。しかし、これまで何度も花火を見たが、今日の花火が人生の中で一番綺麗だと思った。それはきっと――隣に関心を寄せる相手……稀衣が居るからだ。
打ち上げられる花火の多彩な色の光で辺りを彩り、降り注ぐ白い雪と相まって稀衣の横顔がとても魅力的に映っていた。
「尾林さん。今、好きな人は、いたりする?」
無意識に言葉が出てしまった。
本来だったら先見の明で未来を予見するのだが、頭の中は真っ白だった。稀衣がこの後、どのような返事をしてくるのか想像だに出来なかった。
「……え?」
突然の問いに稀衣は爽太の方を向いた。
二人の視線が合わさる。
稀衣のあどけない表情、愛しい瞳に誘われるように、爽太の気持ちが溢れだす。
「僕は、尾林さんが好き、だと思う……」
なるべく平静さを装っていたかったが、喉に突っ掛かりドモってしまった。
寒さを全く感じないほどに爽太の身体が熱くなっていく。頬は人体の限界までに赤らめていた。
花火の閃光で稀衣の顔が照らされる。
目が点になり、口をポカーンと開けてあ然としていた。爽太の告白に稀衣の思考が止まってしまっているのだ。
やがて稀衣は俯き、まるで飴玉をじっくりを溶かして小さくするかのようにしてから、爽太の言葉を飲み込んだ。
暫しの沈黙――ただ、大きな花火が次々と打ち上がっていき、爆発音と歓声が響き渡る。そして稀衣は、優しく笑みを浮かべた。
「……今までは居なかったけ、ど…っ!」
――ドクンッ!
稀衣の鼓動が強く波打った。
爽太に告白されたからの胸の高鳴りではない。まるで寺の鐘を突く撞木で、心臓を直接殴られたような激しい痛みが響く。
「ど、どうしたの? 尾林さん!?」
突如苦しむ表情を浮かべる稀衣を案じる。
「な、なんかね……気分が……おかしい、うっ!」
またしても心臓が強く波打つ。動悸が激しくなっていく。全てを燃やす尽くされるように身体が熱く、苦しさが増していく。徐々に意識が遠のいていき、
「うあああああっっっっっっーーーーー!」
苦痛を全て吐き出すように大きく絶叫した。
すると稀衣の身体が白く発光しだし、周辺の空間が歪み出した。
明らかな異変。それに気付いた周囲が騒ぎ始めた。このままではパニックになると察知したマギナが、二人の前に現れた。
「ま、マギナ!」
「このままだとマズイから場所を変えるわよ!」
戸惑いと困惑の中、爽太はただ黙って稀衣を見守ることしか出来なかった。
「サムヘイア・アルヘイマ・オプーナ・ディアラ・ウース・フルティング(異世界への扉を開け、我らを移転せよ)!」
マギナが呪文を唱え終えると柏手を打つように両手を合わせた。すると稀衣を中心に光玉がドーム状に広がっていき、マギナと爽太を包み込んでいった。




