-25- 一人の運命ほど簡単に変わってしまうものはないわ
意識を取り戻すと、そこはコンピューター室。
そして、目の前には生存している稀衣が居た。
爽太は思わず立ち上がり、その突然の行動に稀衣はビクッと背中が震えた。
「ど、どうしたの?」
と、稀衣がおそるおそると伺ってくる。
「え? ああ……ちょっと……」
まさか、いきなり稀衣と話している場面に飛ぶとは思っておらず、過去移動した影響で未だ朦朧しているおり、準備が出来ていなかった。
視線が泳ぐ中、マギナは背後に立っていて、そっと爽太の背中に手を触れる。
(落ち着いて。前の時と同様に予見したことを伝えなさい。それで転んで死んでしまうことを踏まえてね)
急に立って、黙っている爽太に、稀衣は首を傾げてしまう。何かを言わないと、爽太は口を開く。
「……あ、あの……尾林さんの家って、一軒家?」
「うん。そうだけど? それが?」
住居については、前の時に抜けていた情報だった。
しかし、予め訊いていたとしても、予見は出来ていたかは不明だ。
「住んでいるところの情報も知っておきたくて。一軒家ってことは、二階建て?」
「うん、そうよ。二階建てが、何か問題なの?」
チラリとマギナの方に視線だけを向けると、「もう言え」というGOサインなのだろうか、ウインクをして見せた。
「……尾林さんの未来が見えたよ」
「本当っ!?」
稀衣も立ち上がる。
「雪の日……尾林さんが階段で足を滑らせて頭を打ってしまって……」
実際予見した訳ではなく、前の時代で知った情報を述べただけなので、自分の言葉に自信が持てなかった。
「それ、私が見た夢と同じ、かも」
想定外の返答に、爽太は「えっ!」と驚きの声をあげてしまった。
「それって、どういう……?」
「さっき話したでしょう。幼い時、自分が死ぬ夢を見たって。その時の夢で、そんな夢を見たと思うの」
「階段から、転んで落ちる夢を?」
「うん」
その回答に疑問が生じていた。前に聞いた内容は――
「車に衝突される夢じゃなくて?」
「……あー、たしか、そんな夢も見たような気がする。というか、なんで解ったの藤井くん? それも予見で解ったの?」
「あ、ああ……」
困惑する中、マギナの方に目配りをすると、「他に見た夢についても訊いてみて」という声が爽太だけに聞こえて、言われるがまま訊ねた。
「え? なんだったかな……幼い時に見た夢だし、そこまで内容は詳細に覚えてないかな。事故とかで私が死んじゃう夢ぐらいで」
「それじゃ、覚えているのは階段から落ちる夢と車事故の夢だけ?」
「そうかな。もしかして、その夢の内容も予見する上では重要だったの?」
「た、多少は……」
これ以上、何を聞けば良いのかと藁にもすがる気持ちでマギナを見た。
(……解ったわ。これ以上話して墓穴を掘るかも知れないから、上手く切り上げて)
爽太は前の時と同じように「雪の日は出歩かずに、階段の上り下りも手すりを握って注意して」と忠告を述べた。
後は、稀衣の携帯電話からメロディが鳴って、解散の運びとなった。
マギナと二人きりになったところで、爽太の口が開く。
「……これで大丈夫なのかな?」
「人、一人の運命ほど簡単に変わってしまうものはないわ。例えば、ある飛行機墜落事故が起きる未来があるとする。そのトラブルから回避するには、一番簡単なのは、その飛行機に乗らなければ良いだけのこと。飛行機を墜落させないとするのなら、様々な点検、パイロットの体調、天気の状態などを念入りにチェックして問題点を洗い出したりと複雑になる訳。だから、たった一人の命を救うのは簡単なはず、なんだけどね」
だったら、なぜ前の時に稀衣が死んでしまったのか。それは――
「それって、自分の予見が間違っていたから……」
「確かに、それも一理あるわね。前に言ったけど、爽太の予見の能力は予測の範囲でしかない。爽太があの子に未来を教えたから多少なりとも変化はあったと思う。でも、さっきも言ったけど、人、一人の運命ほど簡単に変わってしまうもの。ほぼほぼ大丈夫なはずだけど……」
いつも楽観的なマギナが思慮めいた表情を浮かべていた。
「とりあえず、前の時はこの助言だけの関わりだったけど、ちょっとあの子の様子を見ましょう」
爽太は静かに頷いた。
乗りかかった船だ。ましてや、人命……稀衣の命が関わっている。無碍にできなかった。
稀衣を救おうとする気概を感じたマギナは「……だけど意外だな」と呟いた。
「何がです?」
「私と出会う前は、未来に希望を持てずに諦観していたのに、ただの同級生を助けようとしている。もし命が助かっても、二十年か三十年しか生きられないのよ?」
「それは……児玉さんの時があるし、死んでしまうと解っていて、しかもこんな風に話してしまったから、後には引けないじゃないですか。それに……マギナは、未来の滅亡を防いでくれるんだろう?」
「ふふ、そういうことにしておくわ」
マギナは爽太の頭を軽く撫でたのであった。
その行動に一瞬戸惑っていると、コンピューター室の扉が開き、勢川が入ってきた。
「おう、藤井。来ていたのか」
「は、はい」
辺りを見回す勢川。
「どうしたんですか?」
「いや、誰かと話しているような声が聴こえたからな」
爽太はマギナが居る方に視線を移す。言わずもがな勢川にはマギナの姿は見えない。
(とりあえず、爽太は爽太で、いつもの通りに過ごしてなさい。私は私の方で、あの子を見ておくから)
マギナは堂々と勢川の隣を通り過ぎ、退室していった。
「いや……、ちょっと独り言が大きくなったみたいですかね」
「そうなのか、独り言なんて珍しいな」
今回、勢川が爽太の表情について何も指摘しなかったのは、いつもと同じように陰りを帯びていたからだ。
「そうだ、藤井。共有フォルダの中に入っているものについて教えるから、ちょっと来い」
「あ、はい」
稀衣のことはマギナに任せて、爽太は改変に影響を与えないように、前の時と同様の行動をすることにした。




