-23- 稀衣は、本当に知りたいのだ。自分の命日を
放課後――
約束通り、稀衣はコンピュータ室の扉前にやって来ていた。
ホームルームが終わると、友達に有無を言わさず「今日、用事があるから部活休むね」と言い残して、教室を飛び出した。
稀衣は茶道部に所属している。といっても、お菓子をつまみながら駄弁るだけの緩い部活なので、休んだからといって大きな問題ではない。
自分の未来……いつ死ぬのか。生死の方が重要だ。という口実があってのこと。
十分ほど待っていると、爽太がやってきたのであった。その隣に魔女も居るのだが、いつもの通りに魔法で稀衣は視認出来ないでいた。
爽太は稀衣を見て、内心戸惑ってしまった。自分から誘ったが、既に稀衣が待っていたので、心の準備が出来ていなかったからだ。
「……は、早いんだな」
「う、うん」
お互いぎこちない態度。爽太は稀衣と会っている姿を他の生徒に見られたくなかったので、さっさとコンピューター室に入ろうと扉を開けようとしたが、鍵がかかって開かない。
「勢川部長は来てないのか……」と判断して、先日受け渡されたコンピューター室の鍵を取り出して、開けた。
爽太はいつものの席に向かっていき、稀衣はその後を追いかけていく。爽太が自分の席に座ると、稀衣はその隣の席に座った。一方、魔女は、二人の邪魔……というより、爽太が気にならないように離れた場所の席に座っていた。
爽太はパソコンの電源を入れたりして準備を整えると、改めて稀衣の方を見た。
「さてと……始めようか。さっそくだけど、尾林さんは、なんで自分がいつ死ぬかを知りたいの?」
「えーと……。藤井くんは予知夢って信じる?」
特異の能力(先見の明)を持っていて、ましてや魔女の存在を知っている爽太にとっては、この世の理解不能な超常現象は信じて当然のモノになっていたので、「うん」と大きな声で断言しても良かったが、
「まあ、ある程度は……」
一般的な常識人を装った。
「……その、予知夢かどうか解らないけれど、幼い時……幼稚園生の頃かな。その時に自分が死んでしまう夢を見たことがあってね、その時から自分がいつ死ぬかを具体的に知りたいと思い始めたの」
「自分が死ぬ夢ね……。そんな夢を見るのは珍しいものではないよな?」
「そうみたいだね。ネットとかで調べたけど、夢占いだと自分が死ぬ夢は、新しい自分に生まれ変わるとか苦境とかが解放されるとかの暗示があるらしいね。基本肯定的な吉兆らしいけど……。でも、それを一週間連続で見たの。それ以来、すっごく気になって……」
「なるほどね」
爽太は話しを聞きながら、起動させていたパソコンを操作しており、ネットブラウザーやメモ帳のアプリケーションを立ち上げて、稀衣か話す内容を記録していた。
一週間連続……七日間も連続で、自分が死ぬ夢を見たとのなら、不安に思うのは当然だ。ましてや情緒が不確かな幼少の頃に見たとなら、トラウマにもなるのだろう。
稀衣は話しを続ける。
「自分なりに占いとかで自分の人生を占ったりしたけど、どれもこれも確証が無いんだよね。タロット占いだと四十歳ぐらい生きるとか、手相占いだったら九十歳ぐらい生きるとか。その時々で結果が変わったり、すごく曖昧だったりで……」
「占いを?」
「うん。そんなことがあって、私の趣味は占いだよ。でも当たるも八卦当たらぬも八卦で、素人に毛が生えた程度だけどね。自分なりに、自分がいつ死ぬかを調べていたけど、確証を得られなくて……。それで、友達から藤井くんが……その、クラスメートの死を予言したとか聞いて、だったら、私の死も予言して貰いたいなと思った」
「っ!」
爽太の心臓の脈が強く打った。
それを我慢するように、手を強く握り締める。しかし、前に感じていたような嫌悪感や吐き気は催さなかった。
マギナのお陰で少しだけ耐性が付いているなと、視線をマギナの方に向けた。すると、マギナは爽太の視線に気付き、無邪気に手を振って見せた。
爽太は、一息吐く。
「自分がした死の予言は偶然だよ。さっき尾林さん自信が言っていた通り、当たるも八卦当たらぬも八卦だ。十人中十人がその通りに当たるとは限らないよ」
「……でも、言い当てたのでしょう?」
「なんと言ったら良いのかな。自分自身、人様を死を見るのはメインじゃないんだ。その人の未来……近い未来または遠い未来などが、ちょっとだけ見える時があるだけなんだ。ある人からは予測の領域とも言われている。尾林さん、僕がが見える未来は必ずしも死が関係するものじゃない。それでも良いなら、見るけど」
「未来……」
稀衣は顔を下に向けた。
考えている。自分が望む答えを知ることは出来ないかも知れない。だけど、八方塞がりの今、何かヒントになるのならと……決心した。
「……う、うん。でも……」
稀衣は顔を上げて、爽太の瞳を見つめる。
「もし死に関する未来が見えたのなら、私に気にせず正直に言ってね!」
稀衣の真剣な眼差し。
あの球技大会の日と同じで、真面目な表情。
先ほどの話しと合わせて、冗談やからかいなどで訊いたり、知りたいとは思っていない証明であった。
彼女は……稀衣は、本当に知りたいのだ。自分の命日を。
「……解った。それじゃ幾つか質問するけど良い?」
「質問?」
「尾林さんが何者なのか解らないと未来が見えてこないから、ある程度の情報が必要なんだ」
「あ、そうなの。うん良いよ。何でも訊いてきてよ!」
「それじゃ、まずは……」
稀衣の基本的な個人情報を訊き出した。
名前は尾林稀衣。誕生日は三月十五日、年齢は十六歳。遅生まれ。趣味は占い。特技も占い。中でもタロット占いが得意で好き。運動は苦手。得意科目は古典・歴史。占いを調べる上で興味を持ったらしい。
それと合わせて、稀衣が利用しているソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)についても訊ね、日記などの閲読の許可を求めた。
大方の情報はSNSに登録している世の中である。趣味や交流関係、日頃の行いについても把握するのが重要なのだ。
球技大会の時のように様々な情報を照らし合わせては組み合わせて、可能性を導き出す。
予見する時は、自分の所感や思い込みは一切加味してはいけない。
そして稀衣の未来の映像が見えた。
爽太は思わず席を立つ。その突然の行動に稀衣はビクッと背中が震えた。
「ど、どうしたの?」
「ああ、ちょっと……。尾林さんの未来が見えたよ」
「本当っ!?」
稀衣も立ち上がる。
興味津々とした凛とした瞳で爽太を見つめる。自分の死に理解を持ち、覚悟を持って未来を知ろうとして、ここに居る。また先ほど約束したのもあり、爽太は見えた未来の光景を正直に話すことにした。
「雪が降っていた。それで地面が凍結したからなのか、車がスリップして、それが尾林さんに衝突したのが見えた。その時の尾林さんの見た目は、今のような感じだった……」
あ然とする稀衣。
「まあ信じられないと思うけど……」
「それ、私が見た夢と同じ、かも」
爽太は思わず「えっ?」と素っ頓狂な声をあげてしまった。
「昔、自分が死ぬ夢で、そんな夢を見たような気がする。子供の時に見たっきりだから、内容はおぼろげだったけど……うん。そんな夢だったかも」
「そうなんだ……」
「……ど、どうしよう? 藤井くんが私が死ぬ未来を見えたということは……」
その通りの未来がいつか訪れる。でも――
「大丈夫だよ。確かに人は死んでしまう。それは変えられない運命なのかもしれないけど、“いつ”死ぬかは変えられる。気を付ければ、危険を回避することは出来るよ」
魔女の受け売りの言葉と共に改変の経験を踏まえて、爽太は力強く言い放った。
「雪が降っていたから……雪の日は注意して車通りが少ない道を歩くか、雪の日は外出しない。そうすれば、スリップ事故から免れて、尾林さんが死ぬのも免れると思う」
「……そんな単純なことで?」
「まあ、自分の言葉を信じてくれればね」
児玉久美の時も、ただ海水浴に行かなければ溺れることはなかった。海に行って溺れても助けてあげれば、命を救うことが出来た。
それに今回は、久美の時と状況が違う。
「もちろんだよ。信じるよ!」
傍から聞けば馬鹿らしい話しだろう。だけど、稀衣がここに居て、この話しをする時点で受け入れてくれる理由は整っている。稀衣が幼い時に見た夢と、予見の内容が合ったのが大きいだろう。
「雪の日か……。ねえ、藤井くん。もっと具体的な日は解る?」
稀衣は前のめりとなり、息が届くほど爽太の顔の間近にあった。
人生に不貞腐れている爽太でも思春期真っ最中の男子である。照れ隠しに、そっぽを向くが――その方向には魔女がおり、イタズラっぽい表情を浮かべていた。
そのお陰で、幾分は冷静になった。
「……見えた映像で、尾林さんは今と同じような見た目だったから、もしかしたらこの一~二年内に起きるかもしれないね」
「そうか……」
稀衣の表情が強張る。
幼い頃見た自分が死ぬ夢、そして死の予見。まるで余命宣告のようだ。
近いうちに死にますと言われて、気分が良い人はいないだろう。
だけど、いつ死ぬかがある程度解り、その死の運命を回避出来るかも知れないことに、稀衣は胸を撫で下ろし、爽太を見た。笑顔を浮かべて。
「うん、解った。雪の日は気をつけるね」
稀衣の笑顔は、今までの苦しみから解き放たれからなのか、とても良い笑顔だった。
すると、稀衣の鞄からメロディが鳴り響いた。
メロディからインスタントメッセージだ。
とは言え、ついさっきまで死という重い話しをしていたので、突然の音鳴りに爽太は稀衣は驚いてしまった。
稀衣は動揺しながら携帯電話機を取り出した。
「もう、こんな時に誰から……あ、ミアちゃんからだ。えー……」
先ほどの聞き取りで人間関係を聞いていたので、ミアが稀衣の友達の一人というのは解っていた。
「……ごめん、藤井くん。友達から呼ばれちゃって……。その、今日はここでお開きになっちゃっても大丈夫?」
「ああ、別に構わないけど。話すべきことも話したし……」
「今日は本当にありがとう。こんなことを真剣に話しを聴いてくれたのは藤井くんが初めてだから、気持ちが楽になったし、すっごく嬉しかったよ!」
稀衣もまた、爽太と似たような気持ちを抱いていたのだろう。
秘密を誰かに話して共有するというのは、やはりストレス解消策としては善策の一つだ。
「それじゃーね!」
稀衣は無邪気に手を振りつつ、コンピューター室を出て行った。
室内に残っているのは、爽太とマギナ。
知らぬ間にマギナが爽太の近くにやってきていた。
「あれで良かったのかな?」と稀衣が出ていた扉を見たまま、ぽつり呟いた。
かつて久美を助けた時にも言った言葉。マギナに対しての質問だけではなくも自分自身に対する問いでもあった。
「彼女は自分の死がいつなのかを知りたいと望み、その先を生きたいと願っていた。それに対して爽太は行動をしたのでしょう。それはそれで一つの正解よ」
「……とは言っても、もし尾林さんの死の運命を変えた影響で他の人に影響を受けたら……」
児玉久美を助けたが、友達だった竜也は亡くなってしまった。
「確かに、その可能性はあるけれど……ここであーだこーだって悩んでしょうがないわよ。この日本だけでも、一日で亡くなる人は何万人も居るんだから。もし、あの子の運命を変えたことで、他に重大な事件が起きたら、歴史改変をすれば良いんだしね」
容易にやり直せばが良いという楽観的なマギナのお陰で深く考えるのがバカバカしく思えてしまう。
「そういえば、マギナは時間移動が出来るんだから、さっと未来に行って結果を見ることは出来ないの?」
「おっとと。前に説明したけど時間の概念は人間が勝手に作り出したもの。つまり時間は無い。あるのは万物の精神の記憶。記憶というのは経験した出来事の集まり……過去の出来事によって作られるもの。てっことは、未来の記憶なんて存在していない訳だから、未来に行くことは出来ないのよ」
「ああ、確かそんなことを言っていたような」
「なので、時間移動と言われる出来る範囲では過去に行けないの」
「未来に行き戻りが出来ないとしたら、どうやって未来へ?」
「万物の精神に、未来の記憶は無いけど、記録はあるのよ。それを読み取って未来を知ることが出来る。といっても大雑把な記録だから、誰が何日に何々をするといった詳細な部分は解らない。確かな未来を知るためには、その未来まで生きて見ないといけない訳よ」
「ということは、歴史改変をしても、その改変が滅亡回避に繋がるかは、リアルタイムで未来の……その時にならないと解らないってこと?」
「そういうこと。だから、爽太の歴史改変してから再び爽太に会うまで、約七年の月日を過ごしたんだからね」
「ビデオの早送りや巻き戻しみたいには出来ないのか」
「そう、不便だけどしょうがないわよね。未来の記憶が無いのだからね」
話しているとコンピュータ室のドアが開き、コンピューター部の部長・勢川が入ってきた。
「おう、藤井。来ていたのか」
「は、はい」
辺りを見回す勢川。
「どうしたんですか?」
「いや、誰かと話しているような声が聴こえたからな」
当然、マギナの姿は勢川には見えていない。
「いや……、ちょっと独り言が大きくなったみたいですかね」
「そうなのか、独り言なんて珍しいな。ところで、何か良いことでもあったのか?」
「どうしてです?」
「なんかいつもより明るい顔をしていると思ってな」
そう言われて爽太は、思わず自分の手で顔を覆い隠した。
「いえ、特に……」
隣でマギナがニタニタと含み笑いをしていたので、憮然たる心持ちになってしまう。
「そうだ、藤井。共有フォルダの中に入っているものについて教えるから、ちょっと来い」
「あ、はい」
勢川に呼ばれて爽太は、コンピューター部長としての引き継ぎを始め出した。
マギナは二人を他所に、暇つぶしにと爽太が閉じ忘れていた稀衣のSNSページを閲覧したのであった。
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それから何事なく日々は過ぎていった。
あれ以来、稀衣と関わりはなく、二学期の終業式が終わり、冬休みが始まった。
塾とかに通っておらず友達がいない爽太にとっては何事も無く、暇な時を過ごせ……なかった。
同居している魔女に連れられて、常人では経験し難い様々な出来事を経験する羽目になってしまった。その件については別のお話。
魔女との同居生活に慣れ始めていた頃だった。
『尾林稀衣が死去』したという情報を知ったのは。




