-21- 言うならストーリーの文章を変えていく作業のようなものね
爽太は普段より早めの時間で家を出た。
あの“結果”を直接確認する為だ。
普段と違う道を進んでいく、魔女と共に。
道の先には羽室ヶ丘高校があり、その高校の制服を着た生徒たちの姿がちらほらと見えた。
爽太が通う碧海高校の制服は学ランである。コートを着てるとは言え、羽室ヶ丘高校のテリトリーに別の高校の生徒は目立って異端視扱いされるもの。
少しでも人目に触れられないようにと、いつも以上に存在感を消して近くの電信柱に身を隠しては、通り行く羽室ヶ丘高校の生徒の顔をチェックしていた。もちろんマギナは他人から認識されないように魔法をかけている。
爽太が朝早くから、ここで人間ウォッチングをしている目的は――
「来たわよ、爽太」
と、マギナが言った。
視線を向けると、反対側の道路の歩道に“児玉久美”が歩いているのを見つけた。
卒業アルバムやインターネットだけではなく、ちゃんとこの目で生存を確認したかったのである。
高校生になった久美は、小学生の頃のあどけない可愛さを残しつつ、歳相応に綺麗に成長していた。タウン雑誌で街角美少女として取り上げるほどだろう。
「端から見たらストーカーよね」
マギナが辛辣な感想を漏らすも、注目して久美を見つめる爽太には聞こえてないようだった。
「隠れてないで堂々と会って挨拶でもしたら良いじゃないの?」
改変してからの記憶には、中学校を卒業してからは一度も会ってはいない。しかし、久美を救ったことで、代わりに竜也が死んでしまった。その竜也の死を予知したことで距離を置かれるようになっていた。
「……辞めとくよ。気味が悪がれているからね。姿を見れただけで良いよ……」
今の爽太には、二つの記憶があった。改変する前と後の記憶。といっても、前の記憶はおぼろげになっていた。デジャブのような症状で、ところどころに既視感が有る感じだ。
久美が死んだ記憶は薄れていたが、竜也の死という新たな後悔は生まれていた。けれど、初恋の人が生きている……助けられた感情で、少しだけ心が軽くなった気がした。
爽太は久美に背を向けて歩き出した。一目見ただけで満足だった。
「……本当に歴史が変わったんだね」と、ポツリと呟いた。
「そうよ凄いでしょう!」
これみよがしにえっへんと鼻を高くさせるマギナ。
「今まで、こんなことをしてきたんですか?」
「そうよ。爽太がやったように直接関与したり、はたまた、自然をコントロールをしたりもしたりね。けど、個別の人間の運命を変えるのは、あんまりやってはいないわ。たった一人の運命ならあんな風に簡単に変えられるけど、世界の滅亡という運命は容易に変えられないのよ」
「……マギナの目的って、本当に世界の滅亡を救う為?」
「カッコよく言ってしまえば、そうよ。爽太が先見の明で見た未来……あれは、必ず起きてしまう。私は、そうならないように何度も改変している訳だけど……」
「滅亡してしまう?」
「そう、爽太が見たままにね」
「どうにか……しているんですよね?」
「どうにかしているんだけどね。本当に、どうしたら滅亡エンドを回避できるのやらね」
「なんで、世界の滅亡を救おうとしているんですか? 別に良いじゃないですか、ほっといても。滅亡する直前に過去に戻れば、ずっと過ごしていけるんじゃ……」
「ただ過去に戻って過ごすのは、何度も同じ本を読むのと一緒なのよ。爽太の未来が解るのと、ある意味同じかもね」
爽太は先見の明で漫画やアニメなどの先のストーリーが解ってしまう。未来を知るのと過去に戻るというのは同義だと言っているのだ。
いや、何度も同じ内容を繰り返す方が苦痛だろうか。
「私がしている改変は、言うならストーリーの文章を変えていく作業のようなものね。でも、たった一字を変えただけでは、ストーリーの結末は大きく変わらない。変えるとしたら、例えば主人公を殺したりとかね。だけど、それでは破綻してしまう。世界の滅亡の原因を私自身が起こしてしまうようなもの。世界の滅亡を回避させる為のギリギリのラインの改変をしている訳だけどね……」
「上手くいくアテはあるんですか?」
「今のところ、無いわね。ただ、改変を続けていくことに意味があると思っているわ。変化を起こし続けていけば、運命のズレや特異点……万物の精神が誤作動してしまう何かがが生じるかもしれない。それが滅亡の回避の切っ掛けになるかもしれない」
「……かもしれない。未然形ですか」
「だって、まだ世界の滅亡を回避できてないからね。爽太の先見の明でも滅亡の未来が見えた訳でしょう」
マギナは、世界の滅亡を回避させようとしている。しかし、マギナが何百年も改変しているというのに、今だ世界の滅亡を予見してしまう。
さっきの本の内容を修正するようなものだと言っていたが、そんな簡単ものではないのだろう。自分の時は単純に溺れている久美を助けただけで生命を救えた。だが、未来を救うというのは、複雑に絡んだ運命という紐を解くように、普通の人間では不可能なこと。だけど、マギナは挑んでいる。過去に戻れる能力『メモリーリストア』を使って。
もし――
「だから……先の未来を見たくない?」
マギナは微笑みを浮かべて、爽太を見つめる。
「私が魔女となった時に世界の滅亡を知った。滅亡……終わると知って、お師匠様や爽太みたいにダラダラと過ごすのも良いけど、勿体ないじゃない。特別の能力を持っているのに、ただ滅亡の時を待つなんてね。もし……もし、いつか。私が滅亡する未来を回避が出来たとしたら、爽太はどうするつもりなのかな?」
――もし、本当に滅亡を回避したのなら、人生に諦念した僕の未来は――




