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-18- その子を捨てるのですか?


「ここは……」


 雪が舞い降り、雪景色が一面に広がっていた。冷たい風が頬をなでていく。


 辺りを見回す。四方八方に木々が並び立ち……森の中だと判断すると共に、他の木よりも一本だけ太く高い木が視界に入った。


 ここは私が捨てられた場所付近だと察した。


「戻ってこれた?」


 過去に移動してこれたかは、まだ確証を得られない。ただの瞬間転移テレポーテーションの可能性もあった。


 すると、遠くで雪を踏む足音が聞こえてきた。


 思わず近くの木に身を隠し、様子を覗うと、頬が痩せこけたヒゲ面の壮年の男性が使い古されたボロの布きれを身にまとい、こちらへ向かってくる。両腕で優しく赤子を抱いているのが見えた。


 直感だった。あの赤子は私だと解った。とすると、あの男性は自分の父親だということだ。


 ここで、自分は同物質による衝突消失せずに過去に戻ってこれたのだと実感しつつも、男性……父親をしばらく観覧した。


 父親は、あの太い木の元へ行き、佇んだ。


 抱いた赤子を生気を失った瞳で、じっと見つめ……頬から涙がつたう。


 その姿に、親の愛と哀がひしひしと伝わってくる。が、やむえない事情が有るにしても、親が子を捨てるというのは愚かな行為に見えた。


「その子を捨てるのですか?」


 私は顔が見えないようにフードを深くかぶって覆い隠してから、姿を現した。

 誰も足を踏み入れない深い森で人に遭うとは想定していなかったのだろう。


 突然の呼びかけに、父親はびくっと身体を大きく震わせて驚き、「あ、あ、あ……」と、戸惑っている。


 黙ったまま父の方を見つめていると、やっと幾分かは落ち着いたのか、「あ、あ、あなたは?」と絞り出すように訪ねてきた。


「ただの通りすがりですよ。それで……その子を捨てるつもりなんですか?」


「……し、仕方ないんだ。食うにも困る生活なんだ。私には、この子以外にも四人ほど子供がいる。数年続く不作と重税で、その日の食う物に困る生活なんだ。これ以上、子供が増えても食えないで死んでしまんだ……。お母の乳の出も悪くて……」


 虚ろな瞳から涙が溢れていた。心労が重なり先の未来……展望が見いだせないから、正常な判断が出来ない状態のようだ。


 いや――当時、口減らしとして赤子や子供、老いた両親を山に捨てることは、よくある事だった。まだ人買いなどに売られていく方が運が良い時代。だが、こんな地方に人買いが来ることは稀だった。それに世話が必要となる赤子など取引など皆無に等しい。


「養子に出そうとしても、どこも貧困に喘いでいる。子を養える余裕は何処も無かった」


「その子の母親はなんて?」


「お母は……この子を捨てるということは知らんよ……。寝ている時に、内緒でこの子を連れて、ここまでやってきた……」


「そうですか……」


 自分が捨てられた真相を知り、少しばかり安堵してしまった。


 実の親に会ったら、罵倒……ほどではないが文句の一つでも言うつもりだったが、事情を察する。もし、捨てられず育てられても栄養失調や病で早死にしていただろう。


 福祉など人が最低限生きる制度が、まったく無い時代。時代が悪いと言うしか無い。


 でも、自分がこの時にやってきたのは、この運命を変える為。


 私は後ろ髪に右手を入れると、中からおもむろに小袋を取り出した。


「でしたら、この種を授けますから、その子の命を助けてあげてくれませんか?」


「種?」


 父は訝しげつつも手渡された小袋の中を確認すると、たくさんの種が入っていた。


「特別なカブの種です。冷害や病気に強く、不毛な土地でもよく育ち、短期間で多く実ります」


 研究で品種改良したカブの種だ。この地方ではカブがよく栽培されており、特別な品種で文化や自然を壊すことはない。


「それと、これもどうぞ」


 また後ろ髪に手を入れると、今度は大きな袋を取り出した。

 突然現れた大袋の出現に、父は大きく身体をビクッと震わせる。


 その袋の中には、小麦粉のような白い粉……脱脂粉乳の粉であった。この時代にドライフリーズの製法などは無い。未知なるモノであり、父は不思議そうな表情を浮かべて訊ねる。


「これは?」


「牛乳のようなものです。それをお湯などで溶いて薄めて、その赤子に飲ませてあげてください」


「ど、どうして、こんなことを?」


 父からして見れば、見ず知らずの相手から施しを受ける理由が解らない。疑問に思うのは当然だろう。


「……私も捨て子でした。私の場合は運良く、良い人に拾われて、こうして育つことが出来ました。ですから、私みたいな不幸な子は見たくないんです」


「……親の俺が言うのもあれなんだが、あんたがこの子を育ててはくれないか? さっきも言った通り、生活が苦しいんだ。今、しのげても……あんたから貰ったものが尽きてしまったら、また……」


 木々の枝に出来ているつららの如く、父を睨みつけた。

 赤子の時に言えなかった言葉を自分の口から伝える。


「どんなことがあっても、子は実の親と一緒に過ごしたいものなんですよ。赤ちゃんの瞳を見てください」


 赤子はじっと父を見つめていた。無垢な瞳。負い目を感じていた父にとって、まるで訴えかけているように感じた。


「もし、その子を捨てて、貴方たちの生命が長らえたとしても、悔いの念に縛られるのでは? 今は辛い時でしょう。だけど、この冬を乗り越え、その種を植えたのなら、きっと豊かな実りをもたらします。厳しい冬の寒さを草木が耐えられるのなら、人もまた耐えられるはずです」


「……ごめんよ……すまない……」


 父親は涙を流し謝罪の言葉を何度も何度も口にして、赤子を強く抱きしめた。

 赤子は苦しくなり泣き出したが、それでも父は力を緩めなかった。その泣き声は喜びに満ちている。そんな気がした。


 父は赤子を抱えて村へと戻っていき、その姿が見えなくなるまで見送った。


「……さあて、どうかな」


 背中を木に寄りかけて、一息ついた。これで魔女に拾われるという歴史は無くなり、未来が改変された。


「だけど私は存在している……うん。歴史改変が上手くいったわ」


 自分や世界に、何ら支障が発生しないことに、ようやく成功を確信した。


「さてさて、これからどうしようか」


 自分が捨てられるという運命を回避した。アフターケアとして、暫くは幼い私や両親を陰で見守ろうとしたが、その前に会っておくべき人物が居た。


 しばし、今の場所で待っていると、その人物がやってきた。


 ボロボロのローブを羽織った老婆の姿が見えると、その元に駆け寄った。

 老婆は眉をしかめつつ、私がただの人間ではないと勘付く。自分と同類と思ったのだろう。


「何処の魔女だい?」


「私は……。私が赤子だった頃に貴女に拾われた者です」


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