-15- 運命を変えてみたい
「お師匠様、お茶をお入れしました」
私は拾ってくれた魔女を敬意と感謝を込めて“お師匠様”と呼んでいた。それは、お師匠の名前を知らなかったという理由もある。もちろん教えて貰おうとしたが、教えてくれなかった。
魔女は他人に自分の本当の名……真名を知られてはいけないルールが在ったからだ。
他人といっても、ただの普通の人間ならば大した問題ではない。自分と同じような特異な力を持った者に知られるのが危険だからだ。簡単に言ってしまえば、名前はパスワードのようなものだ。パスワードを知られるということは、悪用されるという可能性が生まれる。だから真名は秘密なのだ。
ただ、名前が無いのは不便なので、愛称やあだ名が付けられる。お師匠様なら“灰色の魔女”といったあだ名が付けられているが、私には名付けてくれなかった。必要が無い……というより、まだ魔女としての特徴が無いからと言って。
お師匠は「ありがとう」と礼を述べ、お茶を一口飲むと、話しを始める。
「お前が『万物の精神』に触れてから、もう一ヶ月になるかね。さて、おまえの中で強く感じた光は『万物の精神』と呼ばれるものだ。それがなにか、今ならなんとなく解っているだろう」
「はい、お師匠様」
「万物の精神……人や国、時代によって様々な呼び名が付けられている。禁断の果実、黄金の林檎、賢者の石、悟りの書、アーカーシャなどなど、時代が進めばまた違った名で呼ばれるだろうね」
お師匠が語る突飛な内容に、私は理解し頷く。
“万物の精神”の存在を明確に感じられるようになると、全ての物事が何故そこに在るのかの意味が解るようになっていた。
初めて見るものでも、『あれは何か?』と訊ねられたら、滞りなく説明できるようになっていた。その理由は、万物の精神から答えを導かれるようになったからだ。
現代風に説明するなら、検索サイトに知りたいワードを打ち込んで調べるようなものと同じだろうか。
万物の精神とは、簡単に言ってしまえば、この世の全ての情報が格納された記憶集積所……いわゆる図書館のようなものだ。
「万物の精神は存在し、物質界に生きる人などの生物たち各々に繋がってはいるが、おいそれと感じることも触れることは出来ない。虚無のようなもの。しかし、ごくまれに天啓などといって触れることができる。古今東西の救世主、預言者、錬金術者、賢者、そして私たち魔女たちは、その万物の精神に触れた者たちばかりだ」
「お師匠様も触れたのですか?」
「ああ。私の時は、花も恥じらう乙女の頃だったかね。ある時、稲妻の直撃を受けたのが切っ掛けだよ。その後、同類……今で言うなら、私の師匠のような魔女と知り合ってから、だらだらと過ごしてきたわね」
「あれ? ということは、私みたいに人工的? で、魔女になったのって……」
「さあね。捜せば居るかも知れないが……。しかしまさか上手くいくとはね。まあ、失敗していたら、どうせ捨てるつもりだったしね」
お師匠はヒッヒヒと如何にもな笑い声をあげた。不躾けな発言だったが、私は腹立ったりせず「ひどいな」と笑顔で返した。
捨て子だった話しをお師匠から聞いていたし、今こうして生きているのはお師匠のお蔭だから。
魔女となった私は、何処に行く宛ても無い……いや、何処にでも行けるが、拾って救ってくれた恩を返したくて、助手や小間使いを申し出たのだった。
お師匠は素っ気無く「おまえの好きにすれば良いさ」と承知してくれて、ひとまず私は魔女の弟子となった。
さて、万物の精神から知恵を寄与されても、新参者の私が上手く扱える訳ではなかった。自動車の運転方法を知っていても、上手く乗れるとは限らない。多少なりの慣れ……経験は必要だ。
お師匠が気まぐれに行う実験や研究は、万物の精神から導かられる想像を創造して、確証を得る為のもの。まるで料理のようだった。料理の調理方法を知っているのなら試しに作ってみる、ような感じだった。
人間が想像できることは、万物の精神によるものなので、ある程度実現出来る。もちろん魔法も然り。
当時、この世界には精霊と呼ばれるモノが存在し、それが魔法の元となると言い伝えられていた。その考えは間違ってはいない。この精霊は、後に元素と呼ばれるようになった。
夢の無い話し……いや、現実的な話しをすれば、魔法とは科学・化学なのだ。つまり科学・化学を追究していけば、やがて魔法と呼ばれるようになるだろう。
しかし、魔法でも不可能はある。一例として述べるなら“不死”や“蘇生”そして“時間移動”。
ちなみにお師匠の年齢は、当時500歳。
「私なんて、まだ若い方だよ。千年も生きている者もいる」
魔女が長寿なのは珍しくない。
人…動物という生物で考えれば、どんなに長寿でも150歳ぐらいが限界だけど、植物…木を生物で考えれば1000年以上生きれるのは並だ。
老化は細胞の劣化である。ならば、その劣化を抑えたり遅らせたり、または防止させれば長生きが出来る。秘薬などで長生きを可能にしたのだった。先ほどのお茶がそれにあたる。
しわだらけのお師匠を見て疑問に思う。
「なぜ不老を為そうとしなかったのですか?」
「私は魔女となり、普通の人間とは多少違う存在になった。けれど、私は人間であることの証明して、人並みに年老いてみたかったんだよ」
500年以上生きている人間は人間なのか?
と思ったが、老いることに意味があるのだと察して、あえて口にしなかった。
「それに不老だとしても不死ではない。死とは何か解るかい?」
「はい。命……魂が、万物の精神に還ることです」
「そう、生物には魂が存在する。生身から魂が離れて、万物の精神に還ることが死とする。つまり、生身が朽ちて消滅したとしても魂が残っていれば、死では無い。しかし、誰とて万物の精神に逆えない……いや、逆らうというのは語弊だね。万物の精神の意志とは、運命。運命に従うしか出来ないのだ。魔女などの超越者も例外ではない」
「それは、完全なる不死となった者は居ない……ということですか?」
「そう。私が知る限りではなく、万物の精神からでも、そういう知恵は得られなかったね。どんなモノでも死を迎える。絶対にね。つまりそれは、死から生き返らすのは不可能ということでもある」
補足ではあるが、不死者と言えばゾンビなどのアンデッドだが、あれは不死なる者では無い。あれもまた魂が生身に宿り動いている。ただ思考力が欠けているだけに過ぎない。言うならば、ゾンビは単細胞や菌と同じ生物だ。
「どんなモノでも……。ということは、お師匠様。それは『万物の精神』も、死を迎えるということですよね?」
お師匠は静かに頷き、
「そう。万物の精神にも始まりと終わりが記録されている。終わりは必ずある。その時は、近い時かも知れないし、遠い時かも知れないね」
諦念が混じったように言った。
だけど私は納得していなかった。
まだ新参で浅はかだったからだろう。無知故の無謀。いや、気まぐれな功名心だ。
――“万物の精神”の運命を変えてみたい――
魔女は気まぐれ屋が多いように思える。だけど、なぜ気まぐれなのかは、魔女に大抵不可能なことが無い。何でも思い通りに出来てしまう。だから適当にパッと思いつきの行動をしてしまうのだ。
だから、変えられない運命を変えられる。それを成し遂げたかった。




