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-14- 追憶 ―ハローワールド―

 私は捨て子だった。


 生誕地は、今で言うドイツのハルツ地方。深い森といくつものの山脈が連なる風景が広がっているだけの、当時としては変哲の無い陰気くさい場所。


 その森の奥で、生後間もない私は捨てられた。理由は、単純に口減らし。あの時代、この地方では飢饉で食料が不足しており餓死者が大勢出ていた。仕方のない対応だったのだ。


 捨てられた時の季節は冬。全てを凍てつかせる寒さに、柔らかく大きめの雪がしんしんと降り、木も大地も空も白く覆われていた。


 こんな所に赤子を残されては餓死の前に凍死するか、命が尽きる前に野生の狼たちの命の糧になるだろう。


 なぜ親は、私をひと思いに永遠の眠りにつかせなかったのか。それは僅かに在った良心の呵責。自分たちの手で殺めたりせず、せめて自然の死による裁量に任せたのだ。


 ただ死を待つだけの私を救って……いや、拾ってくれたのが、ある老婆の魔女だった。


 しわくちゃの顔、灰をぶっかけたような髪、腰が曲がり中背になっており、ボロボロのローブを羽織っていた。その風貌は、いかにもお伽話に出てくる魔女の姿。後にいにしえの魔女の一人であり、通称“灰色の魔女”と呼ばれていたのを知る。


 魔女は私を見つけると、黙したまま暫く眺めた。なぜここに赤子がいるのかを考えていたのだろう。やがて最初から赤子は居なかったように、静かにその場を立ち去った。


 私は泣きもせずに、その後ろ姿を見つめていた。それしか出来なかったとも言える。


 だが、魔女は足を止めると、私の元へ再び戻ってきた。


 拾い上げられると、そのまま魔女の庵へと連れ帰られて、生かされたのだった。


 後日、魔女が私を拾った理由を訊いた時、「ただの気まぐれだよ」と素っ気ない答えが返ってきた。世話をさせる為の小間使いや、後継者または実験動物として拾われた訳ではなかったが、結局近いことはさせられた。


 魔女に拾われた私は、育てられた……というより、生きさせられたといった方が正しい。世話や教育など一切されず放置されただけである。簡単かつ最低限の食事を与えられていたが、給付されない方が多かった。


 言葉を教えられず、服も着せられず、人間ではなく野生動物のような暮らし。まるで幼い子供が犬や猫を拾ってきて、家の軒先で親に内緒で世話されいるような。現代社会ならば児童虐待だと捉えられたてもおかしくないが、当時にそんな過保護な制度は存在していない。元より、魔女には関係無い話しだ。


 だけど、これが魔女の教育方法だった。


 物心が付き始めた五歳ぐらいには、物質とは違う“何か”が存在しているのを自然と感じ取れるようになっていた。


 その存在は“精神”と云われるもので、精神を感じ取れるようになると、木や花などの植物の気持ち、鳥や鹿といった動物たちの気持ちが漠然と解った。そして魔女の気持ちも。


 文字や言語が無かった時代、人達がどうやって意志疎通をしていたのかの原始を知ったのだ。


 そこで、やっと魔女の教育が本格的に始まった。といっても、ただ“真円”を描くことだけを命じられただけだった。


 真円……完全な円。この世に見える円は、円に見えるだけで完全な円ではない。


 円の周長や面積を求める時などに使用される円周率。この円周率は3.14159265359……と延々に続く超越数で無理数なのは周知のことだろう。未だ円周率の正なる解が明かされていない。つまり、円周率が約3と約されてしまう通り、人間が真円を描くのは不可能なのだ。


 その不可能な試練を課せられた私は、四六時中、地面に、壁に、空中に。眠る以外はずっと円を描かされた。いや、眠っていても夢の中で円を描いていた。約七年間描き続けていただろうか。現在判明している円周率の桁分以上に描いたと思う。


 十二歳の時だった。真円が描けたのは。


 描けた瞬間……漠然と感じていた“精神”の存在を明確に感じ取れるようになると、トランス状態に陥いり、気を失ってしまった。


 気が付くと、真っ白な空間が広がっており、自分はフワフワと宙を浮かんでいた。


 やがて、周囲にキラキラと大量の光りの粒子が出現すると、それらが私の中へと注ぎこまれた。


 水の中で溺れたように苦しく、巨大トルネードに巻き込まれたようにかき混ぜられ、雷を直撃受けたように身体中に激しい電気が奔り、頭の中に直接空気を送られたようで風船が破裂するようだった。


 意識を失いたかったが、なぜか出来ず。何時間、何日と激しい苦辛を味わったが、終わりは突然だった。痛みも苦しみも、一切感じなくなった。


 そして、我を取り戻した時、


「ようこそ、この世界へ。気分は、どうだい?」


 指定席である古びた安楽椅子にゆったりと坐してる魔女が言った。

 初めて人の声を聞いたにも関わらず、言っている意味を理解していた。


 ――私は全てを知っていた。つまりそれは、魔女になったという証明だった――


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