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-12- ドラマティックにしましょうか

 放課後――終業式の日は午前中に学校は終わるも、クラスメートたちは先ほど渡された通信簿を見せ合ったり、夏休みの用事について盛り上がって、教室に残る者が多かった。当然、久美も友達と会話を楽しんでおり、爽太はじっとその光景を伺っていたのであった。


『どうしたの、話しかけないの?』


(さっきみたいに説明しても、たぶん児玉さんは信じて貰えないと思って)


 魔女は解りきった様子で平然と頷く。

 何もせずに手を拱いているだけでは、久美の未来は変わらない。


(魔女さん、どうすれば良いと思う?)


『言ってダメなら、何かしら行動を起こさないといけないでしょう』


(行動を?)


『要は、当日にあの娘を海に行かせない。海に行ったとしても、泳がさなければいい訳よね』


(だけど、何度忠告しても……)


『爽太だって、子供の時に実証が無い不確かな言葉なんて信じないでしょう』


(そ、それは……)


 魔女が言うとはもっともだ。自分の発言は朝の占いみたいなもの。天気予報だったなら、幾分かは信じて貰えるだろうか。


「あっ、そうか!」


 思わず声が漏れた。


『何か閃いたようね?』


 爽太は慌てて口を手で隠して、魔女に話しかける。


(天気予報だって占いみたいなものだけど、実績を積んで人々から信用されるようになったんだ。だから、ことあるごとに児玉さんの未来を予見して教えてあげれば、いつかは……)


『そうね……でも、“この時”の爽太は自由に予見を出来る力は備わっていたの?』


 確かにこの時は、先見の明……意識的に予見することができなかった。

 さっきの久美の予見も突然見えたものだ。まだ能力が覚醒してはなかった。もし予見したから言って、的中率は低いだろう。


 再び爽太は考え込むものの、良い案が思いつかなかった。だからこそ、藁をつかむかのように魔女の方を見た。


(魔女さん……何とかしてくれませんか? あの、バスケ部の赤城を体調不良にしたみたいに、自分の予見を変えてはくれませんか?)


 その言葉を待っていたかのように、魔女は笑みを浮かべる。


『まあ、それがベストの方法でしょう。その為に私もメモリーリストアした訳だけどね』


 魔女は「後は任せて私におきなさいな」と言わんばかりに、爽太の頭をポンポンと軽くたたいた。

 魔女が何をするのか様子を伺おうとしたところ、


「おい、爽太。なにボーとしているんだよ。帰らないのか?」


 気軽に声をかけてきたのは、当時、とても仲が良かった友達の“竜也”だった。


「う、うん。ちょっと考えごとをしていて……」


「考えごと? お前のことだから通信簿の成績が悪いとかじゃないよな。何もなかったら一緒に帰ろうぜ」


「あ、でも……」


 ちらりと魔女の方を見る。


『ここで無理に改変しない方が良いみたいだし、爽太もメモリーリストアについて解ってくれたし、少しメモリーを飛ばすわね』


 そう言うとおもむろに人差し指を立てて『(記憶の先にある……)』と呪文を唱えだすと、指先から強烈な光が発せられて、爽太を包んだ。


   ■■■


 気が付くと、爽太の眼前に海が広がっていた。

 熱い日差しに照らされて熱された砂浜には、大勢の人が海水浴を楽しんでいる。


「えっ? あっ?」


 教室から突然の海に激しく動揺していると、


「なに、ぼけっとしているのよ爽太」


 背後から声をかけられて振り向くと、水着姿の魔女が立っていた。ビキニのワイヤーホルターからこぼれそうな豊満の胸は、草食系男子を肉食系に変貌させてしまうほどの魅力を醸し出している。


「ま、魔女さん! なんで? ここは?」


「田ノ浦ビーチってところよ。せっかく海に来たのだから、水着じゃないと不自然でしょう」


「いや、そういうことじゃなくて」


「はいはい、わかってます。わかってます」


 魔女は人差し指を爽太の額にあてると、記憶が流れ込んでくる。


 終業式の日から、久美がいつ海に行くのか調査していたが、当時小学校の規則でSNSのアカウントを持つのは禁止されており、久美は規則を順守する真面目な子だった。


 ネットなどからは簡単に情報を収集できない状況だった。爽太は、この時の自分が先見の明を上手く扱えなかった理由が解った気がした。


 ならばと当時の遊び場だった公園や学校のプールなどに赴いては、久美から話しを聞いて、お盆の期間に親戚の家へ行くのを知ったのであった。


 バスケ部の赤木のように当日、久美を体調不良にして親戚の家に行くのを中止にさせようとしたが、


「せっかく命を救うのなら、ドラマティックにしましょうか」


 と、魔女の気まぐれによって、久美が溺れるところを助けるという方針が決まってしまった。


 今はお盆の真っ只中。その時爽太は、母方の親戚の家に連れていかれたのだが、魔女の魔法によって、この海水浴場へ瞬間移動してきたのである。


 魔女はどこからともなくビーチチェアやパラソルを出現させては、優雅にくつろいでいた。


「ちょっと魔女さん!」


 目的を忘れているようなスタイルに爽太が声を荒げた。

 しかし、あられもない魅惑のボディーに、普通なら世の男性を虜にして釘づけになるものだが、不思議なことに誰一人こちら見ようとせず素通り……むしろ避けているようだった。


「ああ、大丈夫大丈夫。結界を張っておいたから、他の人たちには私たちの姿を認識できないわよ。だから、心置きなくあの娘をストーキングでもしてなさい」


「ストーキングって言わないでください」


 渦中の久美は、海の家で家族と親戚一同と昼ご飯を食べていた。五人の子供たちの中に唯一の女子の久美が居た。


 年長の従兄はさっさと焼きそばを食べ終え、泳ぎに行こうと久美たちを急かしていた。


 やっとこさ久美も食べ終えて誘われるがまま海の家を出ると、子供たちは海浜へと走り出す。


「よーし。それじゃ、あの岩まで泳ごうか」


 従兄が指さした先には、沖合に二つの岩が海面に坐していた。地元では双子岩と呼ばれる岩海で、浜から程よく離れた場所に在るため、よく海水客が遊び場として泳いでいく場所でもあった。


 男子たちは手首足首をクネクネさせて準備体操を始めると、久美も輪に入ってくる。


「おっ、なんだ久美も来るのか?」


「止めとけ、止めとけ。まだ久美には無理だろう。一緒に来るにてしても浮気をしてこいよ」


「大丈夫だよ。プールの授業で二百メートルも泳げるようになったんだから。今年は私も、あそこに辿り着けるもんね!」


 親戚は男子ばかりで、いつも仲間外れにされている疎外感から、つい対抗心を燃やしてしまう久美だった。


 海に入った時、『溺れるから気を付けた方が良い』と、爽太の忠告が頭によぎったが、注意して泳げば大丈夫だよねと楽観視で、従兄たちの後を追った。


 プールで泳げられるからといって、海でも泳げれるとは限らない。むしろ、プールと海は別物である。一番の違いは、海には波があり潮流や海浜流という流れがあることだ。特に海浜流の一種である離岸流は著名であろう。離岸流の発生のメカニズムは基本的には引き潮によるものだが、波や潮流などの海象によっても引き起こされ、いつ発生するかは不明である。


 久美は双子岩まで、あと半分のところに居た。従兄たちは既に双子岩に辿り着いており、久美の到着を待っていた。


 平泳ぎで着実に距離を縮めており、体力も余裕があった。昨年のリベンジを果たせると思ったのだが、前に進んでいたはずなのに徐々に双子岩から遠ざかっているのに気付いた。


「あれ?」


 双子岩に向かって泳いでいるものの、一向に近づけず、むしろ沖合へと流されていた。離岸流に巻き込まれていたのたが、久美や親戚の従兄たちは気づいていなかった。


「おい、久美。何やっているんだよ。まっすぐ来いよ!」


 従兄の檄に意地を張り、久美は平泳ぎからクロールに泳法を切り替えたが、小学生の筋力……というより大人ですらも離岸流に逆らえるものではない。


 躍起になり、力を入れて泳ぐが状況は変わらず。やがて無理な力で泳いだの影響で、


「あっ、痛っ!」


 突然、久美の右足に痛みが奔り痙攣しだした。足をつってしまったのだ。

 痛みで静止できずもがいてしまい浮力を失い、自ずと沈んでしまう。助けを呼ぼうとしたが、海水が目や鼻、口に入って上手く声が出せない。それがよりパニック状態を引き起こしてしまい、身体をバタつかせるだけの動作となった。


 久美の異変に気付いた従兄たちは救助に向かおうと、双子岩から飛び込んだ。


 年長の従兄と言えど、まだ小学六年生だった。子供が子供を助けるのはリスキーであり、二次被害の可能性が高い。だが、緊急状態であり、冷静判断が出来なかったのだ。また従兄たちも離岸流の餌食になっているとも知らない。


 久美は海中に引き込まれてしまうように沈んでいき、海水が鼻や口に遠慮なく入ってくる。苦しさに意識が朦朧していき、やがて途切れた。


「児玉さん!」


 爽太が久美の腕をつかんだが、応答はなかった。


 隣を向くと魔女が黙ったまま頷き、久美の背後に周り、手を広げると何処からともなく浮き輪が出現したのである。

 久美は浮き輪の浮力の押されて、そのまま海面へと出たのである。


「まあ、こんなものね。後は……ユクフラアーイエ・ディレクション・アーアヴオンクン……(流れゆく向きは我が思うままに……)」


 海の中にも関わらず魔女の声がはっきりと聞こえ響き、爽太は海が動いているような感触を肌で感じた。


「おい、久美。大丈夫か!」


 海上では、従兄たちが浮き輪によって浮かび上がってきた久美を疑問に思うも、容態安否を優先していた。


「早く、久美のおばちゃんに……あれ?」


 潮の流れが海岸へと向かっており、久美や従兄たちは浮き輪にしがみ付いたままでいれば、自然と着く計らいとなっていた。


 先ほどの魔女の魔法の効果である。


「あれで良かったのかな?」


 爽太と魔女も海面に上がり、久美たちが無事砂浜に着くのを見守っていた。


「多分ね。あの子が特別な運命の子でない限り、生存しているでしょう。こういう事故に遭った後に、海に泳がさせる親なんていないだろうし」


 だが爽太は釈然となかった。本当に命を救えたのか確証を得られていないから。もう少し様子を見ようとしたが、


「いつまでも海に浸かっていないで、さっさと結果を見に戻りましょうか。私と爽太が出逢った時へ」


 そう魔女が言い放った瞬間――辺りの景色が歪みだし、まるで早送りしたように世界が勢いよく回り出したのであった。


 夏休みが過ぎて小学校が始まり、瞬く間に秋、冬、春、夏が次々と訪れて、いつのまにか小学校を卒業して中学生へ。その中学生もまばたきを三回したら終わっていた。


 そして――高校二年生、魔女と再び出逢ったのだった。


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