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-11- 通信簿、貰いたくないな……

 真っ暗な空間。

 暫しの静寂。


 やがて、声が……子供たちの騒ぐ声が聴こえ始めた。


 その声に呼び覚まされて、爽太はゆっくりと目蓋を開けると、


「なあ、夏休みどうするんだ?」


「この後さ、おまえん家に行っても良いか?」


「え、外国旅行に行くの。いいな~。お土産、よろしくな!」


「通信簿、貰いたくないな……」


 大勢の子供たちが教室で談笑していたのである。


 寝起きのような状態で意識がハッキリとせず、現状を掴みきれていないまま辺りの様子を伺うと、まず目についたのが教室の黒板の日付……七月二十日と書かれている。


 そして周りの子供たちには見覚えがあった。小学生の時の同級生たちだ。徐々に意識が鮮明になっていくと共に、違和感がした。


 爽太は高校生である。だが、周りの子供たちと同様に、小学生になっている自分がそこに居た。


「なんで自分はここに? いや、そもそも、なぜ小学生に?」


 小学生の時の記憶と高校生の時の記憶が混在しており、状況を理解できないでいた。


『落ち着きなさい、爽太』


 そっと自分の肩に手を置かれ、囁かれた。

 いつの間にか隣には、一目で自分よりも年上である女性が立っていたのである。


 どこかで見覚えがある人物だったが、何者なのか思い出せない。しかも、他の生徒たちは女性に気付いていない。


 不思議そうに女性を見つめる爽太。


『ありゃ? やっぱり記憶が混乱しているわね……。まあ、今の記憶と過去の記憶がバッティングし合っている状態だから、しょうが無いわね』


 すると女性は中指を内側に丸めて親指で抑えると、爽太の額に向けて、デコピンを食らわせた。


 直接脳みそに電流と共に気絶するような痛みが奔る。クラクラと眩暈がした後、目の前の人物が何者か明瞭となった。


「魔じょっ!?」


 すかさず魔女は人差し指を爽太の前にかざし、静止させる。


『どう、思い出した?』


 これまでの経緯や今回の本題を強制的に伝授したのである。

 自分が何者か、これから何をすべきかを思い出した爽太は静かに頷くと、改めて落ち着いて辺りを見渡した。


 ここは八年前……小学四年生の光景が広がっている。


 爽太の額には先ほどのデコピンの痛みがある。古来より痛みを感じられたのなら、夢では無い証明ではあるが。


(魔女さん、ここって……)


 声に出さなくとも心に思ったことが魔女に伝わる。


『そう。ここは、児玉久美が生きていた頃。いわゆる私たちは過去にやってきたのよ。さあ、未来を変えてみなさい』


 魔女は静かに爽太の背後に移動すると、


「爽太くん、どうしたの?」


 隣の席に座っている女子が話かけてきた。艶のある黒く長い髪の少女―児玉久美だ。


 久美の生きている姿に、生の声に、爽太の心は大きく弾み、そのまま天高く飛んでいきそうになった。


「さっきから、ぼーとして……もしかして具合が悪いの?」


「……あ、いや、別に何でも……」


 気持ちを落ち着かせる。夢のようで夢ではない現状を、後ろに堂々と立つ魔女の存在によって受け入れることができた。


「ところで爽太くんは、夏休みはどっかに行ったりするの?」


 記憶が蘇る。今日は一学期の最終業式の日。全校集会が終わり、通信簿を持った先生が来るのを待つ休み時間。


 そして、この時の会話が、彼女と交わした最後の会話だった。


「えっ……。ああ、まだどこかに行く予定とかは無いよ」


「あ、そうなの」


「児玉さんは、どこかに行ったりするの?」


「うん。親戚の家に行く予定で、そこで海水浴に行くの」


「へー。そういえば、児玉さんは泳ぎが得意だったよね。この間のプールでも二百メートルも泳げていたし」


「そうなの。だから、今度こそ双子岩まで泳ごうと決めているの」


「双子岩?」


「私が行く海水浴場の海岸から、ちょっと離れた場所に大きな二つの岩があってね。去年、従兄弟のお兄ちゃんたちはたどり着けて、そこまで泳げられなかった私はバカにされたの」


「へー、そうなん…ッ!」


 突如、爽太の網膜に映像――海で溺れもがく久美の姿が見えた。

 八年前に見た時と同じ映像だった。


「こ、児玉さん……」


 言葉に詰まる。

 あの時は、まだ自分の先見の明に不確かで、大げさに言わない方が良いと思い、


『児玉さん……海に行くのなら気をつけた方が良いよ。なんか悪いことが起きる気がする』


 あたりさわりのない注意勧告をしただけだった。

 だが、見えた悲劇の映像は、必ず起きる未来の出来事。何度も悪夢で苦しみ、やり直したいと願った場面。だけど、どうやって説明すれば良いのか解らなかった。


 正直に伝えたところで、信じてくれるとは限らないが――


「児玉さん、その海水浴は行かない方が良いよ」


 素直に話したが、当然のごとく「えっ?」と驚きと共に怪訝な表情を浮かべる久美。


「ど、どうして、そんなことを言うの?」


「その……。児玉さんが溺れるから」


 必ず訪れる未来の出来事を断言したが、


「あー、もう爽太くん、ヒドイこと言うのね。心配しなくても大丈夫……」


 内容からして悪い冗談だと思われてしまい、久美は微笑み返す。

 真実を告げたからといって、誰もが信じてくれる訳ではない。嘘でも冗談でもなく本当であると、説得と納得させなければならない。


「……児玉さん、僕がよくテストの内容とか当てているでしょう」


「う、うん……」


「それは僕が、なんとなく未来が解るからなんだ」


 突然の打ち明け話に久美は付いていけず黙してしまうも、爽太は話を続ける。


「それで児玉さんが溺れて死んでしまう未来を見たんだ。しかも、その未来は絶対なんだ。児玉さんが溺れて死んでしまうのは!」


 突然のタイムスリップで考えがまとまっていないので、直結過ぎる内容だった。久美はたじろい、「えっ…と……」と戸惑うしかなかった。


「だから絶対に海に行かない……」


 まだ納得していないのを察して、必死に説得を続けようとしたが、


「はーい、みんな席に着いてー! お待ちかねの通信簿のお時間よ!」


 担任の先生が教室に入ってきた。久美はいつもと様子が違う爽太を気にしていたが、先生が教壇に立つと前を向いた。


 クラスメートたちも自分の席に戻り、ホームルームが始まる。命に関わることだが話しを出来る雰囲気ではない。


『ありゃーダメだよ、爽太』


 魔女の声が頭の中に響く。


(わかってるよ……)


 これまでの経験上で、未来について注意を促したところで真に受けてくれる輩はいなかった。だから自分の心や性格が屈折してしまったのだ。しかし、今は反省する時ではない。何のために、過去に戻ってきたのか。それは久美の命を救う為。


 ひとまず爽太は、説得案を練りつつ時間が早く過ぎるのを待ったのだった。

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