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-10- ならば、その運命を変えてみない?


「私がいつ死ぬか教えてくれませんか?」


「……はい?」


 見ず知らずの相手(稀衣)からの突拍子もない発言内容に困惑するしかなかったが、一方稀衣は真剣な表情を浮かべて話しを続ける。


「あ、あの! 私の友達から聞いた話なんだけど、藤井くんは人の未来……いつ死ぬとかが解るみたいですよね。昔、言い当てたとか」


 その言葉に、爽太の鼓動が激しく打ち、心に強烈な痛みが奔った。


「その……。それで、私がいつ死ぬかを教えて欲しくて……」


 稀衣の顔を見ないように爽太は痛みで歪んでしまった見せないように顔を斜め下に向けてから、口を開いた。


「……悪いけど、自分は人の未来とかが解るとか出来ないから」


「そんな! だって、本当に言い当てたって……っ!」


 爽太は生気を失った瞳を稀衣に向けた。


「子供の時の冗談を真に受けとらないで欲しいな……。それじゃ」


 冷たく言い放つと稀衣を無視して歩き始めた。素っ気なく去りゆく爽太に、オロオロと戸惑う稀衣。

 その二人を近くで黙って眺めていた第三者の魔女は、短い時間での意味深な会話内容に、不適を笑みを浮かべていたのだった。


   ■■■


 魔女は本棚から小学校の卒業アルバムを見つけると、手に取りページをめくり始めた。そこには五年前の若い爽太が写っていた。この時から既に、目の下にクマが出来ており、笑顔の無い生気を失った顔だった。


「それで、昔、何が有ったの?」


 と訊いてはいるが、爽太の能力、稀衣の会話内容から、ある程度は推測していた。けれど、直接本人から真意を訊きたいが為に、あえて訊ねた。


 爽太にとっては思い出したくもない過去の出来事。言いたくもない。だが、魔女は訊きだすまで、ここから離れようとしないだろう。爽太は瞳を閉じ、観念したかのように渋々と語りだす。


「未来が解る……先見の明の能力で、色んな未来が解りました。テストの範囲が解ったり、あるマンガの先のストーリーが解ったり、友達の未来が解ったり……。占いや予想屋の類でしたけど、それで小学生の時は人気者だったんですよ。あの頃の自分は特別の存在だった自負していました。だけど、あるクラスメートの未来……溺れて死んでしまう未来を予見してしまった。もちろん、その子に警告しました。溺死してしまうから、海とかに近寄らない方が良いと。だけど……」


「その子が本当に亡くなったしまったのね……」


 魔女は卒業アルバムに目を通しつつ答えた。そして、亡くなったクラスメートのことが書かれている一文を見つける。


『久美ちゃんが海の事故で亡くなったのが、今でもショックです。久美ちゃんと一緒に卒業して、一緒の中学校に行きたかったです。久美ちゃんがいなくなってしまって……』


 少女の名前は児玉久美。夏休みの旅行で行った先の海水浴で溺死したようだった。


「児玉さんの死を言い当てたしまった為に、自分が呪い殺したんだと言われの無い中傷をされるようになったんです。それから変に気味が悪がれたりしたり、前みたいに予見したテスト範囲を教えたとしても、誰かが先生に密告して、テスト範囲を変えられてしまって、予測が外れてしまって信用を失ったりして、いつのまにかクラスから疎遠になってしまいました」


「なるほどね……」


 魔女は写真に写る爽太の様子を察した。


(この生気の無い顔は、そういう理由か。それに、バスケの試合の結果を変えた時に、不快感を催したのは勝手に変えたからね)


 爽太は両手で顔を覆い隠した。涙がこみ上げてきたからだ。


「……今だから言えるけど、自分は児玉さんのことが好きだったんです。でも、亡くなってしまって……凄いショックを受けて、そこから人間不信になってしまって、極力人に関わらないようになったんです」


「確かに不幸なことだけど、そこまで抱えこまなくも良かったんじゃないの? 関わらないにしても、言わなければ良いだけじゃない?」


「ある程度、その人の個人情報を知ってしまうと、意識しなくても未来を予見してしまうことがあるんです。もし不幸な未来が見えてしまったら……その事を忠告したとしても、また聞き入られなかったら……」


「トラウマになった訳だ」


 他人の不幸は蜜の味、というタイプがいるかもしれない。爽太はその手のタイプとは違うようだ。根は純粋なのだと、性格判断をした。

 陰湿で陰気な重い空気が室内を覆ってしまう。そこで魔女は颯爽と立ち上がると、


「そうか……。よし、解った!」


 満面の笑顔を浮かべて明るい声で言い放ちながら、爽太に右手を差し伸した。


「ならば、その運命を変えてみない?」


 突然の口上に「え?」と戸惑う爽太だが、魔女は話しを続ける。


「運命には、二つの運命があるの。“変えられる運命”と“変えられない運命”。人間にとって……。いえ、生きている物々に取って、変えられない運命って、何だと思う?」


「変えられない運命……?」


 急に哲学的な事を問われても、すぐに答えられるものではない。なので、すぐさま魔女が答えを述べる。


「それは“死”。死ぬの“死ね”。生あるものは必ず死んでしまう。それは絶対の運命。でも、死は遅いか速いかだけに過ぎないだけのこと。これは理解は出来るわね?」


 確かにこの世に死なない生物などはいないし、百年近く長生きする人がいれば、病気などで若くして亡くなる人もいる。


「死は変えられない運命。だけど、“いつ死ぬか”は変えられない運命ではない。さっきも言った通り、死は遅いか速いかだけに過ぎない。つまり、何歳で死ぬかは変えられる運命だという訳よ。例えば……極端な例だけど、自殺は変えられる運命と言えるわね。他にも癌とかの病気に掛かったとして、手術をしないよりも、した方が延命することも出来るわね」


 魔女が言いたいことを、なんとなく理解できたので爽太は黙って頷いた。


「ということは、爽太がその子を必死になって、海水浴に行くのを止められていたら……死を変えられた」


 実際、久美が溺死で亡くなった後、もしもっと積極的に止めていたらと自分自身を大いに責めた。あの時、感じた不快でどうしようも無い気持ちが心を覆い尽くしていく。


「だったら、そんな風に運命を変えてみない?」


 爽太は点になった目で魔女を見た。「ふふっ」と謎めいた含み笑いをした後、魔女は得意げな表情を浮かべている。


「……変えてみないって、どうやって?」


「私を誰だと思っている、正真正銘の魔女なのよ!」


 暗い気持ちで重くなっている頭で爽太は、魔女の言葉の真意を巡る。


「なんですか。魔法とかで時間を戻して過去に行くとかですか?」


 自分で言いながらも幼稚すぎると実感したが、魔女はサラッと――


「簡単に言えば、そんな感じかしらね」


 肯定をした。


「で、出来るの!?」


「でも正確には、時間を戻すという訳じゃないわ。そもそも時間という概念は人間が勝手に決めたものだからね。この世界の過去、現在、未来を構成しているのは“万物の精神”の“記憶”なのよ。つまり、記憶を遡ることで貴方たち人間がよく言うところの、タイムスリップが出来る訳。タイムスリップではなく、記憶改変―メモリーリストア―と言った方が正しいかな」


 爽太は呆然と……よく理解をしていない表情になっていた。

 魔女が話した内容は、世界の真理の一つである。


 この世界には“時間”というものは存在しない。“記憶”というものが存在している。その“記憶”の断片や流れを、人間は“時間”と置き換えているだけに過ぎない。


 先見の明の能力を持っていたとしても、基本は普通の人間である爽太が理解できないのは当然であろう。魔女ですらこの世界の理を知って、今の自分になった時に知ったからなのだから。


「まあ、小難しい話は横に置いておきましょう。結局は、過去に戻って歴史を変えるのと同義ってことだし。それで、どうする? 児玉久美という女子と爽太の運命を変えてみる気はある?」


 まるで悪魔と契約するかのような、甘言な誘い文句だ。

 何度も苦悩した出来事を無かったことに出来るならと、爽太は深く考えず静かに頷いてしまった。


 心の隅っこで、冗談だと思い信じていなかったからもある。


 しかし魔女は、爽太の心の中を見透かすかのように微笑みを浮かべた。


「解ったわ」


 魔女は手を差し出して、爽太の両瞳を覆い隠した。当然、視界を遮られて暗闇の世界が広がる。


「綴られた記憶を思い返し……(スタフセットミニーフッサフーリターン……)」


 不思議な呪文を唱える魔女の声が響き、意識が次第に遠のいていった。



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