-9- ど、ど、ど、ど、どちらさまで?
爽太は強烈なパンチでKOされたように、自分の部屋のベッドでうつ伏せになって倒れこんでいた。
苦々しい疲労感が全身を包み、もうこのまま眠ってしまいたかった。
球技大会で久しぶりに動き回ったからではなく、鼻血を出すほどに先見の明をした……のが少し理由になるだろうが、疲労の大半の理由は――
「へー、なかなか小奇麗にしているわね」
魔女が部屋を見渡して、感想を述べた。魔女は爽太の後をこっそり付いてきて、そのまま侵入してきたのであった。
「てか、なんで魔女さんが家に付いてきて、ここに居るんですか?」
「え? そりゃ、今晩泊まる所が無かったからよ。なに? こんな、か弱い女性を寒空の下で野宿しろと言うの?」
「……え、泊まるって?」
魔女はわざわざ椅子ではなく爽太の机の上を腰を落として、爽太の問いに答える。
「爽太の家に、暫く、ご厄介になるということ。そう決めたから、決定したから、確定したから」
「ご厄介になるって……。ええええ? 仰っている意味が解らないんですけど……」
戸惑い慌てる爽太。女子が自分の部屋に入ってきたのは小学生以来にも関わらず、見ず知らずの相手ましてや美人を泊まらせるほど、自分の親の心が広い訳では無い。いや、常識的に考えて無いだろう。ダメだろう。
「泊まろうにも、ウチの親が許すとは思えないんですけど……」
「ああ、その辺は大丈夫よ」
「大丈夫?」
訝しげに訊き返すと、コンコンとドアを叩く音と共に「爽太、洗濯ものが有るなら出しておきなさい」と、爽太の母親が入ってきたのである。
「あっ、ちょ!」
爽太の静止も間に合わず、母親は真っ先に魔女の姿に気付くと、思わず目が点になった。
「……ど、ど、ど、ど、どちらさまで?」
息子の部屋に女子が。しかもとびっきりの異国の美人が座しているのに、動揺を隠せない。一方魔女の方は一つも慌てずに、
「ひどーい、おば様。どちらさまですかなんて、親戚の私の顔を忘れたんですか?」
(親戚!?)と爽太は鳩が豆鉄砲を食ったように驚く間もなく、魔女は母親にウインクをして見せた。すると母親の瞳がとろーんとして、視点が定まらなくなり、
「……ああ。久しぶりね、どうしたの?」
と、魔女の存在を気にしない素振りとなった。
「久しぶりに日本に来たんですけど、泊まる所が無くて。それで、おばさまの所で泊ってもよろしいですか?」
「あら、そうなの。ええ、別に構わないわ。こんなちっぽけな家で良ければ、何日でも泊って良いからね」
「本当! ありがとう、おばさま!」
魔女は感謝の気持ちを込めて、母親を抱きしめた。その光景に、ただ茫然と眺める爽太。
「それじゃ、何も無いところだけど、ゆっくりしていってね。お菓子を持ってくるから、ちょっと待っててね」
「はーい!」
母がフラフラと部屋から退出すると、
「いやいやいや!」
爽太は叫んだ。先ほどの見ず知らずの相手の態度とは打って変わっての、母の歓迎ムード満載の豹変ぶりに疑問しかない。あからさまに様子もおかしかった。
「魔女さん、何をしたの?」
と、言いつつも何をしたのかは、ある程度予想できている。催眠術系の魔法かなにかで操ったのではないかと。
「もちろん、魔法で爽太のお母さんの精神をコントロールをしただけよ」
「やっぱりか! というか、そんなことをして、母さんは大丈夫なのか?」
「ご安心を。私のマインドコントロールの魔法は、携帯電話の電波が及ぼす人体影響よりも安全だから」
「そう聞いても安心できない……えっ! 携帯電話の電波って身体に悪いの?」
「そうよ。だから、爽太も使用を控えなさい……とっいても、今の世の中、電波があっちこっちに飛んでいるから無理な話しではあるけれど」
「はあ……。いや、そういうことじゃなくて」
なぜ、自分の家に宿泊する真意を訪ねたかったが、
「はーい、お待たせ!」
母親が再び入ってきた。今度はお菓子を持って。ところが、歩みを止めて思わず考えこむ。
「……あれ? ウチの親戚に外国人が居たかしら……」
正しい思議である。爽太の親族は生粋の日本人ばかり。外国人と国際結婚した親戚はいない。無理やり記憶を植え付けてしまったので、記憶違いに混乱を招いてしまっていた。
「ん~。この方法だと多少の食い違いが発生するのよね。次からは、もっと根本的な方法が良いかしらね……」
小さな声で悪巧みをするかのような思案が漏らして、魔女は再び魔法で爽太の母親を精神操作を行った。
母に向けた手のひらから光が発する。今度は強力な精神操作だ。
「うん、些細なことよね。人類は皆兄弟って言うしね。それじゃ、ごゆっくりね」
自分に言い聞かせるように母は呟くと、腑に落ちたらしく退出していったのであった。
「……魔女さん! 人の親なんてことを!」
爽太が怒鳴りあげるも、
「大丈夫、大丈夫。精神障害とか絶対に発症しないから。仮に何かの病気になったら、私が全責任をもって完治させるからさ」
魔女はあっけらかんとした態度で返した。
大丈夫という言葉を信じて……いや、信じ込むしかない。爽太は魔女の圧倒的な奇異感に飲まれてしまっていた。
魔女が自分の家に宿泊するのは、決して覆させられない確定事項なのだ。これまでの魔女との関わりで、存分に思い至っていたのである。
「それで、あの子……尾林さんだっけ?」
話しながらお菓子を一つまみ頬張る魔女。
「女子の頼みを無下に断るなんてね。せっかく、先見の明という能力を持っているのだから、有効的に使ってあけたら良いじゃない。冗談半分での頼みじゃなかったっぽいし」
球技大会が終わった後、尾林稀衣という女子からの頼みごと。
『私が、いつ死ぬか、教えてくれませんか?』
爽太が感じている疲労の大半の理由であった。
「……その能力で、イヤな思いをしたんだ」
「それは、あの子が言っていた、爽太の昔話しに関係あることなのかな?」
「……」
爽太は何も答えず、沈黙で返した。
「やれやれ……」
無視を決め込む爽太から訊くのは難しいと判断した魔女は、近くの本棚を探り始める。
「ちょっと! 何してるんですか!」
「エロい本……じゃなくて、昔のアルバムをね探しているの。出来れば卒業アルバム」
「や、やめてください!」
まだ浅い関係の相手に、過去のアルバムを見られるのはとても恥ずかしいものである。
「それじゃ、教えてくれてもいいんじゃない。あの子が言っていた、爽太の昔話しを」
「それは……」
爽太は視線を逸らすと、ふと稀衣との会話がよぎった。




