第八話-魔獣虫
毎日暑い日続く今日この頃ですが
世界の食文化には、虫喰いの文化が存在します。
日本で知られている、カブトムシ、コオロギ、バッタに芋虫、ゴキブリ
タガメ、ゲンゴロウ、セミ等、実際今でも食べられている訳です。
かくゆうこの日本でも、イナゴや蚕、ハチやザザ虫、水生の昆虫等
佃煮にして、食べていますよね。
実際、缶詰や瓶詰めでも売られているようです。
イナゴやハチの子等は、害虫駆除としての意味合いもあり
一石二鳥だったんでしょう。
戦時中などは、貴重な蛋白源の一種でもあったんですよね
何やら地面を這う音がする。
木々を押し倒しながら現れたのは、アイアンピードである。
<アイアンピード>
巨大百足で、その硬い高装は、通常の武器は通らない程の、硬さを誇る。
体全体で殴りつけ、鋭く硬い二本の牙が在り、毒を口からブレスの様に吐き出のだ。
その毒は、皮膚に付着すると、酷い痛みを伴い、戦闘意欲をも無く程だ。
獲物は、頭から骨ごと『バリバリ』と、噛み砕いて喰らうと言う。
戦うには一箇所に固まらず、バラけて攻撃するのも、一つの方法である。
柔らかいお腹と、氷系が弱点となる。 体長10m程
真っ赤に光るその目は、獲物を見定めている眼だ。
鎌首をもたげ、まるで舌なめずりする様に、牙を摺り合わせている。
『シールド・ダブル』
相手が強敵なのを即座に判断して、サリーはすかさず魔法を放つ
ゲルチョも同時に、瞬歩で前面に出て行き、魔物の方へと威嚇を放つ
『ルッジート』
すると、アイアンビートは、即時にゲルチョへと向かい、その硬い尾で殴りつけてくる。
「ドォーン、パキン」
シールドが二枚張られていたのは、正解だった。
たったの一撃で、そのシールドを破壊してしまったのだから
今の一撃を直接、ゲルチョが受けていたなら、本人は無事だろうが、その威力で全員が、吹き飛ばされていたかもしれない。
さすがサリー、いい判断だ。
サリーは即座にスタッフを入れ替え、ワンド《短杖》に持ち返ると、氷魔法を唱える。
サリーが、杖を入れ替えたのには訳がある。
スタッフは凡庸な昆術で、打撃にも使えるが、繊細な魔法を使うには、ワンドが最適なのである。
サリーのこのワンドは、『メーディアの杖』と呼ばれ、その杖の中心部には琥珀の様な、黄褐色の宝玉が埋め込まれている。
その内部には羽虫の様なものが見え、この世の妖精の祖と伝承されている。
古い文献によれば、かつて魔法を作り出したと言われる、伝説の魔法使い『メーディア』が、世界樹を彫り出して精魂込め作り出した、と言われており、王家に代々伝わるものである。
歴代の王宮大魔導師には、これが代々引き継がれ、職を辞する時には、王家に返還するのが慣わしとなっている。
引継ぎの儀式が行われるが、杖自身が主を決めると言われ、それを見ていた者は、口々に宝玉の妖精が動いたと噂している。
主が呼びかけると、呼応して何所にあっても、飛んで来ると言う、なんとも不思議な杖である。
『コンジェラーネ』
サリーが氷結魔法を唱えると、アイアンピードの頭部が氷に閉ざされる。
頭だけを凍らせたのは、全体を凍らせるとあの破壊力では、粉々に砕かれると判断した為である。
頭部を凍り付けされた、アイアンピードは毒も吐けずに、のた打ち回っている。
すかさずゲルチョが首筋に掴まると、その重みに耐え切れず、地面に押さえ込まれるが、苦しさの余りにその尾で、執拗にゲルチョを打ち据える。
それを見ていたエマとシュリは、両脇から跳躍すると、首と胴体の隙間を狙って、切りつけた。
『バシュッ!』『ドシュッ!』
切り口から、緑色の体液が勢い良く流れてくる。
首と胴体が離れたのを見て、ゲルチョはその場を離れた。
胴体はまるで、失った主を探す様にのた打ち回っているのが、少し悲しげにさえ見える。
「ふぅ、俺の首がちょん切られるか、と思ったぜ」
「ふん、そんな玉か」
そんな会話をするのも、お互い信頼して来た証であろう。
解体を始めようとした矢先、新たな敵が空から舞い降りてきた。
「トルビだ!やばいぞ、Aクラスの奴だ」
『ルッジート』
即座に対応し、サリーは先頭のゲルチョに、魔法障壁を唱える。
『バリア・ビンザウェイ』
魔法攻撃を、和らげる障壁である。
魔力の込め具合で、攻撃魔法の威力をも軽減させる、持続魔法である。
<トルビネムカ>
他の昆虫型魔物と違い、少し変わっているのは、虎柄色の甲殻を開くと、羽があるのだが、逆向きに付いている。 体長20m程
最後尾に複眼があり、後ろ向きに飛ぶが余り上手ではない。
頭部に長い触角を持ち、カミキリムシの様な出で立ちをしている。
その触覚を鞭の様にしならせて、攻撃してくるのだ。
実は、逆向きの羽が付いているのは、旋風を起こす為だ。
更には、その摩擦力で電気を起こし、帯電すると触覚での雷撃攻撃が、恐ろしく強烈な攻撃手段である。
その全体攻撃は、一個師団でも壊滅しかねない程の、凶悪な魔物である。
この魔物を見かけたら、直ぐに避電対策を取り、逃げ出すのが懸命かもしれない。
障壁と同時に、アルデリヤ袋から取り出した玉を、トルビネムカに投げつける。
『レジストバクテリア』だ。
これはいわゆる、生物兵器である。
粉状の細かいバクテリアであるが、魔力を好みそれを継続的に、吸い上げる。
乾燥を好み、火や水に弱いのが難点である。
アルデリヤの投げた球は、一直線に向かいトルビネムカに当たると、割れて粉末が飛び散った。
しかし、トルビネムカはすかさず、羽を広げる。
一部始終を見ての、咄嗟の判断だった。
サリーは即座に『フアイヤーウオール』を唱えた。
トルビネムカは、羽を小刻みに羽ばたかせると、その粉状のレジストバクテリアを、突風で払ったのだ。
逆に、こちらへと風で流されたバクテリアは、パーティーに被害をもたらす事も無く、炎の壁の前に、消失したのである。
「サリ、いい判断だぜ」
「やはり、Aクラスは知能も高いわい」
悔しそうにしているアルデリアを尻目に、シュリがエストックを構えて飛び出す。
それを見たトルビネムカは、羽の速度を更に上げ、つむじ風を起こす。
「キャッ」
こちらへ吹き飛ばされたシュリは、くるっと回転すると上手に着地を決める。
ゲルチョがすかさず、敵対心を煽りに立ち向かうと、次は触覚での鞭攻撃である。
二本の触覚での攻撃に、つむじ風では前にも進めない。
次第にトルビネムカの体が、光を帯びながら蓄電している。
『お次は鞭での電撃か・・・』
皆が同じことを考えていると、エマがサリーに何やら頼んでいる。
「私の足元に、土魔法で土を盛り上げてくれ、そうだな5m程でいい」
『コクッ』
判ったと頷くと、ポケットから小さな魔石を口に一旦含み、即座に魔法を発動する。
「出でよ、テッラバンボラ」
見る見る間に、地面が盛り上がり、ゴーレムが作り上げられる。
左の手には同じく、土くれで作られた、大きな盾を掴んでいる。
サリーは、口に含んだ魔石を『プッ!』と吹き出すと、輝くそれはゴーレムに飲み込まれ、ゴーレムの目に輝きが点る。
「汝に命ずる。エマを主人とし、これに従え!」
土のゴーレムは、解ったと言わんばかりに目を光らせ、頭にその主を乗せると、同時に盾を構えた。
エマはそのゴーレムを見やり、『ニヤリ』と笑うと呟いた。
「ふむ、これは良い」
本人は、土の土台が出来るのだと、思っていたので、このサプライズには、とても気に入った様だ。
「前進し、皆を守れ!」
ゴーレムの目が怪しく光る。
盾を構えたゴーレムは、つむじ風に体を刻まれながらも、<トルビネムカ>の前に立ち塞がった。
するとその瞬間、電撃の鞭が飛んで来る。
かなりの電圧を蓄えたその雷撃が、ゴーレムの盾に横なぎに打ち払われると、無残にもヒビが入ってくる。
「トロンバ・ダーリャ」
「ただのつむじ風と竜巻、どちらが強いか、とくとその目で拝むがよい!」
声を響かせると、エマはその剣を伸ばし、ゴーレムの前方で回転させた。
すると、その時を待っていたかのように、一匹の魔物虫が木陰から、エマの背後に迫ったのだ。
『スタッグバッグだ』
<ブラッドスタッグバッグ>
大型のタガメに似ているこの魔物は、大きなギザのあるハサミで獲物を掴むと、逃げ出す事は難しい。
外皮は硬いうろこで覆われているが、開くと羽があり空を飛ぶ。 体長1m程
そのハサミは、前足でベアーハッグの様に、相手を抱え込み、お腹に畳んでいる、針の様な管を獲物に突き刺して、消化液を送り込む。
その吸う姿を見て、吸血すると思われていたが、消化液で液状になった肉を、吸う事が判っている。
時々、骨と皮だけになった動物等を見かけるが、こいつが犯人である。
湖や大きな水辺にも、近種の<アクアスタッグバッグ>がいる。 土属性が弱点である。
激しいつむじ風で、身動きの取れない一行は、只々「エマ!危ない」と叫ぶしか、術が無かった。
そんな中で、エマと魔物虫の間に、割って入った者がいた。
エマの背後を守るように、素早く飛び出して行ったのは、シュリであった。
既に<ブラッドスタッグバッグ>は、エマを捕獲した気で居たのであろう。
広げた前足であるハサミに、シュリを『ガッチリ』と捕まえて、そのまま飛び上がった。
シュリが余りにも精巧な為に、スタッグバッグは気にも留めないよう、口元の長い針を取り出し、その首筋から深く針を突き刺していく。
「あっ」
後ろの異変に気がつき、後ろを振り向くが、シュリはその目を、エマに向け大声で叫ぶ。
おおよそ、人形らしくない声だった。
「敵を、敵を倒してっ!」
エマは苦虫を噛み潰した様に、『チッ』とした顔すると、正面を向きなおした。
トロンバ・ダーリャに、つむじ風は次々と吸い込まれて行き、魔物虫に向かい大きな渦が形成されていく。
それは次第に大きな渦巻きとなり、竜巻となった。
竜巻は、『ゴゥー』と凄まじい音を立てて、トルビネムカにぶつかると、体を包み込む。
『ヒュー、バキバキバキー』
先ほどまで電気を作り出し、そのつむじ風を作り出していた羽を、無残にも引きちぎっていった。
遂に、ぴたりと周りを拘束していた風が止み、サリーが一筋の矢を放つ
『アイスアロー』
氷の矢は、見事にスタッグバッグの羽に突き刺さり、地表へと落ちていく。
その落下地点で、待ち構えて居たのは、ゼイブスであった。
恐らくこのメンバーの中で、ゼイブスの戦闘を見たものは、初めてであっただろう。
懐から針の様な物を取り出し、羽を戻す事も出来ずに、落ちて来たスタッグバッグの背を突き刺した。
すると、瞬く間にスタッグバッグが凍りつき、白い霜で包まれたのだ。
続けてゼイブスは、魔法袋から手甲を取り出すと、それを装着しハサミを掴んだ。
『フンヌ!』
力ずくでシュリを剥がすと、首筋から突き刺さっている、長い針を抜き出して、助け出したのだった。
ゼイブスの表情は暗く、袋からまた針の様な物を出すと、刺されていた穴から、何かを注入した。
「すまんが皆、少々離脱じゃ」
シュリを抱きかかえると、その場を離れた。
場面は戻り、トルビネムカ戦に戻る。
風が止んだと同時に、エマから指示を飛ばされたゴーレムは、その魔物虫に掴みかかって行った。
前衛の仕事が、無くなったのを察知して、ゲルチョがアルデリヤとサリーの守護につく。
ゴーレムの頭から『くるくるっ』と半捻りで、トルビネムカの背に飛び移ると、すぐさま竜剣を伸ばして首筋に巻きつけた。
くさび状に伸ばされた、竜剣トロンバ・ダーリャが、トルビネムカの首に、ガッチリと巻きついたのを見て、今度は前方の、ゴーレムの方向に跳躍する。
『トンッ』
「縮めダーリャ!」
ゴーレムのすぐ背後に、着地したエマが言葉を発すると、竜剣はそれに従い、剣を縮めていった。
その瞬間無残にも、奴の首が『ドーン』と大きな音を立てて、その身とともに、大地へ崩れ落ちた。
「終ったぜ!ゼイブス殿」
ゲルチョが大声で、怒鳴り声を挙げると、奥から声が聞こえる。
「ああ、今行く」
心配していたエマが、直ぐに飛んで行き、既に停止しているシュリを、大事に抱えて戻ってきた。
どうやら、暗い顔をしているようだ。
「どうじゃね?」
少しして戻ってきたゼイブスを見やり、アルデリヤが尋ねると、力無く呟いた。
「消化液でやられての、少しメンテが必要じゃ。とりあえず魔法袋に保管して、先を進もう」
「ふむ」
ゼイブスが支度をしていると、エマがせがむ様な顔つきで、ゼイブスに言い寄った。
「のうゼイブス殿、シュリは大事な仲間じゃ。皆もこの戦いで疲れ気味じゃし、休憩がてら直すと言う訳に、いかんかのお?」
それに答えたのは、アルデリヤであった。
「サリー殿の魔力消費も膨大であったし、ゲルチョもさっきから、腹をすかせてこっちを見ている様じゃし、少し先で食事でもしながら、休むとしようかのぉ」
「ちょ」
二人は同時に言いかけ、ハモってしまい、顔をお互い見合わせると、思わず『プッ』と吹き出してしまった。
「そうですね。もう大きな気配もありませんし」
「んーと、あれだぁ、腹が減っちゃー・・だぜ」
「感謝する」
ゼイブスは、温かい気持ちで一杯になった。
そろそろ、第一章の山場を迎えつつあります。
この先にまだ何かが、待ち受けているんでしょうか
主人公が出て来ないのに、どんどん話は進んで行くのでした。