第四話-領主
今日は土用の丑の日ですね。五行説の土と言う訳です。
鰻には豊富なビタミンAがあり、夏ばてには最適です。
でも本来、うなぎの旬は秋から冬なんですよね。
鰻も職業柄、沢山さばいてきましたが、面白い事に鰻の裂き包丁は各地で様々な種類があります。
京都の鎌型、名古屋、大阪と形も違えば料理法も違います。
暑気当たりに気をつけて精をつけましょう。
「この要塞が この地の領主グラナダ公のお屋敷だぜ!」
まるで子供が宝物を見せびらかす様に、ゲルチョが指し示すが、ゼイブスは、この砦の改築に携わっているので、至って無表情であるのだが・・
アルデリアは始めて見る建物に、夢中な様で食い付く様な目で、見つめている。
「ほぉぉ、見事じゃわい!ここもお前さんが監修したのかの?」
「外観はそのまま防塞としての、機能を承襲しておるが、様々なアイデアが盛り込まれておるよ。機密じゃがの」
ゼイブスは悪戯っ子の様に、笑みを浮かべている。
一行が大通りを北へと向かうと、屋敷へと歩みを進める先に、衛兵が立っている。
ゲルチョの顔を確かめると、衛兵は合図をし橋を渡す。
「ゴーレムが橋に変わるのか」
エマが感心していると
「いやこれはオートマタンじゃよ。橋を渡すときは堀を挟んで、両端のオートマタンが、自分の体を伸ばしてアーチ橋へと変化するんじゃ。これが四方におる」
ゼイブスの説明は続く
「アーチ橋は平橋の数倍の強度を誇り、この四対が並べば大規模な送迎も、短時間で行なわれる事になるんじゃな」
続けて「通常時は兵の盾としての機能も備えておる。単純な反撃も可能じゃわい」と応答する。
衛兵はその話を聞きながら、小話を挟む
「そう言えばこないだ酔っ払いが、壁と思ってか、立ちションをしようとしてたんですかね。見回りで戻ったら地べたで伸びてましたよ」
「ところでゼイブス様、オートマタとオートマタンとは、どう違うものなんですか?」
衛兵が尋ねると久しぶりに、眺める景色をぐるりと見渡し
「そうじゃの、オートマタンはその行動や動作に制限があるが、特化しておるものじゃよ。最大の違いは
人工知能が装備されておらん事じゃな」
衛兵は感心しながら
「ゴーレムとは違うんですね?」
「ほうじゃ、ゴーレム・・・あれは召還術だからの。呼び出す度に魔力コストが懸かるじゃて、平時だと無駄が多いからのぉ。それに召還師が常時待機しておらん、と始まらんじゃろうが」
さらに衛兵がピンと来た様な顔を見せ、話しかける。
「我々衛兵どもが召還術を覚えたら楽でしょうね」
「ふむ、そなたたちは武芸に秀でておるから、この仕事をしておるんじゃろ。つまり武に特化しておる訳じゃ。何でも出来た方が良かろうが、人の身ならば、ただの器用貧乏に成り下がるのが、落ちじゃろうて」
一同がその話に納得していると、綺麗な石造りのアーチ橋が完成していた。
堀には色取り取りの水草が、花を咲かせ魚も泳いでいる。
アーチ橋を渡り切ると、そこには兵士が数人と一体の、メードが立っていた。
「これはようこそオールドマスター、お姉さまそして皆様方、グラダナ公も皆様のお越しを、歓迎いたしております。では、こちらへ」
ミルフィーは、一同をゲストルームへと案内した。
香りの良いお茶をすすっていると、すぐに領主のセコンダ公が、お付の者を従えて現れた。
「これは公爵様、わざわざのお出迎え、痛み入ります」
アルデリヤが挨拶を済ませると、同行の一行も各自挨拶を交わす。
「初めての方も見受けられるかと思うが、この地の領主をしておる、《グラダナ=セコンダ=ポリアーノ》と申す。現在は有事の為、無礼講にてその方らの、屈託の無い意見を聞かせて戴こう」
傍に控えていたミルフィーは、頭を下げながら案内をするようだ。
「お館様、ダイニングにお食事の用意が出来ております。まずはお食事を」
そうと言い終えると、公爵に目配せをした。
「おお そうじゃった。皆の衆 食事もまだであろうから、まずは腹ごしらえからじゃ」
こうして、食事も兼ねての意見交換や今後の対策が、練られるのであった。
一行は中へと入り、豪華な調度品を眺めながら、案内された部屋へと入っていく。
「なにぶん急ごしらえ故に、たいした物は用意できなんだが、くつろがれよ」
セコンダ公が上座に座ると、黄金色に輝く切子のグラスに、白の発砲ワインが注がれる。
部屋はオレンジ色の灯りで照らし出され、オートマタンでの楽器演奏が静かに流されている。
楽器用のオートマタンの心臓部は、オルゴールのように、金属の円盤に歯が付けられていて、それが回転する。
細い板のような金属片が動き、体のそれぞれの部位を、細やかな動作を可能に、しているのである。
曲は静かにエンドレスで、流れていく・・・とても心地よい
さて、料理であるが、まずは前菜である。
前菜はこの地で取れるアスパラである。日の光を避け丁寧に作られるので、透き通るような色白である。
ホワイトアスパラはグリーンと比べると、苦味やえぐ味が強いのであるが、茹でる時にレモンの輪切りを入れると嫌味は取れ、濃厚な優しさの味になる。
親指の太さはあるからして、恐らく五年もの以上であろう。
ソースは卵の黄身で作られる、オランデーだ。
サリーは手際良くアスパラを、ナイフとフォークでソースを絡め取りながら、口に頬張る。
「うーん とても柔らかい。野菜の甘みとこのソースが、ハーモニーを醸し出している」
アスパラは穂先と胴が切り分けられ、胴の部分は芯をくり貫いて、香りの良い塩味のジュレを、居込んであるようだ。
次にスープが出てくる。
具はクルトンだけだが、鳥肉のブロードを使っている。
※ブロードとは出汁の事である。
肉料理には肉のブロード、魚料理には魚のブロードを使って、ソースを作る事は良くある手法である。
野菜や香草を入れたりもするが、野菜だけのブロードもある。
野菜の甘みを感じるが、とても濃厚だ。
あっさり舌を抜けていく風味。かなり長時間かけて、丁寧に仕込んだのであろう。
「単純なコクではないわ。ただのスープなのに、沢山の野菜の旨みが感じられる。何か・・・力が漲ってくるような感じ?」
エマは今にも、スープ皿を持ち上げ兼ねない勢いで、スプーンを使う。
この世界の伝達方法に、古くから<伝書鳩>がある。
手紙としての機能は勿論、食用としてその肉や卵も流通している。
コルンバといい、此方の鳩より大振りである。
《コルンバ》
この街にもコルンバ厩舎があり、敷地での生育が行なわれているが、食用専用の種類であるの
で、一般人はこれに餌付けや捕獲は、犯罪行為として禁止されている。
ミルフィーは公爵の隣に控えていたが、セコンダ公爵が軽く目線をやると、こう説明した。
「コルンバの親鳥は老いると、肉質は硬くなり痩せてくるので、食用にはあまり不向きとも言えますが、長年使ってきたその筋肉には、魔素がたっぷり含れており、上質な出汁が取れます。」
更に話は続き、饒舌な口調になってくる。
「ゆっくりと沸騰させずに煮出しする事で、芳醇な濃厚なスープが取れるのです。厳選された野菜だけを、煮詰めたブロードを合わせる事により、その洗練された味が、完成される訳です」
ミルフィーは説明をしながら、話を続けた。
「ただ、残念ながら、私には味覚という器官が御座いません。全てがお館様の受け売りで御座いますが・・」
ゼイブスの背後に控えているシュリも、『コクコク』頷いている。
ゼイブスはにやりと笑い、何やら喜んでいるようだ。
「こやつ、わしに宿題を出しおったわい。ワッハッハ」
次に出されたのは、ウイッグテールのグリエ
《チョウチンナマズ》
この魚はヤズリア湖特産の、大ナマズで体長1m程である。
普段は湖底の藻のように、体毛をなびかせていじっとしているが、魚が体を休める為に岩と思い、身を寄せて来る所を、電気ショックで一網打尽にするのである。
とても大食いな魚でも、あるのだ。
見ると、黒い皮ごと切った白身を、パリッと焼いている。
とても香ばしい、焦がしバターの匂いが食欲をくすぐる。
ミルフィーが説明に入った。
「とても弾力がある魚ですので、切り分けて横に添えてある小皿の、ピアディーナにお好みでソースと香草を巻いて、お召し上がりくださいませ」
ピアディーナは薄いパンであるが、無発酵の為ナンでは無く、チャパティのようなものである。
薄い塩味が付いている。
サリーは久しぶりに食べると言いながら、ナイフで小口に切るとフォークで、ピアディーナの乗せる。
そして、横に添えてあるソースと香草を乗せると、器用にナイフとフォークで巻いていった。
ゴクリ、と口を唸らせると半分に切り、口へ放置込む。
ゆっくりその感触と味を堪能すると、つい言葉が漏れてしまう。
「このソースの辛さは、とても強烈だねぇ。しかもコクがあって、止められない」
ワインをサービスしていた手を止め、ミルフィーは答える。
「はい、《ガリク》と《ペペ》を微塵切りにし、オリブオイルで炒めて、小角に切った《トメト》と、ウイッグテールの骨と皮で作った、濃厚なブロードを煮詰めたもので作っております。」
「今宵はゲルペス様もいらっしゃるので、肉料理も用意してございますよ」
ワインをがぶがぶ飲み干しながら、ゲルチョは気の利くミルフイーに、親指を立てながら陽気に笑い、それに呼応する。
「おぉそれは助かる!なんせ肉をこぅ、ガツッと食わねぇとな」
ゲルチョの催促により、次の肉料理が出された。
ミルフィーは召使に合図をすると、カートで運ばれてくる。
「先日ギルドで捕獲された、ビゾンテコルノでございます。
《ビゾンテコルノ》
ビゾンテコルノは高地の山岳に住み、岩と岩を飛びながらサレラテの葉と実を、餌にしている。
群れで行動するが縄張り意識が強く、身体強化の魔法を持ち、肉食獣でもその水牛の様な角や爪、で容赦の無い攻撃で撃退する。 体長は2~3m
またその角は非常に硬く、普通のプレートメールでも貫く程なので、槍先などに使われ、爪も装飾品の素材に使われている。
体毛は純白で非常に長い毛足を持つ。
これも高級防寒着としてコートに使われている。
肉も非常に美味で全てが高値で取引されるが攻撃力もあり、捕獲は難しい故に魔獣としてランクBに指定されている。
コック長が出てきて、挨拶を簡単に済ませると、説明に入った。
「当館の地下にございます熟成庫で、2ヶ月熟成されておりました。かび付け熟成により、旨みや柔らかさがぐんと増しておりまして、これは決して市場には回らない、優れた逸品でございます」
コック長が、カートに乗せた銀製のクロッシュを開けると、その香草の良い香りが、辺りに立ち込めてくる。
「本日は肉の味を堪能しつつ、野趣あふれる部位でもあります、骨付き肉の香草焼きでございます」
ゲルチョは思わず手を叩く。
周囲も声にならない歓声を上げている様だ。
細かく粉にしたパン粉と香草を卵、粉チーズと小麦粉で下粉を付けまぶして、香ばしくグリルしたものである。
ビゾンテコルノは大きいが故に、一塊が500gはあろうか。
ソースは骨髄とホーンの濃縮ブロードと、赤ワインを煮詰めたソースに、トリュフの微塵切りをふんだんに使っている。
セコンダ公から随時、振舞われて行くが、下席のゲルチョは辛抱しきれなくなり、つい本音が出てしまった。
「おい、わしは五本食うぞ! それから少しばかり強い酒をくれ」
ゲルチョは60℃もあるグラッパを、ビンごと掻っ攫うと、飲みながら骨付き肉を、手づかみでがっついた。
そう・・・周りの目は一切気にしない漢である。
〆たばかりの肉は歯ごたえがあり、肉汁あふれるものなのだが、これは熟成が行き届いている為に、軽く噛むだけで口の中がその繊維と解けて行くのが感じ取られる。
部位のせいだろう。
甘い脂身が程よく付いていて、肉汁が沸いて出てくるようだ。
メイン料理たちが食べつくされると、宴も佳境に入る。
そして初夏の温かい陽だまりの中で、育てられた爽やかなサラダが運ばれる。
オリーブオイルと岩塩、青レモンの汁を和えただけであるが、色とりどりの野草が、口の中の物をすべて消し去ってくれる。
「グラダナ公、今宵はこの宴を開いて頂き、感謝に耐えまぬ。もうわしは限界じゃ」
「年寄りの食いすぎは、良くないわな」
アルデリヤにゼイブスも同意の意思を示す。
セコンダ公はナプキンで口元を拭くと、穏やかな口調で話した。
「まぁそう急かされるな。急いてはことを仕損じるとも言うぞ。後はドルチェだけじゃ」
「私は頂くぞ」
エマはやはり女性 別腹である。
冷えたグラスには、たっぷりのヨーグルトと散らされた、干しイチジクの角切りに、蜂蜜とベリーのソースが掛かっている。
さっぱりした味わいに、ほのかな笑みを浮かべて、堪能するエマであった。
一同は銘々、食事のお礼を済ませると、ハーブティーがテーブルに出されていく。
通常食事の後は別々に、男性は葉巻をくゆらせ、女性は紅茶で談笑という具合だが、さすがにこの日は
談笑とは行くまい。
一行は公爵を交え、今後の行く末を担うべく、会合に入った。
アルデリヤは真剣な表情で、話を進め始めた。
「まずデェアボロデビデじゃが これは憶測じゃが七匹の魔物?もしくは、魔人じゃなかろうか」
さすがに緊迫した顔をして、ゲルチョも質問をする。
「魔人伝承は聞き及んでおりますが、この地に?」
セコンダ公爵はそれを聞くと、否定気味に話す。
「強い魔物はかの山に封じておるよな、その為の神殿だしのぅ」
そう答えながら、カップに口を付ける。
ゲルチョは顎鬚をいじりなが、ら宙に目をやる。
「ギルド内の冒険者どもからは、特に変わった魔物は報告されて居ないしな」
話し終えると、カップを口に当て、ゴクリと音を立てて飲み干した。
サリーはゲルチョの目を見つめて、確信した様に言い放つ。
「変わったと言えば、昨夜の連中どもか、魔法薬に怪しい連中と禊だな」
その時ドアが開き、執事が公爵の耳元で何かを囁くと、カラビニが入って来た。
恐らく先ほどの、事件の追加報告であろう。
セコンダ公爵は、渡された報告書を読み取ると、残念そうな顔をした。
周りはその顔を見やると、何も進展が無いのだと、思いやったのである。
視線を感じ、グラダナ公は書類を、テーブルに投げやりながら、喋り始めた。
「ふむ、酒場の連中どもは、重要人物では無い様だな。ただ四人を足止めせよとの、命令だけだったようだ」
アルデリヤは事件当事者であり、このメンバーの責任者でもある。
「わし達が神殿へ行くとまずいんじゃな、暗殺目的では無かったんじゃのぅ?」
「流石にぬしらを殺すとなると、手が折れるだろう。それにこの地に来るの、も急であったしな」
サリーは考えを凝らしながらも、とりあえず聞くことにした。
「禊はいつ行なわれるんだろうか?」
その問いにアルデリヤとゼイブスは続け様にこう答える。
「そうさのぉ、やはり蝕とかが関わっておると言うのが、普通じゃろうなぁ」
「するとやはり、神殿で事が起こる事になりそうじゃな」
ここまでと見切りを付けたゲルチョは、全員に話しかけた。
「ここから神殿まではほぼ歩きになるぜ、半日程度か。このまま何事も無ければ、朝日が上がってからの出発だな」
セコンダ公爵 「わしは防衛線を強化して待つとしよう」
こうして話を終えたアルデリヤ達は、一旦ノスタルジャ亭へ戻り、明朝まで体を休めるのであった。
いよいよ、かの地へしゅっぱーつ、と相成ります。
どんな出来事が待っているんでしょう。
次回も乞うご期待