第十話-新たな仲間
この時期、海水浴や川遊びなどで、よく溺れる事故が多発します。
川の水は思ったより冷たく、海は波があります。
準備運動のストレッチは、入水前には必ずやりましょうね。
結界の外を見ていると、いち早くそれを見付けたのは、シュリであった。
「魔物の群れのようです。こちらへ向かってきます」
「結界を張っているから、大丈夫だろ?」
「えぇ、でもこちらに気が付いている様で、一直線に向かって来ています」
「やり過ごすのが無理なら、やるしかないのう」
各自、戦闘の準備を始めるようだ。
他のメンバーも、肉眼で見えるほどの距離になった。
「狼のむれ?じゃな」
「ええ、30頭程ですね、人狼も居るようです」
ゲルチョが「ハッ」、として一同を制すと、大声を上げる。
「ラリーか?」
すると群れは、『ピタッ』と立ち止まり、中から返事が返ってきた。
「はい、ゲルペスさんですね?」
「おお、良く来た。結界を解くから、入ってくれ」
ラリーは、群れの仲間に合図を送ると、群れは、周りに散らばっていった。
アルデリヤに一旦、結界を解除して貰い、中へ誘うと、一人と一頭を招きいれた。
「おめーがラリーだな、遥々ご苦労さんよ」
ゲルチョは人狼に向かい、喋りかける。
「いや、拙者は相棒のグレイと申す者、こちらがラリーじゃ」
顔を向けると、一匹の灰色狼が口を開く。
「皆さん、少し後ろを向いていて頂けますか。変化を解いて、着替えますので」
「おお、狼がしゃべったわい」
全員後ろを向くと、灰色狼のラリーは照れくさそうに、衣がこすれる音をさせながら、着替えている模様だ。
「すみません、道中急いでこちらへ向かったので、変化して走っていました」
一同が振り向くと、そこには人狼と、一人のヒューマンが立っていた。
「僕は、ヒトと人狼のハーフなんです。今日は満月なので、特別な力が出せて、変化が可能になるんですよ」
「拙者は、普段は狼の姿で過ごしておるが、満月の夜はこうして、ヒトになることが出来る訳じゃ」
「へーッ、初めて見ました。人狼は普段人目を嫌って、姿を見せないと言われていたので」
サリーの素直な言葉に、ラリーは答える。
「僕は、こう見えても冒険者なんです。まだこちらへ来たばかりで、冒険者としてのLVは、低いのですが」
「若は人狼一族の、長が系譜を持つ者である。見聞を広める為に、今はこうして、冒険者に身をやつしておいでじゃ。わしは護衛兼、目付けで同伴しておる次第である」
「ヘーッ、そうなんだ。サリー=マルチネです。よろしく」握手を二人と交わす。
他の仲間も、次々と挨拶を交わしていくと、シュリが気を利かし、二人の食事を用意して来た。
「ここまでお疲れでしょう。お顔を拝見します所、飲まず食わずでいらっしゃったと、お見受けします」
用意した、今宵の晩餐を差し出すと、二人はお礼の言葉と感謝を言うや否や、ガッツキ始めた。
「ムシャムシャ、うーん、これは見た事も無い物ですね。とても美味しいです」
「ガツガツガツ、わしも初めて食するが、ヒトの食べ物はうまいの」
他の者はにこやかに、二人の食事を眺めながら、赤ワインをお湯で薄めて、蜂蜜を入れた飲み物を飲んでいる。
外泊中や冒険中での飲酒は、厳禁である。
何故なら、命がいつ危険に晒されるかも、判らないからである。
さすがのゲルチョも、飲酒は控えるほど、常識な事なのだ。
だから、こうして飲みたい時には、薄い酒を更に割り、水割りや湯割りで、飲んでいるのである。
ゲルチョがエマから、一杯だけだぞと、たしなめられながら、ラリーを見やる。
「ところで、どうやって俺達の居場所を、掴んだんだ?結界を張っているから、匂いも気配もしねえだろう」
「あ、はい、僕は魔力を見たり、聞いたり出来るんですよ。狼族は元来、見る、聞く、気配探知に優れていますが、僕は普通のヒューマンと変わりません。その代わりに、こうした能力が備わっていると、聞かされました」
「へーっ、魔法を見るじゃなくて、魔力を見聞きできるのか」
「はい、聞くとは例えば、戦闘で戦っている時の、魔法生成時の音とか、こうした結界も判りますよ」
「特殊だな」
「はい、数時間前にも、魔物と戦っていましたよね?確か6匹かと」
「スゲーな、でも俺達だとそいつで判るものか?」
「あ、それはグレイですよ。グレイは、聞き耳と遠目が優れているんです。二人の能力をすり合わせたら、敵の人数と、戦っている人数も判ったので、こちらの方向と、特定出来たんです」
「うーん・・・俺の配下に欲しい・・・」
「い・いや何でもねぇ、で?途中変わった事は無かったか?」
「魔物は、すり抜けながらやって来ました。でも、ある場所では瘴気が物凄くて、獣道を外れながら、抜けました」
「何か建物とか、そうだな・・祭壇とか礼拝所みたいな感じの所とか、見なかったか?」
「あー、はい、何箇所かは、魔素の濃い場所がありました。瘴気が沸いている所にですが、特に強い魔力柱を感じましたよ」
「魔力柱??」
「あ、はい、魔力が渦巻いて、柱状に立ち上っている所です」
「その、瘴気の中にか?」
「はい」
「そこじゃな」
アルデリヤは、口を挟む。
「だな、そこに早速、案内してもらおう」
「いや、月蝕も終っておるし、ここまで、大した動きも無いようじゃから、今日はこのままここで、英気を養うとしよう。特にラリー殿とグレイ殿も、お疲れのようじゃし」
グレイが、「いや」と口を出そうとするのを、ラリーは手で制して
「はい、僕もそう思います。あの瘴気は、ただならぬ物があります。皆さんが、全快の状態で掛かるのが、最善と僕は感じます」
「よし!話は決まったぜ。テントを用意しよう」
「それは、わしが用意する」
ゼイブスは、袋から小さなテント出して、それをシュリが用意する。
「おい!こんな小さなテントで、重なって寝ろ!ってか」
ゲルチョが幅3m四方の、小さなテントを見据えて、悪態を突く。
「まぁ、入ってみなされ」
ゼイブスに促され、ゲルチョがテントへ入っていく・・・のもつかの間、驚いて飛び出してきた。
「お、おい!こりゃあ!?」
不思議そうに、サリーや老子が、入ってみる。
少しして、誰かの手だけが、テントの入り口から、手招きをするので、ぞろぞろ皆が入り込んだ。
そこで見たものは・・・広々とした空間、テーブルや椅子が一通り揃っている。
調理場やベッドルームに・・聞けば、風呂まで完備してあると言う。
「おい、ここはどこぞの高級宿か?」
誰とも無く、笑いが立ち上がる。
「素晴らしい、これも魔法袋の原理ですか?」
サリーの言葉に、鼻高々にシュリが答える。
「ええ、ゼイブスの袋とも呼ばれる魔導具の、集大成ですわ」
「ほっほっほ」、わしのモットーを教えてしんぜよう。
それは『快適ご気楽』じゃ
人狼族の二人は『ポカン』としているが、その他の一同はその言葉に、納得するのであった。
「エマ殿には申し訳ないが、同じテントで寝て頂くが、良かろうの?」
「せん無い事よ」
「エマ殿に襲い掛かる様な狼は、ここには居ないですよ。ハハハ」
またもや、二人は『キョトン』とするのであった。
時刻は既に午前様のようだ、一行は各自ベッドへと潜り込み、体を休めるのであった。
シュリは何も言わず、外に出て警戒を始める。
翌朝、全員が目覚めると、外には既にテーブルが出され、食事の準備がしてある。
シュリに急かされて顔を洗い、歯を磨きに行く皆の姿を見ると、まるで、大家族の母親の様であった。
ちなみに、この世界の歯磨きは、香りの良い香木などの、枝を使っている様だ。
歯磨きの木と呼ばれ、ミントの様な、甘い味の枝が人気だが、外皮をぐるりと取ると、繊維の束がある。
このまま、何も付けずに、縦磨きで『ゴシゴシ』磨き、口を濯ぐ訳である。
使い終わったら、ナイフで切り取り、次回はまた、新たな切り口を使う訳だ。
朝食は、夕べの残りのスープに、黒パンとチーズ、それにラズベリージャムと、レモンのマーマレードだ。
黒パンは、切った後軽く炙り、そこに火で炙って溶かした、チーズを乗せてくれる。
これに、ブルモスの、茹でた卵が付く。
ブルモスの卵は、ピンポン玉を、楕円形にした位の大きさで、黄身の部分は無く、皮も軟い。
ただ単に白いだけなのだが、湯がくと、プリンのように固まるのだ。
味は白子の様に濃厚で、殻の一部を破り、塩を軽く振って、すする様に食べるのである。
空は、相変わらず薄い灰色の雲が、立ち込めている。
一同は、食事をしながら、この後の行動や、行き先の確認を始めた。
「行き先は、瘴気の中の魔力柱だな。案内はテリー、グレイ 頼んだぜ」
「はい、お任せ下さい。先行して、僕の狼たちを斥候に出します」
「魔物を避けて、進む訳じゃな?」
「はい、だから山道は通らず、獣道や山野を切り分けながらの、移動になるかと思います」
「わかった。俺が先頭で草木を切り開く、おめーらは、すぐ後ろで指示してくれ」
「その勤め、私が果たそう」
エマは一歩前に出ると、トロンバ・ダーリャの名をを呼び、前方に長く伸ばす。
すると、犬が尾を振るように、切っ先を左右に素早く、薙いで見せた。
「よしエマ殿、いやエマ、宜しく頼むぜ」
「うむ」
「じゃあ、その後ろをテリー、グレイ、その後を俺が行くぜ」
ゼイブスが合図をすると、シュリがいつの間にか、黒い外装に金色のリベットをちりばめた、アーマーを着用している。
腰から下は、垂れをスカート状に作り上げている。
「おお、これは見事な」
「アイアンピード《大百足》で作った防具じゃ、軽いがとても硬いぞ。スカートはヴィペラチエント《大蛇》製じゃよ。
「夕べ、寝ずに作ったのですか?」
『コンコン』と鎧を叩きながら、エマが尋ねる。
「鼈甲と同じでの、ある温度帯で材質が軟くなるんじゃ。部位ごとに作って張り合わせる事で、より強度が保てるし、圧着も容易での、冷めて固まると、元の強度に収まるんじゃよ」
「ほう」
エマは、ドラゴン製のレザーアーマーだ。白地に金の刺繍が、施されている。
自分のアーマーと、見比べながらも関心している。
「ピードアーマーか、黒も良いものよの」
「物理ダメージならば、そこそこ耐えるじゃろう」
「コホン」
シュリが咳払いをして、一言
「背後は、お任せ下さい」
話しが決まると、ゲルチョがコルンバに、文を取り付け飛ばす。
これは、神殿に待機させてる部下への、指示と連絡だ。
グラッケンに報告の後、ギルド会頭である、ドメッサ=リューク=バレンティノへの、連絡の予定である。
総出で、後片付けを済ませると、一行は出発するのである。
藪を、エマの竜剣が薙いで行くと、今まで埋もれていた雑木林に、道が出来ていく。
時々、ゼイブスがエマに指示して、山草を採っているが、何かの素材なのだろうか。
暫く行くと、丘陵になっていく。
ここからは急斜面も多く、とても登り辛い。
さすがの灰色狼も、山登りは苦手であろう。
ゼイブスは、全員を一旦平地に誘導し、仲間の靴底に、スパイクを取り付け始めた。
一時間毎に休憩を入れつつ、随分補給と干し肉を頬張りながらも、先へと歩みを進める一行であった。
気が付けば、もう太陽が真上を通り過ぎていた。
行き先が決まったようですね。
敵は本能寺にあり!ってな具合なら、いいのですが。