アルバイト募集
募集内容
募集部署 エリス王国 徴税課
勤務先 エリス王宮 申告会場 及び 各地の出張所
仕事の内容 窓口での受付、案内業務。申告書記入補助、書類整理等
資格等 文字の読み書きができて、四則計算が得意な方、自身の納税経験のある方
募集人員 申告会場 約200人、各地出張所 30名程度(会場によって、変動有)
雇用期間 2月1日~3月31日までの間の1~2カ月間程度
労働日数 3勤1休のローテーション制
勤務時間 明け六つから夜五つの間で二交代制
賃金 日当銀20枚
応募先 エリス王宮宰相局財務部徴税課 人事担当 サイネル・ドマーニまで
その他 経験者優遇、未経験可 税金滞納者不可
12月1日、恒例の募集広告が街角のあちこちに張り出された。
あまり大々的に張り出すと、また税金の無駄遣いだと陰口を叩かれたりするので、あまり人目につかないところにこっそりと、気になる人だけが見ればいい、という感じで張り出される。
常連アルバイターはそれを目敏く見つけ出し(といっても、10年一日変わらない場所、変わらない時期、変わらない内容で張り出されるのだが)、先着順の感があるアルバイトに 応募するのである。
氷屋のおかみさんのマリリンも、そんな確定申告アルバイトの常連だった。
寒さの厳しい2月、まだ、暖かくなるには間がある3月は、氷屋にとってとても暇な時期である。彼女は、店を全面的に旦那に任せて、毎年のように確定申告のアルバイトをしていた。
「おとーちゃん、ちょっと王宮へ行ってアルバイトを申し込んでくる」
彼女は店の奥に声をかけると、店番の時のトレードマークのベージュのエプロンを外した。
「おう、店番は任せとけ」
旦那のほうも慣れたものである。代わりに店の方へ出て来てマリリンを送り出した。
「確定申告のアルバイトの申し込みに来ました」
王宮にやってきたマリリンは、通用口へ回ると、門番に要件を告げる。
いつものことだが、そこから徴税課までは案内がついて、他へ行かないように見張られている。解放されるのは、徴税課に一歩入ってからだった。
「おつかれ。今年も?」
顔馴染みのアルバイターが声をかけて来る。確か、高等大学校で週に一日か二日教えていて、『春休みが長くて暇だから、その間に小遣い稼ぎに来てる』って言ってたっけ…。
「おつかれ、ミケーラ。もう面接終わった? どうだった?」
「担当も変わってないし、いつも通りって感じかな? 相変わらず面白い方よ。
じゃ、また研修で」
お互い、軽く手を上げて挨拶して別れた。
彼女が来るなら安心だわ、と、マリリンは待機用の椅子に座りながら思った。下手な新米役人よりよっぽど頼りになる。そして、何故かそこで同じ様に待っていた二人の応募者を飛ばしてマリリンが面接会場へ呼ばれた。
「よろしく……」(お願いします)、と続けようとしたマリリンの言葉が途中で途切れる。
何故かと言うと、部屋に入るなり「お疲れ様です」と声がかけられたからだ。
当然、マリリンの目が点になる。
「よろしくお願いします」
勧められた椅子に掛けながら、どうにか挨拶を絞り出した。
「すべて去年と同じですが、何か質問はありますか?」
えっと…、全部すっ飛ばして質問タイムに入るサイネル・ドマーニに、聞かれて困るマリリン。
「すべて去年と同じって、何も変わってないのですか?」
「税法上の細かいのは変わっていたりするが、総務的な部分に変更はないよ。
日当同じ、勤務時間同じ、期間も同じ、今年は、職員の入れ替わりもほとんどないから、変わったのは新人の顔ぶれぐらいかなぁ。
そうそう、人手が足らない時に出張所の手伝いがあるのも同じだから」
出張所!!
識字率が80%を超える王都に比べて、農村地帯は(場所にもよるけど)50%ぐらいがデフォルトである。
確定申告は、作業が作業なだけに、識字率の高低がその日の作業量に直結し、識字率が低くなればなるほど残業が増え、2交代制という募集内容が、どこかへエスケープしてしまう。
「あの、今年は内勤をやってみたいなぁ、とも思っているんですけど…」
ダメ元で言ってみる。書類整理が中心の内勤は、単純作業が多くて退屈な事が多いけど、出張所派遣なんていう無茶はない。
「でも、会場で大丈夫ですよね」
サイネルは、マリリンの抵抗を押し潰すように言った。
「……ハイ」
相変わらず、押しが強い。
外見は、とてもおとなしそうな人に見えるんだがなぁ。
「じゃあ、2月1日からお願いします。
採否通知は、今日から一週間後になりますが…。」
「わかりました、よろしくお願いします」
採否通知より採用の口約束が先って、どれだけ今年は人手が足りていないのよ…。
マリリンは、引き攣った笑顔で面接会場を後にした。
夕食時、マリリンはぷりぷり怒りながら旦那に今日の面接の事を報告していた。
息子たちは、悪友達と晩飯を食べに行ったようで、彼女が店に帰って来ると「夕食はいらない」って書置きがあった。
「買ってあった食材が余るじゃない」なんて言いながらも、久しぶりに夫婦水入らずの食事にマリリンは、なんか楽しそうだった。もっとも、子供たちがもっと大きくなって、完全に独立したらその限りではないのだろうが。
「まったく、開口一番が『お疲れ様』で、次が『すべて去年と同じですが、何か質問はありますか?』よ、信じら れないでしょ、まったく。
今年、初めて応募してきた人にもあんな面接をしてるのかしら」
「まあまあ、判ったからしゃべるか食べるかどっちかにしてくれないか?」
旦那が呆れて止めにかかる。言ってもしょうがないっのは彼女も判っているのだけどね。
「俺としては収入の少なくなるこの時期に、お前が働いてくれて助かってるから、お前が楽に続けられるのが一番だと思っているからね。
それに…。
お前がこのバイトを始めてから、うちの税金はかなり下がったしね」
「確かにそうよね」
「お前があそこで聞き込んで来るまで、あんなに節税の裏技があるなんて、思ってなかったからなぁ。正直驚いた」「確かにねぇ、申告しないと税金って減らないって、私もびっくりしたわ。ホント、知ってるって大事なことよね」
なんか長くなりそうだ。
旦那ーダニエルは、さりげなく話題を変えることにして……。
あまり変わってない話題を振ってしまった。
「ところで、ウチの確定申告はどうするんだい?」
「そうそうあんた、それなんだけどね」
マリリンは、忘れていたことを思い出した。
「今年、結構売上が伸びているのよ、なんか、このまま好景気が続きそうだし、今年はもう無理だけど、来年から申告の仕方を変えようかと思っているんだ」
「変えるって?」ダニエルが不思議そうな顔をした。
「前に、帳簿が面倒でよくわからないから、一般申告にするって言ってなかったけ?」
「そうなのよ、でも、流石にこのバイトを何年もやっていると、得な方法がわかってきてね。
面倒でも、青色申告した方がとくかなぁ、って。
ほら、毎年一緒になるミケーラって女性がいるって言ってたじゃない。
彼女、普段は大学でその辺のこと教えているとかで、とても詳しいのよね。で、教えてくれるって言ってたから、
今年申請を出して、来年の1月からの分を青色申告に変えようかと思って」
「大学の先生って、なんでそんな人がバイトに来ているんだい?」
ダニエルは、心底びっくりしたように聞いた
「ん!、
最初は、休みの間の小遣い稼ぎだったらしいんだけどね、なんか、机上の研究よりも生のデータが採れるとかで、毎年来るようになったわけ。
あ、これは内緒って言っていた。
例の守秘義務があるから、変にそいうことを研究しているってバレて採用されなくなると困るからって」
「でも、それじゃあ研究が発表出来ないんじゃないか?」
「さぁ?、
でも、毎年バイトに来ているのは確かよ?
私としては、彼女に抜けられると会場がパニックを起こしかねないから、なるべく長く続けて貰いたい、って言うだけ」
いつの間にか話が脱線していた。
青色申告の承任申請はは年明けから確定申告期間が終わるまでに出さなければいけない。
そして、来年1月からちゃんと帳簿を付けておかないと、再来年の2月に申告ができなくなるため、マリリンはいろいろ必要なものを買い込んでいた。
本人がなんと言おうと、彼女は物事、形から入るタイプだった。
リアルの時間に合わせると、2話の更新は2月になっちゃうなぁ。
募集内容の勤務時間修正しました