平凡な1日
私立才城学園。国内にある中でも有数のマンモス校であるここは現在桐生 零こと俺が通っている高校である。戸籍や金無いのにどうやって学校なんて通っているのか?そんな疑問が浮かぶのも仕方のないことと言えば仕方ないだろう。そんな人にはある一言を授けよう。
「権力ってすごいな。」
『開口一番に君は何を言っているんだ?』
「この世の絶対的な運命とかそんなところかな。」
『全くバカバカしいな。生憎そんなものは信用に値するものではない。』
「へぇ〜、随分辛辣だな。まぁなんでもいいけど。にしても、身体が重いなぁ〜。」
唸るような暑さの中を会話しながら歩いていく。しかし、昨日の戦闘の疲れが取れず、まだまだ本調子には程遠い状態である。されど今日も今日とて日々は変わらず移ろいでいくわけで出席のためには休むわけにもいかないのである。とまぁ、これから起こり得ることを考えるようとするも昨日のことが頭を離れようとしなかった。昨日起こったことを整理するには話を昨日迄巻き戻す必要がある。
昨日の、いやより正確に言えばあの怪人との戦闘から少なくとも数時間は経った頃、自室にて俺は腕輪との会話に興じていた。
「なぁ、ポテチはうすしおとのりしお、どっちが美味いのだろうか?」
『は?君は一体全体何を言っているんだ。せっかく話したいことがあると言うから聞いてみれば。他にあるだろ、他に!』
「嫌、別に無いけ……。待てよ。漫画とかだと状況説明とか重要なシーンだしな。仕方ないか。よし、聞いてやるから話せ。」
『はぁ〜、もうそれでいい。とりあえず現在の私について思い出したことを説明しようか。まぁ、大したことは思い出せてないがな。
いや待て、説明する前に君に言わなければならないことがあるんだ。今日のことを鑑みて、私が私のことを理解する為にはあの怪人たちと戦う必要があると思った。だから私は今後もあの怪人たちと戦い続けなければいけないんだが、良ければ君の力を貸してくれないか?もちろん無理にと……』
「あぁ、いいぞ。」
祈るような声色に自室の緊張感は否応なしに上がっていくが、そんなの御構い無しにあっさり終わらす。まぁ、最初から戦い続けるつもりだから断ることなど毛頭考えてなかったしな。
『随分軽いな、君は!また危険なことになるかもしれないんだぞ。それでもいいのか?』
「だから、いいって言ってんじゃん。何度も言わせんな。」
そう、何故かどうしても断ると言う考えが微塵も湧かなかった。あの怪人との死闘の際に感じた高揚感みたいなものをまた感じたいのか、それとも自分を知りたい腕輪にたいしてシンパシーみたいなものを感じたのか、理由に関してはよく分からない。って、あれ?
『そうか。なら宜しく頼むよ、零。おい、どうかしたのか?』
「いや別になんでもないさ。それよりも此方こそこれから宜しく頼む。」
何で俺が高揚感とかシンパシーを感じられるんだ。今までそんなことは一度として無かったと言うのに。まぁ、気のせいか。そう結論付けると改めて腕輪自身の話へと移行した。
『それでだね、零よ。つまりどうにも私の中にあった身体強化はあくまで補助で、主だったものは才能のコピーのようだな。』
コピーしたのは彼からライターを借りた時。これが発動したからこそ、随分とでかい隙を作りながらの回避という神業ができたんだと思う。
「へぇ、そんなこと出来るんだな?」
『あぁ。まぁコピーと言っても劣化版だからよくて20%〜50%と言った所だな。それに詳しいことはまだまだ分かってはいない。一刻も早くなんとかしたいものだ。
しかし、それにしても些かオーバーテクノロジーが過ぎる気がするんだ。』
「確かにな。一体誰があんたを造ったんだろうな?」
そう言った時、何故だかチクリと心に異物が刺さったような気がするが、すぐに気の迷いだとスルーした。つか、そもそも俺にそんな器用な感受性はないしな。
とまぁ、まるで情報が無い今、話し合いは平行線を辿る一途な為この辺で早々に切り上げることにした。しかし、一つ大事なことを教えてもらい忘れたことに気づいた。
「そういえばまだあんたの名前聞いてなかったんだけど。」
『残念ながら私はどうやらまだ名付けられていないみたいでね。良ければ君が私の名付け親になってほしいんだが。 どうかな?』
「いいぜ。ちょっとまってくれよ。」
暫し足りない頭で考える。どうしよう、全く名前の良し悪しが分からない。でも適当でいいか、適当で。
「ゼロはどうだ?俺の名前の零にかけてみたんだが。」
『いや、悪くないんじゃないか。うむ。これからはゼロだな。改めて宜しく頼むよ。』
「あぁ。宜しくゼロ。」
校門を抜け、昇降口へと向かう。そろそろ一時間目が始まる時間の為、教室が遠い生徒は遅刻しないように慌ただしく動いている。そんな中我らが2-Bの教室はありがたいことに昇降口の比較的近くにあるため、今の時間でちんたら歩いても十分間に合うのである。
ドアを開け、我が2-Bの教室に入る。軽くあたりにいる生徒たちに挨拶しながら自分の席に座り、鞄から読みかけのラノベを取り出し読み始める。未だ普通の高校生の感性がわからない俺にとってラノベはまさに人生のテキストも同然であったりするのだが、それは今は特に関係ないか。辺りでは昨日のショッピングモールについての話や超人についての話がされているが、我関せずと黙々と読書を続ける。
ここまでの流れで何となく分かるかもしれないが、クラスメートの中で俺に話しかけてくる奴はあまりいない。簡単に言うとぼっちのようなもので、社会的から見ればあまりいいイメージを持たれるものではないが、今の俺からすると結構気に入っていたりする。何故ならまだまだ普通の高校生を演じるにはデータが足りない為いつボロを出すか戦々恐々であるからだ。ちょっと話しかけ辛いこのポジションはまさに俺好みである。
そんなことを考えながら読書をしていると、不意に背中に衝撃が走り、1人の少女が話しかけてきた。
「よっす、おはよう!桐生。」
「あぁ、おはよう。九条。」
彼女の名前は九条 恵。この学校でも有数の美人であり、クラスメート内、いや学校中のあちらこちらに玉砕した奴がいる。まぁ、それも仕方ないかもしれないくらいに容姿、性格共に問題無しであるのだが。で、そんな彼女が何故俺に話しかけてくるのかと言うと、俺に対する哀れみがあると思うがそれ以上に……
「はぁ〜。相変わらず超人超人って、あんなのどこがいいのか。ねぇ、桐生もそう思わない?」
そう。彼女はこの世界では圧倒的に少数派な超人嫌いである。彼女曰く、超人は自らの人気第一で、それ以外はどうでも良いと思っているらしい。人なんだし全部が全部そうだとは考えづらいが、昔にいろいろあってトラウマみたいなものになっているそうだ。で、もちろん世間で声高々に超人嫌いと叫ぶ訳にもいかず、それ故このことは俺しか知らない秘密であるし、他の奴には猫かぶりだが、俺には素で接してくれてるそうだ。
「どうでも良いよ、俺は。」
「相変わらずね、あんたは。超人にも私にも興味ないですって顔をして、超人は兎も角私は結構容姿については自信があるのになぁ。」
ちらっとこっちを見る九条。しかし、人生経験が文字通り不足している俺には上手い返しなど思いつくわけも無い。
「そうだな。確かに九条は綺麗だよ。学校内でも5本の指には入ると思う。」
こんな感じの飾り気など全くない本音しか言えない。早く、嘘や建前なんかも完璧にしたいな。あと、人身掌握術についても一考の価値ありだな。
「ふぇ/// 」
とか考えている間になんか九条の顔が熟したトマトみたいに真っ赤になった。熱かな。
「大丈夫か?」
「いや、ごめん/// いきなりそんなこと言うなんて。はぁ〜、にしてもほんと気が楽でいいわ。あんたとの会話は。と、そろそろ授業の時間だがら席に戻るわ。またね。」
「あぁ。」
そう言い、自らの席へと戻っていくのと同時に先生が入ってきて授業が始まった。
時は経って、今の授業は超人や怪人についての勉強する超人学である。
「超人が使う才能は多くの人が持っているものですが、それを全ての人が自覚している訳では無いのが現状です。」
「先生、いまいちピンと来ないんですが?」
「そうですね。例えば貴方、コーヒーを淹れたことはありますか?」
「いや、特に無いですが。」
「なるほど、では例えばもし貴方がコーヒーを淹れる才能があったとしても、コーヒーを淹れたことがないならばそれは無いも同然となってしまいますよね。だって実際に淹れたことが無ければその才覚に気づきようが無いのですから。
とまぁこの様に優れた能力を持ちながらも気づかない人が数多くいるんです。」
「なるほど。」
「才覚に気づかない、もっと言うなら自分を理解しないということが如何に勿体無いものなのか、皆さんもよく考えてください。貴方達の中には無限の選択肢があるのですから。」
「「「はい!」」」
「よろしい。では少し早いですが今日の授業はここまでにしましょうか。」
「「「よっしゃー!」」」
クラス中から割れんばかりの歓声が上がる。あまりの大音量に教室内が震えているのかと勘違いするくらいであった。そんな喜び一色のクラスに突如として1人の女生徒が現れた。
「済まぬな、先生よ。ついつい遅れてしまった。まぁ、妾の高貴なる美顔に免じて許せ。」
突然だが、クラスのマドンナから親しげに話しかけられる男を見て、健全な男子なら何を思うだろう。まぁ、もちろんそれは嫉妬だったり怒りだったりする訳だが、何故今までやっかみの一つも無いのか。それは彼女が原因の一つでもある。彼女、碇 咲華は世界的に有名な財閥のご令嬢である。眉目秀麗、成績優秀な彼女だが天は二物を与えずと言うか欠点はもちろんあって、それは彼女の唯我独尊とも言うべき我儘ぶりである。それに学校への出資者と言うオプションまで付いているから学校全体の嫌われものになるのも当然であった。
「碇さん、また遅刻ですか。いい加減遅刻癖を直してもらわないと大変なことになりますよ。」
「貴様、お嬢様に対して何様のつもりだ。」
「辞めぬか、斉木。大方妾の美貌に嫉妬しての戯言じゃ、一々反応するな。程度が知れるぞ。」
そう言い放つと、悠然と席へと向かっていった。その後を追うように2人のSPも歩き出す。1人は斉木、碇 咲華に心酔している男で、お嬢様を最優先に行動しているため、もちろんクラスからは嫌われている。なまじイケメンで喧嘩も強いため、ガッカリする女子は多いとか。
「すいません、先生。クラスの皆さん。うちの者共が失礼いたしました。」
「いえ、オ……ボブさんの所為では無いですから。」
「何をしているかボブよ!そなたは妾の付き人なのであるぞ。もう少し自覚を持たぬか、自覚を。」
「は、はぁ。」
「だいたいお主は……」
このお嬢様にガミガミ言われているのはボブさん。見た目は海外マフィアみたいな厳つい顔をしているが、その実態は碇一派のオアシス的存在でクラス内では彼をオカンと呼ぶ者は少なくない。とまぁ、そんな感じでクラスの嫌われ者の彼女。もちろんそんな彼女に関わる者など殆ど居ないのだが、殆どということはつまり少なからずいる訳で、
「おぉ、あいも変わらず何とも言えない顔をしておるの〜、お主は」
此方に近づくとニコニコと嬉しそうな顔で俺に話しかけてきた。
「おかげさまでな。で、碇はまた遅刻か。随分な重役出勤だな。そんなに出世願望が強いとは流石ご令嬢だな。」
「貴様っ、よほど痛い目にあいたいようだな!」
「よいよい、妾に堂々と素で振る舞うのは零だけであるしな。にしてもその素っ気もクソもない対応は何だ。全く妾でなければ大惨事だぞ。それとお主の言葉は妾に対する賞賛として有難く受け取っておく。せいぜい感謝するがいいわ。」
何だか更に嬉しそうな顔で自分の席へ、分かりやすく言うと俺の席の隣に本人的には優雅らしい座り方で座る。てか、さっきの言葉は褒め言葉以外の何物でも無いだろうが。そんな事を思いながら、窓の外へと意識を向けた。透き通るような綺麗な青空を見ながら、
(そういえば、彼女と出会ったのもこんな感じの天気だったな)
と何となく過ぎ去った時、まさしく過去へと思いを馳せた。
彼女との出会いは何てことない日々のこと。俺がまだこの学校に来たばかりの頃の話。
俺が家への帰路の為薄暗い路地を進んでいた時、1人の女子が不良のグループに絡まれているのを見かけた。
本来ならスルーしてしまうところだったが、道の大部分を陣取った大規模な諍いで帰り道が塞がっていたためについつい手を出してしまった。
「おい、そこを退いてくれないか?これじゃあ帰れねーよ。」
「あぁ!何言ってんだこいつは。」
「おいおい、アニキの恐ろしさを知らんみたいですぜ。」
ニヤニヤ笑う不良たち。何だかこないだ見た本にあった無双された雑魚キャラを彷彿とさせるな、こいつら。とっとと帰りたいし、速攻でケリつけるか。
「悪いけど急いでいるからな、すぐ終わらせるぞ。」
「はぁー、何言ってやがる。やっちまえ、お前ら!」
もちろん、特に苦戦する訳もなくこの戦いは特に言うことのないほど呆気なくカタがついた。無駄な時間を過ごしたことを改めて確認して、すぐさま帰り道を再び歩こうとすると不意に後ろから先程助けた女子に声をかけられた。
「待て、お主よ。よくぞ妾を助けた。賞賛に値する。そこで妾からお主の働きに何か褒美を授けたいと思うのだが、ほれ、何でも欲しい物を言ってみよ。」
「いや、別にいらないよ。じゃ、それでは。」
これから課題をしないといけないため、後ろの女子の提案をやんわりと断りつつ1人家路を目指した。しかし、そうは問屋が卸さないのか、随分といきり立ちながら前に立ちはだかった。
「待て待て、お主は妾に恥をかかせる気か!何でも良いから言えと言っておろうがぁ!……はっ!」
何だか俺の眼を見ながら、何かに驚倒しながら後ずさった。あれかな。眼に考えられないゴミでもあったのかな。まぁ、どうでもいいけど。
(な、何だ此奴の眼は!全く妾自身をまるで見ていないではないか。此奴には妾なぞ興味すらないということか。この天下の碇財閥の妾を前に良くそんな態度を。面白い、こんな奴生まれて初めて会ったわ。)
「ふ、ふ、ふふっ…/// よしっ!」
何故か急に不敵な笑い声を出す碇。その笑みに何だか背筋が寒くなる。
ここは本能に従い、この場から一目散に脱出しようと身構える。勝負は一瞬、彼女の一挙手一投足に目を凝らす。
「そういえばまだ名乗ってはおらなんだ。妾の名前は碇 咲華じゃ。気安く咲華と呼ぶがよい。」
「そうか。俺の名前は桐生 零。っと、もうこんな時間か。それじゃあな。」
「えっ、なにっ!」
いい加減に時間もまずくなってきたため、隙を見つけて一刀両断とばかりに会話を強引に終わらせた。後はただ全力で走りだすのみ。驚く碇の顔も目にくれず、ただただ一心不乱に足を動かした。慌てて、後を追いかけるもすでに後の祭り。俺は遥か彼方にて走り去っていた。
「今度会ったら覚えておけよ、お主!」
声すらも最早届かないほど遠くまで離れたことを確認すると近くの壁に寄っ掛かりながら、静かに息を整えた。火照った身体と上がる息。それらは確かな逃走の成功を示していた。この感覚を忘れないように1人再び家へと歩みを進めた。
後に碇とは同じクラスだったことを知り、少し面倒なことになるとはこの時の俺は思ってもみなかった。
とまぁ、彼女たちがクラスで俺に関わってくる稀有な人たちだ。そんな人たちと過ごすこうした学園生活も少し少しと終わりに近づいているのだが、俺にはあまり関係ないため、今日も今日とて安眠のため、昼の喧騒に耳を傾けながら再び静かに瞼を閉じた。