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戦場に吹く新風

地下は激しい戦闘によりひどい有様になっていた。所々の床や壁、果ては天井までもが衝撃により所々砕けていた。先ほどまでは激闘による生々しい熱気が渦巻いていたが、今は嘘のようにひっそりと静まり返っている。しかし、怪人(ヴェント)は唇を噛み締めながら辺り一帯を焼き尽くすような敵愾心を乱入者にぶつけていた。

「誰だ、テメェ。」

少ない口数でさえ隠し切れない殺意が矢のように銀の男に突き刺さる。

ここは日常から大きく隔離された空間。一介の学生には本来関わりのない未開の地において、零の心には少しの揺らぎもなかった。ただ静かにそびえ立ち、その威圧的なまでの存在感を遺憾なく発揮していた。


ここにいる1人の男。そいつの刺し貫くような鋭い眼光。細身でありながら力強い体躯。抜き身の刀のような覇気。そのどれもがタートルヴェントの警鐘を鳴らしていた。

(あれはただもんじゃねぇ。気を引き締めないとヤバい。だが、解せねぇのはあんな奴の情報、誰からも聞いたことねぇぞ。)

本来、超人(ヒーロー)は強いから名が知られる訳でなく、名が知られるから強いのである。それが通常、普通。然し今目の前にいるのはまさに異常、異端。だからこそタートルヴェントは万が一に備えて迂闊に攻めきれないでいた。



(さて、ここからどうするか?)

颯爽と登場したものの、彼もまた動けずにいた。いくら感情が無いと言っても、迂闊に動けばあっという間にお陀仏なのは理解していた。いや、寧ろ感情が無いからこそ、自らの本能に従って様子を見ていた。

『ようやく目覚められたな、我が主よ。』

(現状、一切の武器は無い。まぁ、大した技量も無いし、あったところで上手く使えずに負けるだけか。)

『おい、主。聞こえてないのか。』

(さっきから随分煩いな。イカンイカン。集中しなければ。)

『主、いい加減にするんだ!さすがの私も我慢の限界だぞ。』

(何だこれは。遂に頭がイカれたのか?幻聴が聞こえてくる。)

『ちがう!私が腕輪(ワタシ)の使用者であるお前の脳内に音声を直接送っているんだ。簡単に言ってしまうとテレパシーみたいなものだ。』

(そうか。で、これが幻聴で無いとしてお前は誰だ?)

『私はこの腕輪に組み込まれたAIだ。使用者、つまり君のサポートをするための装置として考えてくれればいい。まぁ、今まではずっとシステムは眠っていたんだが、さっきの化け物との遭遇やら何やらが引き金になって目覚めたみたいだな。』

(なるほど、把握した。で、あいつに勝つにはどうしたらいい?)

『君は随分せっかちみたいだな。そもそも何故自分自身がこんな奇妙な物を持ってるか気にならないのか?』

(聞いたところで、何も変わらないだろ。そんなことより早くお前自身のスペックをできる限り教えろ。)

『……そうか。了解した。と言っても大した情報はこっちに残っていないのが現状でな。使用者の身体能力の向上しか情報がない。すまんな。』

(そうか。分かった。)

腕輪から伝わった言葉にも一切の動揺も葛藤も見せない零。腕輪はそんな彼の異常性の一端に恐怖を覚えた。


例えを出すと、絶望的な状況で諦めない不屈の心。これは勝負事において素晴らしい精神だと思う。そしてまた彼も窮地に立ちながら、尚同じように自らの中にある力で勝つことを諦めてはいない。一見似通った2つのものに見えるが、彼の考えは前者とは大きく変わってくる。彼は絶望して尚立ち上がる訳でなく、絶望を絶望として考えていない。故にいかに絶望的だとしても、彼は折れず、曲がらず、ただ勝つために動き続けるのである。


この永劫に続くかと思われた静寂は一筋の銀の閃光に掻き消された。一気に怪人(ヴェント)との距離を詰める零。予備動作無しの突撃はまるで瞬間移動のように怪人(ヴェント)に気づかれぬうちに懐への進入を成功させていた。

「は、速い!」

「ふっ!」

怪人(ヴェント)に迫る拳はまるで弾丸のように空気を切り裂き、まっすぐに標的へ向かっていき、無事腹部へと直撃させた。しかし、撃ち抜く筈のそれは硬い緑の壁に阻まれてしまう。ならばと凄まじいスピードでタートルヴェントの背後に回ると、剥き出しの顔面めがけ回し蹴りを打ち込もうとするも、腕につけた甲羅のような盾に阻まれてしまう。

「硬いな。」

「悪いな。生憎、頑丈さにかけては最強と自負していてな。んで、これで詰みだ。」

いやらしい顔で笑いながら、指を突き付けてくる。指先に灯るは硬化の光。その妖しい輝きは指先から放たれると、高速で敵対したものへと飛んで行った。放たれる前に慌ててバックステップで後方に退避するも、すぐさま緑の光は追随してきた。僅かながら光弾のスピードが勝っており、あわや当たる寸前に零は自らの紅のマントを翻し、緑の光を弾いた。マントの一部は固まってしまったが、それでも零の五感に異常は見当たらなかった。

(こいつの性能はすごいな。力が上がってるのを肌で感じられる。しかし、それ以上にこの胸を熱くするものは何なんだ?)

自らの心中に違和感を覚え、戸惑うものの相手が馬鹿正直に敵を待つ訳もなく、続き第二射、第三射が飛来してくる。

「まぁ、いま悩んでも意味無いかなぁっと!」

「くそっ!」

直進する敵の欠点(ウィーク)に瓦礫をぶつけ相殺する。怪人(ヴェント)が忌々しげな呟きを発するも、零は意にも返さず間合を一気に詰めるため飛び出した。

「ムカつくんだよ、この雑魚がぁ!」

中々仕留められない獲物に痺れを切らし、募る苛立ちを隠さず欠点(ウィーク)に込めて両手から放つタートルヴェント。しかし、沸騰している思考では当たるものも当たらず、

間合への侵入をまたも許してしまった。

「しっ!」

「無駄だということが分からないのかぁ!」

煌めく銀の光と輝く緑の光が甲高い音を立てて交差する。先程よりも鋭さと勢いを増しながら、かの敵を貫かんと疾走する銀の光。だが、またしても立ちはだかる緑の壁が行く手を阻む。

「おらぁ!」

旅路を断たれた旅人に思考する暇すら与えず、希望を摘み取るように凄惨な一撃が振り下ろされる。さらに追撃するように地面に倒れ伏したがら空きの図体に硬化された蹴撃を撃ち込む。あまりの衝撃に地べたを転がりながら、数メートルほどで漸く止まった。

「おい、大丈夫か。」

近くにいた超人(ヒーロー)スノーホワイトが傷だらけの体を引きずりながら近寄ってくる。然し、銀の鎧には多少の土汚れはあれど、その鎧には一切の傷が無く、その光明に一片の曇りも無かった。

「すまん。ちょっと力とそれ借りるぞ。」

「な、何を。…うっ。」

『インストール完了』

肩に触れた途端、苦悶の表情を浮かべるスノーホワイト。謎の音声と光を発しながら立ち上がる零。無断で借りたものを懐にしまいつつ、状況を整理する。

「なんとなく分かってきた。にしても、衝撃で直るとか昔の電化製品みたいだな。」

『あぁ、恥ずかしい話だが全くその通りだ。それでも一部だが思い出せたのは僥倖だ。』

「なぁ、あんた。思い出す、とかまるで人間みたいなこと言うんだな。」

『……まぁな。』

「まぁ、今は特に聞く気はないから。」

何故かぶつくさと何かを呟きながら立ち尽くす零。テレパシーによる会話のため、はたから見れば意味が分からないことこの上ないが、当の本人達にはさっきまでとは違った顔つきになっていた。

『とにかく急拵えの力だからな、恐らく良くて50%といったところだ。それにどんな穴があるか分からないからな。使用には十分注意するんだ。』

「OK!それに少し試したいこともあるしな。」

「ゴチャゴチャ五月蝿えなぁ!とっととくたばりやがれ、この害虫がぁ!」

脱兎の如く地を駆る零。それを向かい打つように突撃するタートルヴェント。その中で先手を取ったのはタートルヴェントだった。自らの欠点(ウィーク)である硬化(メタリカ)を十全に使った渾身のストレートが零に襲いかかる。それはまさに攻城兵器の一撃であった。しかし、その脅威を零は足捌き、ただそれのみで回避した。動作としてはたかが一動作のみであるが、ただの足捌きとは程遠いものであった。言うなれば零が行ったのは見るも美し、豪華絢爛な演舞の如し。見るもの全てを魅了する舞は荒々しい一撃を凌ぐのみにあらず、獰猛なる緑の怪人に一片の隙を生じさせた。

「マズッ!」

「そこだっ!」

零はタートルヴェントの背後に回ると迅速に腕を絡ませ、片羽絞の体勢に移行した。腕を組んだ瞬間僅かに感じた違和感。期待した通りの展開に頰の緩みを抑えきれない。

「やっぱりか。予想通りだな。」

「舐めるなぁ!」

全身を緑に光らせながら振り回し、強引に引き離そうとするタートルヴェント。それに逆らわず、後方へと飛びさる。着地と同時に静かに構え直した。

「くそッ、とっとと死にやがれ!」

「悪いな。往生際が良くないんだ。でも、とっとと終わらせることには賛成だな。」

「何言ってやがる!」

「まぁ、結果は後々のお楽しみにな!」

またもいきなり飛び出す零。もう何度となく繰り返すやり取りに苛立ちを隠せない。

「いい加減にしやがれ!」

怒号とともに降り注ぐ硬化の雨。零は壁を駆け上りつつ、硬化の光を避けながら肉薄する。だが、硬化(メタリカ)の何発かは肩や腕を掠めていく。硬化はまるで波紋のように広がっていき、このままでは幾ばくかの時間が経てばショッピングモールの人達みたいに固まってしまうだろう。それを気づいているからこそタートルヴェントには勝利に対する確信が生まれた。然し、その可能性は零に懐に入り込まれた瞬間に塵となって消えていたことにまだタートルヴェントは気づいていない。

「これで終わりだ、亀野郎。」

「いくらやっても俺の硬化(メタリカ)を破ることは出来ないぜ!」

「だったら、こうさせてもらおうか。」

零は殴る振りをしつつ、懐に手を入れた。そこには勝利を呼び寄せる唯一の鍵が入っている。

「な、それは!」

彼が手にしたのはスノーホワイトから借りたライターだった。もちろんそれ自体は何の変哲も無い唯のライターだが、タートルヴェントにとっては凶悪な武器となる。

「くらえ!」

「ぐわぁぁぁぁ!」

タートルヴェントの身体に火が灯るが、慌てて地面を転がり火はすぐに消えてしまった。だが、零の目的はそこではなかった。怪人(ヴェント)の身体からは目に見えない薄い膜のようなものが焼けていた。

「これでお前はもう硬化(メタリカ)による全身の硬化は出来ないな。まぁ、全身を硬くしているわけでは無いがな。」

そう、物体の硬度を上げる絶対防御であるこの硬化(メタリカ)には唯一の弱点がある。それは自分自身にはかけられないという点である。だからこ手にはグローブを着け、あえてその弱点を晒した後、わざと身体で相手の攻撃を受けきり、その考えを捨てさせる。それこそが彼の戦い方であった。そのために彼は薄い膜のようなものを身に付けることで身体を硬化させているように誤解させていた。

「そして、止めだ。」

「止めろぉぉぉぉぉぉ!」

今では彼を守る壁は消え去り、銀色の閃光を防ぐ術は無かった。直撃を食らったタートルヴェントは勢い良く飛び、壁に激突した。その後、タートルヴェントの身体からは光が溢れると、キューブ状の塊が現れ、同時に割れてしまった。

『よくやったな。お疲れだな。』

「あぁ、疲れた。」

戦いの熱気は未だ身体からは離れずにいるが、とりあえず床に腰を下ろした。

「おい、あんた一体何者なんだ?」傷ついた身体を引きずりながら、スノーホワイトは零の近くに歩み寄った。いくら怪人(ヴェント)を倒したとはいえ、未確認な事には違いない。もしかしたら一戦交えることも考えのうちの一つにいれていた。できるだけ避けたいが。

「あぁ、あんたまだいたな。なら、ここではなく家で休むか。じゃあなあんたも超人(ヒーロー)頑張れよ。応援してるぜ!」

そう言うと、零は身を翻し、風のように消えていった。一体何処の出身で、名前すら知らない人だが、恩人であることには変わりなかった。だからこそこの場はこのセリフで済ませてやろう。そう彼は決心すると、腹に力を入れて、

「ライター返せ、馬鹿野郎ぉぉぉ!」


これは彼の大いなる戦いの歴史、その始まりの一歩に過ぎない。これから彼の戦いは始まるのだ!行け、名もなき戦士よ!彼の戦いはこれからだ!


序でに完全な余談だが、ライターが返ってくることは無かったそうな。


怪人(ヴェント)紹介

・タートルヴェント

元の人間 亀山 昇

身体を硬いことをコンプレックスに感じていて、それを他人に弄られたり、嘲笑されたりしたことが力を増幅させている。

欠点(ウィーク) 硬化(メタリカ)

彼の欠点(ウィーク)である硬化(メタリカ)は自らの肉体以外の物質の硬度を上げることができる。

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