始まりの閃光
「朝か。まぶしっ!」
睡魔によってきつく閉じられた眼を何とか開けると久方ぶりの日光が我先にと眼球に入り込んでくる。おかげで休日であるにも拘らず、せっかく後で二度寝しようとしていたが一気に萎えてしまった。まぁ覚めてしまったものはしょうがないと気持ちを入れ替え、だらしない義姉の為に朝飯を作りにリビングへと向かった。
時間はまだ5時半。花の高校生であるこの俺、桐生 零の朝はいつも早い。だが、あの人は何時も朝から仕事の為この程度の早起きなどもう慣れ切ってしまった。
「何があるかなーと。って、げぇっ!」
今日のレシピを決める為冷蔵庫に手をかけるも、思っていた以上に冷蔵庫には食料が少なかった。これでは今日の朝飯で使い切ってしまうだろう。
「はぁー、買い物か。ったくあんま外に出たく無いのになー。でもまぁ仕方ないか。」
溜息をひとつこぼすと、達観したように黙々と調理を始めた。1人しか居ないリビングには料理の音のみが虚しく響いていた。
「よしっ、完成!」
そう言う俺の前には素朴な朝食が並んでいた。ご飯に味噌汁、鮭の切り身に、卵焼き、おひたしなど。まぁ、ぼちぼちな出来の料理だけど。
時間も6時半を少し過ぎて、いい加減に家のお寝坊さんを起こさないとこっちに二度と嵐のような暴力が降りかかるだろう。ドアを開けると直ぐに、部屋に漂うアルコールの匂いが鼻腔をくすぐった。敷いてある布団の近くには飲み終えた空き缶が放置されている。他にも脱いで脱ぎっぱなしの服に食べカスまで…。是非一度女子力UP講座なるものを開いてくれることを願ってやまない。
「昨日も遅くまで飲んでいたのか。せめて片付けくらいはしてから寝て欲しいよ、まったく。ほら義姉さん、起きろ。そろそろ起きないと遅刻するぞ・・・・っは!」
ただ頭の中に流れる危険信号を頼りに後ろに飛ぶ。それは外聞をドブに捨てるが如く、汚らしい避け方だが何事も命あっての物種。
美しいものは命あって初めて美しいと感じることができるわけであの御目汚しな体捌きが無ければ死んでいた。というかもし少しでも選択を間違えていただけであっという間にBAD ENDに向かうとか一体全体どうなってるんだ。
「むにゃむにゃ。」
当の本人は未だに夢という名の大海にゆったり浸っているようだ。こっちはさっきまで命懸けの漂流だと言うのにこの義姉は。
「はぁ、仕方ないか。忌むべき最終兵器を作動させる。是非も無し!」
もう一度だけ我が義姉の最後の勇姿を見届けると、厳かに封印を解くのであった。
「おぉ、今日の飯もまた旨そうじゃないか。」
「ふぉ、ふぉう。」
リビングには先程とは打って変わって賑やかな空気が流れていた。1人は深手を負っているが。結局あの後、何とか起こすことには成功したが、やはり禁忌だけあってその代償は人智を超えたものだった。うん。もう絶対使わないぞ。たぶん、きっと…。
「「いただきます。」」
軽快な挨拶が朝の食卓に響いた。料理は作りたてが特に美味しいみたいだからと、いそいそと料理を口に入れる。生憎自身の料理スキルには自信がないため、ちらっと我が義姉の方を盗み見る。
「うん、どうかしたか?何か聞きたいことでもあるのか?」
「いや、別に。」
「そうか…。ふぅーん、なるほどねぇ。さしずめ朝食の出来について気になったと見える。」
「はぁー、何時ものことながら流石だな。義姉さんの才能は」
ピシャリと言い放った義姉さんの一言は寸分違わず俺の不安を外界に引きずり出した。
才能。現代の社会において最早知らないものはいないと言って過言ではない位に日常に溶け込んだ異常であるそれは此処にいる義姉さんにも備わっている。それは『人を見る才能』。単純だが、だからこそ凄まじい力になるのが才能である。
例えば、『ピッチャーの才能』と『投げる才能』。この二つでは動作としては同じだが、能力の有用性は大きく差ができてしまう。このように本来才能はそれ自身に制限がある。野球の才能があってもサッカーではその才能は発揮できない。だからあ単純な才能であればある程あらゆる場合で使用できる。
そんで、我が義姉の『人を見る才能』は多種多様な使い方ができる才能の代名詞と言っても過言ではなく、人の才能や怪人の欠点を見たり、細かな表情から嘘を見抜いたり、戦闘時にも隙を見つけたりと大活躍だったそうだ。やはりヒーローランク上位であるAランクは伊達ではないようだ。願わくばそれを私生活にも役立てないものか…。
ヒュン!
「今、何考えた?あぁ!」
「いっ、いえ、何でもありません。」
「ほぅ、この私に嘘をつくとはいい度胸だ。もしそうなら超人時代の暗殺拳でも披露してやるがどうする?」
「はい。すみませんでした。」
一瞬で床に跪くと体に染み付いたのか既に土下座をしていた。全く気がつかなかった…。
朝飯も食べ終えると、俺は1人で食器を片付けていた。
「ところで今日なんだが、零は何か用事あるか?」
「俺?俺は夕飯の買い出しに出かけるくらいかな。」
食器を洗い終え、濡れた手をタオルで拭きつつ、義姉さんからの質問に答えた。
「そうか。なら…」
ヤバい、どうにも俺の回答は義姉の思惑に合致したようで、計画通りと言わんばかりの怪しげな眼光を宿していた。三十六計逃げるが吉、そう決心すると、慌てて身を翻して自室へと走り出そうとした。まぁ、勿論逃走には失敗しましたが。
「じゃあ、これが買い物のリストだ。頼んだぞ。じゃあ行ってくる。」
「予備動作すら見えるとか見えすぎでしょ。だから結婚できないんだよ。」ボソッ
「あっ、はぁい。行ってらっしゃい」
聞こえてないよな。きっと。たぶん。
「勿論聞こえたぞ。帰ったら、なっ…」
「はい。」
本日の教訓、義姉には逆らわないようにしましょう。
「見えすぎてもいいことばかりじゃないんだけどな。」
ドアを開け、快晴な天のもとに現れるは1人の女性。名を桐生 雅と言い、私立才城学園の一教師である。彼女はその男勝りの大胆な性格や人柄故生徒や他の教師からの信頼はとても厚いのだが、その信頼に反比例するように男っ気は薄まる一方であった。そんな彼女は元々Aランクの超人、『アイ・シャドウ』として活動していたが、一年前のとある事件の後念願の教師になった。
「そう言えば、零が来てもう一年になるのか。」
桐生 零。彼はその一年前の事件以降、義弟として彼女が引き取った男である。彼に出会ったのはついこの間の豪雨と同じく、雨は機関銃のように降り、風は地面に叩きつけるように吹き荒れた日だった。そんな日に傘も持たず、すっと幽鬼のようにその少年は佇んでいた。何故そこにいるのか、何時からここで立ち尽くしているのか、何処から来たのか、投げかける質問は終ぞ返ってくることはなかった。それもそのはずでどうやら彼には一切の記憶がなかった。そんな彼から事情を聞くためにも彼女は軍を辞めると同じくして彼を引き取った。それから早一年、昔の記憶はまだ戻っていないが随分明るくなっていった。
しかし、それはあくまでも他の人からみた一側面に過ぎない。もし、全てを見通すような力を持つ者ならその目には何が見えただろうか。
「全く何時になったら見えるのやら。」
それは彼女にも分からない。何故ならそこには何も映らなかったのだから。いや、此れでは語弊が生まれるだろう。言い方を替えるとするなら目には見えない何かが視えたと言うべきだろうか。一年経って尚未だ見えない自分の不甲斐なさに苛立ちを見せながら学園へと向かう彼女の背中には深い哀愁が漂っていた。
時は流れ、時間はお昼を過ぎていた。太陽は真っ直ぐ大地を照らし、この間まで降り続いた雨と相俟って現在の不快指数はうなぎのぼりしていた。そんな中を移動するのも全てはあの義姉による命令が原因なんだが。
「 はぁ…。全くあれさえ無ければ近所のスーパーで事足りたものを。」
ぶつくさと文句を垂れながら鉛のように重い足を動かした。
「相変わらず人が多いな、ここは。」
流石は休日のショッピングモールと言ったところか、辺りは人の姿で溢れかえっていた。その風景についてそっと呟いた空虚な言葉は喧騒の中に消えていった。周りには家族と共に来た人、恋人と来た人、友達と来た人などあらゆる人が来て、その全てが楽しそうな休日の様相を呈していた。しかしこの日常の穏やかな雰囲気に俺の心はまるではまらないパズルのピースのような居心地の悪さを感じた。
『オマエハダレダ、オマエハダレダ』
「ぐぁぁぁ!」
突如、不協和音が頭の中で響き渡る。頭蓋骨に直接流し込んでいるようなそれはべったりとこびりついて離れない。あまりの大きさに辺りの喧騒もこの狂気乱舞を止めるには力不足だった。この忌々しい叫びが消えるまで、俺は誰も人がいないとこまでなんとか這いずるように駆け込んだ。そこは仄暗いショッピングモールの地下だった。
「はぁ、はぁ、はぁ…またか。」
荒く息を吐きながら、冷えた床に疲れ切った身体を下ろした。火照った身体は冷えた空気に当てられ、徐々にその温度を下げられていった。今みたいな頭痛は今まで何度となくあって、それでも今回みたいに酷いのは初めてだ。まったく。早く、買い物を終わらせなければならないってのに。
俺には自己を肯定するものが何も無い。記憶も、家族も、仲間も、夢も、希望も、絶望も、愛も、何もない。それ故自身には何も無いことに関して悲しいと思った事はない。しかし、何の因果か義姉さんに拾われてしまい、社会の一部に組み込まれてしまった。そのため義姉さんのために拾われてからの一年は感情を模倣する事に邁進していた。つまり今ここにいる俺は紛い物で組み立てられた粗末な肉の塊に過ぎない。だからこそこの叫びは俺の失った何かを知っているのかもしれない。そんな感想を抱いてしまうのかもな。
痛みは随分収まり、なんとか動くまで回復すると、光に飢えた身体を引きずって一階への階段を上がった。
この眼に映る光景は真か嘘か、さっきまで幸福に満ちた桃源郷は今や狂気に満ちた殺戮場へと変貌していた。地下から一階に登った俺は冷静に辺りを見渡すと、1人の男、いやあれは最早人ではない何かが狂ったように笑っていた。
「あれは確か、怪人だったな。って、何か来る!」
飛来するは翡翠の弾丸。それからは
殺意を感じないが、何故か直感で脅威を感じるとすぐさま近くの物陰に隠れた。降り注ぐ光弾は誰彼構わず、貫くと、撃たれた人は誰一人として動くなくなった。
「なるほど。あれに当たると固まってしまい、動けなくなる訳か。厄介だな。だが幸いな事に殺傷能力自体は低いな。」
にしても、さっきから手首らへんに鈍い痛みが走っている。正確に言うならあの怪人が使った欠点を見たあたりからか。けど何故だろう。言い知れぬ痛みの筈なのに何処か懐かしさを覚えるのは。謎の痛みに思考を巡らしていると、上空から1人の男が現れると、怪人を華麗に投げ飛ばした。どうも彼は超人の1人のようだった。しかし、周りの反応からあまり有名ではないし、おそらくCランクの超人なのだろう。
そもそも欠点が他者の負の感情を糧にする様に才能は人の正の感情を糧にしている。つまり、超人は有名になり、ファンが増えれば増えるほど才能は強くなっていく。有名な奴ほど強くなるのはそういう訳である。そのため超人にはランクがあり、日々超人たちは最高ランクであるSランクを目指している。
「さぁて、どうするかな?物語では命がけでみんなを助けるだろうけど…。」
感情を学ぶ際に物語は随分役に立った。まぁ、活字は厳しかったため漫画に限られてしまうが。幸い、超人たちは地下へと走り、誰も脱出の邪魔をするものはない。いるのは固まりながら苦しむ人の姿のみ。しかし、俺の中ではすでに答えが定まっていたようで、安寧な平和や聡明な救命よりも自身の探求を優先していた。きっとあいつの能力は何か俺に関係あるのかもしれない。そう考えると助けを求め、叫ぶ人の嘆きをBGMにそれでいて全く衰えない足取りで地下へと走りだした。
あったまった身体に再びの冷気が襲う。戦いに踏み込むため、自身のスペックを再確認する。腕は異常無し。足も同様。体力も問題なし。懸念事項は武器だが、最悪逃げれば問題ないだろう。気配を殺し、戦いの場へと近づいていく。中々互角の戦いなのか、戦いの激しさが音を通じてこっちまで伝わってくる。すっと息を潜めて覗き込むとそこには倒れ伏す超人の姿があった。
「ヤバいな。こりゃ。」
超人へと段々と近づいていく怪人。もし俺に感情があればきっと恐怖や罪悪感で指先一つ動かせなかっただろう。最早風前の灯火と化す、超人の姿を尻目にいそいそと撤退を始める。振り返る事もなく、ただただ冷血に行動を起こした。足音を立てないように動くと、
「教えてやるよ。ヒーローってのはさ苦しい時でも、負けそうな時でも笑いを絶やしてはダメなんだよ。覚えておけ!このアホがぁ!」
耳に伝わる振動、空気を通って届いた微かな振動は俺の動きを止めた。只の一言、1人の男が死の間際に発した只の一言が俺の何かを湧き立たせる。一足飛びに方向を変える。理由もなく、決意もなく、覚悟もないが、何もないが故に突如自らの腕に現れた腕輪に疑問すら持たなかったし、初めて見たそれを違和感なく受け入れた自分に恐怖すら持たなかった。
「今はこれを使って、あいつを助ける。」
それだけが今俺の身体を、無様な肉塊とも言うべきこの身体を動かすガソリンとなり、血管を通って駆け巡る。
「変身!」
眩い光が身体全てを包み込む。鈍く光るは銀色、地を駆ける姿は銀狼。背には真紅のマントを翼のようにたなびかせ、今、1人の男が舞い降りた。
それからはあまりのことに記憶があまり無い。後になって振り返ってみれば、きっとこれが始まり。何も存在しないはずの男に灯る小さな灯火。本能と言うべきこの光はどうなるのか、当の本人すらきっと分からない。




