プロローグ
更新が滞っているにもかかわらず、またも新作を作ってしまいました。
朝、清々しいまでの空気と燦々と輝く太陽が悠然と辺りを照らしていく。ここ最近雨を降らし続けた雲もすっかり消え去り、拡がる空は綺麗な蒼穹である。今日は休日ということもあってか超人発祥の地であるここ才城市にあるショッピングモールには多くの人が集まっていた。
その平和が壊されたのは突然だった。穏やかな午後の時間、ショッピングモールに1人の不思議な男が現れた。
「さぁて、お仕事始めようか。」
賑やかな建物には不似合いなほどゆっくりとした足取りで歩いてきた黒いフードを被った男。怪しげなそいつはショッピングモールの一階にある女の像を見ると納得したような顔を浮かべ、一足跳びで何メートルもある像の上に飛び移った。
「ヒャッハッハッハ!」
訝しむような民衆の視線に冷ややかな眼で見返すと狂ったように高笑いをし始めた。騒ぎが広まる中、突如男の身体から黒い光が放たれた。まるで混じり気のない純粋な漆黒は笑顔で語らう人々を恐怖に歪めてしまうほど凶悪だった。
光が消え去り、人々は閉じられていた眼を開いて辺りの光景を視界に移した刹那、そこにいた異形のものに目を奪われた。そいつは緑の鎧を身に纏い、腕には目立つように甲羅らしきものを付けた亀の顔をした異形だった。
「キャァァァァ! 怪人よ!」
「ウワァァァァァ!た、助けて!」
「はっはっは!逃げろ逃げろ!せいぜい楽しませてくれよ!」
怪人。それは現在この世界に存在する異形の存在。この世界に恐怖と混乱を引き起こし、多くの災厄をもたらす悪の代名詞となっていた。
「喰らえ、このクズどもがぁ!」
吐き捨てるように吼えた怪人は指先からさっきとは違う緑の光が弾丸となって放たれた。荒れ狂う弾丸から逃げ切れなかった人間が次から次へと撃ち抜かれていく。撃たれた人達は怪我こそ無いが段々と身体が動かなくなっていった。
「何だ!これ!」
「全然動けないわ!」
「どーだ、これこそこのタートルヴェント様の欠点『硬化』だ。」
怪人が恐れられるのはある力を持っているからだ。欠点。それは人間誰しもが持つ弱点、欠点、コンプレックスつまりは人の弱さが極限まで極まり、あらぬ方向に進化し、産まれた力である。その力は弱く、醜いが故に強者を弱者へと堕落させる。今回のタートルヴェントの欠点である『硬化』は自身以外のありとあらゆるものの硬度を上げることができる能力である。これは自らの鎧に使うことで防御力を増幅させたり、他者に使うことで筋肉を硬化させて動きを封じることができる。
「さぁ、もっとだ。もっとお前たちに俺と同じ苦しみを味あわせてやる。」
響き渡る阿鼻叫喚、満たされる優越感に破顔を隠しきれないタートルヴェント。しかし絶望に包まれたショッピングモールの上空から1人の男が現れる。
「うぉぉらぁぁぁぁぁ!」
天まで届くような轟音に辺り一帯が僅かに震えた。 タートルヴェントは突如現れた白の超人の鮮やかな投技により整備された床に投げつけられた。常人離れした投技によって床は目も当てられない様になっていた。
「やった!超人だ!超人が来てくれた!」
「本当だ!誰かは知らないが助かったよ。」
救援に訪れた超人に恐怖に包まれていたショッピングモールは熱狂に沸き出した。
超人。それは怪人に対抗できる唯一の存在である。その身に才能と呼ばれた特異な力を宿し、羨望と声援を一身に受けるもの達のことである。たった今現れた超人はスノーホワイト。柔道着に似た超衣装に身を包みながらも引き締められた肉体は存在感を遺憾なく醸し出している。そんな彼が持つ才能は見た目通りの柔道の才能である。
そんな傍に沸く熱狂の渦を冷ますように強烈な一撃を食らったタートルヴェントは不敵な笑みを浮かべながら悠々と立ち上がった。また身につけた鎧からは緑の光が淡く灯っていた。
「ようやく来たか超人よ。だがせっかく来てくれたとこ悪いが俺の硬化はあんな技では傷一つつかねぇぇぜ!」
「くそっ、なんだあいつは。俺の投技がまったく効いてないだと。…」
そう言うと苦虫を噛んだような表情を浮かべるも、あらたに構えをとりつつ高らかに宣言した。
「だが、逃げる訳にはいかん。俺は市民を守る。そのためにも貴様を倒す!」
堂々とした宣言に再び沸く民衆。一見まるでヒーローの名に相応しい勇猛果敢な姿だがその裏では、
(ヤベッ、如何するか。あいつにはCランクの俺じゃ歯が立たなそうだしな。何とか時間を稼いで、救援が来るまで耐えきらないとな)
既に諦めムードに突入していた。まぁつまり超人と言えど良くも悪くも人間である。だからこそ超人と呼称されているのだが、それを知る者は少ない。
「そうか。だったら守れるものなら守ってみせろよ!」
しびれを切らしたタートルヴェントは徐に手袋をつけると、スノーホワイト目掛けて一直線に走り出した。怪人特有の強化された身体能力により、一瞬で間合いを詰めると手袋を硬化させつつ渾身の一撃を放った。
「あっぶねぇよ!」
当たれば重症は免れない一撃だが、スノーホワイトは咄嗟に腰を下ろして避けると、殴りかかってきた勢いを利用して人がいない遠くへと投げ飛ばした。
「硬化されているだろうから大したダメージは与えられ無いがとりあえず一旦距離を稼げたな。しかし、此処では些か人が多すぎて逃げ切るのは難しそうだ。それに負けた場合はクレーム来そうだし。なら…。」
スノーホワイトは暫し自問を繰り返すと何とか決心をつけると、タートルヴェントを飛ばした方を向きながら
「さぁ、こいよ。亀野郎!いっちょ童話に沿って追いかけっこしようぜ!まぁ、貴様みたいなノロマには酷な提案だろうがな。」
精一杯の挑発をして、自分はショッピングモールの地下へと走っていった。地下は関係者以外立ち入り禁止な為人はほとんどいない。
(だからそこでなら負け姿を大衆に晒すことなく、他のヒーローの救援までの時間も稼げる。それに一応人的被害も可能な限り減らせるし。)
そんな大きな打算とちっぽけな正義感を持って階段を駆け下りた。
「言ってくれんじゃんか。超人さんよぉ。良いぜ、そのくだらない挑発に乗ってやるよ。」
瓦礫に埋もれた身体を起こしながら、立ち上がったタートルヴェントはスノーホワイトが向かった地下へと続く階段の方へと向くと怒りを露わにした。血管は浮き出て、ただでさえ凶悪な面構えはより一層凶悪になっていった。
「はぁはぁ。ここまで来ればある程度時間は稼げるだろう。」
無人の地下室。室内の様子は仄暗く、冷ややかな空気と相俟って黄泉の世界へと誘われるようだった。スノーホワイトは腰を下ろして、高まる体温を外の爽涼な空気を取り入れることで下げようとする。しかし、焦りと恐怖によって熱暴走した思考だけは何時までたってもクールダウンすることは無かった。
「くそっ。何時になったら助けが来るんだ?」
地下という密閉された空間で響く足音。おそらくタートルヴェントのものであろうそれが耳朶に届く度、どうしようもなく喉が渇いていく。
「やっぱり超人なんて俺には無理だったかな。信念とか特に無いし、お金が欲しかっただけだしな。」
ドガァン!
「見ぃぃぃぃぃつけたぁぁぁぁ!」
自嘲に似た弱音をこぼしたまさにその時、爆音と共に現れたのは今感じている恐怖の権化。怒りに身を任せた異形は自分からかなり離れた場所にいて、歪んだ笑みを浮かべてこちらを見据えたまま立ち止まっていた。
「どうした、かかってこいよ。何だ?びびってるのか?」
スノーホワイトは恐怖に屈服しそうな心を奮い立たせ、少しでも時間を稼ぐために相手を煽り出した。彼は柔道の才能を生まれつき得ているが、その中でも彼はカウンターを得意としているため、相手の冷静さを欠かせ、攻撃を誘導することは最善手と言えるだろう。だが…
「良いぜ、せいぜい足掻いてみせな。」
そう言うとタートルヴェントは何かを手に持ち出した。それは一見唯の玩具でしかなく、皆一度は目にしたことがある物だった。
「ス、スーパーボール?それで一体何するつもりだ?」
そうそれはスーパーボールであった。高い弾力性を持ち、大きく跳ねるのが特徴のゴムボールの一種である。
「分かんねぇのか、おまえ?ったくとんだ間抜けだぜ。まぁ、見てな。こうするんだよ!」
タートルヴェントの咆哮が地下室に響き渡ると、手にした幾つものスーパーボールを力任せに放り投げた。束縛から解放されたスーパーボールは自由を謳歌せんと縦横無尽に散らばりながら進軍していった。そして壁に当たると勢いを残しつつ跳ね返っていった。スーパーボールの弾幕はすでに逃げ場を奪い尽くしていて、直撃は避けれないだろう。しかしたかがスーパーボール。当たったところで大した威力にはならないだろうと考えていると、こっちに向かって飛んでくるスーパーボールを見て漸く奴の狙いに初めて気が付いた。
「しまった、まさかそんな!」
「そうだ。そのまさかさ、ヒャァァァァハッハッハッハ!」
さっきは人に向けた光を今度はスーパーボールへと向けて放った。そしてスノーホワイトに当たる寸前のボールは光を纏い、鋼の如き硬度を持って突貫してきた。跳ね返りにより速さと不規則性を持ち、その一発一発が鋼鉄のように重い攻撃を可能とする。その恐ろしさをスノーホワイトは身を以て味合わされた。
「っ、しまった!ぐぁぁぁぁぁ!」
如何にカウンターを得意としてもあくまでもそれは人間相手であり、跳ね返ってくる全ての鋼の如きスーパーボールなど捌きようが無かった。
ほとんどのスーパーボールを全身にくらい、バタッと地面に崩れ落ちるスノーホワイト。腕や足で咄嗟にガードした為顔面は避けられたものの、もう少しも動かなかった。
「ははっ。こりゃもうダメだな。一歩たりとも動かない。骨が逝ったなこりゃ。くそっ、こんなところでおわるのかよ。」
『ぼくは大きくなったらみんなをまもれるかっこいいヒーローになりたいな。』
倒れ伏す彼の脳裏には幼いころの自分が映し出された。テレビに映るある一人の超人。彼こそまさに英雄と呼ぶべき男であった。その一身に誰かを救う姿に憧れ、困った人を助けたい、ただただまっすぐ彼のようなヒーローになりたいと願った。そんな自分が腐っていったのはいつからか。現実と理想のギャップ、才能の差、もう何が理由であるかすら出来ない遠い過去のことだ。今更過去を変えることは出来ないが、それでも後悔してしまった。理想への道を諦めてしまったことを。そして願ってしまった。置いてきた憧れをもう一度目指したいと。
「そっか。俺は英雄になりたかったのか。あぁーあ。死にたくねぇな。」
今の彼の心には死に対する恐怖よりも慙愧の念が占めていた。なんせ失った目標に再び出会い、そして消し炭の肉体に再び火が灯された。なのにその道を一歩も進まないで、踏み出すことすら出来ずに死ぬ。その悔しさは言葉では表せず、悔しさで唇を噛み締めていた。
「とりあえず死ぬ前に上にいる奴らの見せしめにするか。」
(おそらく俺の姿をショッピングモールの人たちに見せつけ、手っ取り早く絶望させるつもりなのだろう。だからこそこうして命をギリギリまで取らずにいる。なら…)
段々と近づく死の気配。決して抗えない濃密な負の感情は死に体のスノーホワイトに絡みつき、精神すら蝕もうとしている。
暫し付近への警戒をしつつ、倒れ伏す超人へと近づくタートルヴェント。もはや一歩も動けないようで、まるで反応が無かった。怪人は人の恐怖や中傷などを力にしていく。それ故誰かを貶め、苦しめることには1日の長があった。しかしだからこそ、今の状況が理解できなかった。何故なら今にも殺される寸前の彼は圧倒的な敵を前にしてなお….。
「な、なんでだ?如何して笑っているんだ、お前は!」
笑っていた。それは儚く、淡く、今にも消えそうな灯火のような笑顔だが確かに現実に存在していた。
「教えてやるよ。ヒーローってのはさ苦しい時でも、負けそうな時でも笑いを絶やしてはダメなんだよ。覚えておけ!このアホがぁ!」
暫し流れる沈黙。近くの音も消え、静寂だけがこの空間を満たしていた。これは消えゆく者への最期の叫びだった。ストレス発散も兼ねて叫んだ一言は憂いを晴らし、1人の超人が己が運命の最期を覚悟するには十分な時間だった。
「そうか、ならここで死ねぇぇぇぇ!」
振り下ろされる一撃はまさに必殺。彼にはもはや如何することもできない命を刈り取るための一撃。だが、それは…
カキンッ!
突如、降り注いだ鈍く、だがそれでいて確かに輝く銀色の光に阻まれた。
「なんだ、何なんだよこれはよぉぉぉ!」
タートルヴェントは慌てて後ろに跳び、すぐさま得体の知れない乱入者に備えた。だが、銀の一閃が軽くかすっていたのか頬が少し切れ、血が僅かに流れていた。
「大丈夫か?」
スノーホワイトは動揺していたため気づかなかったが、すぐに自分がその光に、いやその男に救われたのだと自覚できた。銀色の超衣装を身に纏い、背には真紅のマントをたなびかせ、鋭い眼光は敵を射殺さんとただ倒すべき敵のみを見つめている。そして何よりも目を引くのは抜き身の刀の様な全身から感じられる圧倒的なまでの覇気。それは幾重もの戦場を駆け抜けた歴戦の勇者に匹敵するものであった。しかしそれでいて父の背中のような安心感も感じられた。だからなのか静かに佇むその男を見て、スノーホワイトはつい呟いていた。
「ヒ、英雄。」
それは幼き頃見た尊き理想。たった一人に許された偉大な称号にして自分が何よりも欲するもの。相変わらずその男が誰なのかは分からない。でも、それでも尚その男の背中はあの1人の英雄みたいに大きかった。
☆超人紹介
スノーホワイト
万年Cランクの中年超人。元々世界を守るような理想を持つものの現実とのギャップ、また本当の天才との差に絶望し、理想を捨てていた。しかし、怪人との闘い、謎の超人との出会いによって変わりつつある。
才能『柔道の才能』
投技、固め技、当身技を主体とした柔道において類稀なる技術を持つ。彼はその中でもカウンターによる闘いを得意とする。
超衣服 『白魚』