逆さ雨
獣が本能に任せて魔法を使う世界キロル。そこに住まう幻獣たちは、少し変な生き物ばかりです。
緑溢れる静かな森の片隅の、地面に穴が空きました。
その穴からひょっこり顔を覗かせたのは、一匹の小さな小さな青い蛇。
近くを漂っていた風精霊は聞きました。
「あなたはだぁれ?」
蛇は返事の代わりに求めます。
「水を、水をくれ…」
風精霊たちは顔を見合わせると、
「私たちは風精霊だから無理よ」
と笑いながら風に解けて消えました。
蛇は、木陰に寝そべっていたゴブリンに尋ねました。
「なぁ…水を、水をくれないか…?」
ゴブリンは眠そうにまぶたを擦りながら、
「ふんっ、俺の昼寝の邪魔をするやつなんかにやる水はねーよ!」
と言って静かな場所を探して森の奥へと去っていきました。
いよいよ耐え難くなるほど増してきた喉の乾きに、蛇はその身を激しくくねらせます。
その様子を好奇心旺盛な子兎が藪の中から見つめていると…
ふいに、ぴたりと蛇は悶えるのを止めました。
「ガアァァァァァァァァァァァァァァァァ────────ッ!!」
そして目を血走らせ、血を吐くような声で叫び出しました。
するとどうでしょう、蛇の周りにモヤのようなものが集まり始めたではありませんか!
モヤは蛇の体に吸い込まれるように消えましたが、消える度にどこからかモヤがやってきて蛇にまとわりついては消えてを繰り返しました。
ふと周りを見渡せば、朝露にまみれ、あんなに青々と瑞々しく生えていた木々は枯れ木に、藪にいた子兎はミイラのように乾ききって落ちています。
そう、蛇は渇きのあまり、周囲の水を『呑んで』しまったのです。
蛇は何故このようなことができるようになったのかなんて気にしませんでした。
ただただ、吸っても吸っても消えないこの焼けるような渇きを癒すために水を呑み続けます。
やがて森中の水を吸い付くした小さな小さな…いえ、巨大な大蛇へと成長した蛇は、青黒く変色したその体をたわめ、
「オオォォオォォン!」
と一声上げて、バネのように飛び上がりました。
癒えぬ乾きを満たすために水を求め続けている、空を駆ける大蛇。
その通った場所は、大蛇を追いかけるようにいくつもの水の雫が地上から天へと昇っていくそうです。
そう、あたかも逆さまに降る雨のように。