その9
「あー極楽、極楽!」
ご馳走も食べ終え、ブランデー入りのグラス片手にソファーでくつろいでいる女流探偵。
「おにぎり君さ、こんなラッキーな日ってなかなかないぞ? 昼はステーキに、夜はディナー、おまけに今はこうやってブランデーだ! キャッホー!」
「や、やめてくださいって。何だか、たかりに来たみたいで」
「た、たかり? なんちゅう人聞きの悪い……ねえ? 白子君?」
振られたこの当人が一番迷惑な話だ。
「え? ま、まあ」
慣れない高級酒により饒舌になってきている木俣さん。さらに
「君付けでいいよね? どうせ、タメの二十五くらいでしょが?」
「あ、当たりです! でも、どうして?」
目を丸くしている若き刑事。それもそのはず、これまでずっと年より老けて見られがちだったのだ。
「わかるって、そんくらいは。こう見えてもさ、人を見る目はあるんだから」
このとき白子君、その瓶底眼鏡の奥にあるものを無性に見てみたい気になった。
「木俣さんって、相当視力が悪いんですか?」
だが、相手は一枚上手
「そこはさあ、ストレートに『その目を一度拝ませて下さい!』って言わなきゃ、ね?」
「うっ」
ものの見事に詰まってしまった青年。
「ま、いいや。じゃあ、今夜は出血大サービスってことで」
こう言いながら、その瓶底眼鏡を外しかけた探偵だったが
「木俣さん、やめてくださいって!」
いきなり言い放ってきた田部君、すぐに白子刑事にも目をやって
「見ない方がいいですって!」
「またまたあ、やいちゃって……この焼きおにぎりめが」
そして何だかんだで、ついに外された瓶底眼鏡。そこから現れるは、美しくも冷たき光を放つ二つの切れ長の眼。そして見るもの全てを魅了する、そんな魔性の眼でもある。
「あ……」
「フッフッフ、早速虜になったか」
だが、もう一方からも
「あ、あ……」
これに思わず蹴りを入れた木俣さん
「見慣れているおまえさんまでが虜になるなっつうの! もう、免疫くらいないのか!」
「あいたたた……つ、つい」
田部君、横っ腹をさすりながらも頭を下げている。
「このお馬鹿め……で、白子君さ?」
ようやく我に返った青年
「え? あ、はい?」
「もしさ、明日捜査する四ヶ所にも該当する娘がいなかったら、どうする?」
「確かに、その可能性はありますね」
数度頷いた刑事、少々時間を取った後
「他には、例えばご近所さんとか考えられますね?」
「なかなか卓越したご意見だね!」
優しき眼差しだった探偵だったが、すぐにそこへ冷たさが加わり
「もし、そこにもいなかったら?」
「うーん……」
さすがに即答できない相手である。
「まず一つはね」
そう言いながら、顔を近づけてきた木俣さん。
「ち、近すぎますって!」
この台詞、本人からではなく、何とおにぎり君からだった。
「キミが言うなって。焼きおにぎりなんてさ、みっともないって」
そして再び前を向き
「実はね、漏れてる部分があるんだ」
「も、漏れてる?」
「そそ。あの子がさ、母親以外と行動してる事ってあるかも、ね?」
「は、母親以外……」
まるでオウム化してる白子刑事。
「うん。例えばさ、父親とか、おじいちゃんやおばあちゃんとかね……『遊園地、おもちろかったあ!』みたいな」
「な、なるほど」
「それからね、顔は知ってるけど名前はわからない……これってさ、二、三回くらい会ってるか、もしくは」
「もしくは?」
「一回きりだけど、その一回がインパクトが強かったか、じゃないかな?」
そして探偵、こうも付け加えてきたのだった。
「いや、それよかさ……案外会ってないかも? ね!」




