その4
古びた階段を、ギシギシと派手に音を立てながら上っているお二人さん。
「ん? さっきから、何で人の顔をしげしげと見てるんだ?」
「あ、いえ。相変わらず、度胸があるなあって」
これに無い胸を叩く木俣さん、何故だか“あきんど”口調で
「金儲けのためにゃあ、あたしゃ体も見栄も張りまっせ!」
そして各部屋のドアを開けるたび、さっと探偵の背後に隠れる田部助手。
「ええかげんにせーよ!」
「だ、だって怖いですから」
「フン。この、おにぎりのくせして」
やがて、二階の突き当たりの部屋の前までやってきたところ
「クンクン? ここって、臭うなあ?」
そう言って、やはり躊躇する事もなくドアを蹴飛ばした木俣さん。そしてその嗅覚たるもの、お見事と言うほかない。
そしてすぐに身構えると、はたして視線の先には
「おお! やはりここにいたのか、ガキンチョよ!」
床の上に、手足をロープで縛られたまま転がってる女の子。
そして木俣さん、カメレオンのように両目をクルクルと動かし
「犯人らは、すでにずらかったみたいだね」
こう吐いて女の子の傍まで近づき、まずはそのロープをを解きにかかっている。
こう見えても実は彼女、大の子供嫌いなのだ。平気で土足にて進入してくる、その遠慮知らずさというかあつかましさというか我がままさというか――とにかくこれが嫌で嫌で、今まで何度、おもちゃ売り場で駄々をこねている見知らぬガキの頭をしばいてきたことか。
そしてちょうどこの時、外より聞こえてくるはサイレンの合奏だった。
「フン。ようやくのおでまかしかい」
鼻を鳴らした探偵さん、最後に、女の子の口に当てられたハンカチを解いてやると――何と相手は、健気にも笑顔を繕い
「あ、ありがと……」
「どうってことないよ」
「……おばちゃん!」
「お? あの部屋のドアが開いてるぞ!」
この警部の声で、一斉にそこへ駆け寄る刑事連中。
そして真っ先に中を覗いた船虫さんだったが
「ああ、やっぱりここでしたか……って、な、何やってるんですか!」
はたして目の前で繰り広げられているのは――女の子に、まさに襲いかからんとする木俣さん。そしてそれを羽交い絞めで止めに入ってる田部君、なのだ。
「け、警部。は、早く止めてくださいって!」
これに駆け寄る船虫さん。
「い、一体何事なんだ? 田部ちゃん?」
だが答えてきたのは
「こ、このクソガキめ! こんな若い二十五才をつかまえて、な、何がおばちゃんだとお!」
「な、何かよくわかりませんが……とにかく木俣さん、やめなさいって!」
一緒になって、止めに入った警部だったが
「は、離さんかい、ハゲ虫! だいたいがな、六人もいたくせに逃げられやがってからに!」
いきなり矛先が変わってきた。
「あ、ど、どうも」
一応は頭を下げた船虫さん、すぐに隣の田部君に小声で
「キ、キミからも、何とかなだめてくれんかね?」
「わ、わかりました。えっと……木俣さん。怒りを納めてくれたら、また警部が“華乙女”買ってくれるって!」
これに、もがいてた木俣さんだったが
「だ、誰がそんな上手い話に……ん? 特別吟醸なら納めんこともないが?」
「け、警部さん。本当に何とお礼を言っていいのやら」
自宅に無事戻った女の子。それに涙を流しつつ、ひたすら頭を下げてくる母親。
「いやいや。こうやって身柄を無事確保してくれたのは、他ならぬこの女流探偵であられる木俣さんでして」
船虫さん、傍らにいる瓶底眼鏡を掛けた痩身の木俣さんを紹介したところ
「え? この蚊……」
思わず“この蚊トンボ”と言いかけた母親だったが、すぐに
「有難うございます、木俣様!」
だが、そっぽを向いたままの、相手の冷たき態度に首を傾げている。
「警部さん? この方、ご機嫌斜めの様子ですが?」
「あ、実はですね……」
そして一部始終を聞かされた母親、傍らの娘の頭に手をやり
「しーちゃん。探偵さんに、ちゃんと謝りなさい。どう見たって、おばちゃんじゃないでしょ?」
「うん」
素直なしーちゃん、明後日の方を向いてる探偵さんにペコリと頭を下げ
「ご、ごめんなちゃい……」
「フン」
「……おねえ」
この後が続いてこないのに、思わず前のめりになった木俣さん。
「お、おい? ちゃんは、ちゃん!」
これにしーちゃん、ニコッと
「だって、おねえだもん!」