その1
早くも翌日の夕方、そしてここは町一番の賑わいを見せる四恋駅前。
ちらほらと、帰宅へと向かう学生やらサラリーマンの姿も見え始めている中、ロータリーの端っこに先程来止まっている一台の濃紺の普通車。そこに駐車禁止の取締りでやってきた婦警さんだったが、中を覗くや否や、何度も頭を下げ慌てて去っていった。
「ホント、連絡ミスにも程があるよなあ。ここで婦警がウロチョロしてたらいかんだろ?」
こうぼやくのは、我らが船虫警部殿。そして隣の運転席で今回相手を務めるのは、その名を白子という若き刑事だ。
「それにしたって、わざわざこんな駅前で、それも人が増えだす時間帯になあ」
「警部。大胆不敵にも程がありますね」
「確かに、な。だが逆に、人混みに紛れて逃走できるかもしれんな」
何とも情けない発言。これでも幼女の一命がかかってるのだが。
そんな警部がトランシーバーに向かって
「沖網君、どうだ?」
「今のところ特に動きはありません。どうぞ!」
「了解! 磯目君、そっちはどうだ?」
「こちらも異常なしです。どうぞ!」
「OK! 青柳君の方は?」
「こちらも問題ありません。どうぞ!」
そして最後は問題児の
「水巻君、そっちはどうだ?」
「三月になったというのに、やっぱりまだ寒いです。どうぞ!」
さすがの“左巻刑事”発言に、ガクッと首を垂れた警部殿。
「はあ……とにかく寒かろうが、凍えようが、しっかり見張っとけよ!」
船虫が苦虫を噛み潰したような顔をしている、この時だった。駅構内より現れた、黒い生地のハーフコートをまとった一人の人物。実は指定の防寒服なのだが、それだけではどうにもわかりずらい。しかしながら、一旦その上へと目を移せば、特徴ある紺のお椀型の帽子にて即座に職業がわかってしまう。さらなる特徴としては――右腕には、いかにも大事そうに黒いバッグを抱え込んでいるのだった。
これを注意して四方向より見守る八つの目。そして残る四つの目――警部と白子刑事は、車の中からバックミラー越しだ。
「あ、そこの綺麗な婦警さん? これどうぞ! 今度新しくオープンしたエステなんです!」
いきなりミニスカート姿の可愛らしい女の子から、半ば強引に手渡されたチラシ。まずは、婦警に向かってチラシを差し出すところから怪しむべきである。
だが、渡されたチラシを見るため、深くかぶってる帽子を手で上にあげたこの婦警――登場時より何か違和感を感じていた船虫さん、ここで目を大きく開き
「お、お、おい!」
そして、すぐに車から転がるように飛び出していった。
「あ、警部! 今出て行かれたら!」
だが、すでに相手の一瞬の隙をついてバッグを奪い取った女の子。すぐさま、近くに止めてあったバイクの人物に向かって放り投げている。
「それっ!」
「よっしゃ!」
それを受け取った人物、すぐに猛スピードでバイクを走らせていった。
「ま、待て!」
慌てて二台の車へと乗り込む刑事たち。
「おっとっと!」
これを見た警部も、すぐに車へとUターンだ。そして、必死で手招きする白子刑事。
「警部! 早く、早く!」
「……ふうふう。ど、どうりでデブすぎると……いや、それより追うぞ!」
直ちにピザ配達のバイクを追うは、三台の覆面パト。無論、今はその覆面を脱ぎ捨て、サイレンをかき鳴らしている。
一方、路上にはすでに沢山の野次馬が集まっており、その輪の中心で唖然としているコートの人物。
「……ど、どうしよう」
そこにやってきた、ポンコツを絵に描いたような軽自動車。その滑りの悪い窓を開け、声をかけてきたのが――もちろん、こずるい女流探偵殿。
「ほらほら、そんなとこでボーッとせんで、こっちに来んさい!」
これに思わず涙ぐんでる青年。
「き、木俣さん! え、えらいことに!」
「んもう、嘆いてもしゃあないって! ほら、早く乗りなさいってば……似非婦警さん!」