SECT.20 新たなレメゲトン
午後も訓練を休んでクラウドさんの元へ向かった。
いつもならこの時間、騎士団員の手ほどきを受けているはずの一般兵が見当たらない。
ヴィッキーいわく、すでに戦地へ赴いたとのことだった。第2期生が明日には入ってくるのだという。
「これからはもっと多くの志願兵がこの訓練所を訪れるだろう。戦が本格化すればこの騎士団の一部も戦場に赴く事になる」
「……」
つい先日目の当たりにした街の閑散とした様子を思い出した。
ここは戦地から遠く離れている。
現在の戦地は東の都トロメオ、しかしここは西の都とも呼ばれる王都ユダだ。国の正反対に位置するこの都市にさえ影響があるくらいだ。
実際の戦地の様子は思い浮かべようとしても思い浮かばなかった。
約束の時間通りにクラウドさんの部屋に入ると、金髪に翡翠の瞳を持つ騎士団長クラウド=フォーチュンはいつもどおりの優しい笑顔で迎えてくれた。
「ようやくコインが見つかったようだね」
「うん」
「では状況を報告してくれるかな?」
ゆったりとしたソファに身を埋めて、先ほどの話を自分の中で整理しながら話し出した。
偶然コインを見つけたメリルは、毒性で精神が不安定になって衝動的にコインを盗んでしまった。それに気づいたルークと二人、隠そうとしたが5日目でコインの毒によって燻りだされてしまった。
つまりはメリルがレメゲトンになりたいという感情を少なからず持っていた事が原因だったということだ――大切なヒトと共にいるために。
「ねえ、クラウドさん」
「何かな」
「レメゲトンってそんなにすごいの? 権力とか身分とかいろんなものを気にしなくてもいられるくらい?」
素直にそう聞くと、クラウドさんは困ったように微笑んだ。
「そうだね。順番からいくと王様の次に偉いってことになってしまうから。ただ、配下の組織が無いために権限としては小さいが、それ以上にコインの悪魔の実働性は優れている。どんな部隊よりもね」
「うん、確かに悪魔さんたちは強いよ」
アガレスさんもフラウロスさんも、そしてラースも。
左手のコインに手を当てた。
「しかもグリモワール王国では悪魔が崇拝されている。その悪魔を使役するレメゲトンは、国民的に凄まじい人気なのだよ」
「そうなの?」
ひょい、と後ろのヴィッキーを振り向くと、彼女は頭を押さえてため息をついた。
「以前までは私もそうだったよ、お前に会うまではな」
「どういう意味だよ」
「言葉通りだ」
「まあまあ、ヴィッキー。落ち着いて」
クラウドさんがたしなめた。
「いずれにせよメリルとルークの二人が犯人だったわけだ。で、ラック、君はどうした?」
「ん、それを全部話してもらった」
「そうか」
向かいに座ったクラウドさんは少し困った顔をした。
が、後ろのヴィッキーは眉を吊り上げた。
「待て、ラック。それはつまり罰を課していないということか?」
「だから話してもらった。話したくないって言った事を話してもらったんだから罰にはならないのかな?」
「お前は……」
ヴィッキーのこめかみに青筋が浮いた。
しまった。なぜか怒らせてしまったようだ。
「きちんとした規則を作り、それを遵守する。また、それを破ったものにはそれ相応の罰を与える! これが常識だ、馬鹿者!」
「だから……」
「言い訳は聞かん!」
びりびり、と空気が震えた。
クラウドさんは楽しそうにこちらの様子を見ている。
見てないで助けてよ!
「あの二人には私の方から謹慎10日を命じておく。いいな、レメゲトン殿?」
「え、でも」
「いいですね?!」
「あ、う、はい……」
結局迫力負けして頷くと、ヴィッキーはようやく緊張の空気を解いた。
クラウドさんがにこにこと笑ってヴィッキーに礼を言った。
「助かるよ、ありがとう」
「当たり前の事をしたまでです、団長」
「ふふ、これからも頼むよ、ヴィッキー」
クラウドさんは優しく微笑んで、頭を撫でてくれた。
「ちゃんと解決できたね、ラック。それをちゃんと王様に報告して来るんだ。参内の命令もでている。私も一緒に行くから、一度ファウスト家によって正装を整えてもらいなさい」
「はあい」
ねえちゃんちに戻るのは久しぶりだ。もう1ヶ月くらい経っただろうか。
稽古に戻るというヴィッキーと別れて、クラウドさんと二人インフェルノ・ゲートをくぐった。
久しぶりに帰ると、アイリスとリコリスが出迎えてくれた。
「「お帰りなさいませ」」
「久しぶりアイリス、リコリス」
にこりと笑ってから一緒に来たクラウドさんにも微笑みかける。
「すぐ着替えてくるからちょっと待ってて。アイリスはおれの着替え手伝ってくれる?リコリスはクラウドさんにお茶をお願い」
「「かしこまりました」」
クラウドさんと別れて自分の部屋へ入る。
すぐに正装を支度してもらって身につけ……ようとした。
「ラック様、少し体型が変わられたのでは……」
きつい。胸の辺りが特に。
無理やり着てみたけれど、少しばかり息が苦しい。
「成長期ですものね、また作り直していただきましょう」
「また採寸するの? あれ面倒だから嫌だよ」
「そうおっしゃらずに」
アイリスは困ったように笑い、最後に紫のマントで背の傷を隠してくれた。
「髪も少し伸びたようですね。今度そろえましょう」
「うん、そうかも」
コインをベルトに下げながら答え、最後に黒の手袋を左手にだけはめた。
ジュデッカ城ではなぜかすぐに謁見の間へ通された。
そこにはじぃ様と、いつの間にか漆黒の甲冑を身につけたクラウドさん、それに見た事のない淡いグリーンの甲冑に身を包んだヒトがいる。
あれ、これは何となく覚えているぞ。
そう思っていると、謁見の間の入り口が開いて見覚えのある紅の髪の剣士が入ってきた。
漆黒の騎士服に身を包んだ15歳の少年はとても年相応とは思えない身のこなしで颯爽と間の中央まで進み出た。
壇上から王様の声が降ってくる。
「ライディーン=シン、彼の者をグリモワール王国レメゲトンに任命し、第14番目レラージュを与える。」
どうやら彼は望みを叶えたようだ。
藍色の瞳と目が合って、にこりと微笑んだ。
謁見の間を出てからすぐ、盛大に文句を言った。
「レメゲトンの認証式ならそう言ってくれればよかったのに!」
「言わない方が驚くと思ってね」
クラウドさんはにこにこと笑った。
「行っておいで、きっと彼も君の事を待っているよ」
「うん、ありがとう!」
大きく手を振ってクラウドさんと別れ、新たなレメゲトンの元へ向かった。




