SECT.19 メリル=K=ファランドル
青ざめた顔をしたメリルとルークは、並んでベッドの端に座った。
メリルの目は真っ赤になっていて、ルークはこの世の終わりみたいな顔をしている。
「おれの首からコインを持っていったのはメリルなんだよね」
「……ええ、そうよ」
「じゃあどうして今はルークが持ってたの?」
「メリルが体調悪そうだったから俺が受け取った。きっと原因はそれ、だと思ったから」
ルークはおれの首にかかったコインのペンダントを差した。
「だから見つけるまでに時間がかかったのか」
悪魔耐性が強かったわけでなく、二人の手を経ていたからなかなか犯人が特定できなかったんだ。それでも、二人がかりでせいぜい5日。耐えられる期間は一週間にも満たない。
ずっとこのコインを首から提げている自分は、とても人間とは相容れないのかもしれない。
首のコインをぎゅっと握り締めた。
「もしかしておれのことレメゲトンだってずっと知ってた?」
「知らなかったわ。あの夜ラックの首にコインがあるのを見て初めて知ったの」
「ルークは?」
「知らなかった。3日くらい前にメリルの様子がおかしかったから問い詰めたらコインを盗んでしまったって……その時初めて聞いた」
3日前というとちょうどじぃ様のところへライディーンを連れて行った日だ。その時既にメリルの様子がおかしかったというのなら、気づかなかったのは自分の失態だ。
もっと周囲に気を配っておかなければならない。
たとえそれがどんな悩みの中であったとしても。
自分はまだまだ未熟者だ。
「コインはそれからずっとルークが持ってたの?」
「いや、二人で順番に……返すに返せないし、でも部屋に置き去りにするのは怖くて持ち歩いていた」
「……辛かった?」
悪魔の気は毒だ。
そんなものをたとえ二人でとはいえ何日も持ち歩いていたのだ。かなり体に負担がかかった事は否めないだろう。
どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだ?
自分の力の無さに苛立ちが募る。
「辛かったのはラックのほうだろう。俺達が言えた義理じゃないが、とても大事なもののはずだ」
ルークの言葉は震えていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
とうとうメリルは泣き出してしまった。
「ねえ、メリル。一つだけ教えて」
しゃくり声にかき消されそうだった。
それでもこれだけはどうしても聞いておかなくてはいけなかった。
「どうしてコインを持っていったの?」
「それは」
メリルは言い淀んだ。
「自分でも、分からないの。最初は本物かしらって見ていたのだけれど、そのうち変な気分になって……」
その精神の不安定さはおそらくコインの影響によるものだ。
自分も初めてコインを3つ身につけた夜は少しおかしな衝動に駆られた。
「コインを盗ってもレメゲトンになれるはずないなんてこと、分かるはずなのに。その時はただこれさえあればって思って……気がついたら手の中にコインが……」
「メリルはレメゲトンになりたいの? 騎士じゃなくて?」
メリルの肩が震えた。
「そうよ。だって私はルークと離れたくない」
その言葉に困惑した。
でも、聞き覚えのある言葉だった。
ねえちゃんと離れたくない。だから王都に行く。レメゲトンになる。強くなる――それはずっとねえちゃんを『ひとつだけ』にして生きてきたおれがことあるごとに呟いた台詞と同じものだった。
心臓を抉られるような感覚と胸の痛みが襲ってきた。
「騎士団の中なら同じ地位でいられると思った。だからずっと剣術を稽古してここまで来たの。ルークの傍にいたかったから。でも――」
メリルは若草色の瞳をルークに向けた。
「周りはそれを許さないの。お父様もお母様も私のこと離してくれないの。すごくがんばって騎士になったって言うのに喜んではくれないの……!」
「姫」
「姫なんて呼ばないで!」
悲鳴のような声にびくりとした。
ルークも動けないでいる。
「私は女の子で、ファランドル家の一人娘だから、もう少し大人になったら帰らなくちゃいけないの。帰ってお婿さんを貰って、家を継ぐの。そうしたらもうルークに会えなくなっちゃう」
「レメゲトンになったら離れなくていいのか?」
「そう」
メリルは涙を拭いた。
「ラック、あなたは私の欲しいもの全部持ってるのにとても無頓着なのね。そんなところは好きだけど、大嫌いよ」
ダイキライ
その言葉に胸を大きく抉られた。
「レメゲトンほどの高い地位をいただければもう父様も母様も親戚の人たちも文句は言わないわ。きっとルークと一緒にいると言っても許されるはずよ」
「姫」
「身分が違うからって反対しないはずよ。私が自分の力で国の中枢に入る事さえできれば!」
ライディーンが言っていた事に似ている。
それでもやっぱり理解できなかった。
貴族、平民、力、名声――様々なものの圧力。
自分には知らない事が多すぎる。
「姫、もういいよ。俺は……」
「ルーク!」
メリルの声が響き渡った。
部屋の中がシンと静まり返る。
「ラック、私を裁いて。私は子爵家ファランドルの娘メリル=K=ファランドルよ。正当な罰を受ける覚悟も出来ているわ」
若草色の瞳が真直ぐに自分を射抜いた。
何者をも恐れない、強い光だった。
その色に息を呑んだ。普段大人しいメリルの中に眠っていたこの激情に圧倒されていた。
きっとメリルの『ひとつだけ』はルークなんだろう。絶対に離れたくないという感情が勢いあまってしまっただけなんだろう――それにコインの毒気で不安定になった精神が付加されて、行動を起こしてしまった。
きっとそれがこの事件の真相だ。
「さっき言った。罰はどうしてコインを盗ったのか理由を話すことだ」
ルークと共にいるために力を手に入れようとしたメリル。それを助けようとしたルーク。
レメゲトンと言う地位は、それほどまでに絶対的な権力を持っているのか。多くのヒトがこの職業に憧れてやまないほどに。
「ごめん、メリルをレメゲトンに推薦することは出来ないよ。それにもし他に機会があっても無理だと思う」
悪魔耐性がないからコインを持つ事などできない。
「……そんな事分かっていたわ。それでも……」
メリルの声が消えていった。
代わりに嗚咽が聞こえる。
整理できない気持ちを抱えたまま、部屋を後にした。
部屋の外にはヴィッキーが佇んでいた。
橙の髪をした鴉リーダーは険しい顔でポツリと聞いた。
「……どうだった」
「うん、なんだかすごく辛いや。コインは戻ってきたのに、ヘンだね」
そう言うと、ヴィッキーはぽんと頭に手を置いてくれた。
「戻ろう、ラック。クラウド団長にも報告せねばなるまい」
「うん、そうだね」
包帯を外してコインが露になった左手を隠すようにして、救護室を後にした。




