SECT.18 あり得ない真実
次の日の朝早く、ライディーンは訓練所を後にした。
詳しい事はみんなに知らされていなかったため、困惑を隠せないようだった。
ヴィッキーだけがこっそり聞いてきた。
「おいラック。まさかライディーンがコインを……」
「うん、おれもそう思ったんだけど違ってたんだ」
そう言ってじぃ様とのやりとりを簡単に説明した。
「ライディーンは犯人だったわけじゃなくて、悪魔耐性があったからレメゲトンに推薦したんだ。だからジュデッカ城にお呼ばれしたんだよ」
そう答えると、ヴィッキーは目を丸くした。
「あいつがレメゲトンだと?」
「うん。これからどうなるかは分からないけど、じぃ様は王様に推薦するって言ったからたぶん将来的にはそうなるんじゃないかな」
「……信じられんな」
そう言ってからヴィッキーはおれのほうをちらりと見てもう一度ため息をついた。
「まあ、お前がなれるくらいだから大丈夫か」
「どういう意味だよ!」
「怒るな。それよりコインはどうなったんだ?」
「うん、そっちはだいじょうぶ、もうすぐ分かるよきっと」
「……?」
「だってコインは毒だからいくらヒトより強くても身につけていなくても、傍においている以上そろそろ影響が出始めるはずなんだ」
「そうか」
ヴィッキーは複雑そうな顔をした。
「犯人が分かったら分かったで嫌なものだな」
「うん、そうだね」
誰であったとしても驚くだろう。
一体どんな理由であったとしても罰則は与えなくちゃいけないだろう。
もちろん自分の方にも過失があるからそれも考慮しなくちゃいけない。
でも、何より知りたいのはその動機だった。何故コインを盗んだのか。それが純然たる好奇心でもって一番知りたいことだった。
それから2日が経った。
思惑とは裏腹に鴉の誰かが体調を崩したり、精神に異常をきたすような事はなかった。
思ったよりずっと強い悪魔耐性の持ち主なのだろうか。
だとすると困った事だが、それほどならライディーンと同じようにレメゲトンに推薦するのもいいかもしれない。
ジュデッカ城に呼ばれてからまだ連絡のつかない紅の髪を思い出しながらそう思った。
きっと彼にはレメゲトンの正装も似合う。剣の腕もあるし、アレイさんと戦線で並ぶ勇ましいレメゲトンが誕生する事だろう。
思ったようにコインが見つからず、不安に打ち震える胸を忘れるようとそんなのんきなことを考えている3日目の朝のことだった。
とうとう、一人の少年が練習中地に伏した。
彼はすぐに救護所へ運ばれていった。
ヴィッキーと目で合図して、自分は急いで救護室へと向かった。
救護室にはまだ医者や看護婦さんがいて、倒れた少年から事情を聞いているようだった。
が、こっちは急ぎの用だ。
「お医者さんも看護婦さんも少しだけ席を外してくれるかな?」
「何故君がそんな事を?」
お医者さんは訝しげに言った。
いろいろ説明が面倒だったので、最近やっと理解したレメゲトンの地位をふんだんに利用する事にした。
左手の包帯をするすると外していく。
お医者さんと看護婦さんの顔色が変わった。
「おれはレメゲトンのラック=グリフィス。少し席を外していて欲しい。このヒトに大事な話があるんだ」
効果は絶大だった。
医者と看護婦さんは部屋を出て行き、望みどおりにベッドに横たわる少年と二人で救護室に残されたのだった。
ベッドの中の少年を見下ろした。
きっと今、左手に埋め込まれていたコインも見ていたはずだ。
それでも少年は顔色を変えず、こちらを向きもせずただ天井を見つめていた。
「おれが何を聞きたいかは分かるよね」
「……」
少年は答えなかった。
「とりあえず、返して。あれはおれの大切なものなんだ。お前が持ってたって使えないし何の役にも立たない。もしおれの事が嫌いでイジワルしてるって言うんなら、力づくでも取り戻すよ」
「……ごめん」
少年はぽつりと呟き、シーツの下から右手を出した。
そこには鈍い金色に光る二つのコインが握られていた。
それを受け取って首にかけた。慣れた重さにほっとした。安心に包まれた感じがする――やはりおれにはこのコインがないとダメみたいだ。
「どうして盗ったの?」
「……」
少年は口を噤んだ。
部屋が違うのだからコインを盗るためには女性部屋に忍び込まなくてはいけない。
そんな危険を冒してまでこのコインを欲しがった理由が分からなかった。
「これはただの好奇心だよ。何でそうまでしてこれが欲しかったか知りたいだけなんだ」
それでもベッドに横たわる黒髪の少年が答える気配はなかった。
「誰かに頼まれたのか? おれが気に食わなかったのか? それとももっと別の理由があるのか……?」
少年は答えない。
「教えてくれよ、ルーク(・・・)!」
黒猫の瞳を持つ少年はその瞳に光を映さず、ただ天井を見つめていた。
ライディーンと並んで期待された剣の腕を持っているというのに。メリルと乳兄弟で今でもとても仲がいい。朝の練習にも欠かさず参加している。
原因が何も見当たらなかった。
「ルー……」
「ルーク!」
自分の声に愛らしい少女の声が重なった。
黒いカチューシャと若草色の瞳――ルークの乳兄弟のメリルだ。
「姫」
ルークの顔が青ざめた。
メリルは泣きそうな顔をしてベッドに駆け寄った。
「ごめん、ごめんね、ルーク。辛い? 本当にごめんね」
「大丈夫だよ、姫……そんな顔しないで」
入り込む余地が無くてただその場に佇んだ。
金目の黒猫ルークはメリルの手を借りて起き上がった。
「ラック、ごめん。どんな罰でも受けるよ。その代わり理由は言えないんだ」
「ルーク!」
メリルが悲鳴のような声を上げた。
ルークはメリルの口を手で塞いだ。
「ラックはレメゲトンだったんだな。そのコインを盗ったんだから俺は第一級犯罪者かな。もう覚悟は出来てるよ。警備隊にでもどこにでも突き出してくれ」
「罰則権限はおれにある。王様から言われてるんだ」
「そうか……」
ルークは軽く微笑んだ。
「ごめん、ラック。謝ってすむ問題じゃないけど本当にごめん」
「理由は言えないの?」
「うん」
「どうしても?」
「どうしても」
ルークの瞳には強い意思が灯っていた。
でも、それじゃ納得できない。
「んじゃ、漆黒星騎士団 鴉部隊所属ルーク=ハンバキア。罰則を言い渡す」
ところがその瞬間鋭い少女の声が遮った。
「待って! ラック!」
ルークの手が外れて、メリルが叫んだのだ。
黒猫の顔が歪んだ。
「罰を受けるのは私よ。だってコインを盗ったのは……」
「メリル!」
「私、だから」
「違う!」
「偶然夜中に起きたらラックの首にコインを見つけたの。どうしても……どうしても」
「やめろメリル!」
いったい目の前で何が起きているのか分からない。
そして、何がどうなってコインをルークが持っていたのかも。
「二人ともやめろ!」
思わず叫んでいた。
その一喝でルークとメリルは口を噤んだ。
「罰則を言い渡す。二人分だ。」
何故だかわからないけれどすごく苛々していた。
きっと何も分からない事が悔しかったんだと思う。
「ルーク=ハンバキア、メリル=K=ファランドル。何があったのか、何故盗ったのか、どうしてルークがコインを持っていたのか、全部話せ!」
気がつけば腹の底から搾り出すようにして叫んでいた。




