SECT.17 推薦
ヴィッキーとクラウドさんに言って、次の日はすぐジュデッカ城に参内した。
じぃ様に会うためだ。
最近やっと乗れるようになった馬を一頭借りて歩くようなペースで城を目指した。
半月ぶりにインフェルノ・ゲートをくぐって城下町に入ると、以前ならたくさんのヒトで賑わっていたはずのメインストリートが閑散としていた。
人通りも極端に少ない。開いている店は少なく、特に食料品の店は固く扉を閉じていた。
「これが戦争……?」
騎士団の訓練所内にいる自分には感じ取れなかった戦の足音。どんよりとした空気と暗く沈んだ街並みは確実に迫る苦戦を暗に示しているようだった。
いまも騎士団の敷地で訓練を行っている一般兵は、そろそろ戦地へと送られてしまうだろう。そうすれば残っているのが女性や子供たちばかりになるのは時間の問題だ。
それはいったいどんな気持ちなんだろう。
自分も大切な二人を戦地へ見送った。
あの時の裂かれるような気持ちをこの街のヒトみんなが受け取ってしまうと言うんだろうか。
――なんて悲しいことなんだろう
突き刺すような痛みを発した胸にぎゅっと手を当てた。
プルガトリオ・ゲートを抜けて真直ぐパラディソ・ゲートへ向かう。
いつもにない強固な警備が行われていた。
「レメゲトンのラック=グリフィスです。ヴァイヤー老師にお目通り願います」
やっと少しだけ使えるようになった敬語で警備兵のヒトに告げると、あっさりと通してくれた。
最近ようやくレメゲトンの位が持つ力を知るようになった。まだ未熟で騎士団に配属されていない自分より上の位にいるのはゼデキヤ王やまだ会ったことのない王妃様、それにサンなど数えるほどしかいない王家の者のみだ。
そのせいで政治に関わっている貴族のヒトたちからはあまりよく思われていないこともあるのだという。
自分は直接そんな貴族さんたちに何か言われた事はなかったが、ねえちゃんやアレイさんはとても苦労してきたようだった。
ゲートを過ぎてからは馬を引いて、悪魔の魔方陣が大量に描かれた地下室のある神殿にやってきた。じぃ様はその建物の最上階、占いを行う小さな部屋にいるらしい。
書物が所狭しと詰まれた部屋の中で星占い用の天文盤をまわすじぃ様は、自分が来たことに気づくと手を止めてこちらに目を向けた。
「こんにちは、じぃ様。元気だった?」
「久しぶりだな、ラック。大変な事になっていると聞いたのだが」
「うん、ちょっとね。だから少し占って欲しいなと思って」
「よかろう」
じぃ様は白い髭を揺らして天文盤を回し始めた。
アレイさんがカードで占いをするように、じぃ様はこの直径1メートルはある天文盤を使って未来を占う。
同じように王都に残留したレメゲトンのメイザースさんもこの天文盤を使うのだと言う。
「コインの行方を尋ねよう」
じぃ様は静かに呟いて天文版に刻まれた星の位置を決めていく。
自分は息を潜めてそれを見ていた。
「ふむ、とても近くにあるようだ。草木が潜む時間に現れる。離れる事を拒むとても深い愛を持つ者だ。一つは二つ、二人は一つのものを望んでいる」
「じぃ様、難しいよ。アガレスさんみたいだ」
そう文句を言うとじぃ様は白い髭の奥の唇の端で微笑んだ。
「気をつけよ。そろそろ盗んだ者が精神に異常をきたし始める頃だ」
「うん、分かった」
逆に言えば、もし精神や肉体に変調をきたすヒトがいればすぐにばれてしまうことになる。
その時、はっと気がついた――そうか、そうすればいいんだ。
簡単な事だったんだ。
もし悪用するつもりでなく、どこかに売られたりする事も無く、本人も盗ったことを悔やんでただ持っているだけだとしたらすぐにわかる。
あと1日、長くても2日で犯人は現れるだろう。
「ありがとう、じぃ様」
一度お礼を言ってから、もうひとつの問題を切り出した。
「ねえ、じぃ様。騎士団の中にレメゲトンになりたいって奴がいるんだ」
じぃ様は一瞬言葉を失ったようだった。
「もしそういうヒトがいた場合さ、本当に素質があったら何とかできるものなの?」
「……素質があればな。ミリアナ=アリギエリの話を知っているか」
「うん。100年位前にウェルギリウス=アリギエリっていうヒトが養子として引き取って、最終的には妻にしたヒトだよね」
そして彼女はレメゲトンの才能を見出されて12と言う異例の若さでレメゲトンの職に就いた。
「たぶん素質はあると思う。アレイさんと同じクロウリー家の血を継いでるんだって。悪魔耐性もそれなりにあったよ。それに、剣がものすごくうまいんだ。」
「名は?」
「ライディーン=シン。今年から漆黒星騎士団の鴉部隊に配属されたんだ。まだ15歳だけどね」
「ふむ……かなり前の薄まった血ではあるがクロウリーの系譜だ、それなりの潜在能力はあるだろう」
じぃ様は一瞬考えた後、頷いた。
「会ってみて考える。連れてくるといい。王には己から進言しておこう」
「ありがとう!」
「この時勢だ、実戦の場に出るレメゲトンが多いに越した事はない」
じぃ様は吐き出すように呟いた。
この街を包み込んだ重い空気や人々の悲しみを作り出したのが戦争だとしたら、おれはやっぱり戦争が大嫌いだ。
じぃ様も王様もそう思っているはずなのに、どうして今戦争が起きているんだろう?
この世界は難しいことだらけだ。
昼に一度訓練所に帰り、ライディーンをつれてもう一度神殿に戻ってきた。
連れ出す理由をクラウドさんに説明すると驚いた顔をしていたが、激励の言葉をかけてくれた。
「それが君の望む道なら、ライディーン、僕はいくらでも応援するよ」
紅髪の騎士は深く頭を下げて騎士団長の心に応えた。
じぃ様が何か言っておいてくれたのか、なりたての騎士でしかないライディーンもすぐにパラディソ・ゲート内に入る事が出来た。
神殿に入ると、王家の紋章を象った天窓が迎えてくれた。
ここに来るのが初めてのライディーンは呆けたように口をぽかりと開けて圧倒されている。
「すごいな……ここ」
「うん、最初はおれもめちゃめちゃ緊張したよ」
ついこの間の事が何故こんなにも懐かしいのだろう。
初めてアガレスさんと契約した時の事は今でもはっきりと思い出せる。
「来たか」
天窓の下にじぃ様が立っていた。
ライディーンは漆黒の騎士の正装で跪いた。
「初めまして、ヴァイヤー老師。ライディーン=シンと申します」
「ふむ。珍しい髪色をしているな」
「異国生まれの母譲りです。ここからはるか南のコリン大陸からこのディアブル大陸へ渡ってきたそうです」
「そうか」
じぃ様はいつも持っている杖を頼りにゆっくりとライディーンに近づいた。
自分はその様子を固唾を呑んで見守っていた。
「少し失礼する」
じぃ様はそう言って杖の先をライディーンに向けた。
ぼんやりと杖の先が光る。
「フルカス」
魔方陣が発動した。
じぃ様はもう細くなった目をいっぱいに見開いてライディーンを見た。
その背後にはぼんやりと老人の姿が見えている。じぃ様よりずっと年上で小さくなったその姿は老賢者と呼ぶには少々しぼんでいる。姿に似合わない大きな槍が今にもその老人の手から滑り落ちそうだ。
「それほど強くは無いが申し分ない。悪魔耐性は十分なようだ」
じぃ様がそう言うと、背後の老人がふっと消えた。
どうやらすぐに魔界へ帰ってしまったようだ。
「ライディーン=シン、お主は何故レメゲトンを望む?」
「自分の持つ力を確かめるためです。もし俺に力があるというのなら試してみたい。どこまで出来るのか、何ができるのか。騎士団に入団したのもそのためです。それはレメゲトンになるとしても変わりません」
「険しい道となるぞ」
「精進します」
「一度入れば抜けられれぬ。それでも力を欲するか」
「はい」
ライディーンの藍色の瞳は決心に満ちていた。
とても強い光だった。
じぃ様はその光の中に何を受け取ったんだろう。
しばらくして杖を下ろすと、静かにこう言った。
「後で使いを出す。訓練所にて待て」
くるりと背を向けてじぃ様はこう続けた。
「詳しい事は後々話す。まだ決定したわけではないが、とりあえず己の推薦を王に提出しよう」
「ありがとうございます!」
その瞬間ライディーンの顔が輝いた。
その嬉しそうな顔は15歳の少年そのものだった。




