SECT.10 悪魔の子
「あっ!……帰っちゃった」
困ってふう、とため息をつくと、隣で押し殺したような笑い声がした。
恨めしく深紅の髪の少年を見ると、今度は声を上げて笑い出した。
「だって、だってお前レメゲトンの癖に、召還した悪魔が勝手に帰ったぞ?! おかしいだろ、それ!」
「……だからおれは未熟者だって言ってるじゃん」
「違いない」
楽しそうに声を上げて笑う様はまるきり普通の少年に見えた。
深紅の髪に藍色の瞳のライディーン=シンがアレイさんに似ているのは端正な顔立ちと体格だけで、中身はまったく別のもののようだった。
「面白いなあ、お前」
「ありがと」
「ちなみに言うと褒めてないぞ?」
むっとして頬を膨らますと、ライディーンはさらに楽しそうに笑う。
「あーこんなに笑ったの久しぶりだ」
「よかったね」
ぷっとむくれてそっぽを向くと、さらに笑い声が追いかけてきた。
「ライディーンなんて勝手に笑ってるといいんだ」
「そう言うな。悪魔の子の話を教えてやるから」
その言葉にすぐ振り返る。
「ほんと?」
「ああ。有名な話だ。グリモワール国の者なら誰でも知っている事だからな」
内緒話でもするように屋上の床に座り込み、額をつき合わせるように向かい合った。
何で座っているのに相手を見上げなくてはならないんだろう。まるでアレイさんを見上げるときのような理不尽さを感じた。
そんな事お構いなしにライディーンは話し始めた。
「初代 炎妖玉騎士団長レティシア=クロウリーが戦の悪魔マルコシアスを使役した事は知ってるだろう」
「うん」
マルコシアスさん自身の事もよく知っている。
彼は炎妖玉と碧光玉をひとつずつ嵌め込んだオッドアイが目をひく褐色の肌の勇ましい戦士だった。
「レティシア=クロウリーは生涯独身だった。騎士という道を極め、その結果女として生きることをいくらか諦めたせいだ」
「そうなの?」
それじゃ、今もずっと続いているクロウリー家のヒトたちは一体どこから来たんだ?
その疑問が伝わったようで、ライディーンはにこりと笑った。
「しかし、彼女には子供がいたんだ。ライガ=サイソクラム=クロウリー……レティシアの一人息子だ。」
「ライガって部隊長さんと同じ名前だね」
「そうだな。隊長の名前はそこからとったのかもしれない。レティシアの息子ライガも母レティシアの名に負けぬ無類の剣士だったそうだからな」
「あれ? でもさ、レティシアさんが結婚してないんだったら、お父さんは誰だったの?」
「公式には不明とされている。でも、当時ある噂がたったんだ」
声を潜めるように、藍色の瞳が近づいた。
「レティシアの息子ライガは、悪魔の子だと」
「……え?」
どういう意味か分からなかった。
父親なしで生まれてくる子供も、『悪魔の子』が意味するところも。
「ライガのミドルネーム、サイソクラムはS-A-I-S-O-H-C-R-A-M、綴りを逆にすると?」
「M-A-R-C-H-O-S-I-A-S、えーと……マルコシアス……」
ぽつり、と呟いてはっとした。
――マルコシアス
その名前は聞き覚えがあるどころではない。
「それがクロウリー家が悪魔の末裔ではないかと言われている理由だ。レティシア=クロウリーは悪魔と交わり、その子を産んだとされているんだ」
「だから悪魔の子?」
「そう、クロウリー家はマルコシアスの血を引く神聖な一族さ」
「そうだったのかあ。今度聞いてみるよ」
褐色の戦士と紫の瞳の剣士にそれぞれ。
マルコシアスさんが変わらずクロウリー家に仕え続けるのはその辺にも理由があるのかもしれない。
アレイさんに対する優しい――きっと本人が聞けば全力で否定するだろうが――態度を見る限り、温かく見守る父親という表現は当たっているかもしれない。
「だからアガレスさんはアレイさんのことを炎妖玉の子、って言ったのか」
「だろうな。ちなみに俺は、爺さんの爺さんの母親だかがクロウリー家の者だったらしい。いわゆる庶子のさらに子孫ってやつ? だから俺自身は平民だ」
「そうなんだ」
「でもクロウリー伯爵は俺の心のライバルだから」
「ライバル? 何で?」
唐突な言葉に眉を寄せた。
「あの人は15で騎士団に入って20で部隊長になった。レティシア=クロウリーとクラウド団長に次ぐ早さだ。だから俺はそれを越えてやる」
「でもまだ鴉じゃん」
「仕方ないだろう、今年入ったばかりなんだから」
「今年?」
きょとん、と思わず聞き返した。
「ちょっと待て、ライディーン、おまえ幾つだ?」
「15」
「おまえの方が3つも年下じゃないか! おれは18だ!」
「何だ、いまさら敬えってのか、レメゲトン様」
ライディーンの藍色の瞳がイジワルそうな光を帯びた。
「別にそうは言わないよ。ただびっくりしただけだよ」
顔の端正さも手伝ってとてもヨハンと同い年には見えなかった――ヨハン自身かなり童顔で12・3にしか見えないとはいっても。
身長は同年代の少年たちから飛びぬけているだろう。
「へへ。漆黒星騎士団にしてよかった。まさかレメゲトンと知り合えるなんてな! ぜんぜんそうは見えないけど」
そう言って笑う表情は言われてみればまだ幼い気もする。
「俺はもう鷹の訓練に参加してる。来年は配属される予定なんだ」
「んじゃ明日の訓練も一緒かな」
「何だ、ラックも来るのか?」
「ライガさんが来いって」
青いバンダナ巻きの豪快な部隊長さんを思い出す。
「そうか、楽しみだ」
「ライディーンも強いんだよな」
「当たり前だ。そうじゃなきゃクロウリー伯爵にライバル宣言なんてしない」
「そうだね」
すごく自信満々なライディーンはやっぱり15歳の少年に見える。
「でもアレイさんもすごく強いよ。この間だって銀髪の……」
そこまで言って口を噤んだ。
銀髪のヒトを幾許もしないうちに床に沈めていたのだから。
暗闇、銀髪、血のにおい――フラッシュバックの気配がして背筋がぶるりと震えた。
「どうした、寒いのか?」
「……違うよ」
その声も震えていた。
訝しそうな顔をするライディーンを尻目に、震えそうになる肩を必死で抱いていた。




