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LOST COIN  作者: 早村友裕
第三章 PAST DESIRE
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SECT.8 千里眼

 また夢を見た。

 丸い窓が遠い。でも、寒くはなかった。

 目の前に立ち塞がる黒い石の壁はとてつもなく冷たかったけれど、手はかじかんでいなかったし吐く息が白いこともなかった。

 ふと振り返るとそこには簡素なベッドと机がひとつだけある。

 机には白いノートが広げられていた。

 ゆっくりと机に近づく。そして椅子に座ると、小さな手で置いてあったペンを取り、続きを書き始めた。

――今日はリリィが来てくれる日だ。どんなお話をしてくれるのか楽しみ

 そこでふとペンを止める。

 この黒い石の壁を見つめ続けて、季節は幾度目かの春。きっと外は暖かい日差しに溢れているんだろう。木々が芽吹いて蕾は綻ぶのだろう。

 外に、出たいな。

 振り返ってまた小さな丸い窓を見上げる。

 ただ、いつも見上げるだけ。



 次の日はメリルに起こされる前に目覚めることができた。

 が、見るとベッドには3人とも姿がない。

「どこいったの……?」

 太陽がちょうど山から顔を出す直前だ。食事当番でもない限りこの時間はまだみな眠っているはずだった。

 そっとベッドから起きだした。

 ちょうどいい機会なのでずっと巻きっぱなしだった包帯を取り替えて、その上から篭手を装備した。一応小太刀も腰に差して部屋を抜け出す。

 いったい3人ともどこへ行ったんだろう?

 2階の廊下を歩いていると、外からヴィッキーの声がした気がした。

「ヴィッキー?」

 窓からのぞくと、宿泊棟の前広場に人影がちらほらと見えた。

 慌てて階段を駆け下りる。

 扉を開けて外に飛び出すと、そこでは数人の少年少女が剣を振るっていた。

 その中で木刀の素振りをしていたヴィッキーが自分に気づいて手を止めた。

「ああ、おはようラック」

「おはよう……ございます」

 見るとそこにはシアとメリルもいて、さらにルークと知らない少年が2人混じっていた。

「まだ朝食には間がある。ずいぶん早起きだな」

「ヴィッキーたちだって。起きたら誰もいないからびっくりしたよ」

 ひょい、と肩をそびやかすとメリルが言った。

「だからラックも誘おうって言ったんですよ、リーダー」

「いや、環境に慣れるまで睡眠は十分とったほうがいいと思ったんだが」

「いいじゃん、ばれちゃったならラックも一緒にやったら?」

 黒猫のルークがにこりと笑う。

「仕方ないな。私たちは毎日早朝稽古をしているのだ。外が明るくなってから朝食の直前までほんの数刻だが少しでも鍛錬になればと思って始めたものだ。毎日参加しているのは私とシア、それにルークの3人だが、他のメンバーは入れ替わりで入ってくる」

 ヴィッキーが言うとメリルは照れたように微笑んだ。

「私も実は今日が初めてなの。昨日ラックの動きを見て……ちょっと私もがんばらなくちゃなあ、なあんて」

「メリル姫はねぼすけだからな」

 ルークが茶々を入れてメリルは若草色の瞳で睨みつけた。

 初対面の少年二人もにこにこと笑いながら言った。

「俺たちの参加理由も似たようなもんだけどな」

「そうそう。昨日今日入ってきた新入りに負けるわけにはいかないもんな」

「何だ? それは昨日ラックに負けた私に対する嫌味か?」

 ヴィッキーがじろりと睨むと少年たちは慌てて否定する。

「まあいいだろう、きっかけはどうあれ鍛錬に励むのはいいことだ。ラック、この二人はお前と共にたか部隊の訓練に参加することになる。分からない事があったら聞くといい。左がロナルド、右がジンだ」

「えと、その、よろしくお願いします!」

 ぺこり、と頭を下げると、少年たちは呆けたように口を開けた。

「うわー近くで見るとマジでかわいいんだけど!」

「やべー。アレックスたちに自慢しようぜ!」

 訳がわからず首を傾げているとヴィッキーがあきれたようにため息をついた。

「お前たちは全く……剣以外のことはまるでガキだな」

 ロナルドと呼ばれた方は同年代の少年たちに比べるとかなり発育がいい。一端の大人のような大きな体をしていた。それでもやはり顔にはあどけなさが残っていた。赤茶の髪とそろえた騎士服はなかなか様になっている。

 対してジンはルークとそう変わらないほどの小柄で細くて吊りあがった目をしていた。黄金色で癖のある髪があちこちに飛び跳ねている。ルークが黒猫ならジンはずるがしこい狐みたいだった。

「えーと、ルークとロナルドとジン」

 黒猫がルーク、大柄なロナルド、狐のジン……自分の中で繰り返すようにして覚えた。

 以前ほどいろんな事を暗記するのが苦手ではなくなっていたのは幸いだ。それでもここ2日くらいでたくさんのヒトに会いすぎて、全員は覚え切れていなかった。

「もう今日は時間がないが、明日は朝起きられれば参加するといい。途中からでも構わないし、稽古したくなかったら参加しなくてもいい」

「ううん、明日から絶対起きるよ! おれだって強くなりたいもん!」

 誘ってもらえてすごく嬉しかった。


 少しでもいい、強くなりたい。

 ヴィッキーたちが同じ気持ちでいてくれて、そして実際稽古をしている事が嬉しかった。

 ねえちゃんに拾われたとき既に学校へ行く年齢ではなかった自分にとって、こんな風に同世代の少年や少女たちと共に生活するのも学ぶのも初めてだった。

 それはとても新鮮で楽しかった。

 今現在も東では戦が繰り広げられていて、たくさんのヒトの命が危険にさらされている事を忘れそうになるほどにこの場所は平和だった。


 それでもねえちゃんとアレイさんに追いつくため、たくさんのことを覚えて強くならなくちゃいけない。

 そのためにはもう一つ、使いこなせるようにならなくてはいけない能力があった。

 でもこの練習はヒトに見られるわけにはいかない。

 昼間の稽古を終えて疲れきった体を抱えて夜中、ベッドから抜け出した。



 迷った挙句、宿舎の屋上を選んだ。

 ここならきっと誰も来ないだろうし、それなりの広さもある。何より、給水用の水瓶の他は障害物もなく遠くまで見渡すことが出来る。それはとても重要なことだった。

 きょろきょろと辺りを見渡して誰もいないのを確認してから、首から提げたコインを握り締めた。

「アガレスさん、力を貸して」

 全身が躍動するような感覚が行き渡り、目の前に金目の鷹が舞い降りてきた。

 右手を差し出すと、鷹は爪を立てないよう慎重にその腕に止まった。

「如何した 幼き娘」

「千里眼を使う練習がしたいんだ。少しだけいいかな?」

「よかろう」

 アガレスさんは、と言うかアガレスさんの代弁をする金目の鷹は鷹揚に頷いた。

 自分が最も早急にモノにせねばいけないのがこの『千里眼』という能力だった。もともと眼はいいのだが、それに悪魔の加護を重ねることで人知を超えた五感を手にする事が出来る。

 ご先祖様のゲーティア=グリフィスも同じ能力を有したという。

 ただ、千里眼を発動したときに受け取る情報量はそれこそヒトが処理できる範囲ではない。

 初めて使った後はあまりの情報量にふらふらになり、身動きが取れない状態に陥ってしまった。

 もしこの能力を戦闘で使うとすればそんなわけにはいかない。全身から入ってくる情報を方向的にうまく遮断して欲しい情報だけを受け取る事ができるようになる必要があった。

 大きく一つ深呼吸。

「よおし」

 気合を入れると、全身の感覚を研ぎ澄ました――


 その瞬間、ヒトの気配が感覚の中に飛び込んできた。

 しまった、誰かいたのか!気づかなかった。失態だ。

 発動した千里眼をいったん切り、その方向に向かって鷹を飛ばした。

「誰?!」

 叫ぶと、鷹のアガレスさんの爪で追い立てられたヒトが給水瓶の陰から姿を現した。

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