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LOST COIN  作者: 早村友裕
第三章 PAST DESIRE
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SECT.6 ライガ=アンタレス

 まだ部隊分けされていないからすは、基本的にどの分野も等しく鍛錬を行う。時間と週ごとに区分けされたそれはまるで学校の時間割のようだった。

 ただ、ヒトによって目指す部隊が違う。選択の時間も多く、みな積極的に自主練習を行っているようだった。

「基本は午前、午後に分けられる。剣術、弓術、槍術、馬術、棒術、体術など多くの種類があるが、騎士団の先輩方が教鞭を取られる時間はさほど多くない。できれば先輩がいらっしゃる時間に稽古に出たほうがいい」

 ヴィッキーはまずからす部隊の訓練施設内を案内した。

 自分を入れても総勢26名の部隊とはいえ、さすが施設はしっかりしている。最初に紹介された道場をいれると、全部で4つの稽古場がある。外の広場も含めると、100人単位での活動が可能だろう。

「お前は主に剣術と馬術だったな。馬の厩舎は少し遠い」

「あ、それ、最初に入ってきた時見たよ。あの入り口の右手にあった奴だよね?」

「敬語!」

「え、えーと……入り口の右手にあった奴……ですね?」

「そうだ」

 ヴィッキーの後を追うように馬小屋にたどり着いた。

 馬小屋、と言っても大きさが尋常ではない。100頭以上の立派な馬がずらりと並ぶ姿は壮観だ。

 と、その端にまだ成熟していない子馬たちが柵に囲まれているスペースを見つけた。

「かわいい!」

 思わず駆け寄ると、ヴィッキーの怒声が追いかけてきた。

「勝手に動くな!」

「ごめんなさい」

 謝りつつも視線は小さな馬に釘付けだった。

 体高が自分の腰くらいまでしかない。もっと少し大きいものもいるが、まだ生まれたての子馬と思われる数頭が柵の中を歩き回っていた。

「それは今年生まれたばかりの子馬ばかりだ」

「うわー、ちっせえ!」

 ひょいっと柵を乗り越えて中に入ると、子馬たちは突然の侵入者に驚き、おびえた声を出した。

 が、その中で最も大きな馬だけはその場に佇んでいた。

 こげ茶の毛並みはふわふわとしてさわり心地がよさそうだ。鬣にはほんの少し栗毛が混じっている。角度を変えると金色にも見える淡い茶の瞳はとても愛らしく、大きさはほとんど大人と変わらないのにひどく幼く見えた。

「おいで」

 手を伸ばすと、ゆっくり近寄ってくる。

 そっと首の辺りに手を触れたが、おびえたりはしなかった。

「よしよし」

 見た目どおりの毛並みはとても柔らかく、堕天の翼に触れたときのように心地よかった。

 まるで猫のように気持ちよさそうに目を細めたこの馬は、さらに撫でてもらおうと身を乗り出してきた。鼻息が頬にかかって少しびっくりしたけれど、すぐに頭を抱きかかえるように撫でてやる。

「何をしている。そんな幼い馬にかまっている暇はないぞ」

「ん。でもこいつかわいいよ?」

「そんな事は聞いていない!」

 ヴィッキーの顔が引きつった。

 ああ、また怒らせてしまったようだ。

 と思っていたら後ろから声がした。

「気に入ったかい、譲ちゃん」

「うん」

 振り向くと、漆黒の騎士服に身を包み黒のマントを纏った男性がこちらに向かって微笑んでいた。胸元には王家の紋章に並べて鷹の紋章が光っていた。

 年はアレイさんと同じくらいだろう、身分の高い騎士の様相に似合わない真っ青なバンダナを頭に巻いている。そのせいで顔はうまく見えなかったが、口元で楽しそうに笑っているのが分かった。

「ライガ部隊長! 申し訳ございません、この者は新人で、敷地を案内している所です。すぐに戻りますので……」

「ああ、団長が言ってたレメゲトンてのはこいつか」

「ご存知でしたか」

「ああ、部隊長クラスまで情報は出回ってる。王様じきじきのご命令だってこともな」

 その男性はじろじろと自分を撫で回すように見た。

 なんだ、知ってるのならいいか。

「ラック=グリフィスです。よろしくお願いします」

「おう、俺はライガ=アンタレス、たか部隊の隊長だ」

 ライガさんと名乗ったヒトは今時分に擦り寄っている馬の頭を撫でた。

「こいつは今年の頭に生まれたやつだ。あと半年もすればきっといい馬になる。何しろガイとイオの息子だからな」

「名前は?」

「まだない。もう少しして乗り手が決まってから決めるんだ」

「この仔に乗るヒトはまだ決まってないの?」

「そうだ」

 その馬をじーっと見ていると、なんだか知った顔に見えてきた。

 ふわふわのこげ茶の毛並み、まん丸の金色の目。

「ふふ、お前はヨハンにそっくりだな」

 子犬みたいに丸い目をしたねえちゃんの弟のヨハンにそっくりだった。

「ヨハンてヨハン=C=ファウストか? 確かにそっくりだ」

「ライガさん、ヨハンのこと知ってるの?」

「知ってるも何も、今年の騎士団試験は俺が担当したからな。あいつはなかなか筋がいい。輝光石ダイヤモンド騎士団に入団したんだったな」

「うん。ねえちゃんと一緒だって言ってたから」

「ねえちゃんというとメフィア=R=ファウスト女伯爵だな。何度か見たがすげえ美人じゃねえか。家柄もよくコインを5つも所有するレメゲトンの長。しかもこの上ないくらいのいい女だ。ぜひともお近づきになりたいもんだねえ」

「……ライガ部隊長、もう少しお言葉を慎んでください」

 ヴィッキーが顔を引きつらせている。

「いいじゃねえか。お前も来年にはさぎ部隊に入るんだろ。貴族さんたちと会う機会も増えるだろう」

「いえ、私は……」

 ヴィッキーの顔が曇った。

 何か嫌なことでもあるんだろうか。

 思っているとヴィッキーはライガさんに向かって軽く礼をした。

「失礼します。いくぞ、ラック」

「あ、うん」

 もう少しライガさんと話してみたかったけれど、仕方がないので青いバンダナのたか部隊長さんに大きく手を振った。

 軽く手を振り替えしてくれたのが嬉しかった。


 ヴィッキーは一言も喋らずに歩いていく。

「ねえ、ヴィッキー。何か怒ってるの?」

「……」

「おれ、何かした? 嫌なこと言ったんなら謝るよ」

 と、ふと足が止まった。

「……すまん、お前のせいじゃないんだ」

 ぽつりとヴィッキーが言った。

「いや、私の気持ちの問題だ。もうどうしようもないことなんだが、なんとも納得できんのだ」

「何のこと?」

 首を傾げると、ヴィッキーは悲しそうな顔で微笑んだ。

「余計な気を使わせてしまったな。すまない。さあ、道場に戻ろう。午後からは訓練に参加してもらう」

 ぽん、と頭に手を置かれてすごく嬉しかったんだけど、でも悲しそうな顔が眼に焼きついてはなれなかった。



 午後は剣術の訓練に参加した。

 先輩が指導に来るというので参加人数は多く、ほとんど全員が顔を出していた。20人近い少年で道場はいっぱいだった。

 メリルとシアもいたし、今朝会ったルークの姿もあった。

 ヴィッキーは木刀を一本貸してくれた。

 マルコシアスさんとアレイさんとの稽古以来だ。

「剣術の心得はあるんだったな。流派は?」

「ん、わかんない。もともとは短剣を使ってたんだ。しっかり稽古してもらったのは一回だけだよ。あとは実戦で何度か使ったけど」

 そう言うとヴィッキーは頭を押さえた。

「たった一回の稽古で実戦? お前の師匠はいったい何を考えているんだ?」

「師匠はマルコシアスさんとアレイさんだよ。たぶん何も考えてないよ」

「……頼むからその名は他の人の前で出さないでくれ。その上その言い分は二人に失礼だと思わんのか? わかった、最初に軽く打ち合ってみる。話はそれからだ」

「はあい」

 もう諦めたのか、ヴィッキーは敬語のことについて口うるさく言わなくなった。

 稽古場の一箇所でヴィッキーと距離を置いて木刀を構えた。

「私が受けよう。好きに打ってくるといい」

「あ、でも……」

 口を開こうとしたとき、道場の入り口の方から大きな声が飛び込んできた。

「元気にやってるか?!」

「隊長、うるさいです。みんなが驚いていますよ?」

 それをたしなめる声。

 見ると先ほどのたか部隊長ライガさんが金髪の青年を引き連れて入ってきたところだった。相変わらず楽しそうに笑うライガさんの隣の青年は小さくため息をついていた。

 どうやら今日指導に来る先輩というのがライガさんだったらしい。

「ライガ部隊長、ご足労ありがとうございます。ファイ先輩も、ありがとうございます」

 ヴィッキーが真っ先に出て行って膝を折る。

 黒い騎士装束に身を包んだ二人に、周囲の少年たちも膝を折った。

 どうしようもなく呆然と一人突っ立っていると、ライガさんがこちらに向かって歩いてきた。

「よう、ラックだったな。どうだ、やってるか?」

「ううん、まだ。今ヴィッキーが相手してくれるところだったんだ」

「おお、そりゃすまん。続けてくれ、ヴィッキー」

「本当にお邪魔しました。すみません」

 ライガさんの隣の青年はぺこりと頭を下げた。すごくいいヒトそうな感じがした。

 気がつくと周囲の視線がすべてこちらに向かっていて、ヴィッキーは頭を押さえて大きくため息をついた。

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