SECT.5 LUX
部屋はどうやら4人とも同じらしかった。入ってすぐにベッドが4つ並んでいた。カーテンの色が淡いピンクだし全身が映る大きな立ち鏡もあって、どこか女性らしい部屋だ。
右手には扉があり、そこは勉強部屋だと言われた。のぞいてみると、よく使い込まれた木の机と、たくさんの本が並んだ棚があった。
ベッドの横の収納はさすが充実している。持ってきた武器も含めた荷物を簡単に片付けていると、メリルが声をかけてくれた。
「ラックはどこから来たの?」
「カトランジェだ」
自分の代わりに向かいのベッドのヴィッキーが答えた。
きっとぼろが出ないように説明を代わりにしてくれるんだろう。異様な説明口調で彼女は一気に言った。
「小さな武道大会があって、そこに出場していたのを団長が偶然発見されたらしい。両親はいない。カトランジェで知り合いに拾われて育てられた。まだ荒削りだが磨けばよいものが出来るだろうとのことだ。剣術はそれなりに使えるが馬術に関しては素人、基本的な生活は出来るがわけあって少し頭が足りない」
その勢いに少々押されながらも、メリルは聞き返した。
「リーダー、頭が足りないって、どういうことですか?」
「言葉通りだ」
にべもなく切り捨てる。
あれ、この感じ、知ってる気がするよ。
「少々阿呆の鳥頭だ。苦労かけるかもしれんがよろしく頼むぞ、メリル」
「分かりました」
鳥頭、阿呆――この単語でぴんときた。
誰かに似ていると思ったら。
「ヴィッキーはイジワルだね、アレイさんみたいだ!」
「アレイ、さん?」
メリルが首を傾げる。
ヴィッキーが怒ったような口調で言い放った。
「カトランジェの街の誰かだろう! ラック、お前はもう余計なことを喋るんじゃない!」
本当にアレイさんそっくりだよ!
びっくりすると同時になんだかとても嬉しかった。
シアはその様子を特に表情を変えずに眺めている。ヴィッキーは不機嫌そうに腕を組み、メリルは困ったように微笑んでいる。
なんだかとても楽しくなりそうな予感がした。
その日の夜は夢を見た。
丸い窓だ。遠い。手を伸ばしたけれど届かない。壁は冷たい黒い石で覆われていた……ひどく寒い。
目に映る自分の手はとても小さい。ところどころ赤くなっているのは寒さのせいだろうか。それでも必死に窓に向かって手を伸ばしている。
窓から見えるのは光。
青白く冷たい月光が差し込んでいる。
その月に、必死で手を伸ばしていた。
絶対に届かないことは分かっていても、青白い月光が本当は橙の柔らかな光を映すと知っていたから、その光を求めていた。
「……シ……ファ……」
自分の喉から声が漏れる。
かすれた声だ。寒さで震えてうまく言葉にならなかった。
黒い壁は絶対的に自分を取り囲み、ただ遠く届かない窓だけが唯一の光だった。寒さに震えながらずっと光を追い求めていた。
――焦がれても手に入れられぬと知っていながら
次の日はメリルに起こされた。
「ああ、おはよ、メリル」
眠い目をこすりながらベッドに起き上がる。若草色の瞳が初夏の草原みたいに朝日を受けて煌いていた。
何か夢を見ていた気がする――すごく、寒かったような。
「おはようラック。朝ごはんよ、行きましょう」
「え、うん」
慌てて普段着に着替え、メリルの後を追った。
他の部隊と違って鴉部隊には決まった制服がないらしい。メリルは瞳と同じ若草色の膝まであるローブに近いものを着ている。が、前部分に大きくスリットが入っていて黒いタイツがベージュ色のブーツから伸びているのが見えていた。黒いベルトに武器を装着してはいなかったが、おそらく短剣を括るであろう皮製のサックが見えた。
自分はと言えばいつもの紺のハイネックアンダーウェアと紺のスパッツに、水色の短衣。足元はサンダルだ。その辺を歩いていたときの格好と大差ない。
左手の甲は念のため包帯を巻いてその上から篭手をつけた。右手首のコインはペンダントに代えて首に下げてある。
「食堂は1階にあるの。当番が交代で食事を準備するのよ。そのうち当番も回ってくると思うわ。3日交代で2人組みなの」
「へえ。おれは誰と組むんだろ?」
「そうね、私たちが3人で一組になっているから、二組に分けることになるかもしれないわ。きっとそのうちヴィッキーが決めるでしょう」
食堂に入ると、みんなの視線がこちらに集中した。
メリルは気にせずにこにこと解説を続ける。
「鴉部隊はラックを除くと今は25人、食堂は16席しかないから、順番に食べるのよ。ご飯の時間と稽古の時間や掃除の時間はまた後で教えるわ」
「分かった。がんばって覚えるよ」
どうやらこの生活に慣れるまでにはかなりたくさんのことを覚えなくてはいけないようだ。
メリルは先に朝食をとっていたらしいシアとヴィッキーの隣に座った。
ヴィッキーもメリルと同じような服を纏っていた。ただ、シアは男性用の騎士服を纏っていた。それは美貌の彼女にとてもよく似合っていた。シアは黒、ヴィッキーは赤、色が二人の性格を表しているようで少し面白かった。
「おはよう、ヴィッキー、シア」
「おはようございます、だ。やり直し!」
「はぅっ!」
しまった、初っ端からヴィッキーの機嫌を損ねてしまった。
「お、おはようございます」
「よろしい。メリルもこいつに敬語を徹底的に叩き込め。クラウド団長に対する態度すらなっていないのだぞ」
どうやらヴィッキーはクラウドさんに敬語を使わなかった事が気になって仕方がないらしかった。
「分かりました、リーダー」
「うぁ!メリルまで!」
敬語は苦手だよ!
その様子を見てもシアはほとんど反応しない。紅梅色の瞳でちらりと見ただけだった。
そこへ、両手にトレイを持った少年が割り込んだ。
「はい、姫。それに……えーと、ラックだっけ?」
「ありがとう、ルーク(・・・)」
……え?
「どういたしまして、姫」
ルークと呼ばれた少年はにこりと笑った。
褐色に近くなるまで焼けた肌に金の瞳が目立つ。あちこちにはねた黒髪と相まってまるで金目の黒猫のような少年だった。それほど大きくない体もしなやかで、本当に猫みたいだった。
きっちりとした騎士の服は着ておらず、作業用のズボンにラフなノースリーブ姿だった。その上に食事当番用と思われる白のエプロンをつけているのが滑稽だった。
「えと、初めまして。ラック=アザレアです」
「アロンソアじゃなかった?」
ルークが首を傾げる。
ヴィッキーの顔が引きつった。ああ、また名前間違ってたか。でももういいかなあ。めんどうだし。
「何でもいいじゃん」
「いやまあ、俺はいいけどさ、本人がいいんなら」
そうやって流すあたりどうやらルークは大雑把な性格らしかった。
「俺はルーク=ハンバキア、鷹部隊を目指してるんだ」
「私の乳母の息子なの。一緒に育ってきたから、もうほとんど兄妹みたいなものよ。ルークの方が1つ年上だけれど」
乳母ってことはメリルは貴族の娘なんだろうか。あ、でも、騎士団の中じゃ平民も貴族もないってアレイさんが言ってたっけ。
黒猫のルークは持っていたトレイをメリルに恭しく差し出した。
「俺はメリル姫の小間使いだから」
「もう、やめてよルーク!」
メリルが軽く頬を染める。
「ルーク、ルークって言うんだ」
「俺の名前がどうかした?」
「ん、ちょっとね」
ラースが……滅びの悪魔グラシャ・ラボラスが自分のことをそう呼んだ。君はそう名乗ったじゃないか、と言った。
ルークと言う名に意味はあるんだろうか。
「ルークってさ、どんな意味なの? 古代語?」
「ん……」
ルークは声を潜めた。
「実は、セフィロト国の古代語で、綴りはL-U-X……『光』っていう意味なんだ。戦争相手だし今じゃ大声では言えないけど。」
「『光』?」
「そう」
どくりと心臓が脈打った。
あの銀髪のヒトが相手をそう呼んでいた――青いオーラの半眼のヒトを『光』と呼び、また赤いオーラの激しいヒトは『音』と呼ばれていた。
やばい。また思い出してしまった。
青みがかった銀髪と深い群青の瞳、陶器のように滑らかな白い肌……思い出して心が騒ぐ。
会いたい。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ。」
はっとするとヴィッキーが覗き込んでいた。
「あ、うん、だいじょうぶ」
言ったが額には汗が浮かんでいた。
「無理はするな。朝食後すぐ稽古が出来る服で道場に集合だ」
「分かっ……分かりました!」
「よろしい」
ヴィッキーは返事に満足したように笑うと、シアと共に食堂を出て行った。




