SECT.4 鴉部隊
訓練所はインフェルノ・ゲートを出てすぐのところにあった。
広い敷地を持つそれには、弓や剣、槍など個々の建物としての練習場があり、また大きな闘技場もあった。馬小屋もすごく大きくて、それも体躯のいい立派な馬ばかりが並べられていた。
騎士団員が寝泊りする建物は全部で5棟。そのそれぞれに個人練習用と思われる道場がついていた。
出迎えてくれたクラウドさんは、案内しながら騎士団について教えてくれた。
「漆黒星騎士団は4つの部隊に分かれている。鳶、鷹、鷲、鷺と呼ばれている。鳶は主に弓部隊、鷹は剣、鷲は槍、鷺は女性の部隊だ。けれど、騎士になったばかりで部隊わけされていない者たちは鴉と呼ばれる少年部隊を作っている。主に15から17歳くらいの少年少女ばかりだよ」
「んじゃあ、ヨハンくらいだね」
「そうだね。ラック、君はまずそこで訓練を共に受けてもらおう。レメゲトンということは隠してある。若干季節はずれだが、私が才能を見込んで連れてきたということになっているから、一応そのつもりでコインは人目に触れさせないで欲しい」
「うん、わかった。気をつけるよ」
宿泊施設と思われる建物に着くと、その前で一人の少女が佇んでいた。いや、少女というにはもう成熟した大人の女性の顔をしている。
小麦色に焼けた肌に深い緑の瞳が印象的だ。少し癖のある橙に近い茶髪は適当に切ったのか揃ってはいなかった。気が強そうな性格が顔に出ている……美人さんだけど、怖いヒトかもしれない。
「ヴィッキー、この子が新しくお世話になるラックだ」
「ラック……ファミリーネームは?」
気の強そうな女性の問いにクラウドさんは慌てず答えた。
「ラック=アキレアということにしておいてくれ」
アキレアってそれ、そこに咲いてる花の名前じゃん?今考えたでしょ、それ!
その女性もちらりと咲いているアキレアの花を見たが、何も言わずに頭を下げた。
「かしこまりました」
「この子はヴィクトリア=クラーク、少年組、鴉のリーダーだ。レメゲトンであることは彼女だけに教えてある。何か困った事があったら彼女に相談するといい」
「うん、分かった」
「それじゃ、ヴィッキーの言うことを聞いていい子にしているんだよ」
「はあい」
行儀よくお返事をすると、クラウドさんは頭を撫でてくれた。
その様子にヴィクトリアさんが不可思議なものでも見るような目を向ける。
「ああ、そうそう、言い忘れてたけどラックの精神年齢はいろいろあって3歳児程度らしい。最近はもう少し成長したようだけれどね――後は頼んだよ、ヴィッキー」
その言葉にさすがにヴィクトリアさんは顔を引きつらせたが、クラウドさんは有無を言わせない笑顔で去っていった。
「えーと、ヴィクトリアさん? お世話になります。よろしくお願いします!」
100点満点の挨拶が出来たと思ったのに、ヴィクトリアさんは頬を引きつらせていた。
「さて、レメゲトンということだが、それは隠して一人の少年組として扱えとクラウド様に言われている。特別扱いはせんぞ」
「うん、いいよ」
「返事ははい、だ」
「はい」
厳しい指摘を受けて言い直した。
「私のことはヴィッキー、またはリーダーと呼べ」
「はあい」
「返事は短く!」
「は、はい!」
突然叱られて思わず背筋を正した。
「それに何だ、その言葉遣いは。クラウド様に向かって『うん、分かった。』だと? 敬語というものを知らんのか!」
「ちょ、ちょっと習ったけどまだあんまり使えないんだ」
剣幕に驚いて思わず腰が引けた。
その様子を見てヴィキーは舌打ちする。
「全く……精神年齢3歳だったな。どんな事情かは知らんがなぜこんな見た目と中身の合わん訳の分からん奴が来るんだ。もう戦争が始まって一刻の猶予もないこの時期に」
「違うよ、戦争が始まったからだよ」
「何?」
「おれはレメゲトンだけど、なり立てで経験とか知識とか少ないからすぐには戦場に出してもらえなかった。王様はここで修行しなさいって言ったよ。おれは早く強くなって戦場に行かなくちゃいけないんだ」
そう言うと、ヴィッキーはふぅ、とため息をついた。
「思ったより頭はしっかりしていそうだな。経験と知識が足りんと言ったな? 私が一から鍛えなおしてやろう」
「ほんと?」
嬉しい。
思わず微笑むと、ヴィッキーは眉間に人差し指をつきつけた。
もともとそんなに目つきがよくないのに、さらに目が釣りあがった。
「まずは敬語からだ!」
「えええ!」
敬語は苦手だよ!
「つべこべ言うな。部屋は2階の4号室、さっさと荷物を置いて道場に来い。鴉組全員の前で紹介する」
「わ、分かった。」
「分かりました、だ!」
「分かりました!」
ひええ。
どうやらヴィッキーは見た目どおり厳しい人みたいだった。
また怒られる前にと慌てて荷物を置いて道場への廊下を駆け抜けたのだった。
道場にはすでに20人以上の少年少女たちが勢ぞろいしていた。
ヴィッキーに連れられて道場に足を踏み入れると、その視線が全てこちらを向く。さっと見ただけで女性はほとんどいなかった。
集まった少年たちの間からため息が漏れるのがわかる。しかし、落胆した様子ではなかった。
「すでに聞いていると思うが、鴉に一人新しく増えることになった。これからは訓練を共に行う仲間だ」
「ラック=グ……じゃなかった、ラック=ア、ア、アロンソア?です。よろしくお願いします」
なんだかさっきと苗字が違う気がしたけど、まあいいや。同じ花の名前だし。
隣にいたヴィッキーの顔が引きつった。やっぱり違っていたらしい。
「時期はずれだが、クラウド団長の推薦で騎士団に配属されることとなった」
その瞬間、目の前の人ごみがざわりとざわめいた。
「静かに! 明日からはラックも訓練に参加する。主に剣術中心になると思う。慣れない事もあるだろうから、助けてやって欲しい。以上だ!」
ヴィッキーがそう宣言すると、少年たちは解散した。
前を通るときにひどく視線を感じる。団長が推薦するほどの腕を持つものに向ける敵意を持つ視線や、ただ珍しいものに向ける視線、他にも興味の視線などいろいろだった。
「メリル、シア。少し来てくれ」
「はい、リーダー」
ヴィッキーはその中から女性2人だけを呼びとめた。
「とりあえず女性だけ紹介しておく。左がメリル=K=ファランドル。今年入団したばかりの15歳だ」
「よろしく、ラック」
メリルは黒いカチューシャをしていて、大人しそうな印象を受けた。でも若草色の瞳に灯る光は理知的だったからきっととても賢いんだろうと思った。身長が低くて少し見下ろしてしまうが、笑顔がふわりと優しくて、思わず微笑み返してしまうようなかわいらしい少女だった。
「もう一人はシンシア=ハウンド。おそらく来年には私と共に鷺部隊に配属されるだろう」
シア、と呼ばれた女性はあまり表情を変えずに軽く頭を下げた。
すらりとした長身で、銀髪を耳にかかるくらいで切っている。硬く結ばれた唇と表情を灯さない眼はまるで線の細い少年のそれだった。それも白い肌にひどく目立つ紅梅色の瞳が壊れそうな危うさをかもし出している。
白い毛並みの兎みたいだ。
思わず見とれていると、ヴィッキーが止めた。
「やめてやってくれ、シアは見られるのが嫌いなんだ」
「あ、ごめん」
確かに自分だってこんなじろじろ見られたらいやだろう。
「でも、すごく綺麗だね」
にこりと笑いかけると、シアは目線をはずした。
メリルは楽しそうにくすくすと笑う。
「それをラックが言うの?」
「何で? どう見たって綺麗じゃん」
「違うわ。だってラックだってすごく美人だもの」
「ん、ありがとう」
たまに言われることではあったが、お世辞だろうからとりあえずお礼だけ言っておく。
「メリルもすごくかわいいよ。ヴィッキーも美人さんだし、おれここでよかった」
正直にそう言うと、ヴィッキーがまたも奇異なものを見る目で見下ろしていた。
「お前……まさか面食いか?」
「ん、たまに言われる。たぶんそう」
とくにねえちゃんによく言われる。
でも、綺麗なヒトが好きなのって普通じゃないのかなあ?
そう聞くと、度が過ぎるのよ、とねえちゃんは眉を寄せた。綺麗だなと思わなかった人の顔を覚える気がないでしょう、と言われた。
まあ確かにそうかもしれない。
だから王様の顔を覚えるのに苦労したんだ。
でもそれは、二度と口に出しちゃいけないわよ、とねえちゃんに硬く口止めされていることなのだった。




