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LOST COIN  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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--- おわり ---

 サンはそれを聞いて少し驚いたようだった。

 でも、ねえちゃんと同じ顔で、でも違う表情で笑いながらこう言った。

「……きっともう固く決心しちゃったんだね。僕が何を言ってもその結論は変わらないんだろう?」

「うん、ごめんね。でも心配してくれてありがとう」

「ううん、いいんだ。でも、辛くなったらいつでも言って。少しでもラックの力になりたいから」

「ありがとう」

 ちょうど曲が終わった。

 サンは軽く礼をして自分の前を去った。

 次のヒトに誘われる前に、自分もダンスの広場から離れた。


 広い広い会場を抜ける間もいろんなヒトの視線が刺さって痛かった。視線は気にしないようにしたいんだけど、さすがにそれは無理だった。

 ねえちゃんたちはどこにいるんだろう?

 探してみたけれど見つけられなかった。気がつくと王様の姿も消えていたし、じぃ様や他のレメゲトンの姿もなかった。

 おかしいなと思ったけれど、知らないヒトに呼び止められて応対に困るのも嫌だったから出来る限りの速度で――何しろ足元が足元だ――広間を駆け抜けた。


 開放された中庭のほうがまだヒトが少なかった。

 夜の涼しい風が顔にあたって気持ちいい。ひとつ、大きく深呼吸した。庭の緑の匂いが体の隅々まで満たされて幸せな気分になった。

 それなのに、またぜんぜん知らないヒトの声が後ろから聞こえた。

「ミス・グリフィス。レメゲトンへのご就任おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 しまった、また話しかけられてしまった……

 すごく嫌そうな顔をしていたはずだ。でも相手のヒトは意に介さない様子で一方的に話し続けた。

 どうやらこのヒトはエドモントン子爵と言って、北の都カインからはるばるこのパーティのためにやってきたらしい。年は自分よりずいぶん上で、頭が半分くらい禿げ上がっているのが気になってしょうがなかった。

 ぜんぜん話を聞いていなかったが、エドモントン子爵は嬉しそうに領土の自慢話をしているようだった。

 ああ、どうやってこの場を離れようかなと思っていると、聞きなれたバリトンの声がした。

「エドモントン子爵」

「おお、これはクロウリー伯爵」

「そちらのご婦人をお借りしてよろしいかな?」

 そう言いながらアレイさんはおれのことを指差した。


 もしかして助けてくれたんだろうか。

 ワインと思われる赤い液体の入ったグラスを傾けるアレイさんはとても様になっていた。憂いを帯びた表情と透き通るグラスが壊れそうに危うかった。

 じっと見つめていると、案の定不機嫌そうな声が返ってきた。

「何だ」

「いや、アレイさんはやっぱりきれいだなあと思って」

 返事は返ってこなかった。

 でもその沈黙はとても心地のよいものだった。

「ミュレク殿下はどうされている」

「忙しそうにいろんなヒトと話してるよ。おれは退屈だから逃げてきたんだ」

 アレイさんの紫の瞳を見るとすごくほっとできた。そして、人ごみの中で自分が思ったより緊張していたことを知った。

「こういった社交の場に少しは慣れた方がいい。これからこういう機会も多いだろう」

「面倒だなあ」

「まず敬語を覚えろ、話はそれからだ。お前の言葉遣いはまったくなっちゃいない」

「これでもがんばってるんだよ!」

 頬を膨らますと、ちょうど給仕のヒトがワインの入ったグラスを渡してくれた。

 軽くお礼を言って口に含む。

 甘い香りなのにすっぱい味が口の中に広がって思わず顔をしかめた。

「美味しくない」

「ガキが」

「ガキって言うな!」

 まだ半分以上残っているグラスとにらめっこして、鼻をつまんで飲み干した。

 喉の奥がつんとすっぱくなった。

「あのね、サンがね、レメゲトンやめないかって言ったの」

「皇太子を呼び捨てにするんじゃない」

「でもね、おれは立派なレメゲトンになるって決めてたから、断っちゃったよ」

 何となく頭がふわふわとしてきた。

 お酒のせいなんだろうか。

「おれもっと強くなりたいよ」

 呟いて、ふと思い出した。

「そうだ。ねえアレイさん。この間言いそびれた続き、教えてよ。『これからは……』のあとに何て言うつもりだったの?」

「そんな事言った覚えはない」

「言ったよ!絶対!」

 唇を尖らせてアレイさんの紫の瞳を見上げたが、そっぽを向いているらしく視線が合わなかった。アレイさんは変なところで子供っぽいんだ。

 一歩踏み出そうとして、よろけた。

 慣れない靴の上にお酒のせいで頭がふらふらしていたのが原因だろう。

「危ないな、気をつけろ」

 アレイさんは当たり前のように支えてくれた。

 見た目以上に逞しい腕に少しだけ驚いた。でもよく考えてみると、ごく稀にだけれど撫でてくれる大きな手はとても温かいし、大きく腕の中に包み込んでくれた時はとても安心できる。

 アレイさんに触れていると、いつだってとても温かな気持ちに包まれるのだ。

「ね、アレイさん」

「何だ」

「踊ろう?」

 今ならすごく軽いステップで踊れる気がした。

「女性が男性を誘うもんじゃない。作法の欠片もない奴だな」

「じゃあ誘ってよ」

 間髪いれずに言うとアレイさんは小さくため息をついたが、すっと膝を折って自分に向かって手を差し出した。

「一曲お願いできますか、御婦人レディ

「喜んで」


 アレイさんに導かれてもう一度ステージの傍に戻ってきた。

 頭がふわふわしているせいかさっきほどヒトの視線が気にならなかった。

 思ったとおり、さっきよりずっと体が軽い。アレイさんがリードするままくるくると体が動く。マルコシアスさんやクロ−セルさんが翼で空を飛ぶ時ってきっとこんな感じなんだろう。

 すごく気持ちがよかった。

「アレイさん」

「今度はなんだ」

「いつも助けてくれてありがとう。おれアレイさんに何回助けてもらったかわかんないや」

 今度はすんなりと感謝の言葉が滑り出た。

 少しびっくりしながらも、ちゃんと言えてよかったと思った。

 何をしていいか分からずに迷った時は今やるべきことを一つだけにしてくれた。強烈なフラッシュバックに遭い我を忘れた時だってアレイさんの声でちゃんと戻ってくることが出来た。

「すごくワガママかもしれないけど、おれ、アレイさんに傍にいて欲しいんだ」

 いつだったか同じ事を言った気がする。

 でも確かこの間はアレイさんが返事してくれなかったんだ。

 自分はねえちゃんの隣にいて、その反対隣にアレイさんがいるといい。二人ともすごく大切で、本当に一緒にいて欲しいと心から思った。

 今回ねえちゃんがいなくなって、アレイさんと二人で探しに行ったことでその気持ちを確信した。

 アレイさんが隣にいてくれなきゃ嫌だ。

「……お前はいつも危なっかしいからな、知らない場所で危険な目に遭われると厄介だ。これからは」

 アレイさんはそこでいったん躊躇うように言葉を切った。

 紫の瞳が揺れる。淡い夜の空のように。

 その色に吸い込まれるようにして微笑むと、アレイさんはくすぐったいくらいに耳元でポツリと囁いた。

「すぐ助けられるようにずっと傍にいてやる」

 その言葉はすごく嬉しかった。

 きっと自分はその言葉を望んでいた。

 サンのように弱いからといって安全な場所に匿って欲しかったわけじゃない。

 危険な場所に行っても平気なようにたくさんのことを教えて欲しかった。辛い事があっても隣にいて支えて欲しかったんだ。

「ありがとう」

 どうやら自分は思ったよりずっとアレイさんが好きらしい。

 でもそれは言わないでおこう。

 きっとイジワルで返されるに決まっているんだ。



 堕天の翼が生えたように踊るその横では、パーティの終わりを告げるワルツが奏でられていた。人々は皆手に手をとって踊りだし、宴の終焉を楽しんだ。

 明るい光と美しい音楽に彩られた華やかな世界は人々を夢のような世界へと誘った。

 この曲が終われば家路につかねばならない刹那の夢だ。


 でも、いつまでも踊っていたかった。

 とても温かい光を灯した紫の瞳を見つめながら、この優しいヒトの手を離したくなかったから。

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