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LOST COIN  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.31 もう一つの選択肢

 扉を開けると、目の前にはたくさんのヒトたちがひしめいていた。

「うわあ……!」

 思わず声が漏れる。

 大きな吹き抜けのそのフロアにはふかふかの絨毯が敷き詰められていて、天井にはきらめかしいシャンデリアが下がっている。女性たちは色とりどりのドレスに身を包んでいて、胸には輝く宝石がちりばめられていた。

 華やかな場面に似つかわしいとても美しい音楽は小さなステージ上の音楽家たちが運んでくれているようだ。

 皆グラスを片手に朗らかに談笑している様は絵本で見た舞踏会の景色とそっくりだった。

 ホールだけでなく扉が開放された中庭にもヒトがたくさんいて、とても数え切れそうになかった。今ここにいるだけでカトランジェの街の人口より多いんじゃないだろうか?

「やっと今日の主賓が到着したようだ」

 そこに王様の声が響いた。

 見ると、ホールの中央から二階に向かって伸びる大きくて豪奢な階段の中ほどにゼデキヤ王が立っていた。

 ゼデキヤ王は自分とサンを示して高らかに宣言した。

「本日19の誕生日を迎えるサン=ミュレク=グリモワールと、新たにレメゲトンに就任したラック=グリフィス。どうか盛大な拍手でお迎えください!」

 その瞬間に割れるような拍手が響き渡った。

 びっくりしてよろけると、サンが支えてくれた。その顔が思ったより近くてどきりとした。

「さあ、行こう」

 ねえちゃんと同じ顔だけれど、金でなく灰色の瞳でサンは優しく見つめてくれた。

「うん」

 手を引かれるがままホールの中央まで進み出た。



「お美しい方ですわね」

「本当、殿下とよくお似合いだわ」

 誰かがそんな風に呟く声も聞こえた。

 ねえちゃんとヨハンの姿を探したけれど、人が多すぎて全く見つからなかった。知らないヒトたちがたくさんいて目がチカチカした。

「ご機嫌麗しゅう、殿下」

 すらりと背の高い、王様と同じくらいの年の男性が声をかけてきた。とても身分の高いヒトらしく、周りのヒトは見守るように少し距離を置いていた。

 サンは極上の笑みを湛えてその男性に挨拶した。

「お久しぶりです、クロウリー公爵」

 クロウリー?

 よく見るとそのヒトの不機嫌そうな目つきに見覚えがありすぎるほどあった。

 切れ長の眼に端正な顔立ちの男性は、何年も後のアレイさんの姿を想起させた。きっとこんな風にあんまり笑わない、頑固そうなおじちゃんになるんだろうな。

「クロウリー伯爵のお父上だよ」

 サンがこっそり呟いてくれる。

 うん、よく似てるよ。

「お初にお目にかかります、グリフィス女爵」

「初めまして、ラック=グリフィスです。よろしくお願いします」

 最近やっと自然に出来るようになった目上のヒトへの挨拶を実行した。それ以外あんまり喋るなってねえちゃんが言ってたから、喋るのはサンに任せてにこにこと笑っていた。

 アレイさんのお父さんの他にも、ナントカ侯爵とかナントカ伯爵とか言うヒトたちがたくさん挨拶をしていった。

 とてもじゃないけど全員覚えるのは無理だ。

 サンはとても自分と同じくらいの年とは思えないくらいにしっかりしていて、たくさんの大人たちを前にしても一歩も物怖じしなかった。そこにはやはりゼデキヤ王と同じ黄金のオーラが感じられた。

 それに対して自分はといえば挨拶するのにもとっくに飽きていた。

 誰か知っているヒトはいないかときょろきょろしていると、後ろからとんとん、と肩を叩かれた。

「退屈しているようですね、お嬢さん」

 振り返ると、金髪に緑翠の男性が立っていた。

「クラウドさん」

 よく知ったテノールの響きに何だかほっとした。

 その隣には若草色のドレスに身を包んだダイアナさんが立っていた。

「その服、素敵よ。すごく似合っているわ」

「ありがとう。ダイアナさんもすごく綺麗だよ」

 にこりと微笑むと、ダイアナさんもふんわりと微笑んで頭を撫でてくれた。

「もう、この子本当になんてかわいいのかしら……!」

 サンはその様子を見て微笑みながら二人に頭を下げた。

「ご無沙汰しております、フォーチュン夫妻」

「お誕生日おめでとうございます、殿下。なかなかご挨拶にお忙しいようで……ご苦労様です」

「本当は面倒なんですけれど、こんな時くらい少しはがんばらないと」

 サンは困ったように笑った。

 そうすると先ほどまでのオーラは消えて、年相応の青年に見えた。

「ですが姫は退屈しているようです。少し、お借りしてもよろしいですか?」

 うん、すごく退屈なんだよ!

 目で訴えると、サンは行っておいで、と手で示した。



 今度はクラウドさんに手を引かれて人ごみの中を移動する。どうやら音楽家のステージの方へ向かっているようだった。

 ステージの近くでは広くスペースが開いていて、そこでたくさんのヒトが踊っていた。

 軽快なワルツが響いている。

 クラウドさんはその場所まで行くと、跪いてこう言った。

「一曲お願いできますか、姫」

 どうしたらいいのか分からずにダイアナさんに助けを求めると、そっと囁いてくれた。

「『喜んで』と言って手をとればいいのよ」

 差し出された手に恐る恐る自分の手を重ねる。

「よ、喜んで?」

 アレイさんがいたらなぜ疑問系なんだと突っ込まれたかもしれない。

 でもクラウドさんはとても優しいからそんな事はせずに、思わず見惚れるような微笑でもって返してくれた。

 これまで踊ったことなんかなかったのだけれど、クラウドさんが導くとおりに動くと、まるで背中に羽根が生えたみたいに軽くステップを踏む事が出来た。

 何だかたくさんの視線を集めていたようだけれど、あんまり気にならなかった。

 くるりくるりと回るのはとても楽しかった。ピンヒールの靴を履いていたはずだったけれどそれもすっかり忘れられるくらいにうまく踊れたと思う。

 曲が終わって軽く礼をすると、ぜんぜん知らないヒトがまた声をかけてきた。

「一曲よろしいですか、ミス・グリフィス」

「喜んで?」

 クラウドさんはダイアナさんの手をとっていたから、自分も次のパートナーを探さなくちゃいけないんだろう。

 そのヒトは確かさっき挨拶した群衆の中にいた気はするんだけど、全く思い出せなかった。

「お上手ですね」

「踊るのは初めてだよ」

「本当に?信じられません」

 その男性はたぶんアレイさんと同じくらいの年で、着てる服からしてもすごく身分の高いヒトなんだろうってことくらいしか分からなかった。

 ただ、鼻の辺りに散っているそばかすが鍛冶屋のゼルを思い出させて、少し切なくなった。

「ミス・グリフィス。あなたは本当にお美しい」

「どうもありがとう」

 特にお世辞に興味もなかったし、でも言ってくれたことにはお礼を言わなくちゃいけないから義務のようにそう答えた。

 みんなそう言ってくれるけれど、別段嬉しくもなかった。だからと言って嫌ではなかったが。

 それから何人ものヒトと踊ったけれど、みんな似たような言葉を並べているだけだった。

 踊るのにも飽きてきた。

 そう思っていると、ブロンドの髪が目の前を横切った。

 そのブロンドの持ち主は自分の前で跪いて手を差し出した。

「姫、お手をどうぞ」

「喜んで」

 にこりと笑ってサンの手をとった。


 曲が終わってもサンは手を離してくれなかった。

「もう少し一緒に踊ってくれない?」

「いいよ」

 今度はスローテンポの曲が流れ出した。

「ねえ、ラック」

「なあに?」

「君はもし戦争が起きたらどうする?」

「……分かんない」

 戦争、と言う言葉は何となく知っていた。国同士が兵隊を使って喧嘩することだ。

 たくさんのヒトが戦ってたくさんのヒトが死ぬって聞いても、何だかあんまり実感が湧かなかった。ただ、自分は血が嫌いだから戦争も大嫌いだろうと思うくらいだ。

「もしかすると戦争が起きるかもしれない。そうすれば君はレメゲトンとして戦いに赴かなくちゃいけないだろう」

 国同士の戦いっていうのがいったいどういうものなのか想像もつかなかった。

 これまでに経験したセフィラとの戦闘とは全く違うものになるんだろうか。

「僕は君をそんな戦地に送りたくないんだ。ラックとは会ってからほんの少ししか経ってないけど君がとても綺麗な心の持ち主だっていうことはわかるよ。だから行って欲しくない」

 サンの灰色の瞳が強い光を帯びた。

「レメゲトンをやめなる気はない?」

 びっくりした。

 まさかそんな事を言われるとは思ってもみなかったから。

 でもサンの瞳は真剣だった。

「レメゲトンをやめても爵位は残るし、グリフィス家の末裔なら政治でも重要な役職に就くことだって可能なんだ。わざわざ危険を冒すことなんてない。君は女性なんだから」


 そのとき唐突に理解した。サンの笑顔を見ると少しドキドキする理由――

「ありがとう、サン。おれのこと女だからって気にかけてくれるのはサンだけだよ」

 サンだけが自分のことを女性として扱ってくれている。だからちょっとドキドキしてしまうんだ。

「でもおれはレメゲトンをやめないよ。決めたんだ。大切なヒトたちを守るって。もっとたくさんのことを覚えて、もっと強くなって……おれが今住んでいる世界を守りたいんだ」

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