SECT.30 舞踏会の調べ
王都に戻ってすぐに王様の所へ報告に行った。
コインを貰ったときの大きくて眩しい部屋はもう使わないんだろうか、今回も書類で埋まった小さな部屋で仕事中の王様と話すだけだった。
でも王様はただねえちゃんが戻ったことを喜んでくれた。それがとても嬉しかった。
アレイさんと二人でかわるがわる今回何が起きたかを報告すると、ゼデキヤ王は唇をひき結んだ。
「今回もセフィラが絡んできたか……ネブカドネツァル王は本気だな」
険しい顔の王様は、その辺にいるおじちゃんとはぜんぜん違っていた。オーラが違う。人の上に立つ者の威厳が備わっている。
その瞳には帝王の光を宿していた。
「グリフィス家の隠れ里も一度捜査せねばなるまい。たとえセフィラが資料を奪っても、何かしら情報が残っているはずだ」
「それには私が参ります、ゼデキヤ王」
「ねえちゃん?」
「どうしても確かめたい事があります」
ねえちゃんは何かを決心した顔をしていた。
「ふむ……いいだろう。10日もあれば往復できるな?」
「はい。ありがとうございます」
「ただ、すまぬがあと3日ほど王都に滞在してくれぬか?3日後に息子の誕生会を開くのだが、そこで新しいレメゲトンのお披露目も兼ねようと思っているのだ。後見人のファウスト女伯爵にはぜひ出席して欲しい。こんな時勢にパーティなど本当は開いている場合ではないのだが……」
ゼデキヤ王は困ったように笑った。
あれ、息子って確か……
「ゼデキヤ王、クトゥルフ国大使との謁見のことなのですが……」
そこへ、一人の青年が顔を出した。
その顔にはとても見覚えがある。
「失礼しました、謁見中でしたか」
「サン!」
にこりと微笑みかけると、ねえちゃんにそっくりな顔が微笑み返してくれた。
「ラック、無事に帰ってきたんだね! ファウスト女侯爵もご無事で何よりです」
「ご心配をおかけしました、殿下」
「貴方が無事に戻ってこられる事が何より大切です」
同じ顔が二つ並んでいるのは、とてもおかしな感じがした。
銀髪のヒトもアイリスとリコリスもそうなんだけど、あの二組は完全に同じものだから不自然じゃない。
「3日後のお前の誕生パーティでは新しいレメゲトンのお披露目も兼ねることになった」
「そうですか。楽しみです」
サンはにこりと微笑んだ。
やっぱりちょっとだけねえちゃんとは違う柔らかな微笑みに、すこしドキドキした。
王様との謁見を終えて、ねえちゃんは楽しそうに笑った。
「ライバル出現かしら? 面白いことになってきたわね。相手はラックと同じ年代のしかも王子様なんて手ごわいわよ、アレイ?」
「何がだ」
アレイさんが顔を引きつらせている。
よく分からずに首を傾げると、ねえちゃんはにこりと微笑んでくれた。
「いいのよ、ラック。あなたはあなたの好きなようにしなさい」
ねえちゃんの微笑が目の前にあるだけでも幸せだったから、他のことはどうでもよくなった。
今はねえちゃんが隣にいてくれれば、それでいい。
「ガキの服はどうするんだ。今度はヨハンの服を借りるわけにもいかないだろう」
「大丈夫、ラックの正装はすでに発注してあるわ。もう少し掛かりそうだけれど、急いでもらいましょう」
「正装って、ねえちゃんが着てたやつ? もしかしてずっと前に採寸したあれ?」
「そうよ」
「また踵の高い靴を履くのかあ……」
「あら、ラック用にそんな靴あったかしら?」
「ダイアナさんがくれたんだよ」
そうだ。クラウドさんとダイアナさんのことをまだ話してない。
まだまだねえちゃんに報告することはいっぱいあったみたいだ。
ダイアナさんがくれた服をねえちゃんは気に入ってくれるだろうか。リコリスとアイリスに頼んでクローゼットから引っ張り出してもらわなくちゃいけない。
それを思い出したらすぐに帰りたくなった。
帰る先はカトランジェの街じゃなくねえちゃんのお屋敷だ。
「早く帰ろう、ねえちゃん。まだまだいっぱい話したい事があるんだ!」
パーティのある三日後までに正装が仕上がってきた。
ねえちゃんと同じ、細身のシルエットが美しい黒のドレスだった。裾には悪魔の紋章が刺繍されていて、胸元もふんだんに開いているし、よく見ると背中が腰の辺りまで広く開いている編み上げのものだった。
このまま着ると瀬の逆十字傷や首筋につけられたセフィラの標的となった印まで見えてしまう。
「大丈夫、マントで隠れるわ」
ねえちゃんはそう言って最後に漆黒のマントをかぶせてくれた。
黒い手袋で左手の甲を隠したし、ねえちゃんとおそろいの金鎖のベルトにアガレスさんとフラウロスさんのコインを下げた。
それにダイアナさんに貰った銀のペンダントと蒼水星の髪留めをつけた。
靴は新しく拵えてもらった黒のピンヒールで、ぴったりと足にあったサイズのせいか前の靴より歩きにくいことはなかった。
それでもジュデッカ城に行くまでには苦労したし、到着してからも苦労の連続だった。
ねえちゃんとヨハンが一緒に歩いてくれたんだけど、二人が足を止めることもしばしばだった。
「二人とも先に行っていいよ。遅刻しちゃうよ?」
「何言ってるの。主賓はあなたなのよ、ラック」
ジュデッカ城が広すぎるのって、かなり問題だと思う。
今日は王様がいつもいるところじゃなくて隣にあるパーティ用の建物なんだとか。そんなたくさん家を建てていったいどうする気なんだろう!
もう帰りたいよ。
「もういいよ。おれ帰るよー」
「ここまで来てなんて事を言うの」
「そうだよラック、あと少しじゃないか!」
ねえちゃんがあきれたようにため息をついて、ヨハンは子犬みたいにまん丸な瞳で一生懸命に言った。
「お手をお貸ししましょうか、ミス・グリフィス」
聞き覚えのある声に振り返ると、ねえちゃんと同じ顔の男性が立っていた。
「ミュレク殿下」
ねえちゃんとヨハンがさっと頭を下げた。
自分も頭下げたほうがいいのかな、と思っているとサンはにこりと笑って手を差し出してくれた。
「あとは引き受けるから、どうぞ先に行って、ヨハンとそれにミーナ姉様」
「公式の場ではファウストの名でお呼びください、殿下。お心遣い感謝いたします。グリフィス女爵をよろしくお願いします」
ねえちゃんはにこりと笑うとヨハンと共に先に行ってしまった。
「さあ、お手をどうぞ」
「あ、ありがとう」
前にアレイさんがしてくれたみたいに、サンは手をとって歩き出した。
それに従って歩を進める。
手を引いてもらうだけでずいぶん歩きやすい。
「今日は誕生日なんだって?おめでとう!」
「ありがとう、ラック。君も爵位をいただいたんだろう?」
「んーよく分かんない。とりあえずレメゲトンになったからお披露目するって王様は言ってたよ」
「レメゲトンになって悪魔と契約を結ぶと自動的に爵位がもらえるんだ。いずれにせよ、一度公式の場で挨拶したほうがいい。いろんな貴族の人と話して知り合っておくといいよ。きっと力になってくれる人もいるはずだ。あ、でも……」
「でも?」
「レメゲトンが苦手な人もいるんだ。ほら、不思議な力使うからちょっと怖いと思う人もいるみたいでさ。そういう人にはあんまり近寄らないほうがいいかもしれない」
「分かった。ありがとう」
にこりと微笑むと、サンも微笑み返してくれた。
「ラックはやっぱり素直だね。一緒にいるとほっとするよ」
「ありがとう。サンは優しいな」
微笑み返されるとやっぱり少しドキドキした。マルコシアスさんに微笑まれたときと一緒だ。すごく嬉しくなる。
「アレイさんだったら絶対イジワルばっかり言うよ。阿呆面で笑うなーとか」
「……ラックはクロウリー伯爵のことすごく好きなのかな?」
「え?何で?」
「いつも彼の話ばかりしてるからさ」
そうかなあと首を傾げると、サンは少し笑った。
「ほんとに君はかわいいな」
ねえちゃんと同じブロンドの髪がさらりと揺れた。
サンにかわいいって言われるとすごく嬉しい。何だかドキドキする。
「ありがとう」
素直に褒められて嬉しかった。だからお礼を言った。当たり前のようにさらりと出てきた言葉だったけれど、少し引っかかった。
あれ、やっぱりちゃんと言えたよ。何でアレイさんを前にすると素直に言えなかったんだろう……?
でも深く考える暇はなかった。
サンに手を引かれてパーティ会場に足を踏み入れたからだった。




