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LOST COIN  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.28 新たな世界へ

 2日後には東の国境付近まで足を伸ばしていたベアトリーチェさんが合流しておれが完全に回復すると、すぐにアレイさんは倒れるように眠りについた。

 これまでほとんど休んでいなかったせいだろう。

 邪魔をしないように静かに眠らせてあげることにした。


 店の奥のベッドに横たわったねえちゃんが目を覚ます気配はなかった。

 ベアトリーチェさんはずっとねえちゃんの傍についていて、その優しい瞳でねえちゃんを見つめていた。

「ねえちゃんはだいじょうぶなの?」

 ベアトリーチェさんにこっそりそんな事を聞くと、彼女はいつものように優しい笑みを返してくれた。

「大丈夫ですよ。もう何日もしないうちに目を開けるはずです。そうしたらみんなで王都に帰りましょう」

「ほんと?」

 心の底からほっとした。

 ねえちゃんが帰ってこなかったあの夜から張り詰めていた何かがやっとぷつりと途切れた気がした。

 そのせいなんだろうか。

 夜は今まで眠れなかった分を取り戻すようにぐっすりと眠る事が出来た。


 だから起きる時はぱっちりと目が覚めた。

 真っ先にねえちゃんが眠っている部屋に向かう。

 何だかすごくいい予感がした。

「おはよう、ベアトリーチェさん」

「おはようございます」

 その予感は当たっていた。

 ずっと待ち望んでいた声がした。

「おはよう、ラック……何だか久しぶりね。元気だったかしら?」

「ねえちゃん……」

 ずっとずっと見たかった気まぐれ猫の金目がやさしく微笑んだ。腰まであるストレートのブロンドがふわりと揺れた。

 躊躇わずにその胸に飛び込んだ。

 やっぱりねえちゃんは甘い匂いがした。

 その幸せを胸いっぱいに吸い込んでから、ねえちゃんにばれないように少しだけ涙を流した。



 ねえちゃんはその次の日にはすっかり元気になっていた。

 ベアトリーチェさんは報告のため一足先に王都へと出発し、自分たちもねえちゃんが回復次第王都へ戻ることになっていた。

 ベッドの端に頬杖をつくと、ねえちゃんが頭を撫でてくれた。

 久しぶりの感触に思わずにこりと笑う。

「ありがとう、ラック。助けてくれたのね。怪我はしなかった?」

「うん、だいじょうぶだよ」

 本当はフラウロスさんを抱きしめた時に負った火傷がまだ少しひりひりしたんだけれど、それは絶対に言わないでおこうと思っていた。

 後ろに立っていたアレイさんはそれに気づいているんだろう、何か言いたそうにしていたけれど何も言わないでいてくれた。

「聞いて、あのね、フラウロスさんと契約したんだよ。それから、アガレスさんの加護があると『千里眼』っていうのが使えるようになったの。まだうまく使えないけどね」

「千里眼ですって?」

 ねえちゃんはその名を聞いて驚いた。

 アレイさんはため息をつくような感じで言葉を吐き出した。

「信じがたいことに本当だ」

「すごいじゃない!」

 ねえちゃんが嬉しそうに頭を撫でてくれて、その感触が懐かしくて思わず相好を崩した。

「阿呆面で笑いやがって」

 アレイさんの嫌味が気にならないほど、幸せな気持ちに包まれていた。

「それからおれが住んでたかもしれないお屋敷があって、おれの本当の名前も分かったかもしれないんだ」

「どういうこと?」

 ねえちゃんは眉を寄せてアレイさんに説明を求めた。

 アレイさんはここ数日間のセフィラとの戦闘をねえちゃんに説明し、またグリフィス家の隠れ里の話も簡単に織り交ぜた。


「グレイシャー=L=グリフィス……それがあなたの本当の名前なのね」

「そうかもしれない。でも、おれはラックだよ。3年前にねえちゃんが拾ってくれて、名前をつけてくれた日からずっと」

 過去が分かろうとも、どこへ行こうとも、職業が変わろうとも。

「おれはレメゲトンのラック=グリフィスだ。言葉にしたらすごくはっきりした。もう探索者のラックじゃないんだって思ったよ」

 街の中にゲブラとネツァクが現れて、カンナが危険にさらされた瞬間に何か自分の中で変わった気がした。

 今の気持ちをうまく言葉に出来るか分からなかったけれど、外に出しておかないといつか後悔するような気がした。

 だから少しずつ言葉を選んで、うまく伝わるようにがんばって紡いでいった。

「ゲブラとネツァクが街の中に現れたときにね、ヒトを守りたいって思ったんだ。街を壊されたくないって思ったんだ。もしそんなことをしようとする奴がいたら……やっつけてやるって。おれはきっとこの世界が好きなんだ。だから傷つけて欲しくない」

 ねえちゃんとアレイさんが驚いたようにこちらを見ていた。

 あの瞬間にきっと自分はカトランジェの街に抱く望郷の念を完全に切り離した。

 新しい世界で、ねえちゃんやアレイさんがいる世界で精一杯自分を磨いて、試して生きたいと思った。そしてそうしようと決めた。

「きっとレメゲトンってそういう職業なんだよね。大切なヒトを守らなくちゃいけないんだ。みんなが幸せに暮らせるように。おれはそのお手伝いをしたいよ」

 王様に与えられた仕事だからじゃない。

 ねえちゃんがそうしろって言ったからじゃない。

 これは、自分自身の意思だ。

「おれ立派なレメゲトンになるよ。もっといろんな事勉強して、もっと強くなって国の人たちを守っていきたいよ。だから、いろんな事教えて欲しい。大切なものを……守れるように」

 まっすぐにねえちゃんの金の瞳を見つめた。

「『探索者』のラックはもういないよ。おれはラック=グリフィス。グリモワール王国のレメゲトンだ」

 いつか言ったせりふを繰り返して,にこり、とねえちゃんとアレイさんに微笑みかけた。

 どれだけ混乱していてもフラッシュバックの苦しみに苛まれていてもアレイさんの声が自分の耳に届くのは、きっとアレイさんがおれの新しい世界の象徴だからなんだろう。

 過去が見せたフラッシュバックから救い出してくれるのは新しい世界の道標だ。

 いつだったか過去が知りたいと思っていた。あの銀髪のヒトと初めて会った後だった。過去が原因でねえちゃんと引き裂かれるのがすごく嫌だったからだ。

 でもいつしかその気持ちは消えていた。

 ねえちゃんと一緒にいるために必要なのは過去じゃなくて未来だ。これから自分がたくさんの知識を身につけて、もっともっと戦えるようになること。それが一番大切なんだ。

「大きくなったわね、ラック」

 ねえちゃんがとても優しい瞳で髪を撫でてくれた。

「身長は伸びてないよ?」

「違うわ。本当に、成長したわね。嬉しいわ……」

 まるで泣きそうな顔で頭を撫でてくれるねえちゃんはとても喜んでいるように見えた。

 だから自分もとても嬉しくていつまでもその手のひらの感触を楽しんでいた。


 最後に、明日には王都に向かって出発するとアレイさんが宣言した。

 だから午後からカトランジェの街でみんなにちゃんとお別れを言いにいくことにしたんだ。

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