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LOST COIN  作者: 早村友裕
第一章 LOST COIN
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SECT.5 ふたたびの出会い

 目を覚ますと、今度は明るい日差しに包まれていた。

 ああ、生きてた。

 虹色の光にはっと天井を見ると、大きなステンドグラスが空の光を虹色に変えていた。

 大理石の床の感触がふくらはぎ辺りでひんやりと心地よかった。3人がけの木椅子がずらりと並んでいて、その向こうには純白の像が安置されている。

 銀髪のあのヒトの姿はなかった。

 いったいどこに行ったんだろう?

「教会……かな」

 街に教会はない。それはよく知っている。どうやらここは街から外れた場所のようだ。

 昨日のヒトが自分をここまで運んできたんだろう。

 ぼんやりと夜のことを思い出しながら腕を引いてみると、案外簡単に縛っていた縄から抜け出せた。昨日暴れたせいで縄が緩んでいたようだ。

 痛みを気にしなかったのがよかったらしい。

 今もまだ血が止まっておらず痛みが引く気配もない左腕をかばいながら立ち上がろうとすると、

「痛いっ」

 今度は首筋に鋭い痛みを感じた。

 どうやらそこも怪我をしたらしい。首筋の後ろから背にかけて。自分では見られないが、この感じからするとそれほど深い傷ではなさそうだ。

 よろよろと立ち上がって出口に向かう。足を怪我していないのは不幸中の幸いだ。

 黒い扉にようやくたどり着き、体を預けるようにして扉を開いた。

 重い。こんな体じゃなかったらきっと軽く開けられるだろうに。

 ぎぃぃぃ、と重そうな音を立てて扉が開いた。

 とたんに暖かな空気と柔らかな日差しがふっと体を包み込んで、少なからずほっとした。

 何だ、気づかないだけでやっぱり緊張してたんだ。

 つたない足取りで数歩進み、教会の前庭に広がる柔らかな芝生に崩れるように膝をついた。

 ヒトの気配がない。教会の中もかなり埃で汚れており、長い期間放置されていたのであろうことは想像がついていた。

 何より、見渡した限りでこの建物の周囲は深い木々で覆われている。

 全身の関節が鈍く痛むのは柱に括られてずっと不自然な体勢でいたせいだろう。

 怪我自体は左腕以外たいしたことなさそうだ。篭手はすでに血で固まってしまっていて、今さら外せそうになかった。

 でも、何よりとりあえず回復が先決だ。

 目を閉じると肌と耳とが鋭敏になる。

 鳥の声がする。風の音が聞こえる。空の色まで肌で感じ取れる気がした。

「気持ちいい……」

 一瞬だけ痛みを忘れた。

 心地のよい風に全身を預けると自分が空を飛んでいるような気持ちになれた。

「……」

 なるべく体を動かさないよう注意しながら胸元からペンダントを取り出して、そのコインをまじまじと見た。

 これは3年前ねえちゃんに拾われた時、自分が唯一持っていたものだ。だから、肌身離さず持ち歩いている。だがこれがいったい何だと言うんだろう?

 コインの幾何学模様を見つめているのも辛くて右手の力を抜くと、ころりとコインが草むらに吸い込まれた。

 それにしても本当にあれはいったい誰だったんだろう。とてもきれいなヒトだった。それだけは確信を持って言える。たとえ殺されそうになったとしても、その点だけは譲れない。

 そう、できれば『光』というヒトと会えてたらいいけど。

 そんな風にあのヒトのことを思っていたせいなんだろうか。

 微かな音にふとその方向を向くと、青銀髪のヒトが立っていた。



 どうやら周囲の深い森を抜けてきたらしいそのヒトは、聖職者のような真っ白い服をまとっていた。血の匂いはしなかったが、その端正な顔立ちには見覚えがある。

「あ」

 間抜けな声が出た。

 でも、すぐに気づく。

 別人(・・)だ。

 髪の長さが違う。あのヒトは耳が隠れていたけど、このヒトは耳が半分くらい出ている――切ったかもしれないけど。

 目の開き具合も違う。あのヒトは鋭くてパッチリしてたけどこのヒトは半開きだ――そんなのいくらでも変えられるけど。

 でも、何より雰囲気が違う。纏っている空気の色が全く違う。

「おかしいな、いないや」

 低くてよく通る声も似てる。でも微妙に違う。このヒトのほうがほんの少しだけ穏やかで澄んでいる気がする。

 口調も少し違う。

「『音』を探さないとだね」

 でも、同じだった。何もかも――青を一滴溶かし込んだ銀色の髪も、覗き込むことを許さない深い群青の瞳もあのヒトと一緒だった。

 ただこのヒトは耳が半分くらい出ていて、ピアスの色が青色だった。

 しかしながらそのヒトは自分に全く興味がないみたいだ。

 じっと見つめる自分とは裏腹に、そのヒトの瞳にはまるで自分など映っておらず背景の一部であるかのように全く認識の範疇にいないようだ。

 が、ふいに群青の瞳がこちらを向いた。

「んぁれ?」

 でも、目が合わなかった。どうやら自分が首から提げているコインのペンダントを見ているらしい。

 どうも自分と会話したりする気はないみたいだ。

 と、目の前の銀髪のヒトはひょい、と上から自分の首筋を覗き込んだ。

「ああ、印がついてる」

 その瞬間、初めて眼が合った。

「君、僕に会っただろう(・・・・・・・・)

 返事する暇もなくいきなりそのヒトに押し倒された。

「っ!」

 声にならない痛みが駆け抜けた。首筋の傷口が開いてしまったようだ。

 両肩を地面に押し付けた上に馬乗りになるような形で見下ろされている。

「僕はあんまり考えるのが得意じゃないんだ。『音』とは違うから。」

 昨日のヒトとは違って、目が半分しか開いていない。一見眠そうにも見えるが、押さえつけている力は本物だった。

 身じろぎ一つ出来ない。

 吸い込まれるようにして群青色の瞳を見つめた。

「『音』はどこに行ったのかな?」

 ああ、この瞳だけは二人とも一緒だ。何も映らない、覗いてみるとあまりに何もなくて恐怖を感じるほどに深い色の瞳。

「左手のこれも『音』がやったんだよね」

 ゆっくりと覆いかぶさるように押さえつけられて、銀色の髪が頬にかかる。顔のすぐ横に息遣いの気配がする。

 低くてよく通る声が耳元で囁くように響いた。

「きれいな切り口だ」

「……ぁっ!」

 銀髪のヒトの右手が左肩からするりと左腕をつたった。ぱりり、と乾いた音がして篭手をはがされた。

 体全体が触れそうなくらいに近い。

 よそから見れば、もしかすると抱き合っているようにも見えるかもしれない。

「でも『音』に切られるようなこと、いったい君は何をしたのかな?」

 ぎりっ

「うあああああ!」

 傷口を抉られて、口から悲鳴がほとばしった。

 脳髄を揺さぶるような痛みに意識が飛びそうになる。

 抵抗する気力は残っていない。

 もう何もかも諦めて全身の力を抜いた。

「何だ、もう終わり?」

 力の抜けた首筋に、銀髪のヒトの左手がかかったのがわかった。

 右手はまだ自分の左腕の傷口にある。

「さよなら、レメゲトン」

 昨日のヒトもそんなことを言っていた。

 でも、そんなことどうでもいい。

 とにかくちゃんと伝えなくちゃ。二人ともお互いを探しあっているんだ。声が出なくなっちゃう前に、早く。

「見た……」

 かろうじて喉の奥から声を絞り出した。

 首筋にかかる手が呼吸を妨げていた。

「おまえと同じ……でも違う顔……」

 伝えなくては。

 昨日のヒトが探していた『光』というのがこのヒトなら。

「昨日の夜……だと思う。ここにいた……おまえを探して」

 切れ切れの呼吸。

 銀髪のヒトは喉元に据えていた手をすっとはずした。

「その前に……落ちてたんだ、路地裏に……朝……」

「どこの路地裏かな?」

「本屋の裏、壁の崩れたところ……」

 ちゃんと話せているだろうか。

 朦朧とした意識の中で青銀の髪が風になびいているのを見た。

 とてもきれい。太陽の光を反射してきらきらと輝いて、まるで水底にいるみたいだ。

「それで、『音』はどこへ行ったのかな?」

「わからない……おれはさっき目が覚めたところ……」

「そうか、ありがとう。さよなら」

 水底のような淡いシルバーブルーの煌きの向こうに、銀色のブレイドが鈍く光った。

 あーやっぱりだめか。

 ここで死んじゃうみたい。

 ねえちゃんにもう一回会いたかったなあ……

 何もかも諦めて目を閉じた。

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