SECT.18 邂逅の十字架
森の中は息遣いすらうるさく感じるくらいの静寂に包まれていた。
自分の体が葉に当たってしまっただけでもびくりとしてしまう。月明かりが照らす教会前の広場には何の動きもなく、当然教会周辺も静まり返っていた。
声を出すのもはばかられて、ただ黙々とアレイさんの後に続いた。
どきどきしている心臓の音まで聞こえてしまいそうで、余計に脈拍があがった。
「ここで少し待っていろ」
広場の目前まで来たとき、アレイさんが小さな声でそう言った。
あっと思うまもなく闇色のマントが翻ってアレイさんは教会の壁近くまで一気に駆け抜けていた。
「きゃあ、本当にきちゃったわ!」
その場にソプラノの声が響いた。
森の雰囲気全てをぶち壊すようなその声に、アレイさんも思わず立ち止まって辺りを見渡す。
「でもあなたすごいのね。森から出てくるまであたしぜんぜん気づかなかったわ!」
その声の主は耳に響くきゃらきゃらした声で高らかに笑った。
はっとして教会を見上げた。
その屋根の上、青白い月光を浴びた十字架に人影が腰掛けている。
「セフィラか」
アレイさんは教会から距離をとって広場の中央に出た。
十字架の上にいるそのヒトは、自分と同じか少し若いくらいの女の子だった。
カールした黒髪を高い位置で二つに縛っている。こぼれそうに大きなブルーの瞳と愛らしいばら色の唇が印象的だ。カフェのマスターはひらひらした服と言っていたがまさにその通りで、胸元と裾に白いレースがふんだんに使われた胸元が編み上げの黒基調のワンピースで、腰の辺りには大きなリボンが左右に二つついていた。さらに足元は膝の上まであるレースつきの黒いソックス、靴は貴族の幼い少女が履く様な黒皮の先が丸いタイプの靴だった。
白い肌と白い手袋、それと白のレースだけが闇に浮いていた。
まるでそこだけ世界が違うように、十字架とその黒い服の少女がぴったりと似合っていて思わずゾクリとした。
服装や容姿と相まって、作られた人形が動いているような不気味さをかもし出した。
「ふふ、綺麗なお兄さん。あなたが噂に聞くクロウリー伯爵ね。マルコシアスとサブノックを使う戦闘に特化したレメゲトン」
アレイさんは表情を変えなかった。
ただいつでも戦闘に入れるよう剣の柄に手を掛けた。
「あの子はいないの? ティファレトの双子がご執心のかわいい女の子は」
思わず叫びそうになってとどまった。
きっと見つからないほうがいい。見つかってしまえば、戦闘になったときアレイさんの迷惑になる。
「何のことだ」
アレイさんは冷たく言い放った。
「いやいや、そこにいるようだよ、お嬢」
「あら、本当?」
十字架の横ラインに座る、黒服の人形のような少女の背後から現れたのは、これまた漆黒の燕尾服を纏った男性だった。
シルクハットに燕尾服、遠目にはよく見えないが片眼の眼鏡をつけているようだ。このヒトも闇夜に白い手袋が目立っていて、そこだけ浮いているように見えた。細身のシルエットが十字架に座る少女の反対側に軽く体重を預けている。
人形とそれを操る手品師の構図はまるで一枚の絵のように完成されていた。
「ぜひ見てみたいわあ。あの子達があんなに執着する相手ですもの」
見つかっている。
背筋がひやりと撫でられた感じがした。
何かが違う。この二人は、銀髪のヒトたちとは何かが違っている――銀髪のヒトたちに命を狙われても怖くなかったのに、まったく殺気を放っていないこのヒトたちのほうが何倍も怖い。
でも、見つかった以上隠れているのは無駄だ。相手も姿を見せている今見通しがよく動きやすい広場に出たほうがよっぽど効率的だろう。
そう思って森を離れ、ゆっくりとアレイさんのほうに歩いていった。
「きゃあ! かわいいわ! 見て見て、ゲブラ!」
「お嬢、はしゃぎすぎだ……それに僕としては彼女より隣にいる黒髪の彼のほうがよっぽど好みなんだが?」
「男の癖に、変態!」
「お嬢だって人の事は言えないだろう?」
アレイさんは屋根の上の二人から隠すように自分を背に匿った。
「あら、あたしは綺麗な女の子が好きなだけよ?ふふ、あの美人なレメゲトンのお姉さんもね」
「!」
黒いお人形さんの台詞に、思わず息を呑んだ。
「ねえちゃん……ねえちゃんはどこ?!」
「声もかわいいわあ!あの二人にあげる前にあたしが貰っていいかしら?」
「そんなことをすれば彼らが怒るだろうよ。それは少し困った事態を招く」
「ねえちゃんはどこなの?!」
「ふふ、残念ね、ここにはいないわ。だってあたしたちあなたを見に来ただけですもの。しかもこんな夜中、天使も召還できないのに戦うのはごめんだわ」
黒いお人形さんは楽しそうに微笑んだ。
「ぜったいレメゲトンはこの教会に来るはずだ、なんて、さすがティファレトよね。頭に血が上ってさえいなければ確実にトップになれるのに……二人に分かれているばかりに、かわいそうな子たち」
「そうだね」
緊迫した空気が張り詰めていて、少しでも身動きしたら皮膚が切れそうだ。
アレイさんの隣で、息を殺すように教会の屋根を見つめていた。
「どうせまた戦場で会えるわ、それまではサヨナラね」
残念そうに言った黒いお人形さんに、アレイさんが厳しい声で追求した。
「目的は一体なんだ。ティファレトが白昼堂々敵の王都に乗り込むなど、言語道断。その場で戦争でも引き起こすつもりだったのか?!」
「あれは、ちょっとした手違い。ごめんね!」
「まあ、ネブカドネツァル王はこの好機を逃すまいとするだろうがね」
「でもそれであの美人のお姉さんが釣れたんだからよかったじゃない?」
「そうとも言えるな」
手品師は軽く微笑むと、シルクハットをとった。
はらり、と肩より長い黒髪が零れ落ちる。
「戻ろうか、お嬢。もう満足だろう?」
「本当はもう少し相手したいのだけど仕方ないわね」
「待って!ねえちゃんは……!」
その言葉は届かなかった。
手品師がシルクハットを一振りすると、二人の姿はその場から消えさっていた。
その後教会の中を捜索したが、何の手がかりを見つけることもできなかった。
そのうち夜が明けてきて教会の天窓から虹色の光が差し込んできた。ステンドグラスは天使を象った肖像画のような図柄だった。
正面にある白い像も改めて見ると翼を6枚持つ天使の形で、その姿は銀髪のヒトが召還したミカエルという天使さんにとてもよく似ていた。
「やはりここは天使崇拝の人々が集う教会だったのだろう。それにしても、この様子ではまだ20年ほどしかたっていないようだ」
「迫害されたのがつい最近だって言うことなのかな」
「……一概にそうとは言えないが、可能性は高いだろう。」
その話を聞いていると、胸が締め付けられるように痛む。
しかも、ねえちゃんはここにいなかった。捜索は一からやり直しで、しかもねえちゃんがセフィラの手に落ちていることまで分かった。
ねえちゃんが危ないのに、どこにいるか分からないなんて……!
「大丈夫だ。セフィラもそう遠くへは移動できまい。ということはこの辺りにいるはずだ。アリギエリ女爵と王都のくそじじぃたちにセフィラが出たことについて連絡を送る。とりあえず街に戻ろう」
頭の中はねえちゃんのことでいっぱいだった。
死神のカードが頭をよぎる。そんなはずはない、と頭を振ったがその不安は消えなかった。




