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LOST COIN  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.17 レグナの住処

 お客さんがみんな帰った後、カウンターの向こうでねえちゃんがやっていたように食器を洗うアレイさんを見て、思わず微笑んでしまった。

 ねえちゃんと一緒にいたときのようで落ち着いた。

「アレイさんは何でもできるんだね!」

 前に一度言ったような台詞をもう一度繰り返す。

「でも、家ではコックさんが作ってくれてたよね。どこで料理習ったの?」

「騎士団にいた頃の経験で料理は一通りできる。あの場では貴族も平民も何もない、ただ騎士という立場を与えられた剣士が多くいるだけだ。王都に在住する漆黒星ブラックルビー騎士団や輝光石ダイヤモンド騎士団と違って、炎妖玉ガーネット騎士団は偏狭の地カーバンクルに派遣された国境騎士団だ。炊事や洗濯はある程度自分たちで行わなくてはならない」

「へえー」

「そのうちお前も学ぶといい。レメゲトンは一人で任務に向かうことのほうが多い。身の回りのことはそれなりにできたほうがいいだろう」

「うん、自分のことはできるよ。2年くらいは一人暮らしだったから」

 最初の1年のことはあまり覚えていないが、探索者に任命されてから2年間はアパートの大家さんに助けてもらいながらなんとか一人で生活していた。

 ねえちゃんは夜に店をやっていて昼間は眠っている生活だったし、何より自分の年では独り立ちすべきだとねえちゃんが考えての事だった。自分の正確な年齢は分からないが、どうやら18か19くらいであろうとねえちゃんは言っていた。

「ならいい。他に学ぶべきことも多くある」

 その言葉で、少し引っかかるところがあった。

 王都を出発してからずっとなんとなく不自然に思っていたことだ。

「もしかして、アレイさんおれにたくさんのことを教えようとしてくれてる?」

 アレイさんの手が止まった。

 カードの占いの時もそうだった。唐突とも思えるタイミングでアレイさんはレメゲトンに必要なスキルを伝え始めた。

 特に自分がねえちゃんのことを考えて気分が沈みがちな時に。

 答えないアレイさんにイエスの返答を見る。

 やっぱりそうだったのか。

 嬉しくて紫の瞳に微笑む。

「んじゃ、いっぱい教えて。おれは知らない事だらけだ。今日だって情報を集めたけどそれを分析するだけの賢さが足りないよ。いつもねえちゃんに任せっきりだったから」

 でも、それじゃいけないって最近やっと分かり始めた。

 新しい世界を知ったから。大切なヒトを守るためには強くならなくちゃいけないって分かったから――

「おれ、強くなりたいんだ。ねえちゃんやアレイさんみたいにいろんな事できるようになりたい。たくさんの事を知ってるヒトになりたいよ」

 この間はたまたまラースの力を借りる事ができて二人を助けられたけど、次がそういかないのは分かっている。

 現に今、地道に手がかりを求めて情報収集することから始めなくてはならない状況だ。その手法すらもアレイさんが提案したものだ。街で一番情報が集まるのがねえちゃんの店だったから、その店を開ければまた情報が入るかもしれない、と。

 自分は何もできない。ねえちゃんを捜すと豪語して王都を飛び出したくせに、全く何の役にも立っていない。

「お願いだよ、アレイさん。おれにいろんなこと教えて!」

 真直ぐに紫の瞳を見つめた。

 アレイさんは何も答えてくれなかったけれど、また食器を洗い始めた。

 そのかしゃかしゃという皿の重なる音の合間に、アレイさんはぽつりと言った。

「時間が惜しい。お前が聞いた情報を今ここで全部話せ。夜が明けたらその情報をもとに出発する」

「……うん!」

 アレイさんはいろいろ何か言いたそうだったが、全部心の中に閉まってしまったようだ。

 自分がメモ帳の内容を読み上げる間ずっと黙っていた。


 メモの内容を全部言い終わると、ちょうどアレイさんも洗いものを終えて水を止めた。

 店の中に静寂が返り咲いた。

「旅人らしからぬ二人組……か」

 アレイさんのバリトンがやけに響いた。

「うん。でも銀髪のヒトじゃないよ」

「だが異質な人間だということは否めない。何か関係があるかもしれない」

 紫の目を細めて、じっと考え込むような表情をしたアレイさんは、静かに言葉をつむぎだした。

「一人だけなんだが、何日か前に森のほうで何かが壊れるような音を聞いた者がいた。レグナの住処と呼ばれる場所らしいが、何か知っているか?」

「!」

 森というとジャスパグへ向かう途中のクラインの森だ。道があるところはそうでもないが、一歩踏み込めばうっそうとした木々が行く手を阻む深い森が待っている。

 特にその東部にはなぜか街のヒトたちが避ける地域があった。

 レグナの住処と呼ばれるその場所は特に深い森で、一度入ると抜け出すのは困難といわれていた。

 それを言うと、アレイさんは驚いた顔をした。

「お前が一度セフィラに連れ去られた場所だ」

 連れ去られた場所といえば一つしかない。

 森の中にポツリと浮かぶ孤島のようなあの教会だ。

「教会……?」

 何か歯車がかちりと音を立ててぴったりはまり込んだ。

 当たり前すぎて気づかない場所だった。街のヒトたちが近寄らない、銀髪のヒトたちの拠点――少し考えてみればわかることだ。

 あまりに条件に合いすぎて怖いほどに、しかもいとも簡単に見つかってしまった。

 そこにねえちゃんがいるかもしれない。

「夜明けまで間があるな」

 アレイさんは店の掛け時計を見た。

「今すぐ行くぞ、ガキ。すぐ支度しろ!」

「分かった!」



 すぐに動きやすい格好になり、腰に小太刀を差した。まだほとんど剣技は習っていない状態だったが、ないよりは戦える。

 ねえちゃんがいるかもしれない。

 そして、あの銀髪のヒトたちもいるかもしれない。

 心臓の鼓動が早くなる。

 昼から休んで回復した馬に二人で乗って森への道を急ぐ。

「あのね、アレイさん。思い出した事があるんだ」

「何だ?」

「教会にね、飾ってあった白い像があるんだ」

「それがどうした」

「よく考えてみるとクローセルさんにそっくりで……もしかして、あれ、天使の像だったんじゃないかな……?」

「!」

 ダビデ王が悪魔と契約を結んで以来、グリモワール王国では悪魔崇拝が基本だ。

 ずいぶん昔には天使を崇拝したヒトたちを虐殺したという記録も残っているくらいなのだ。現在さすがに取り締まりは行われていないが、天使を崇拝するヒトたちが世間的にあまり認められていないのは今でも変わっていない。

 そんな話をねえちゃんがいつだったかしてくれた。

 銀髪のヒトに教会へ連れ去られた時には全く知らなかった事だ。

「レグナ……古代語の綴りではL-E-G-N-Aとなる」

「おれ古代語はあまり知らないんだ。」

 ずっと昔、グリモワール王国が成立する以前はアルファベットと呼ばれる文字が流通していた。自分の名前、ラックもL-U-C-Kという『幸運』を意味する古代語からとったと聞いた。

 今でも言葉の端々に残っているというが、すでにどれが古代語でどれが現代語かという区別はつかない。名前や地名にはまだまだ多く古代語が残されているが、意味はほとんど知らなかった。

「綴りを逆にすると、A-N-G-E-Lとなる。エンジェル、つまり古代語で天使の意味だ」

「!」

 なぜそんな名前があの森の一部に使われているんだろう。

「おそらく昔、虐殺された天使崇拝の村か何かがあったのだろう。おそらく教会はその名残だ」

「でも、そんな何百年も前の建物には見えなかったよ……?」

 不安になって聞くと、アレイさんは口をつぐんでしまった。

「お願いだよ、教えてよ。おれもいろんな事を知りたいんだ!」

 紫の瞳を見上げてそう叫ぶと、アレイさんは硬い表情で口を開いた。

「これはあくまで噂だが……とある貴族はつい最近まで天使崇拝を硬く禁じ、それを破った者たちを厳しく罰していたといわれている。国が認めているものを貴族が単独で禁じたとは考えたくないが、あるいは……」

「そんなひどいことをするなんて!」

 悪魔さんじゃなくて天使さんを信じていただけじゃないか。

 それのどこが悪いんだ!

「国には明るい部分と暗い部分がある。今からお前はそれを少しずつ学んでいくことになるんだろう。お前はまだ明るいほうにしか目を向けていない」

 アレイさんは苦しげな表情で呟いた。

「だが、目を背けるな。事実を見て、自分の価値観で判断するんだ。そのために多くの情報を手に入れろ。経験を重ねろ。きっといつかそれは実になるはずだ」

「わかった」

 アレイさんの言葉はいつも真直ぐだ。それはきっとアレイさん自身の心が真直ぐだからだろう。

 こうやって自分の行く先を示してくれるアレイさんがすごく好きだ。カトランジェの街を離れて『一つだけ』を選んだ時も、今回もっと強くなると決めた時も、アレイさんはいつだって道を示してくれる。

「ありがとう、アレイさん」

「何がだ」

「いつもおれが迷わないように助けてくれるから」

 にこりと笑ってそう言うと、アレイさんはいつもの表情に戻ってしまった。

「ガキを助けたつもりはない」

「あ、またガキって言った!」

「その阿呆面をやめろ。気が抜ける」

「むーっ!」

 せっかくありがとうを伝えようと思ったのに!

 さらに言い返そうとしたが、突然馬が止まった。

「ここからは静かに、慎重に行くぞ」

 森の向こうに教会が見え隠れしていた。

 夜の闇の中、月光でかろうじて見えるその姿はとてもまがまがしくて、背筋がぞくぞくした。

 それでもねえちゃんがそこにいると信じてゆっくりと歩を進めた。

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