SECT.15 カトランジェ
ゼルの荷台に馬を乗せて、それから自分とアレイさんも乗り込んだ。
アレイさんはあまり喋らず、二台の後ろのほうに座り込んで後ろを向いてしまった。自分はといえば、荷台の前面に座るゼルのほうに身を乗り出すようにして乗り込んだ。
「ミーナさんの酒場も店じまいしたらしいな。街のオヤジどもが狂乱してたぜ?」
「そうだよ、ねえちゃんと一緒に王都に行ったんだもん」
「王都に? ……ま、いいや。」
ゼルはなんだかいろいろ聞きたそうだったけれど、後にしようと思ったのかそれよりもっと気になっていたのか、声を潜めて聞いた。
「あの、後ろの人誰なんだ? すげえ綺麗な人だな。顔からして男だろ? 格好を見る限りかなり偉そうだけど……」
「アレイさんだよ。うん、なんか偉い人みたい。騎士で伯爵でレメゲトンだし」
「レメゲトン?!」
ゼルは大声を上げた。
が、すぐに声を潜めた。
「本当なのか?! 何だってお前そんな偉い人と一緒にいるんだよ!」
「だっておれもレメゲトンになったもん」
「はあああ?!」
ゼルは思い切り眉を寄せた。
「何言ってんだ、お前?!」
小声になるのも忘れて大声を上げた。
アレイさんはちらりとこちらを見ただけですぐに視線を後ろに戻した。
「んーなんかおれもよくわかんない」
「だろうな。お前バカだもんな」
「うん」
あれ、おかしいな。同じ事をアレイさんに言われるとすぐに言い返してしまうのに、なんでゼルに言われてもすんなり受け入れてしまうんだろう?
とても不思議だ。
「お前に聞いてもしょうがねえや。街のどこまで行きたいんだ?」
「……アレイさん、どこ行けばいい?」
振り返って聞くとアレイさんは静かなバリトンで答えてくれた。
「とりあえずねえさんの店に行く」
「でもあの店はいま鍵がかかってますよ、綺麗なお兄さん」
「鍵はある」
アレイさんは振り向きもせずに答えた。
愛想がないのはいつものことだったけれど、ゼルは困ったように自分を見た。
「怖そうな人だね」
「そうでもないんだよ?」
でも確かに初めて会った時はアレイさんの闇色マントが怖かった気がする。
あれから半月しか経っていないのに。
懐かしいカトランジェの街が目の前に迫っていた。夕日が差して真っ赤に染まった家並みはとても暖かかった。
王都を見た後だからなのかは分からないけれど、カトランジェの街はとても小さくて、道もとても細くてびっくりした。
いつも走り回っていたベージュの石畳はこんなに小さかっただろうか。大きく見えた宿屋の建物はこんなに低かっただろうか。道の傍の花壇はこんなに花が少なかっただろうか……
「ここでいいかな?」
ゼルはねえちゃんのお店の前で降ろしてくれた。
「また何かあったら店に来な、ラック。手伝えることがあったらいくらでも手を貸すから」
「ありがとう、ゼル」
にこっと笑って見送った。
後姿が見えなくなってからねえちゃんの店に入った。
どうやらここは国の管轄になるらしくてアレイさんは王都からこの店の鍵を預かってきていた。
かちりという音がして、毎日飛び込んでいた店のドアがきしみながら開く。くすんだ茶色のテーブル、薄汚れたカウンター。何も変わらないのに……ねえちゃんがいない。
腰まであるストレートのブロンドと気まぐれ猫みたいな金の瞳を思い出して胸がきゅっと締め付けられた。
あの日、銀髪のヒトに会った後ずっと眠っていた部屋もそのままだった。壁に掛けられた絵は少しだけくすんで見えた。
ぼんやりと見飽きるくらいによく見た天井を見つめていると、アレイさんのバリトンが響いた。
「感傷に浸っている暇はない。すぐに出るぞ」
「うん」
切なくなってしまった気持ちを脱ぎ捨てて部屋を出る。
店に戻るとアレイさんはテーブルに地図を広げていた。
「地図の見方は分かるか?」
「うん、一応」
「ここがこの街、これがラッセル山だ。俺たちの捜索範囲は山全体とこの森、それから隣町までの区間だ」
アレイさんが地図を指差す。
森、と言ったのはここから北にあるジャスパグの街へとつつく道が突き抜けるクラインの森だった。銀髪のヒトが自分を連れ去った教会があるのはこの森の奥深くだった。
東はラッセル山、西は隣町のトトロッカ、北はジャスパグ、南はカトランジェ。
広範囲にわたる探査地域だった。
「まずは聞き込みからはじめる。お前はこの町の出身なのだから情報網は広いだろう。そろそろ日が落ちるからすぐにこのあたりの酒場で情報収集する。明日からは実際に外に出て探索だ」
「分かった」
「この辺りに情報の手に入れられそうな酒場はあるか?」
「んとね、実はねえちゃんの店が一番だったの」
「……他は?」
「んー、マスターの弟さんが情報屋をやってるって言ってた気がする」
手がかりは何もなかった。
ねえちゃんが知っている所だろうっていうこととじぃ様が占って出した東という情報を頼りに来たけれど。
不安だ。
ねえちゃんはいったい今どこにいるんだろう。どうして動けないんだろう。
銀髪のヒトはどうなったんだろう。あのヒトは何で突然王都に現れたんだろう……?
「おいガキ」
「なに?」
見上げるとアレイさんは見たことのないカードを手にしていた。
コインに描かれた悪魔の紋章に酷似した柄で、表には様々なシンボルが描かれているものだ。
「カードを使った簡単な占いを教えてやる」
「ほんと?」
地図を片付けたテーブルに20枚ほどのカードが並べられた。
「これはタロットと呼ばれるカードを使った占いを俺がいくらかアレンジしたものだ」
カードは全部で21種類。月や星、太陽から王様や司祭に至るまで様々なカードが並べられた。
アレイさんはいったん広げたそのカードを左手で全て集めなおした。
「手順に従ってカードを並べる。そして、手札の意味するところを読む。ただ、それだけだ」
慣れた手つきでカードをシャッフルし、十字に配列するように5枚のカードを並べ、最後に真ん中のカードに一枚重ねた。
計6枚のカードをアレイさんは慎重にめくっていった。
「今知りたいのはねえさんの行方。それをカードに尋ねるんだ。十字の中央は現在の状況を表す」
中央のカードは足を縛られて逆さに吊るされた男のヒトの絵だった。
「このカードは『束縛』を意味する。くそじじぃの占いの結果と一緒だ。次は健在意識と潜在意識が十字の縦を占めている」
めくられたカードは大きな塔が天を指す絵と、恋人の図だった。
「塔は『傲慢』を表す。恋人の逆位置は……戦の、前触れだ。顕在的には誰かの傲慢な行動に見えて、その裏には誰かの思念で戦が導かれている」
アレイさんの表情が強張った。
言っていることは難しすぎてよく分からなかったけれど、あまりいいことではないように思えた。
「十字の横は過去と未来だ。まず過去から……」
カードは愛らしい子供の絵だった。
「愚者は『自由』を表している。次は未来だが……」
アレイさんの手が止まった。
何のカードかは分からなかったけれど、黒々とした背景に浮かんだ大きな鎌はとてもいいことを表しているとは思えなかった。
「死神……?」
ふと思いついた名前を言うと、アレイさんは怖い顔をして頷いた。
「このままでは、『死』が迫っている」
「!」
がたん、と大きな音を立てて思わず立ち上がっていた。
心臓がばくばくいっている。
アレイさんは慎重な手つきで最後のカードをめくった。アレイさんが最初に現在を意味する、と言った束縛のカードの上に置かれたカードだった。
そこに描かれていたのは、黒い膜翼に黒い角、鋭い目つきの悪魔の姿。
「これは妨害を示す。悪魔だが……これは逆位置だ」
「悪魔の逆……天使?」
銀髪のヒトが目の前に浮かぶ。荘厳な御使いを背後に従えた姿はまぶたの裏に焼きついて離れない。
アレイさんは妨害と言った。あのヒトたちがねえちゃんを動けなくして、死に近づけているのか?
「これが最後だ」
そういってアレイさんは手札の一番下のカードをめくった。
「神官のカード。神官は医療や宗教を表すカードだ。これが今回一番知りたい事への答えになる」
「姉ちゃんがいる場所のことだよね。医療……病院とか?」
「一概には言えない。カードの意味を読み解くのは難しい」
アレイさんはカードを手元に集めた。
「占いはレメゲトンに必須だ。じじぃやアリギエリ女爵、メイザース侯爵は占星術を使い、俺とねえさんはこのカードを使う。お前もカードを使った占いを覚えるといいだろう」
とんとん、とカードをそろえたアレイさんは大事そうにそのカードを布にくるみ、胸元にしまった。
「さあ、そろそろ頃合いだ。街に出て情報を集めるぞ」
「わかった」
カードの占いの結果はとても難しいものだったけれど、アレイさんには何かが分かったようだった。
厳しい表情から読み取れるその結果はとてもいい結果とはいえないもので、それが不安をさらに助長した。




